冒せ、卿
ばいのーらる妹くと辺獄の激闘が決着し、朦朧とした意識で拳を天に突き上げた辺獄だったが。
度重なるダメージの蓄積で限界を迎えたのか、辺獄は拳を突き上げたまま地面に倒れ込み、気を失った。
ばいのーらる妹くが辺獄の一撃に倒れた事により、妹の──ヌメロニアスヌメロニアを拘束していた臍の緒が煙の様に消え、少女は地面から立ち上がる。
兄の──ばいのーらる妹くには一瞥する事もなく。
倒れた辺獄の側まで真っ直ぐに近寄り、冷たい金と赤の瞳で見下ろす。
─────コテージの中。
太陽も高くなり、暖かな陽光が硝子窓から射し込む。
料理と食器をそれぞれ並べていたそえーん、卿、ズリキチの三人はそろそろ辺獄を呼びに行こうかと、うっすら考えていた所に、ドンドンと扉を蹴りつける様な音がコテージの中に響く。
三人は一瞬驚き、示し合わせたかの如く、構える。
「最初はグー!」
「じゃん、けん!」
「ぽん!」
じゃんけんでそれぞれの手を繰り出し、そえーんとズリキチはグー。
──卿はチョキ。
勝ち誇ったそえーんとズリキチはグーで握った拳から人差し指を伸ばし、扉を指して“お前が行け”という無言のメッセージを送る。
卿は忌々しく二人を睨むと、恐る恐る扉に近づいて行き、声を掛ける。
「どちら様ですか──っとぉ!」
扉の近くまで来た所で、卿の危機感が働いて扉の前から飛び退くと同時に、扉が蹴破られる。
そこに居たのは──
「……開けるのが遅い」
緩く波打ち、肩口をくすぐる程度の髪の長さに、毛先が紫で白髪。しかし額から伸びる一房は鮮血の赤。
そして、金と赤の瞳を携えた美少女が、不機嫌そうな顔で立っていた──ボロボロの辺獄に肩を貸して。
卿はジリジリとそえーんとズリキチの方へと並び、呆気に取られているそえーんの脇を肘で小突く。
はっと我に返ったそえーんが恐る恐る少女に訊ねる。
「えー……と。どちら様ですかね……?」
問われた少女は、肩を貸していた辺獄が重かったのか、そこら辺に辺獄を落とし。
すたすたとソファに向かい、ぽすん、と身を投げる様に座り込むと、じっとそえーん見据え、答える。
「あたしの名前はヌメロニアスヌメロニア。一応──辺獄の“妹”ってことになった」
ふー、と一息つくヌメロニアスヌメロニアと名乗った少女に、そえーんは静かに瞑目して天を仰ぎ、“まためんどくせー事になってる──”と心中泣いていた。哭いていたかもしれない。
妙な事態になったものの、タイミングとしては食事どきなので、辺獄の代わりにヌメロニアスヌメロニアを加えた四人で食卓を囲み、食事する事となった。
少女と机を挟み向かい合って座っていた、そえーん、卿、ズリキチの三人はまるで通夜の様な重々しい空気だが、少女は特に気にする事もなく、黙々と食べていた。
三人は緊張しながらも作った料理を食べていたが、このままではイカンと察したそえーんが意を決して話しかける。
「えーと……ヌメロニアスヌメロニアちゃん?」
問いかけに少女はギロリとそえーんを睨み、そえーんは一瞬ビクつくものの、訊かねばならぬ事が山の様にあるので、ビビりながらも訊ねる。
「君、辺獄くんの妹に“なった”って言ったけど、そもそもどういう経緯で……?」
タケノコ天ぷらを咀嚼して飲み込んだ少女は、次のタケノコ天ぷらを醤油に浸しつつ答える。
「そこで寝てる辺獄があたしを巡ってウチの変態に勝ったっていうシンプルな話」
「アレって……まさか」
「アンタたちには、“ばいのーらる妹く”って名乗ったんだっけ? そいつよ」
ばいのーらる妹くという名を聞いた瞬間、そえーんは頭を抱えるが、直ぐに湧いた疑問を少女にぶつける。
「あれ? じゃあその、ばいのーらる妹くくんは?」
「さあ……今頃は数いる妹が拾って手当てでもしてるんじゃない?」
次々と出てくる度し難い情報の数々に再びそえーんは眉間に皺を寄せて悩み、卿が隣にいたズリキチに小声で訊ねる。
(なあ、君いつものせーへんの?)
