辺獄、妹を奪う
そえーんが放った神羅撃滅筍鋭穿槍は女神──アールマティの胸を貫き、飛んでいく。
まるで存在ごと巻き取るかのようにアールマティの身体が捻れ、消滅した。
「──ッ、はあっ……!」
緊張から一転。そえーんが吐いた溜め息によって四人は一気に脱力し、その場に座り込んだ。
卿と辺獄は纏っていた鎧を消し、そえーんは空を仰ぎ、ズリキチは項垂れていた。
各々が呼吸を整え一息ついていると、辺獄が三人に話しかける。
「そういえば……何で私達あんなキレてたんですかね」
「…………」
「……………」
「………………知らんわ馬鹿」
「返しが雑……」
短い期間にあまりにも濃密な時間を経験したからか、辺獄の問いに対して卿とズリキチは黙りこくり、無気力に返答したそえーんは、だらけながらも少しずつ思考を回転させ、ふと湧いた疑問をズリキチに投げる。
「……そういやズリキチよ、君さ、あの女神見ても発作やらかそうとしなかったよな?」
「あ? あー……」
そえーんの疑問。それは、ズリキチが“あれ程の美女”に対してパイズリ要求をしなかった事である。
普段ならばTPOを弁えたと流せる事態ではあるのだが、ここは異世界。現実の常識道徳倫理なぞ彼方に捨てた三人にシリアスな状況で真面目になるわけがない。
ズリキチは暫し考え込むと真顔で「わかんねえ」と一言。
余りにも素っ気無い返答に、そえーんは半眼でズリキチを見やり、再び空をぼんやり見上げた。
寝転がっていた卿が、おもむろに赤い物体──AIREAL・エーアイ向かって話しかける。
「ヘイ、AIREAL。近くの泊まれる場所」
[マスター。あなたのセキュリティクリアランスでは開示できません]
「なにそれ初耳」
[冗談です。ここから九キロと六〇〇メートル北に建築物が在ります]
「エーアイちゃんマジ有能。てなわけで、君たち。とっとと立って歩くで」
「……お前が言うと何か釈然としねえな」
立ち上がった卿の号令に、そえーんは溜め息を吐きながら、辺獄やズリキチはのっそりと立ち上がって卿の後を付いていく。
そえーんも卿の後を追おうとし、振り返って後ろの光景を眺める。
激しい戦闘……大半はあの女神と卿によるものだが……によって築かれた瓦礫の山。
そして何処かにあるオルフェゴールの死体。
「……なんか、妙だな」
凄惨たる状況に違和感を覚えたそえーんだが、その思考は即座に中断される。
「おーい、とっとと行くで」
「ぼさっとするなよ、おしっこスキー」
「なにやってんですか、そえーんさん。早く来てくださいよ」
卿、ズリキチ、辺獄の呼びかけに、目元をひくつかせたそえーんは般若のごとき表情を浮かべつつ、三人にそれぞれタケノコを投げつけた。
四人は、ぎゃあぎゃあと騒ぎながら休憩を入れつつAIREAL・エーアイのナビゲートに従い歩き続けていた。
歩き始めた頃の元気もすっかり無くし、疲労も溜まってきた辺りで、四人は目的地に着き、目の前の光景に言葉を失う。
牧場のような景色を背にした入場門らしき物体に掲示されていた文字は“リトルシスターランド”。
そえーん、卿、ズリキチは真顔で入場門を眺め、辺獄はトコトコと入場門の柱に近寄ると、コアラの如くしがみつき、吼える。
「ここに! 私は住むッッッ!」
どこぞの海賊の宣誓みたいなことを叫ぶ辺獄は一先ず放置し、三人は顔を突き合わせて神妙に相談し始める。
「……なあ、どうするよ。僕今ものすごーく嫌な予感しかしないんだけど」
「具体的には?」
そう訊かれたそえーんの脳内に、辺獄の他にもう一人。|頭が大分おかしいレベル《ヤバいシスコン》の人物を思い浮かべながら答える。
「辺獄よりヤバい変態が出てくるっていう予感」
「「あぁー」」
そえーんの予感に卿とズリキチも該当人物を思い浮かべたのか、声をハモらせて納得し、すかさず卿が口を開く。
「でも、もしかしたらワンチャン、異世界ならではの風習かもしれんやん」
