幕間-②
豪奢な外見とは裏腹に、内部は質素でありながら徹底的に無駄を省き、剛健な造りの建物に、一人の──一柱の存在が、散歩するかの如く気安さで闊歩していた。
一柱……『悪逆』、アンラ・マンユが物見遊山よろしく実に軽薄な態度で睨め付けながら、ヘラヘラと歩を進める。
「……はッ、外面と違って中身は随分地味な上に──出迎えもねェとはなァ! オイ、誰かいンだろォ!?」
雑な挑発も虚しく、ただ建物内を声が反響していくだけで、特に変化は現れなかった。
無反応に苛立ちを覚えたアンラ・マンユはつまらなそうに舌打ちし。道なりに続いていた階段を何回か登り降りして、通路を抜ける。
そこは、社でもあり、玉座の間でもあり、祭壇でもある──そんな、場所だった。
無神教の人をもってしても、明らかに“違う”と感じられる場所……もしくは、聖域と呼べるのが、この場所なのかもしれなかった。
結界も、地脈も、場所その物には何一つ特別な物は無かったが、そこに。その場所に、“ソレ”が居るだけで相対する者に“違う”と認識せざるを得ない……そんな、異空間に、アンラ・マンユは堂々と一歩を踏み出し。冒すように進んで行く。
「ふん。溜め込んでンのか、そーゆー造りにしてンのか知らねェがな。己にゃァ効かねェよ。こんなの」
鬱陶しい、と鼻を鳴らし、僅かに眉根を上げたアンラ・マンユは続けて顔を上げ、見上げる。
視線の先には五十段は有ろう階段の頂上に、天井から向こう側がうっすらと見える幕が下ろされていた。
そして。幕の向こう側に、玉座に腰掛けていた“ソレ”が居た。天窓から光が降り注ぎ、逆光によって黒影と化していたが、ヒトのカタチはしており──その瞳の色は、“紅蓮”だった。
瞳は幕の向こう側からでも判る程度には煌々と輝き、眼下の存在──アンラ・マンユを見据えていた。
黙して見つめてくる相手に対し、アンラ・マンユは口角を上げつつ嘲笑う。
「よォ。随分とまァ、イメチェンしたもンだなァ? 前会った時とは、えれェ違ェじゃねェか。幕越しなのは……フッ、まァだコントロールできてねェのかよ。テメェ」
尚も馴れ馴れしく話しかけるアンラ・マンユだが、玉座の主は一言も発すること無く、ただ。眼下の悪神を見つめる。
話す意思は無いが、聴く意思はあると察したアンラ・マンユは、腹の内で“どォやって喧嘩買わせてやろォかねェ”という下衆の一考を抱えつつ。
表面上は気さくに、気楽に、気安く、話し続ける。
「御目通りが叶ったって事は己の話を聴く意思がある認識で進めるけどよ。どォもアイツら、あっちこっちで派手にドンパチ戦ってるそうでな。お陰で退屈しねェもンだ……何かトンチキなパワーアップやらかしてるのはスゲェ笑えたが──アレもオマエの“仕込み”か? ……って、答える気はねェンだよな。悪ィ悪ィ」
ヘラヘラと苦笑しながら、アンラ・マンユはその場で胡座をしつつも目線だけは頭上の瞳から逸らさない。
「己も己でフラフラと色んな『圏域』回ったが……オマエの『圏域』は随分と上手く回ってるモンだな。“成り立て”のクセによォ。一体どんな手品を使ってるのか興味津々だねェ……例えば。己のイタズラにも、沈黙してられるのか──」
言いながら、凄絶な笑みを浮かべ異様な雰囲気を滲ませるアンラ・マンユは、おもむろに地面に手を付け。
身体を傾けると、頭部の合った位置にブーツで覆われた足の蹴りが空を切る。
新体操のごとき動きで軽やかに身を翻したアンラ・マンユは、蹴りを放った相手を見る。
そこには、藤色の長髪を靡かせ、つり上がった赤い瞳でアンラ・マンユを見据え。
軍服を纏い、巨躯の麗しい眼鏡美女が立っていた。
アンラ・マンユは意識を眼鏡美女に向けつつ、幕の向こう側に居る存在を見る。
紅蓮の瞳は、変わらず『悪逆』へと向けられていた。
「オイオイ……躾はどうなってやがンだ躾はよォ。つゥか何だこのデケェ女。オマエの親類かァ?」
悪態を吐くアンラ・マンユだが、幕の向こうに居る者も、目の前にいる巨躯の眼鏡美女も黙して語らない。
