ズリキチ、盛るペコる
「もう充分ですの」
「そこまでに、してもらおうか」
そえーんの目の前で戦棍を構えるのは、前髪に橙色のメッシュを入れた白髪をツインテールにしたメイド姿の、外見ニャル太郎にして精神シノタロス。
そして、そえーんの後ろから横を通り過ぎて行くのは、名状し難い性癖欲張りデラックスセットの暫定少年、ライウェー。
ライウェーは倒れた東雲の幻想屋に近寄り、しゃがみ込む。
「さて、黒の主よ。いい加減、目は醒めたかな?」
「………………………」
問い掛けても反応を示さない東雲の幻想屋に、ライウェーは仮面に覆われた顔の耳元で囁く。
「黒の主……進捗は、ど・う・か・な?」
「アッ……すませんまだ半分……スンマセンイマカキマスッ! あ……っ、痛ぅ……」
勢いよく起き上がる東雲の幻想屋だが、蓄積された痛みに悶える。
そんな光景に、そえーんは特大螺旋状筍破回転撃を中断させ、新たに用意した煙草を深く一服、紫煙を気だるげに吐き出す。
「……僕は君らから、そこでぶっ倒れてるヤツの根性叩き直して欲しい、って要望を忠実にこなしてる所だったんだけど?」
「ええ、ですからもう充分ですの。依頼はこれにて終わり。どうもありがとうございましたですの」
そう返したニャル太郎は突きつけた戦棍を地面に立てる様にして置く。
そえーんはその後も煙草を吸い続け、短くなった所で地面に捨て、踏みにじる。
「そんじゃまあ、当人がよろしいそうなんで。飯にしましょうかね」
闘志も消え失せ、魔法も贋無限筍生も解除したそえーんは周囲に散らばったタケノコを拾い集めた。
その後。他三人も動員させ、タケノコを拾わせて四人……辺獄、卿、ズリキチ、ヌメロニアスヌメロニア……の下に向かう。
「あ、そえーんさん」
「おー、戻ったんか」
「おかえりー」
「………まぁ、いいや。おら、お前らタケノコ剥け。飯にすんぞ」
そえーんはテーブルの上に散らばったトランプのカードを眺め、一瞬イラついたものの、疲労と空腹で毒気を抜かれ、食事の準備を促す。
ヌメロニアスヌメロニアから調理器具、調味料等を借り、出来上がったのは──
「……何これ」
「タケノコチップス」
ヌメロニアスヌメロニアの疑問にそえーんが答える。
テーブルの上には、小麦粉をまぶしたタケノコの素揚げ……タケノコチップスが大皿に山盛りで乗っていた。
そして、各々が好みの調味料を用意し、タケノコチップスをつまみ始めた。
始めの内は妙な気まずさから、皆一同に黙して食べていたが、そえーんが沈黙を破る。
「そういやさ、東雲くんは他のフォロワーにも会ったんだっけ?」
「アッ……ハイ……」
「そんなビビんなくても」
「もう怒ってないです……?」
「始めっから怒ってねーよ」
「え~? うっそだぁ~」
「おう、またボコられてえか」
「ホントごめんなさい」
「で、どうなの。他に誰と会ったか──あと何があったか教えてよ」
「えーっと、まずは──」
そうして、ヌメロニアスヌメロニアを除いた主に四人はタケノコチップスをつまみながら、東雲の幻想屋からこれまでの経緯を知る。
クトゥルフの館での事、他フォロワーとの邂逅、アールマティとの一件、そして神──ナンナとの一戦。
それらを口頭で聞いた四人は、難しい表情を浮かべていた。
それもそのはず。内容が愉快に混沌っている為、口頭で解る事などたかが知れている。
さりとて他の面々……ニャル太郎、シノタロス、ライウェーに詳細な説明が出来るかと問われれば、怪しいものがある。
数分沈黙が支配すると、辺獄から「あ」と、声が上がる。
皆が一斉に注目し、照れる辺獄に、隣に座っていたそえーんが「はよ言え」と脇腹を貫手で突っつく。
辺獄は一瞬、気色悪く悶えるものの、咳払いして姿勢を直す。
「……で? 何かあんの辺獄くん」