「異世界の言語で書かれてたなら、その線もアリだが……あれカタカナで書いてあるよな」
ズリキチの言葉に三人は再び入場門に書いてある文字を見る。食い入るように見てもカタカナで“リトルシスターランド”と、はっきり書かれていた。
「とりあえず……中に入ってしばらく泊めて貰えるかどうか、訊いてみるか」
「猥は異議なし」
「俺も」
二人の同意を得たそえーんは辺獄の下に向かい、話しかける。
「なぁ──」
「嫌ですよ! 誰が何と言おうと私はずっとここに居ますからね!」
「いや、辺獄くん──」
「今回ばっかりは、もう譲りませんからね! ようやく見つけた理想郷なんです!」
「おい、辺獄──」
「私はここで可愛い可愛い妹たちとキャッキャウフフそしてときにはムフフなことを──」
「話、聞けオラぁっ!!」
「ひでぶぉっ!!」
捲し立てる辺獄に我慢の限界を超えたそえーんが辺獄の脇腹にヤクザキックをかまし、今度はそえーんがキレながら辺獄を何度も踏みつけて罵声を浴びせる。
「自分だけのラフ○ル見つけて喜んでる所悪ィけどなぁ! 僕ら疲れたからとっとと休みたいんじゃ! ぶっちゃけ、中に入りたくねぇけど、野宿するのも嫌だから早いとこ交渉したいの! 解ったかこの変態!」
「わ、わかっ、ぐほっ」
辺獄を蹴りつける怒涛のそえーんに、卿はせせら笑いながらスマートフォンで動画に収め、ズリキチは無表情でそえーんと辺獄のコントを眺めていた。
そして、そえーんは辺獄の足首を掴んで引きずり、卿とズリキチを引き連れてリトルシスターランドの入場門をくぐった。
「あ」
「お」
「ん?」
「おお……」
潜るなり早々、一人の明るいブラウン色の長髪をツインテールにした美少女と三人が邂逅した。
即座に動いたのは──そえーんに引きずられていた辺獄。
「こんにちは、私は君のお兄──」
「ステイっ!」
「にどめっ!?」
キメ顔で少女に迫った辺獄の脇腹にソバットを決めたそえーん。
辺獄は奇妙な叫びと共に吹っ飛ばされていく。
次に動いたのが──ズリキチ。
「なあ、胸大きくしてあげるから俺にパイズリしてくんない? もしくは足で俺のチ──」
「おりゃあッ!」
「ッ! タケノコごとき──」
ズリキチのセクハラに、そえーんはタケノコを投げつけ、ズリキチは腕でタケノコを弾いて凌ぐ、が。
「せいやぁッ!」
「ぐおっ」
そえーんは間髪入れずに、二投目のタケノコを投げつけてズリキチの顔にクリーンヒットさせ、少女からズリキチを遠ざける。
いつでもタケノコを投げられるよう準備しつつ、そえーんは少女に話しかけた。
「えーと。僕ら、ちょっと旅してまして。できれば泊めて欲しいなーって思ってるんだけど……責任者とか居る?」
「……ああ、そういうこと。ていうか、ソレらはいいの?」
「ん? ああ、アレらは気にしなくていいから。いつもの事なんで」
「そう……じゃあちょっと待ってて」
ぞんざいな扱いの辺獄とズリキチを一応気に掛けた少女がそう言うと息を深く吸い込み、叫ぶ。
「おーにーいー! お客さーん!」
拡声器でも使用したかのような声量に、そえーんは面食らい、卿は驚き、ズリキチは飛び起き、辺獄は少女の美声に悶えていた。
「……君そんな声出せるのね」
「え? ああ、ここ広いから……あ、来た」
少女が告げるや否や、上から人が華麗に着地してきた。
その人物は、ローブを纏い、長く艶やかな黒い髪をたなびかせ、柔和な笑みを浮かべて話し掛けて来た。
「こんにちは。私がリトルシスターランドの園長にしてザ・お兄ちゃんこと──ばいのーらる妹くです」
「あー……」
「ほー」
「しってた」
「は……? は????」
「……何か、リアクション薄いですね。とりあえず、近くにゲスト用のコテージがあるので、そこに行きましょうか」
そえーん、卿、ズリキチは半ば予想通りといったような態度を示し。一見すると美少女にしか見えない人物から出てきた度し難い名前との差に、辺獄は疑問符を大量に浮かべていた。