(いや……あれは何か……ヤバい気がする)
(はぁー? スケベ根性どうしたんや。そんなもんかい、君のおっぱいへの情熱は)
(卿ちゃんにも分かりやすく言うなら、あの娘、しおみずニキと同じ雰囲気感じるんだよ)
(それでもイくのが君ちゃうんか)
(流石にな? 流石に洒落にできないのは俺ちょっと──)
(興奮する?)
(まあ……うん)
「そこの二人は何コソコソ喋ってんの」
ヌメロニアスヌメロニアの突っ込みにビクンと体を振るわせた二人は、力強く「何でもない」と返す。
そしてボロを出すのを恐れた二人は黙々とタケノコ天ぷらと白米を食べ続ける。
“また下らねーこと話してやがったな”と忌々しそうに二人を睨みつけたそえーんは、気を取り直して質問を続ける。
「辺獄くんの妹になった、ってことはさ……もしかして、僕らと一緒に行動するって認識でよろしい?」
「まあ、その通りね。ようやく“ばいのーらる妹く”から離れられるワケだし。“辺獄”の方がまだマシよ。まだ、ね」
「ああ……そう……」
若干引いているそえーんに対し、幾分かヌメロニアスヌメロニアの威圧感に慣れた卿が小さく挙手する。
「猥から質問なんやけど……何で辺獄くんと同じ服着とるん?」
「……………………………………………知らない」
「上下揃ってて知らないは、無いんとちゃうか」
「あたしが知るワケないでしょ。たまたま着てった服が辺獄と被るとか、どんな確率よ」
忌々しそうに辺獄を見下す少女の機嫌をこれ以上悪くするのは危険と感じた卿は大人しく黙り込む。
そうして、ヌメロニアスヌメロニアと三人は食事を終えると、辺獄を叩き起こし、コテージを後にするべく諸々の掃除や片付けを済ませて外に出る。
「あ、皆さん出発ですか」
「げ」
扉を開けると、そこには二人の少女……恐らく妹……に身体を支えられた、艶やかで長い黒髪の少女のような青年、ばいのーらる妹くが居り。
そんな彼を視認したヌメロニアスヌメロニアは心底嫌そうな表情を浮かべていた。
一瞬にして空気がピリつくものの、危険を察知したそえーんが、ヌメロニアスヌメロニアの視界を遮るようにしてばいのーらる妹くと対面する。
「飯も食った事だし。僕ら、お暇するわ。泊めてくれてありがとね」
「いえいえ。もし気が変わってここに居着くなら──」
「僕らも僕らで色々あるんで! それじゃ!」
話を強引に切り上げたそえーんは、四人を引き連れ、そそくさと逃げるようにして“リトルシスターランド”を後にした。
奇妙な──辺獄にとっては理想的な──集落とも施設とも言える場所から四人……そえーん、辺獄、卿、ズリキチは歩き。
ヌメロニアスヌメロニアは宙をふよふよと浮遊している複眼のアイアンメイデンに脚を組んで腰掛けていた。
それを見た辺獄以外の三人は。
(((何で浮いてるんだ………)))
ファンタジー感極まりない状況に内心困惑しながらも歩き続けていた。
そえーんが質問するかどうか迷っていると、不意にヌメロニアスヌメロニアから声が掛かる。
「ねえ、あんた達どこに向かってんの?」
その問いに。卿、ズリキチ、辺獄はじっとそえーんを見つめ、無言で“お前が答えろ”と圧を送り、促す。
そえーんは深くため息を吐くと、気だるげながらも答えた。
「とりあえずは……僕らが前に居た“クトゥルフの館”ってのがある街に戻ろうかなって」
「クトゥルフの館………どのくらいかかるのよ」
「それは──えあくん? ここからクトゥルフの館って距離どれくらい?」