「えーと、小豆味見ればいいんじゃないかなって」
「何を言って……それもそうだな」
「えっ」
唐突な提案にも関わらず、即座に順応するそえーんと、困惑する東雲の幻想屋。
四人はそれぞれスマホを取り出して操作し始める。
「ちょ、ちょっと待って! え? 皆スマホ使えるんです?」
「ああ、我らがえあくんはWi-Fi飛ばせっから」
「え、すご。いいなー……じゃなくて! えあくんって、エアリアルさん?」
「ツッコミに回ったり、程よくオモチャにされてる、そのエアリアルくんで合ってると思うよ。今こんなんなってっけど」
ことん、とそえーんは多面体の物体──AIREALを置く。
東雲の幻想屋は興味深くAIREALを見回す。
「うわぁ……エアさんこんなんなっちゃってんだぁー……うわぁー……」
〈じろじろ見てんじゃねえぞ、コラ〉
「うわ、喋った! あと声がア○ゴさんだ!」
はしゃぐ東雲の幻想屋を余所に四人は黙々とスマホを操作しつづける。
ハッと我に返った東雲の幻想屋は泡食って制止を試みる……が、その甲斐空しく。いつの間にか分離していたシノタロスに羽交い締めにされて止められる。
やがて、数時間後。
羞恥に悶え愉快に蹲る東雲の幻想屋を、生暖かい目で苦笑いを浮かべるそえーんと辺獄がおり。卿とズリキチは無表情で見つめていた。
「なんつーか、うん。面白かったよ。うん。なあ、辺獄くん」
「あー……そうですね。色んな人が仮面ライダーよろしく変身するのはエグ○イドとかビ○ドっぽくて面白かったですね。ええ」
「やめて……そんな差し障りのない感想はやめて……」
顔を手で覆い、のたうち回る東雲の幻想屋を、シノタロスは優しく頭を撫でていた。
「普段おちゃらけてる割に性根がアウトロー寄りってのもなんかなー。ギャップにしてはちょい弱い感じするわな」
「あー、きょうちゃんそれ解るわ。”雨の中子犬拾った不良“感があるよな東雲さんとニャル太郎」
「そうそうそれ。人間嫌いなのに他人が傷つくのは嫌ってのも──」
「やめろォ! やめろォ!!!」
卿とズリキチの感想戦に堪らなくなった東雲の幻想屋は飛びかかって止めようとするが、ニャル太郎のローキックにより妨害され、ヌメロニアスヌメロニアは皿を片付けると、ライウェーとババ抜きで遊んでいた。
筆者の目の前で作品を読むという、ある種の羞恥プレイを東雲の幻想屋にかましたせいで一触即発の雰囲気となったため、五人は東雲の幻想屋一行と別れ、かつての行き先……梁山泊へと向かう。
不幸中の幸いとでも言うべきか、りんごニキの射出はそれなりに正確だったので、AIREALのナビゲートによると直線上に進めば着くとの事。
だが………距離がそこそこ、長い。
そえーん、卿、辺獄、ズリキチの四人は、ぎゃあぎゃあと喚き、叫び、言い争いながらも、野宿など論外という結論は一致し。
昼夜通しの強行軍を決行する。
そうして、山、谷、川を越えていく内に、ある程度拓けた場所に出る。
ヌメロニアスヌメロニア以外の四人は汗だくになり、身体のあちこちを汚しながらも、遠方に見える山の麓の町らしき場所を見据える。
「ぜー……はー……いや、遠すぎんだろ……」
「これは……着くの夜中になりそうやな……」
そえーんと卿は呼吸が絶え絶えになりながらも、一歩ずつ進んで行き。
辺獄は体力が尽きたのか、ズリキチに肩を預け、引き摺られていた。
「なあー、誰か辺獄くん持てよー。俺もう疲れたんだけど」
「体力一番あんのズリキチだろーがよ……」
「せやで。絶頂十発は保つ体力ここで使わな何時使うねん」
「パイズリならともかく、変態担ぐ体力は俺ねーよ」
ぐったりしていた辺獄が文句を言おうとした、その瞬間。
五人の頭上を影が覆い。目の前に、腕が翼になっている竜──ワイバーンが羽ばたいて現れた。