一行は、ばいのーらる妹くと少女の後ろを付いていく。と、歩いている最中に、そえーんの隣まで来た辺獄がひそひそと小声で尋ねる。
「ちょっと、あれどういうことなんですか。なんで、ばいのーらる妹くさんが美少女なんですか。宇宙の法則乱れてるでしょ」
「そんなん僕が知るわけねえだろ。ていうか同じように妹好き拗らせてんだから君が矢面に立つべきじゃないの」
「いや、アレと比べたら私は大分まともですけど」
「僕らから見たら同じですけど」
「ぐぬぬ」
辺獄が一ミリも可愛らしくない唸り声を上げていると、前を歩いていた少女が首を横に向け、横目でそえーん達一行に話しかける。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。あたしはカレン。おにーさん達は?」
「私は──」
言いかけた辺獄を押し退け、そえーんが先に口を開く。
「僕は、そえーん。で、後ろの奴らは馬鹿A、B、C」
と、そえーんが自分を棚に上げて他三人を雑に紹介した瞬間、辺獄、卿、ズリキチのキックがそえーんに叩き込まれ、派手に吹っ飛ばされた。
「ってえな! 何すんだテメーら」
「何ほざいてんですか」
「雑に括んなや芸人」
「お前も馬鹿の一人だろうが」
「んだとぉ?」
憤慨するそえーんを無視し、他三人がそれぞれ自己紹介する。
「では改めて。私は辺獄です。カレンちゃんのみ、お兄ちゃん呼びでも可」
「猥は卿。よろしくね」
「俺はズリキチ」
「……なんか、随分個性的ね」
カレンは即興で行われたコントに引きつつ、四人の名前を聞いた、ばいのーらる妹くがカレンと同じく顔を横に向け、登場したときと変わらぬ笑みを浮かべながらも、どこか嬉しそうな声で四人に話しかける。
「ああ、皆さんが……かの悪名高き人たちでしたか」
「悪名て」
「どの口が言ってるんですかね……」
「発作で妹求めて存在誤認する人には猥ら敵わんよ」
「格が違うよな、ゲェジレベルの格が」
「またまた~」
「いやマジで僕らより君の方が濃いと思うよ」
一般人から見たら愛想笑いで距離を取るであろう人格という事実を五人は棚に上げつつ歩いていると、件のコテージへと着く。
カレンが扉を開き、四人を中に入るよう促すと、ばいのーらる妹くが説明を始める。
「一応、生活に必要最低限な物は揃ってるはずなので、ゆるりと過ごしてください。期間は一泊でいいですよね?」
「あー……まぁとりあえずは」
「いや、何でそえーんくんが決めてんねん」
「そうですよ。私は永住希望なのに」
「俺もそろそろ思う存分パイズりてえんだけど」
「主に、そこの辺獄とズリキチって馬鹿どもが風紀を乱しそうだからだな。ノクターンに掲載してるわけじゃねえんだぞこの作品」
「じゃあノクターンにも載せりゃいいじゃねえか」
「世界が“こいつらでエロ書くのヤダ。あと大変”って囁いてるからダメです。察しろ」
「何言うとんねん君たち」
唐突に意味不明な……もといメタ過ぎる……会話を始めたそえーんとズリキチに卿が呆れながらツッコミを入れる。
そんなそえーん達の光景を見ながら、ばいのーらる妹くが告げる。
「じゃあ私達はこれで。また明日ここに来ますから」
「じゃ、お休みー」
「あっ、カレンちゃ──」
辺獄の呼び掛けは虚しくカレンが締めた扉によって遮られた。
辺獄が肩を落として軽く落ち込み、四人はしばらく沈黙し、部屋の中を見渡す。
ベッドが一つ、二人掛けのソファが一つ。
瞬間、四人は一斉に駆け出す。
そえーん、辺獄、ズリキチはベッドに殺到し、寝床争奪戦を始める。
「テメーらは床で寝ろ変態ども! ベッドは僕んだ!」
「いいや、ベッドに寝るのは私! そえーんさんこそタケノコに埋もれて寝てくださいよ!」
「まぁ、お前らは床で寝てろ。ベッドは俺が貰う」
「寝言は床に寝てから言え! ズリキチィ!」
「抜け駆けなんかさせませんってば!」