〈クトゥルフの館か……約四十二キロだな〉
「いやマラソンかよ」
AIREAL・ディーオーから語られた中々の距離に思わずそえーんがツッコミを入れる。
尋ねたヌメロニアスヌメロニアは興味無さげに欠伸を一つ漏らすと、浮いているアイアンメイデンから立ち上がり、告げる。
「じゃあ、あたし寝るから。着いたらアイアンメイデン叩いて教えて」
言うやいなや、少女は軽やかに跳躍したかと思えば、胴体を開いたアイアンメイデンに落ちる様にして消えていき。
少女が消えてからも、アイアンメイデンは辺獄に追従するように浮遊し続けていた。
一連の動作を見届けたそえーんは、深く、深くため息を吐く。
「あー………緊張した……」
「いや、それよりもよ。こっから四十二キロ歩くんか?」
「他にどーしろっつーんだよ」
「え? そえーんくんがアイアンメイデンに乗った猥ら引き連れて歩くとか。あるやん?」
「あるやん? じゃねえよ。辺獄くんの妹ならともかくよ。お前らが楽するとか僕は許さねえからな」
「はぁー、器ちっさ」
「言ってろキチガイサイコパス」
そえーんと卿が下らない言い争いをしてる後ろで、まだ激闘の疲労が抜けきっていない辺獄をズリキチが見つめ、問いかける。
「……なぁ、辺獄くん」
「はぁ……はぁ……何ですか……ズリキチさん」
「ヌメヌメちゃんのスリーサイズ教えてくれよ」
「いや、知りませんよそんなこと。知ってたとしても教えるの嫌ですよ」
「んな事言わずにさー、いーじゃん教えてよー」
「そういうのやめてくれません? ホント。ていうか自分で訊けばいいじゃないですか」
「俺だと多分ガチで殺されそうだからさ。辺獄くんに任せたい。君なら軽蔑されるくらいで済むだろ」
「えー……」
「頼むよー。それにさ、君も妹から侮蔑の視線向けられたら……こう、御褒美でしょ」
「それは──そうですけど」
「ならさ、ほら。イッツ、呼び出し」
「嫌ですって」
「おい、そこ。ドデカイ死亡フラグ建てようとするな。十中八九僕も巻き添え食らうのが丸解りなんだよ」
前を歩いていたそえーんが振り返り、ズリキチと辺獄の会話に釘を刺す。
辺獄とズリキチは視線をそえーんに一瞬向け。
「なー、頼むよ辺獄ぅー」
「だから嫌ですって」
「無視すんな変態二人」
何事も無く会話を続ける二人に再度そえーんがツッコミを入れる。
と、そんなやり取りを雑音として聞き流していた卿が不意に上を向き、目を細める。
瞬間。何かが舞い降り、突風とともに盛大に粉塵を巻き上げる。
「く──」
「うおわぁっ!」
「砂痛った」
「あ、げふっ」
卿とズリキチは辛うじて踏ん張り、そえーんはコケそうになり、辺獄はひっくり返った。
四人が粉塵の汚れを各々落としつつ、煙が晴れるとそこには──
「んー。イマイチ加減わからんなー」
幾何学的な模様が刻まれた上下の洋服に、黒いマントを羽織った、いかにも“魔術師”とでも言える男性がいた……が。
奇妙なことに、首から上が洋梨の、絶妙に腹立だしい、目鼻口がついている着ぐるみだった。
場末のテーマパークか寂れたショッピングモールに居そうな頭部が洋梨の着ぐるみの男は、身体に付いた粉塵をはたき落としつつ、四人……と一台を見渡す。
「……情報じゃ、“四人”って訊いてたけども。何や妙なモンが浮いとるなぁ」
“お前が頭に着けてるソレの方が変”と喉まで出掛かったのを飲み込んで、恐る恐るそえーんが尋ねる。
「あの、どちら様ですかね」
「ん? ああ、ワシは──」