「おお、これが“話の途中だがワイバーンだ”ってヤツか。案外細せーのな」
「思ったより造形がトカゲでワロタ。写真撮ろ」
「──って言ってる場合か! 馬鹿ども! 戦闘態勢とれ!」
呑気なズリキチと撮影する卿に怒号を飛ばすそえーん。
その声に反応してか、ワイバーンが咆哮を轟かせる。
予想以上の音量に、全員耳を塞ぐ。
やがて咆哮が終わると、ワイバーンは目をぎらつかせ、口から炎を漏らしていた。
ようやく、事態の深刻さに気づいた卿とズリキチはAIREALを取り出し、そえーんは思考を巡らせ、卿に呼び掛ける。
「きょうちゃん、君に決めた! 先手頼む!」
「猥、ポケ○ンちゃうんよ。ま、頼まれたからにはやりましょうかね。狂火魂縛つこて、そえーんくんのライフとトレードや!」
「やっぱ待て! 僕がや──」
卿の不穏な発言に、制止しようとしたそえーんだが。
突如、ワイバーンの首にワイヤーが巻き付く。
苦悶の絶叫をあげようとするも、次の瞬間には首に一文字の線が入り、ごとり、と椿の花の如くワイバーンの首が落ちた。
それに従い、ワイバーンの首から下も落下して地に伏せる。
驚き、呆然とする五人の視線の先には──
「ふー。不意打ち決まって良かったー……この大きさじゃ鱗や牙剥いでもそこそこかなぁ……」
右手に小振りな盾、左手にはワイバーンの血液らしきものが付着した片手剣。
そして、女騎士然とした格好の人物が、足下を眺めていた。
すると、他に人がいる事に気づいた女騎士は、五人を見て、気さくに話し掛ける。
「あ、怪我とか大丈夫ですかー? いやー、災難でしたね。いきなりワイバーンに襲われるなんて」
ワイバーンを足蹴にしつつ、女騎士は五人に近寄っていくが、そえーん達は警戒を緩める事なくじっ、と女騎士を見据える。
……ズリキチは鼻息を荒くしていたが。
女騎士も警戒したそえーん達を見て、その場で止まり、数秒眺めると得心したように両手を合わせ、そえーんを手で指し示して訊ねる。
「もしかして、そえーんさん?」
「……そうですけど。僕の知り合いなんすか?」
東雲の幻想屋著の小豆味を一通り読み通してみても。そえーん達の頭に思い当たる愉快な知り合いは居ない。
そえーんが小首を傾げていると、女騎士は兜を脱ぎ、頭を振って艶やかな桃色の長髪を後ろに流し。
爽やかな笑顔を浮かべて自己紹介する。
「私は180ポイントです」
麗しい美女、180ポイントに、ヌメロニアスヌメロニア以外の四人は口をあんぐりと開けて愕然としていた。
自己紹介を簡単に済ませ、骸と化したワイバーンの尻尾を担いで胴体を引き摺って歩く180ポイントに、ワイバーンの首を抱えて運搬しているそえーん、卿、辺獄、ズリキチの四人が着いていき、その後ろをヌメロニアスヌメロニアが浮遊するアイアンメイデンに腰かけて追随する。
せっかくだから、と180ポイントがワイバーンを捌いて調理してくれるとのことらしい。
やがて、小さな湖の周辺に辿り着くと、180ポイントは近くに設置していたテントから調理器具を取り出して準備を始める。そして、五人は。
「なんで俺だけがワイバーンの首側担当なんだよ。今にも動きそうで怖えーんだけど」
「そんなん、じゃんけんして君が一人負けしたからやろがい」
「それに胴体の方が面積大きいですし、こっちに人割かないと時間かかりますよ」
「いや首側もまあまあデカイが。ヌメロニアスヌメロニアちゃんこっちに加えてくれよ」
「ダメですよ」「嫌」
「ほら口より手ぇ動かせー」
ズリキチの要請に辺獄とヌメロニアスヌメロニアは無下に断り、そえーんが号令を掛けると、五人はそれぞれ手にしていたナイフでワイバーンの鱗をガリガリ剥がしていた。
しばらく作業し、鱗の全てを剥ぎ終えると、待っていたと言わんばかりに、180ポイントが鮮やかな手つきでワイバーンを捌き、調理していく。
