辺獄、妹を拾う
「Artificial Intelligence in Reactive Emortion Armed Legacy(人工知能搭載型反応式感情武装遺物)……通称、AIREALですわ」
淑やかな美女、オードリーがテーブルの上に置いた奇妙な物体を指して、言い放った。
「あーてぃ……なんて?」
「というか、今何つった?」
「えありある……いやまさか……」
「むごご」
そえーん、卿、辺獄の三人はその情報に混乱し、猿轡を噛まされたズリキチは呻いていた。
テーブル並べられた奇妙な物体は……まず、面が二十四つあり、その全ての面が綺麗な凧形になっていた。何より目を惹くのは──その面の色が目まぐるしく変わっていること。よくできたインテリア……にしてはいささか不気味であり、何より異様な雰囲気を纏っていた。
困惑していても何も始まらないと感じたそえーんは、恐る恐るオードリーに訊ねた。
「あの、オードリーさんこれは……?」
「このクトゥルフの館に眠っていた骨董品ですわ。お好きなのをどうぞ」
「いや、どうぞって言われても……」
「じゃあ、猥はこれやな」
「あ、じゃあ私これで」
「っておい、お前ら!」
遠慮していたそえーんを尻目に、卿と辺獄はそれぞれ目の前の物体を手に取ってまじまじと眺めていた。
能天気な二人を放置し、そえーんは申し訳なさそうにして、オードリーに告げる。
「オードリーさん、用意して貰ってなんなんですけど……俺らカネ持ってないっす……」
「ああ、それならお気になさらず。お代は結構ですわ」
「えぇ?」
「ということは、無料かこれ! よっしゃあ!」
「これがタダかー。オードリーさんありがとうございます!」
「能天気も大概にしろアホ共ぉ!」
料金は入らないというオードリーの言に、卿と辺獄がはしゃぐが、依然としてそえーんは受け取りを渋っていた。
オードリーが席を立ち、ズリキチの拘束をせっせと解きながら、そえーんに説明していく。
「実はそのAIREAL……“男性の四人組以外に譲渡してはならない”という呪いというか……システムというか……まあ、そんな感じの事情がありまして。わたくしとしても、いい加減棚の空きを確保したかったのです。ですので、受け取っていただけないと仰るなら……四人とも射殺──」
「喜んで受け取りまぁす!」
一転して命の危険を察したそえーんは、声を裏返しながら残りのAIREALを手に取り、一つをズリキチのズボンのポケットにねじ込んだ。
「まあ、そんなに喜んで貰えるなんて。わたくしも嬉しいですわ」
「は、はは……」
「ぷはっ、ったくお前らよー。俺に対しての扱い雑すぎんだろ。巨乳美女がいたらまずパイズリ頼むのが礼儀じゃん」
「そんな異次元の礼儀あってたまるか馬鹿」
「あらまあ、美女だなんて。ふふっ、お世辞が上手なのですね」
戯れ言を吐くズリキチにそえーんが罵倒混じりにツッコミを入れつつ、“美女”という言葉に微笑みを浮かべたオードリーは、再び店の奥へと引っ込もうとする。
そこに、辺獄が声をかける。
「あ、オードリーさん」
「なんでしょう?」
「あの……お手洗いってどこにありますかね……?」
「お手洗いなら、店を外に出て右の角を曲がった所にありますわ」
「ありがとうございます……てなわけで私ちょっとトイレ行ってきますね」
「おう」
「いってらー」
「辺獄くんあんま離れ過ぎんなよー。死ぬから」
「え、なにそれ怖い」
「冗談とかじゃねーからなー」
ズリキチ、卿、そえーんがそれぞれ辺獄を見送り、辺獄はそそくさと店の外へと出た。
そして、そえーんもまた手に取ったAIREALをまじまじと見つめる。
「なあ……もしかしなくてもこれ……エアくんか?」
「まっさかー、たまたまそういう名前なだけやろー」
「それに、エアくんが来るなら俺たちと同じ人間じゃないとおかしいじゃん」
「そう、だよな。うん。そうだな! あはは」
気を紛らわせようと乾いた笑い声をあげた、そえーんの脳裏には、某科学と魔術が交差するラノベのファンであり、特撮(特に仮面のヒーロー)ファンでもある知人が思い浮かんでいた。
そえーんが思考を張り巡らせていると、オードリーが紙の四枚、手に持って戻ってきた。
「では、こちらにサインしていただけますか」
「サイン?」
「ええ。そのAIREALの所有者になるという旨の契約書に、サインを」
「あー……いや、サインするのは別にいいんですけど……流石に文字が読めない契約書にするのは」
「あら、それでしたらそのAIREALの表面を親指で二回、叩いてくださいまし」
「………これを?」
「ええ」
オードリーのその言葉に、そえーんは恐る恐る叩こうとし。