「──りんごニキ。やな」
男の言葉を継ぐようにして先んじて名を口にしたのは、卿。
神妙な声音で告げた卿に、他三人が卿の顔を一目見、そして着ぐるみの青年……りんごニキを見る。
りんごニキはゆらゆらと頭を軽く揺らしつつ笑いつつ語る。
「おお、一発でワシのこと解ったってことは、君が卿ちゃんか。えらいシュッとしとるやんけ」
「世間話、しに来たワケでもないやろ。用件ちゃっちゃと言おうや」
「なんやつれへんのー。ま、ダラダラお喋りすんのもアレやし──戦ろうか」
りんごニキの雰囲気が異様なモノに変わり。対する卿は驚く事もせず、ズボンのポケットから赤い多面体──AIREAL・エーアイを取り出す。
「武装、顕現──焼滅炎鎧卿」
一瞬にして真紅の鎧と化した卿は背中に搭載された噴射口から炎を出し、飛翔する。
「卿ちゃん空飛べるとか、やるやん。ならワシも──召喚、“鉄板”。性質付与、“斥力”」
りんごニキが足元に魔方陣と共に鉄板を瞬時に出現させると、天高く飛び上がった。
「……いや僕らガン無視かよ」
「でも関わった所でどうしようも無いような」
「それな」
残された三人は呆然と空を見上げてうっすらと嫌な予感に冷や汗を垂らしていた。
そして上空では──
『……一つ。訊きたいんやけど』
「んー? なんやねん。ワシもうとっとと始めたいんやけど」
『一個だけやから、訊かせてくれや』
「しゃーないなー……で? 何よ」
『りんごニキは、誰から依頼されたんや』
「……ほお、そこ気づくとは。流石卿ちゃんやね。けど守秘義務があるからな──言えへんわ」
『そうかい』
「もうええな? ……じゃ、やろか」
言い切ったりんごニキは、瞬時に卿の頭上に陣取り、左手をかざす。
「召喚、“鉄鋼瓦礫”」
かざした左手の前に円状の魔方陣が浮かび上がり、陣から膨大な量のガラクタが雨の如く降り注ぐ。
──量だけならデカイのだけ避ければええか。
と、回避しようとした卿だったが。しかし。
「──性質付与、“加速”」
『……!』
降り注ぐ瓦礫が急激に加速し、雨から砲撃へと様相を変えた。
回避から迎撃に移行する卿は左腕を瓦礫に向ける。
『エアくん、二番ッ!』
[“燈骨爆炎弩”、起動──発射]
『ぐ、ぅうううおあああ!!』
卿の左腕から血塗れの骨が発射され、瓦礫と接触した瞬間、爆破する。
大半の瓦礫が爆破の熱で融解、ないし別方向へ吹っ飛ばされ、りんごニキへの道が開く。
『次……は、一番、や……!』
[“燃焼剣”、起動]
左腕の激痛も治まらぬままに、右手に握られた刀が赤熱し、発火。
卿は特攻さながらにりんごニキへと猛進していく。
りんごニキの頭部は依然としてふざけた洋梨の着ぐるみで覆われており、表情は読み取れない。
「卿ちゃんなら、あれぐらい突破してくるわな。じゃ、次これや」
りんごニキは左手をかざし、唱える。
「召喚、“冷氷塊”。性質付与、“周囲軌道”」
『おおおお──ぐ、うおッ!』
卿がりんごニキに斬りかかる寸前に、彼が呼び出した氷の塊が半ば不意打ち気味に、卿の側面からぶつかって来る。
斬りかかる対象をりんごニキから氷塊へと咄嗟に切り替えて“燃焼剣”を叩きつけた──瞬間。
氷塊が一気に蒸発し、りんごニキと卿の辺り一帯を霧が覆う。
『ぜぇ……ぜぇ……エ、アくん。りんごニキは──』
「こっちや」
卿が声の方に振り返ると同時にりんごニキの手のひらが卿に向けられ、そして。
「召喚、“吹雪”」
『ぐあああっ!』