某ハンティングアクションゲームよろしくダイナミックな調理が終わり。
「さ、出来上がりましたよー」
どん、とテーブルに所狭しと並べられた料理の数々を見て、野郎共は唾を飲み込み、喉を鳴らす。
「それじゃ、いただきます」
「「「「いただきますッ!!!」」」」
ヌメロニアスヌメロニアは静かに、他四人は“待て”を解かれた犬の如くがっつき始めた。
「うめぇ……うめぇ……!!」
「久しぶりの肉ホンマ美味いな。臭みも脂身も少ないから食べやすいわ」
「ワイバーンって食べられるのかとちょっと心配してましたけど、ホント美味しいですね」
「タケノコやナメコとは大違いだな」
「皆さん普段どんな食生活送ってるんですか………」
四人の大げさなリアクションに苦笑いする180ポイントは、黙々と食べるヌメロニアスヌメロニアに話し掛ける。
「えーと、味はどうです?」
「美味しい……です」
「そっか、良かった」
ぶっきらぼうに答えたヌメロニアスヌメロニアに対しても、180ポイントは優しく微笑んだ。
少し遅れて180ポイントも食べ始め、料理の出来に満足そうな笑顔を浮かべる。
「やっぱりワイバーンの肉は食べごたえありますねぇ」
「あの……」
「どうかしました? ヌメロニアスヌメロニアちゃん」
「おかわり……ってありますか」
「ああ、おかわりね。はい、どうぞ」
そんなほんわかした光景を四人──特に辺獄──は親戚のおじさんの様な気色悪い笑みを浮かべて眺めていた。
と、我に返ったそえーんが恐る恐る180ポイントに訊ねる。
「えー……もっかい訊くけどさ。あなたは180ポイントさん……で合ってますかね?」
「合ってますよー……あ、もしかして小豆味読んだんですか?」
「あー……まあ、はい……」
他の三人も同意を示し、そえーんが肝心の質問をする。
「180ポイントさん、どうも劇的ビフォーアフターしてますけど、一体どういう経緯なんすか」
「お恥ずかしい話なんですけど……間違って食べちゃったんですよね。毒キノコ」
「毒キノコ」
「テンプレやね」
「毒で性別変わるってファンタジーですか……ファンタジー世界でしたね。此処」
「ロマンのあるキノコだな……」
180ポイントは腰元のポーチから図鑑らしき物を取り出してパラパラと捲り、とあるページのイラストを指して四人に見せる。
四人は覗き込む様にしてイラストを見て……眉根を寄せる。
「これ……松茸?」
「あ、やっぱりそう見えます? でも違ったんですよねぇ……」
見せられたイラストは現実の世界における高級食材──松茸に瓜二つだった。
正確に言うならば、松茸に似ているものの、どことなく黒い。
180ポイントは本をそえーんに渡し、料理をパクつきながら説明を続ける。
「見つけたの夜中だったし、お腹空いてたしでうっかり食べちゃったんですよね……トランスセクシャルダケ」
「トランス」
「セクシャル」
「ダケ」
「その話詳しく」
オウムの様に復唱するそえーん、卿、辺獄に、無表情ながら鼻息を荒くするズリキチ。
ヌメロニアスヌメロニアは黙々と、もぐもぐ食べていた。
「詳細な効能とかは本に書いてありますけど、要は食べたら性別変わっちゃうんですよ。そのキノコ。更にタチの悪い事に、一度食べたら耐性が付いちゃうらしくて。もう一度食べても、ただの松茸と大差なくなりました」
「じゃあ、もしかして小豆味の時と様子が違うのは……」
「性別変わるとドライバー……東雲さん達が持ってた様な変身ベルトも使えなくなっちゃいまして。仕方ないので装備整えて、あとは魔法で何とか、って感じです」
参っちゃいますよねー、と苦笑する180ポイントに、そえーんも釣られて苦笑していた。
と、ズリキチの妙な視線に感づいた180ポイントが首を傾げる。