「ふーん。親指で二回かー」
「こうかな」
卿とズリキチは一切迷うことなくAIREALの表面を二回、親指で叩く。
瞬間、卿とズリキチの顔の前にホログラムっぽいディスプレイが出現する。
「うおっ」
「おおー」
二人は多少驚くも、キョロキョロと辺りを軽く見回し、紙に視線を落とす。
「あ、読める」
「しかも日本語」
「……マジかよ」
卿とズリキチの様子を見たそえーんも、素早く親指で表面を二回叩く。
すると、そえーんの顔の前にも二人と同じようなホログラムっぽいディスプレイが浮かび上がる。
「おー、なんかすげえな……」
安っぽい感想と共に、そえーんも視線を紙の方へ落とす。
見ると、先ほどまではよくわからない図形らしき文字だったのが、今では日本語として読み取れる。
その契約書に書かれていたのは。
一。如何なる事情があってもAIREALを放棄、売買してはならない。
二。AIREALによって発生した損害は所有者が責任を負うものとすること。
三。AIREALを自ら破壊した場合は速やかに自決すること。
四。以上の条件に不満が無い場合は下記の記入欄に署名すること。
……と。記されていた。
「……なんか、自決って文字が見えるんですけど」
「何もそう、難しいことではありませんわ。棄てたり、売ったり、自分で壊さない。それさえ守っていただければ割と便利な一品ですのよ?」
「いやぁ……でもこれは……」
「なんや、そんなことでええならサインするしかないやん」
「書いてあることもそこまで変じゃないしな」
戦慄するそえーんを余所に、卿とズリキチはペン立てからそれぞれボールペンらしきものを手に取り、紙に署名していく。
「…………はぁ」
卿とズリキチによく考えるように促そうとしたそえーんだったが、思い返してみてもどうせ言うことなんか聞かないのは目に見えてるので、そえーんもペンを手に取り、紙に署名した。
「そういえば、辺獄くんトイレから戻ったか?」
「いや? 店のドアが開く音とかせーへんかったな」
「もしかして、トイレで一発抜い──」
言い掛けたズリキチの口元めがけて、そえーんがアイアンクローを決める。
「俺ら先に署名しちゃったし、そろそろ呼びに行こうか」
「いくら大の方でもあんまりおせーのはな」
「じゃあ、オードリーさん、ちょっと俺ら辺獄くん連れてくるんで」
「ええ。わかりましたわ」
オードリーが小さく手を振り、卿と共にそえーんはズリキチにアイアンクローを決めながら、引きずって外へ向かう。
扉を開けた所で、ズリキチはそえーんのアイアンクローから解放される。
「ってえな、何すんだよ」
「いや、不意に下ネタぶっこもうとするから……」
「あと別に俺までくる必要なかったろ」
「おめーをあんな美女と二人っきりにさせられんわ」
「猥らがいなくなったとたん土下座してパイズリ頼もうとするんやろ」
「そりゃあ……そうだろ」
「そうだろ。じゃねーよまったく……」
ズリキチ一人残すのも考えなくはなかったが、やはり無礼を働くであろうズリキチを引きずってきたのは間違ってなかったと思うそえーんだった。
「えっと、店出て右の角にトイレあるんだっけか?」
「せやな。辺獄くんが余程の方向音痴じゃなきゃトイレに──」
「……なあ。お前ら」
卿の発言に被せるようにして、ズリキチが二人に呼びかける。
神妙なトーンで呼びかけられたそえーんと卿は、ズリキチの二の句を真面目に待つ。
「アレ……辺獄くんだよな」
ズリキチの指し示す方向に、視線を向けると。
「らん、らん、るー☆」
「らん、らん、るー☆」
辺獄が、いた。
正確には、辺獄と──もう一人。
ツーサイドアップ……俗に言うツインテール……の髪型で、小柄な美少女が辺獄と手を繋いで仲睦まじくグルグルと回っていた。
その光景に、三人は硬直し。
「らん、らん、るー☆」
「らん、らん──」
三人の視線に気づいた辺獄もまた硬直する。
急に動きを止めた辺獄に不安を感じたのか、少女が心配そうな表情を浮かべて辺獄に訊ねる。
「どうしたの? “お兄ちゃん”」
「……ううん何でもないよー。何にも無いから大丈夫だよー」
「大丈夫だよー、っじゃねえよ! ボケぇッ!」
硬直から立ち直ったそえーんが辺獄に渾身のツッコミを入れる。
そえーんの叫びに少女はびくっと体を震わせ、辺獄の影に隠れる。
その怯えように、辺獄が憤慨してそえーんに文句を言う。
「ちょっと、大きな声出さないで貰えます? 怖がってるじゃないですか。もう」
「普通に話進めようとしてるおめーの方が怖いよ」
「チラッと見たけどめっちゃ可愛くなかった?」
「ああ……将来的にはF……いや、Hはいくかもしれん……!」