魔方陣から吹き出してくる猛烈な吹雪に、卿は乱回転しながら宙を舞う。しかし、りんごニキの追撃は止まらない。
「性質付与、“破裂”」
吹雪に付与された魔法により、卿の鎧に付着した雪が次々と爆竹の如く破裂する。
[マスター]
『わかっとる! 三番や!』
[了解。“落火隕脚”起動]
AIREAL・エーアイの呼び掛けに、卿は状況を打開すべく、三番武装“落火隕脚”を起動させる。
踵から、ずるりと伸び出る血塗れの骨と共に、卿は絶叫しながら向かい来る吹雪を焼き切って脱出し、背中の噴射口から推進材を吹かせ、飛ぶ。
『おォおおおおッ!』
落火隕脚で出現させた骨を、りんごニキに向け脚にも追加の加速装置増設し、隕石の速度で蹴り抜こうとする。
「まだ突撃してくるんか。卿ちゃんも好きやねぇ」
事も無げに、りんごニキは難無く卿の飛び蹴りを避ける。
それからも、卿は“肋骨炎槍”、“爆胃投擲弾”、果てには“炎穿杭撃”まで使用するものの、りんごニキは悉く卿の攻撃をいなし、避け、迎え撃つ。
攻撃の度に自らの身体を傷つけて既に満身創痍の卿に、りんごニキは頭の着ぐるみを傾けながら、ため息を吐く。
「最初の攻撃から思っとったけど。卿ちゃんの武器、マゾ過ぎへん? 絶対今身体ぐちゃぐちゃやろ」
『ぜぇ……はぁ……うっさいわ……』
卿は悪態で返すと、かろうじて動く左腕で、りんごニキを指し、しゃがれた声を絞り出す。
『というか……りんごニキの魔法……滅茶苦茶チート臭いけど、どうなっとんねん……』
「いやぁ、言うてもワシの魔法そこまで万能ちゃうし、結構めんどくさいんやで」
事実、りんごニキの魔法──『召し喚び付け与える者』は、一見して自由自在に思えるものの、裏腹に幾つか制約が存在する。
一つ、“生物は喚び出せない”。
これにより、強力もしくは凶悪な生物の使役が封じられる。
二つ、“生物に付与できない”。
生物の定義如何によっては無茶苦茶できそうに思えるが、この魔法における生物の範囲は動植物。基本的に生きているモノ全般に対しては適用外になる。
故に、生物に“死”や“腐敗”を付与して即死攻撃をするという真似はできない。
三つ、“召喚と付与は一連の流れで行わなければならない”
召喚の後に付与を行う必要があり、それぞれ単独で使用する事ができない。
そして四つ目、“成立するかは実際に行うまでわからない”
生物以外なら可能という利便性の反動からなのか、はたまた魔法を授けた“神”による悪ふざけなのか──結局は運とりんごニキの発想次第というピーキーな魔法である。
『説得力……無い、わッ!』
[燈骨爆炎弩、発射]
卿は、りんごニキに向けた左腕から再び燃える骨の矢を発射させる。
りんごニキは辟易したかのように、着ぐるみの頭部をかくん、と傾けながら唱える。
「召喚、“大水塊。性質付与、激流槍”」
巨大な水を宙に出現させたかと思えば、凄まじい激流と化し、瞬く間に矢を消火させ呑み潰していく。
その光景に卿は鎧の中で顔面蒼白になりながらも舌打ちし、悟る。
──今のままでは勝てない、と。
卿の──焼滅炎鎧卿の手札は。
発火する剣、“燃焼剣”。
腕の骨を射出する“燈骨爆炎弩”。
踵から骨を突き出させ蹴り抜く“落火隕脚”。
アバラ骨を身体内部でへし折り、槍として使用する“肋骨炎槍”。
胃そのものを手榴弾とする“爆胃投擲弾”。
腕の骨を杭、腕自体を杭打ち機として攻撃する“炎穿杭擊”
そして──
『……エア……くん』
[はい]
『──七番、使うで』
[……宜しいのですね?]