「あの、どうかしました? ズリキチさん」
「…………“七二”、か?」
瞬間、沈黙が支配し、空気が軋む。
180ポイントは、表情こそ微笑のままだが──笑みが、凍てついていた。
突然の緊張感に、普段ならツッコミを入れるそえーんも、半眼になりながら毒吐く卿も、ドン引きする辺獄も、まるで石の如く固まる。
三人が抱く想いはただ一つ。
──“下手すれば、ヤバい”
ズリキチは、そんな三人を一顧することもせず、椅子から腰を上げると、全く臆することなく180ポイントを見据え、至って真面目な表情で告げる。
告げて、しまった。
「180ポイントさん。俺、魔法みたいな力で豊胸できるんで──パイズリさせてください」
それは──とても美しい、御辞儀だった。
知ってか知らずか、御辞儀の中でも最敬礼と呼ばれる、腰を四五度に曲げた、正に完璧とも言える礼であり、大抵の要求なら通してしまいそうになる……そう思わせてしまう光景だった。
──内容さえ、まともであれば。
対する180ポイントは笑みを貼り付けたまま、静かに立ち上がり。
深くため息を吐き、返答する。
「先に言っておきますけど、嫌です。それと──」
言い切る前に、腰に提げた片手剣を抜刀。稲妻が奔り、遅れて雷鳴が轟く。
ヌメロニアスヌメロニアはワイバーンの肉を齧りながら、ズリキチ以外の他三人は情けない悲鳴を上げて、ギリギリの所で避難し。
標的のズリキチは後方に勢いよく倒れて回避しており、ノロノロと立ち上がる。
180ポイントとしても先の一撃は当てる気は無かったため、立ち上がったズリキチを見据え──凍りついた笑みのまま、告げる。
「その喧嘩、買ってあげますよ。覚悟してくださいね」
「そっちこそ。俺が勝ったら、覚悟してくれよ」
“武装、顕現──風禍銃刀”の掛け声と共に、ズリキチは刃の生えたリボルバー式拳銃──風禍銃刀を握りしめ。
この上無くしょうもない、しかし規模の狂った戦いが始まった。
「ふっ──」
短く息を吐き切った180ポイントが片手剣を振るうと、先程とは変わって剣の切っ先から炎が迸る。
ズリキチは小石を眼前に投げ、即座に風禍銃刀で撃ち抜く。
突風の弾丸を浴びた小石は瞬時に岩石へと大きさを変え、迫り来る炎を防ぎ、岩の陰から飛び出したズリキチは風禍銃刀の触手を伸ばし、捕らえようとする。
180ポイントは触手を片っ端から切り落とすものの、切断面から蠢いて伸びてくる触手に小さく舌打ちすると、しゃがみ込んで、片手剣の切っ先を地面に突き刺す。
瞬間、地面から氷の壁が勢いよくせり上がって触手の追撃を完全に遮断する。
「氷……!?」
{主! 上だッ!}
AIREAL・ケーアイの声でズリキチが弾かれた様に顔を上げると、氷壁の頂上から180ポイントが落下しながら、剣を振り被る。
「──漆黒放撃閃」
「………ッ!」
180ポイントから発せられた、赤黒い閃光に危機を感じたズリキチは遮二無二転がって距離を離す。
衝撃と共に轟音が響き、元いた場所を見ると、地面がクモの巣状にひび割れ、クレーターが生じていた。
(雷、火、氷……んでもって謎エネルギー。180ポイントさんの能力……いや、“魔法”は──)
推察するズリキチに対し180ポイントは、右手に備え付けた小ぶりな盾から、鉤爪付きワイヤーを氷壁の上部に引っ掛けて着地する。
油断無く歩を進める180ポイントに、ズリキチが話しかける。
「……180ポイントさん、その“魔法”は──」
「あ、やっぱり魔法だって気付くものなんですね──気付かれた所で特に困らないですけど」
言いながら、180ポイントは剣の切っ先をズリキチへと向ける。
「……ッ!」
悪寒を感じたズリキチは風禍銃刀の触手を伸ばし、後方の木に巻き付けて身体を移動させる。