進まぬ状況に忌々しく舌打ちした『悪逆』は、再び座り込み自身の髪をぐしゃぐしゃと掻き、幕の向こうを指差す。
「アイツが喋らねェのは納得してるが、オマエは名乗りくらい上げられるよなァ? 己のド頭に蹴り入れようとしたんだ。もし、テメェもダンマリなら流石の己も力ずくで訊かせてもらうが」
アンラ・マンユの問いに、巨躯の眼鏡美女が口を開く。
「……シンクエンタ」
「……? 名前、つーからにはよ。前だの後ろにも、もう一つあるだろォが。ソレも含めて言えや」
「断る」
「あァ?」
神を前にしても尚、通す意思に。興味を持ったアンラ・マンユはじっ、とシンクエンタと名乗った女性を見つめる。
いくら“彼の敵”共に『圏域』も『圏族』も蹂躙されたとは言え、一端の神。それも頂点の一角に君臨する存在──故に。
多少目を凝らせば、大概の理は“識れる”。
数分にも満たない内に、アンラ・マンユは鼻を鳴らし。そして、決壊したかの様に呵呵大笑の声を轟かせる。
「どいつも! こいつも
『異人』ってーのは狂ってるヤツしか居ねェのか! 面白すぎンだろテメェら!」
爆笑するアンラ・マンユ以外の二人が黙って見つめる中、徐々に落ち着きを取り戻したアンラ・マンユが再度訊ねる。
「オーケー、さっきのは己のミスだな。質問が間違ってたから、もッかい訊くぜ? 一つ、とは言わねェ。オマエ“ら”の名は、何だ」
凝視して、把握はしているものの。好奇心を抑えられないアンラ・マンユは答え合わせを期待するかの様に、訊ねた。
シンクエンタは、極めて機械的に、名を告げる。
「シンクエンタ──アカリ。イレア。ウリア。エホバノショウニン。オルフェゴール
カレン。キリュウ。クルミ。ケイト。コラン。サツキ。シオン。スージー。セナ。ソラ。タマ。チヨ。ツムギ。ティオ。ドロシー。ナナカ。ニノ。ヌメロニアスヌメロニア。ネリー。ノエル。ハヅキ。ヒカリ。フェリス。ベル。ポーラ。マリー。ミリア ムツミ。メグル。モモナ。ヤンデレイモウト。イェリア。ユメ。エィリアナ。ヨル。ライカ。リオン。ルミネ。レイカ。ロニエ。ワカノ。ヰヴ。ヲクアリナ。ヱレオノーレ。ンニャコポン」
告げる名ごとに魂と眼鏡が丸ごと変わる奇怪さで、名を五十。言いきった。
「ひっくるめて“五十人格”ってワケかい」
アンラ・マンユの指摘に、シンクエンタはこくりと静かに首肯する。
目の前の異形な存在に“どォしたもンかねェ”と半ば呆れていた。
少なくとも話は通じるので、玉座の主は放置し、アンラ・マンユは巨躯の眼鏡美女──シンクエンタへと向き直る。
「それで、シンクエンタ……“アカリ”よォ。いくつか訊きてェことがあるんだが」
「アカリに答えられることならいーよー」
“アカリ”と呼ばれたシンクエンタは、眼鏡を赤ぶちに変形させながら、あどけない少女の様に答える。
見た目と中身の差で噴き出しそうになるアンラ・マンユだが、地雷を踏むよりも質問を優先する。
「己の記憶が確かなら、此処は“シュメール”……メソポタミア連中の『圏域』だったよなァ?」
「あー。それなら“主”さまが何柱か潰したり、飛ばしたりしたって。だから街並みはそんなに変わって無いよ」
「……それにしちゃあ、随分と色が赤いがな。つまり乗っ取ったのかよ。なァ、“イレア”」
先程とは違う名で呼ばれたシンクエンタだが、特に指摘をするわけでもなく。滑らかに眼鏡は青ぶちへと変形し、口調が変わる。
「……主さまは別に殺戮者ってワケじゃない。というか、異人が神様たちに対しての癌細胞みたいなものだってわかってるでしょう?」
「“神殺し”が本物だって知ったのは、つい最近の話だがな。ましてや、以前ウチの女神に敗けた異人が、ここまで成り上がってるなんて夢にも思わねェよ」
「そーですか。ところで質問はそれだけですか? 主さまもイレアも忙しいのでとっととお引き取り願いたいのですけど」
「そォ、冷てェコト言うなよ“ウリア”。己にとっちゃ一瞬目を逸らしたら、いつの間にか『圏域』が出来てンだから興味が尽きねェもンだ」