『二言は、な゛いッ……!』
AIREAL・エーアイは、卿の覚悟に短く嘆息すると。
“七番”を銘打つ武装の名を告げる。
[七番武装──“最終武装生炎化”、起動。………御武運を]
『──ぅッ、ぐゥッぎゃあ゛ァあああぁあ゛!!!!』
幽かに告げたAIREAL・エーアイの言葉をかき消す様に、卿は断末魔のごとき声を吼え叫ぶ。
声は絶えず周囲に鳴り響き、卿の鎧、焼滅炎鎧卿が禍々しい雰囲気を帯びていく。
バキゴキと、鎧の内部でおぞましい異音が卿の叫びにも負けぬ音量で鳴り渡り。
そして一瞬、叫び声と異音が止まり──鎧の正面が真っ二つに割れた。
扉と化した鎧から、あらゆる臓器と骨がまるで蛸を象りながら文字通り溢れ出てくる。
だが、何よりも異質なのは、その大きさと量。
鎧の中に収まっていたとは到底思えない程に溢れ出てくるグロテスクそのものと言える臓器と骨が燃え続けている。
これが。これこそが、焼滅炎鎧卿の奥義。
武装が七番。“最終武装生炎化”。
それは、一番から六番までの武装を複合し、且つ。焼滅炎鎧卿に搭載されている回復能力を暴走させたモノ。
つまり卿は今、“過剰に回復されながらも”、“回復した側から燃え続けている”事態になっている。その為──意識は、錯綜しており。
あるのは。
『がァつ、の゛は──猥やァ゛ァ゛ア!!!』
りんごニキに、勝つ。その一念のみ。
妄執の成れの果てとも言える卿を見た、りんごニキは両手を広げ、構える。
「フッ。ええで卿ちゃん。そうまでなってワシに勝ちたいんなら、とことん相手したるわ」
不適な笑みを着ぐるみの中で浮かべ、緩んだ雰囲気を一転して引き締めて今日最大の魔法を行使する。
「召喚──“大災厄”。性質付与──“自在操作”」
りんごニキが展開した巨大な魔方陣から現れたのは積乱雲。
さらに人差し指を立てて指揮棒の如く振るい、雲を異形の卿へと誘導する。
積乱雲……俗に呼ばれる入道雲は、一見すると夏の風物詩として映える景色ではあるが。
雲の内部は暴風雷雨で荒れ狂う自然の猛威そのもの。
積乱雲に呑みこまれた卿を風が煽り、雨が熱を奪い、雷が打ち貫く。
本能的に、雲の中から逃れようとする卿だが、りんごニキが脱出を許さない。
積乱雲を動かし、執拗なまでに卿を捕え続け。
天空に轟いていた卿の絶叫が、やがて消え、積乱雲が散って残った雲から滑るように元の鎧姿になった卿が墜落していく。
流石のりんごニキも、桁外れな魔法の行使に肩を上下させて疲労の色を見せていた。
墜ち往く卿に、りんごニキは。
「ワシの──勝ちやな」
小さくそう呟いた。
そして──落下している卿は混濁し朦朧とする意識の中、ある疑問が浮かぶ。
(そういや…………猥は……何で、りんごニキと戦ってるんやっけ…………)
武装による自傷と宿敵の魔法のダメージにて、まともに思考すらできなくなりつつあるが必死に思考を巡らせる。
数秒かけて、辿りついた結論は。
(そうや……猥は、勝ててないんや…………)
卿は──思い返す。異世界に来る前の、りんごニキとの関係を。
卿の用意した舞台を悉く覆し、引っ繰り返し、果ては慮外の結果を叩きつけてくる──それが、りんごニキという男だった。
一緒に遊んでいる内は、斜め上の未知を見せてくれるりんごニキは愉快で好ましいとは思っていた──だが。その反対に、忸怩たる思いが無い訳ではない。
悔しいし、次こそは。と意気込んでも、あっさり凌駕されていく。
だが、だからこそ──一対一の喧嘩だけは。
『勝………つ………絶対に………!』
霧散しかけた意識に灼熱の渇望を通す。
身体を動かす度に痛みが奔るが、気合を入れて墜ちる体勢を立て直しつつ、地に積まれた鉄屑の瓦礫の山に着地して、りんごニキを見据える。
同時に、卿の脳内に声が響く。
[“時は来ました”。マスター]
AIREAL・エーアイの声と共に流れ込んできた呪文に、卿は確信する。
──これは猥自身の魔法や。
迷うことなく、脳内の呪文を唱える。
『並行次元、同調接続』
[擬似式魔性法則展開]
卿の声に対し、AIREAL・エーアイは普段以上に、無機質な声音で応答する。