居た場所に高圧の水流が迸り、地面に直線を描く。
平然と打ち放つ180ポイントの魔法……『五種属性放出攻撃剣法』は片手で持てる剣を装備しなければならないという条件はあるものの、様々な属性攻撃を大規模で繰り出せる。
火、雷、氷、水──そして、“黒”。
五種類の属性エネルギーを以て、180ポイントは数々の戦闘を切り抜けて来た。
そんな180ポイントに、ズリキチは。
(今が七二だとするなら、三〇センチくらい増量が板……いや丸いな)
端から見れば極めてどうでもいい事を、当人は至って真剣に考えていた。
それから、180ポイントは怒涛の攻撃を繰り出し、ズリキチを仕留めにかかるが……詰めきれない。
無論、180ポイントも手加減は多少しているが、それでも完全に手を抜いている訳では無く、直撃すれば手足の一本程度は使い物にならなくするレベルの攻撃を繰り出し、接近する。対するズリキチは風禍銃刀で襲いくる攻撃を刃で捌き、風の弾丸で小石を巨大化させ、接近を防ぐ。
その最中、触手の一本がズリキチの耳に差し込み、音を送り込む。
{主よ。ようやく相手の繰り出す“黒い攻撃”の正体が解ったぞ}
永遠の一七歳を自称してそうな女性音声のAIREAL・ケーアイは間髪入れずに情報を送る。
{あの攻撃……便宜上、“黒”と呼称するが。主にも伝わりやすく説明するなら、“重力”が近いようだ}
「……重力って可視化するもんだっけ?」
{近い、と言ったであろう。黒く見えるのは塵の色が光を吸収するベンタブラックという黒色由来に因るものだ。そして、その塵が硬質物と反応し──瞬間的に強い重力を発生させてるようだな}
「長いから一行で説明してくれよケーアイ様」
{あの黒に触れると文字通り塵一つ残らん}
──そんな物騒なもん平然とぶっぱなしてんのか180ポイントさん──
と、戦慄するズリキチを余所に。
180ポイントの攻撃は止まらない、途切れない。
公然とセクシャルハラスメントを成したズリキチを相手に。
180ポイントに──容赦は、無い。
「今のままだと、勝てねえな……」
しっかりと認識するように、ズリキチは静かに呟く。
相手は遠中近、隙の無い攻撃方法を有しており。威力も致命的。
対するこちらは、切れ味鋭い刃と撃ったモノを大きくさせるエアガンに、触手。
更には、戦闘後のお楽しみの為にも、180ポイントに重傷を負わせる訳にも行かない。
つまり、この時点でズリキチは“斬撃で攻撃できない”というハンデを背負っている。
「将棋で言うところの飛車角落ち……ってトコか」
圧倒的では無いものの、不利。
そんな状況にあっても、ズリキチの戦意は衰えること無く──寧ろ、猛り。燃え上がる。
勝って、その先の喜びを得るために。
{主よ。時は来た。さあ──ここから逆転しようではないか}
「──応ッ!」
ズリキチは180ポイントによる怒濤の攻撃を紙一重で捌きつつ、AIREAL・ケーアイから脳内に送り込まれる呪文を謳いあげる。
「平行次元、同調接続……!」
{疑似式魔性法則展開}
熱の籠もったズリキチと対象的に極めて機械的なAIREAL・ケーアイの声が静かに響く。
「理想を描き、理念を突き詰め、理屈を極め、理外を創る」
本来であれば。それは、名状しがたき者、黄衣の王と呼ばれるものを招来させるものである。
──だが、しかし。
「研がし澄ますは、無数の研鑽。至りし境地は此処に。求めし極地は──未だ彼方に」
この場、この瞬間に於いては。
辺獄、卿、そえーんと同じく。
“どこかで”、“いつかの”──“ズリキチ”から。
疑似的にではあるが、魔法を使えるようにする、パスワード。
「来たれ、我が、心核」
{魔法展開完了}
最後の一節を唱え終え、ズリキチは180ポイントを見据え──風禍銃刀を天に掲げる。