ウリアと呼ばれたシンクエンタは眼鏡の縁が青から黄色へと変わり、先程の冷静な雰囲気から一転し快活に答える。
「いやー、だって御客さん、神様だし。主さま我慢するの結構しんどいって聞いたよ?」
「……へェ。じゃあ何か? アイツは異人の……つゥか、“神殺し”の呪縛は残ってンのか」
「んー。そーみたいね。だから主さまは他の神様とはあんまり逢いたく無いんだって」
「成る程ねェ……」
幕の向こうに向かって元気よく手を振るシンクエンタを眺めるアンラ・マンユは自分好みの混沌に着々と近付いていると感じる。
「オマエらも例の四人と同じくれェには面白可笑しく愉快な事になってやがるのな。そんで、『圏域』の外側と内側で見た目が違ェのはアイツの手品の内の一つか? エホバノショウニンちゃんよ」
「気安くエホバノショウニンを呼ばないでください。不愉快です」
「『悪逆』の己にとっちゃあ、それ褒め言葉なんだがな。で、どうなんだ実際」
違う名で呼ばれたシンクエンタは眼鏡の縁が翡翠色に変わり、性格も先程とは一変する。
「……基本的には我々が占拠していますが、“軸”が未来の方に位置しているので、此方……主さまが合わせに行かない限りは他の連中には“シュメール”が見えているはずです」
「だが、本気で出歯亀しようとする神には正体が見えちまう、と。徹底してんなァ、オイ」
「無用な戦闘を避ける為の策の一つです」
「乗っ取りやらかした割にゃァ、慎重なこって」
「“神々”相手に、慎重になるのは当然です」
「いくら性格が違うとは言え、さっきと比べて随分素っ気ねェなァ。己、オマエに何か恨みでも買ったか?」
ヘラヘラと訪ねるアンラ・マンユにシンクエンタは眼鏡レンズの向こうにある視線を鋭く向ける。
「筋違いなのは百も承知ですけど。やはり主さまを殺しかけた同族に愛想良くしろというのは、少なくともエホバノショウニンは無理な話です」
「はッ、それに関しちゃあ、十割オマエん所の主サマの自業自得なんだがな。喧嘩売ったのもアイツ。んでもって敗けたのもアイツ。そんなモン、“ざまァねェな”以外言うことねェだろォがよ」
「……だから、筋違いと前置きしたんです。まったく」
「随分と懐かれてんなァ、主サマは。趣味だとしたら相当愉快なモンだ……さて、オルフェゴールよ」
あと一つを訊ねて此処を去ろうと決めたアンラ・マンユはシンクエンタに問う。
「最後に一つ。お前らの……いや、アイツの目的は何だ」
復讐は例の四人が果たした。色んな手管用いて此処まで成り上がった。ならば……その行き着く先は?
アンラ・マンユの今、もっとも知りたい事にシンクエンタは──眼鏡の縁を深紅に変え、儚げな笑みを浮かべる。
「主さまはの。“神殺し”に関係なく、神様ってのが余り好きでは無いじゃと」
「……そりゃ、また嫌われたモンだな。つゥか答えになってねェぞ」
「まぁまぁ。ちゃんと言うから最後まで聞くが良い」
苦笑したシンクエンタはそこで言葉を切り、幕の向こうに居る“主さま”を見ながら、続ける。
「正確には……“自分より上の存在が居る”ってのが堪らなく嫌なんだそうでな。だから──主さまの目的は、全ての神に、黄昏を迎えさせることにある」
その、答えに。
アンラ・マンユは。
「ふ、は……はは、はははハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!! 上ォ等だ! オマエが生き残ってたら、その喧嘩ァ買ってやるよ!!! たかだか神の二、三柱潰した分際でよくもまあ、イキれたモンだな!! はははハハハハハハハハハハ!!!」
シンクエンタの宣誓とも言える答えにアンラ・マンユは再び爆笑し、背を向ける。
「じゃあ、己はこれでお暇するわ。せいぜい他の神共に虐められねェようになァ!! ふははははハハハハハハハハハハ!!!」
哄笑を轟かせて来た道を戻るアンラ・マンユの背を、シンクエンタと幕の向こう側に居る紅蓮の瞳が静かに見送った。