それに呼応してか、卿の周りの空気が徐々に死んでゆく。
『人に逢うて、我が愛を賜り、目に映るは、赤色の血池肉林』
その呪文は。本来は彼方より冒涜的な生ける炎の神を呼び出す為のモノ。
『愛と平和の、果てまで冒せ』
だが、しかし。辺獄と同じく。
神を召喚する法ではなく、己の内なる魔法を、“どこかで”、“いつかの”、“卿”から──擬似的に発動するモノである。
『来たれ、我が、心核!』
[魔法展開完了]
AIREAL・エーアイが完了を告げ、卿の周りの空気が死んだ──と同時に、焼滅炎鎧卿の色が、鮮やかな真紅から、敬愛する悪鬼が纏う鎧と同じ、深く、暗い深紅へと変わり、そして──
『原典廻帰──惨劇よ描け、臓物』
その名を口にすると、周囲に在るモノに一瞬ノイズが掛かるだけで、目立った変化は表れなかった。
だが。卿を注視していたりんごニキだけが違った。
「……ははぁ。なんというか、卿ちゃんらしいなホンマ」
着ぐるみの内部で苦笑いを浮かべつつ、りんごニキの目に映る景色は──“血と臓物で構成された”景色。
空は鮮血の赤、カタチあるモノは全て内臓という、どこぞの九死に一生を得た医大生のような後遺症が眼前に広がっていた。
だが、“この程度”で怯む様なら、そもそも卿はりんごニキに負けていない。
おぞましい景色に不快感を感じつつも、りんごニキは、ただ一つ変わらぬ姿の存在──卿を見据える。
「卿ちゃんなら、ワシの視界全部ハラワタにすると思っとったけど。なんや、うっかりかね」
と、上空でせせら笑っていたりんごニキだが。下から飛来する“臓物”に笑顔が──着ぐるみその物は常に絶妙に腹立つ具合の笑みを浮かべているが──消える。
乗っている鉄板を傾かせ、卿が投げつける数々の臓物を避けていく。
魔法まで使って、やることがヤケクソの投擲か? 否。これは──
「布石……やろなぁ」
飛んでくる臓物は十中八九、初手に放った鉄屑の数々と見て間違いない。
ならば。
「召喚、“竜巻”」
りんごニキは自身を中心に竜巻を召喚し、更に。
「性質付与、“断裂”」
接触したモノを悉く裂き断つ性質を加え、鉄壁の城塞と化した。
「ま、ひとまずはコレで様子見やな。次は……」
竜巻に当っては切り裂かれていく見た目は臓物、実体は鉄屑の破壊音を聴きながら次の一手を模索──しようとした瞬間。
りんごニキの頭上から爆音が響き、上空を見る。
「無茶苦茶やりおるな! いや元からか!」
自身の魔法を無理矢理突破し、降って来る臓物の数々に驚くものの、冷静に回避していき──拳を振り被った生身の卿と視線がぶつかる。
「召──」
「─ォおおおっ!」
りんごニキが魔法を使う──よりも、疾く。
右腕のみ鋼鉄の篭手に覆われた卿の拳が。
りんごニキの腹に叩き込まれる。
「ご──ふッ」
「おおおおおおッ!!!」
りんごニキは苦悶の声を漏らし、卿は気迫の籠もった咆哮を轟かせる。
二人が共に上空から落下する中、りんごニキは腹部に広がる鈍痛を堪え、地面に手を伸ばし、唱える。
「召喚──、性質付与──!」
咄嗟に魔法を繰り出し、地面に巨大な岩を召喚。あわや激突……は、したものの。岩は風船のように、ぶにゅりとたわむと、パチンと破裂した。
その中心部に、りんごニキと卿が仰向けで倒れていた。
りんごニキはムクリと上体を起こし、その場であぐらをかき。卿はフラフラになりながらも立ち上がり、りんごニキを真っ直ぐと。射貫くように見据える。
「………ま、だ。やるか?」
喉が枯れきった卿の質問に、りんごニキは──
「ふ。ははははは、いや、いやいや。もうええわ。参った。ワシの負けや」
頭の着ぐるみを揺らしながら笑うりんごニキに、卿は依然として鋭い視線を向けていたが。疲労か、降参を素直に認めたのか。
深い溜息を吐き、暮れた夕焼け空を呆然と眺めていた──所に。
「……………ぉぉぉおおおおおお、ッりゃあああぁッ!!!!!!」
「ぐほぉッ」
彼方から全力疾走してきた、そえーんが。
芸術的なドロップキックを卿の左脇腹に直撃させ。
卿は美しい放物線を描いて盛大に吹っ飛んだ。