「原典廻帰──無限乳挟射艶世」
己の魔法を高らかに叫ぶと、風禍銃刀の触手がズリキチにまとわりつき、黄衣の外套と化し。
風禍銃刀の刃は二又に別れていた。
(……パワーアップにしては、規模が小さい)
片手剣を握った手首を軽く回し緊張を解しつつ180ポイントは警戒心を高めてズリキチを見据える。
先手を打つか、後手に回るか。
180ポイントが選んだのは──
「ふっ──」
先手、必勝。
そして微塵も加減することなく“黒”を放出。
ズリキチは怯え惑うことなく、外套の裾を掴み、叩きつけるようにして跳び上がる。
宙を舞うズリキチに180ポイントが次手を放つ──よりも、速く。
ズリキチが風禍銃刀の引き金を引く。
乾いた音が二連響くものの、180ポイントには当たらず、その両隣の地面が砂埃を巻き上げる。
「外した……? なら──ッ!?」
構わず追撃を放とうとした180ポイントだが、左側を視界に収め、絶句する。
そこには巨大な──おっぱいが、迫ってきていた。
「くッ……」
追撃を中断し、即座に飛び退く。
180ポイントが先程までいた場所に、二つの小山、否、乳房が柔らかそうに波打ちながら、互いに衝突する。
役目を果たしたのか、時限式なのか、二つの乳房は透過するように消えていく。
摩訶不思議……というか、あまりにもシュールな光景に数秒唖然とするが、なんにせよ。
“攻撃”である以上、受けるという選択肢は論外。どういう影響が生じるか解ったものではない。
ならば、と。
180ポイントは先程とは比にならない程に一気呵成に攻めたてる。
火、雷、氷、水、黒の属性攻撃を全力で放ち、ズリキチの反撃を封じようと試みる。
「ケリを──着けさせてもらう」
「寝言なら寝てから言ってくれませんかね」
ズリキチの宣言を一蹴した180ポイントの攻撃が直撃する寸前に、ズリキチが足下に風禍銃刀の銃口を向け、撃つ。
瞬時に乳房が三つ、地面から生える。
属性攻撃の内、三つ。
黒、水、氷は乳房に瑞々しく弾かれ、上に飛ぶ。
だが、まだ二つ。乳房の間をすり抜け、ズリキチの下に向かう。
「おおォ──りゃあっ」
ズリキチは風禍銃刀を横薙ぎに振るい、一閃。
雷と火も上下に両断され霧散する。
「まだまだ──」
180ポイントが片手剣を上段に振り上げた──瞬間。
「そこだ」
「う、ぐ……ッ!」
ズリキチが即座に180ポイントに向けて、発砲。
胸部に衝撃を受け、たたらを踏む。
傷の程度を確める為に、180ポイントは自身の胸を触り、驚く。
「……えぇー?」
驚愕も確かにあるが、それよりも呆れの方が割合として大きいかもしれない。
何故ならば。
180ポイントの乳房が大きくなっていたからだ。
突如として増加した胸の乳房
に姿勢を崩しながらも、前へ─跳ぶ。
片手剣に属性を纏い、渾身の一撃を叩き込もうとするも、眼前に乳房がせり立つ。
「くっ──」
強く踏み込み、急停止して後ろに跳ぶ──が。
そこには既にズリキチが居り。
「詰みだ──180ポイントさん」
地面に向けた風禍銃刀を発砲。180ポイントの背後からも巨大な乳房が現れ、挟まれる。
「~~~~ッ、ぁ──!」
柔らかな双丘に包まれた180ポイントの身体に、電流が迸る。
激しい動悸、沸き上がる快感、思考の錯乱、漏れそうになる嬌声……つまり。
性的絶頂を迎えていた。
快楽の奔流に飲み込まれた180ポイントは虚ろな目で仰向けに倒れ、痙攣していた。
ズリキチは、マントの裾から伸びる触手に風禍銃刀を預け、横たわる180ポイントを見据え、神妙に合掌し。
「──いただきます」
告げた──瞬間。
「さ──っせるかァッ!! こんのスットコドッコイッッッ!!!!」
そえーんの絶叫と共に、筍槌とタケノコがそれぞれズリキチの頭と背にクリティカルヒットした。