戦慄するそえーんは馬鹿二人をとりあえず放置し、少女を怯えさせぬよう、声のトーンを落として、少女を指して辺獄に訊ねる。
「それで……辺獄くん。その子は……」
「妹です」
「んなわけ無いやろ」
「頭トチ狂ってんのか」
「妹ですッッッ!」
即答した辺獄に間髪入れず卿とズリキチが否定と罵倒を浴びせるが、辺獄は少女を抱きしめて叫んだ。
余りの必死さにそえーんはおぞましいモノを感じたが、一応まだコミュニケーションは取れると判断し、質問を続ける。
「あー……えーっとな、とりあえず、経緯を話してくれんか。俺としても、まさか辺獄くんが犯罪に手を染めたとは思いたくないし、誤解があるなら解決しないとダメじゃん?」
「なんかちょいちょい失礼なのが腹立ちますけど、まあ、いいですよ」
そう言って、辺獄は事情を語り始める。
~~~~~
──約三十分前。
オードリーから教わった場所で、用を済ませた辺獄は手をハンカチで拭きながら店の正面口へ戻ろうと角を曲がろとした。
瞬間。
「きゃ!」
「おぅふ」
辺獄の太もも付近に何かがぶつかり、バランスを崩しかけるが、なんとか堪える。
ぶつかってきた方を辺獄が見ると、そこには──
「いたた……」
見目麗しい可憐な少女が、いた。
具体的に言えば、辺獄の好みど真ん中の少女が、尻餅をついて倒れていた。
「あ、その……」
辺獄は言いかけて、止まる。
まず頭を過ったのは“言葉が通じるのか”という問題。それからも少女に対しての謝罪など、色々な事が辺獄の頭をグルグルと駆け巡る。どうすれば、いいのかと。
「あの……」
「え、あッ、はい!」
急に畏まった辺獄に少女は驚きながらも、心配そうに顔色を伺うようにして、辺獄へ訊ねる。
「痛くなかった? ──“お兄ちゃん”」
お兄ちゃん。
見目麗しい可憐な少女からそう呼ばれた辺獄に電撃が走る──
「うん! 大丈夫大丈夫! お兄ちゃん頑丈だから何ともない!」
「そっか、良かった」
(あ゛あ゛ッ! がわ゛い゛い゛!!)
えへへ、とはにかむ少女に辺獄は内心涙を流しながら悶えていた。
少女の名前は、アカリと言い。
散歩で街を歩いてて、大通りを通る馬車の大きさに目を向けていた所、辺獄とぶつかってしまった……という次第である。
もはや言葉が通じるかどうかの心配を余所に、辺獄とアカリは楽しく談笑していた。
そして、僅かばかりの……一ミクロレベルの僅かだが……理性を取り戻した辺獄はアカリに恐る恐る訊ねる。
「アカリちゃん……は、もうおうちに帰らなくていいの?」
本当ならば、ずっと……ずっと一緒に居たい。ようやく、願って願って願って来てくれた、愛しい──妹(と呼べる少女)。あの三人もどうにかして事故に合わせて亡きものにして、妹と──アカリと慎ましやかに暮らして生きたい──と辺獄は内心思っているものの、やはり訊かねばならぬことは訊いておかねばならない。
そんな断腸の思いで訊ねた辺獄に、アカリは。
「えへへー、わたしね、辺獄お兄ちゃん大好きー! だからね、ずっといっしょにいる!」
「──」
その、無垢で、純心な言葉に。
(がわ゛い゛い゛……しゅき……もう離さない……)
涙を堪え、優しく。しっかりと、アカリを抱きしめた。
~~~~~
「ってことなんですけど」
「──誘拐、じゃねえかあああッ!!」
そえーんの叫び声が響き渡り、一瞬の静寂が訪れる。
そして、そえーんは再び大きく息を吸い──
「誘拐じゃねえかあああッ!!!!!」
喉が張り裂けんばかりに、叫んだ。そして、むせた。
そえーんの至近距離にいた卿とズリキチは無表情で耳を塞ぎ、そえーんのシャウトが終わるのを見計らい、耳から手を外し、冷淡な声で辺獄に告げる。
「まあ、その、何? 辺獄くん自首しよっか。猥も途中までなら付き添ったるから」
「あー、でも俺らって離れられないんだよな。てなると自首しちゃったら俺らも巻き添えじゃん」
「うっわ、何その理不尽。悪いんやけど辺獄くん自害してくれへん? さすがに猥らに迷惑かかるのはいただけないわ」
卿の悪辣な発言にも動じる事なく、辺獄はポケットから奇妙な物体──AIREALを取り出す。
「なら、もっと良い方法ありますよ」
いつもなら卿の発言に引きながらツッコミを入れるはずの辺獄が、異様な雰囲気を纏わせて、手にしたAIREALを突き出すようにして、かざす。
「──私一人いれば良い」
〔おう、兄ちゃん! やる気だな! やるんだな! そんじゃあいっちょやったろうじゃねェか!〕
辺獄の発言と突如聞こえた世界の果てまで行くバラエティ番組のナレーションのような声に三人は固唾を飲み込んで身構え。
「武装、顕現──大地精妹万歳ッ!!」
辺獄が叫ぶと、手にしたAIREALから眩い光が辺りを照らした。