「放せよ変態ども。俺に触っていいのは美少女のメスガキかバストのサイズが一〇〇を越えてる美女だけだっつーの」
「うるせえ! 床に行けぇ!」
「疲れてるんだからとっとと諦めてくださいよ二人とも!」
そんな三人の騒ぎを、卿は一足先に占拠したソファに寝そべりながらスマートフォンで録画していた。
「浅ましいのー。ははっ」
せせら笑う卿を他所に、三人の不毛な争いはしばらく続いた。
やがてジャンケンで決着し、ズリキチはベッドに。そえーんと辺獄は床で寝ることになった。
翌朝。硬い床で十分に寝つけなかったそえーんが腹いせにズリキチと卿を(ついでに辺獄も)叩き起こし、四人が朝の支度を各々していると、扉が開かれ、ばいのーらる妹くが現れた。
「皆さん、おはようございます。昨日は良く眠れましたかね」
「おお、そりゃぐっすり」
「猥はちょっと疲れ残ってるけど、まぁ眠れたわ」
ズリキチと卿が就寝の感想を述べると、不機嫌なそえーんと少しやつれた辺獄が恨みがましい目でばいのーらる妹くを睨んでいた。
「……何か?」
「……泊めてくれたのは感謝だけどさ。今度からベッドの数増やした方がいいんじゃねえかな」
「そうですね……あともう二つぐらい」
そえーんと辺獄の要望に、ばいのーらる妹くはカラカラと笑って「考えときます」と軽く流した。
「じゃあ皆さん。昨日はお疲れでしたから特に何も言いませんでしたが、もし気が変わったりして“リトルシスターランド”に暫くいるつもりなら、それなりに働いてもらいますけども」
「昼過ぎ辺りには、ここ出ていくからさ、それまではのんびり過ごしてもいいでしょ?」
飯も食いたいし。と付け加えたそえーんの言葉にばいのーらる妹くは少し考え込むが、微笑んで承諾した。
「……ばいのーらる妹くさん、ちょっといいですか」
「どうかしました? 辺獄くん」
「ここじゃアレなんで、ちょっと外に」
辺獄がいつになく真剣な顔でばいのーらる妹くに声をかける。
その光景に、そえーんを始めとする三人はとても怪訝そうな顔で辺獄を見ていたが、“関わると、どうせロクなことにならないからいいか”と思想上の一致に至る。
とりあえずは料理の準備を始めるべく卿とズリキチは台所を漁り、そえーんは“贋無限筍生”を起動させ、タケノコをどさどさと大量に出現させる。
ばいのーらる妹くを引き連れて外を出ようとする辺獄に、そえーんが声をかける。
「僕らここで飯作ってるからさ、出来たら呼ぶよ……多分」
「いや、そこ不確定なんですか」
「だって取り込み中なら辺獄くん呼んでも来なさそうじゃん」
白んだ目で辺獄を見るそえーんに対し、ばいのーらる妹くが小さく挙手する。
「あ、なら私が御相伴してもいいですか」
「ばいのーらる妹くさん、私の御飯なんですけど」
「うーん……いいよ」
「そえーんさんも何オッケーしてるんですか」
「うっせえなー。さっさと用事済ませてこいよシスコンども」
しっしっ、と手で追い払う素振りのそえーんに辺獄は釈然としない表情を浮かべながらも、ばいのーらる妹くと共にコテージの外へ出た。
扉が閉まると同時にそえーんは台所に視線を送る。
「さて、飯作るかー」
─────コテージの外。
コテージから少し離れ、開けた場所で辺獄と──ばいのーらる妹くが神妙な面持ちで向かい合っていた。
数秒、沈黙が両者の間に流れ、ばいのーらる妹くが話しかける。
「それで、用件は何ですか」
微笑を湛えたばいのーらる妹くに、辺獄は真剣な表情で──
「──カレンちゃんを私にくださいッッッ!!!」
土下座した。それはもう、社会の荒波に揉まれ理不尽には平伏するサラリーマンの如く極めて流麗かつ迅速な土下座だった。
そんな辺獄の醜態……ある意味洗練された姿勢……に、ばいのーらる妹くは暫し瞑目し、尋ねる。
「一応、理由訊いてもいいですか」
ばいのーらる妹くの質問に辺獄は頭を地面に着けたまま、つらつらとこれまでの妹遍歴もとい経歴を語って聞かせた。
一通り聞いたばいのーらる妹くは軽く頷くと、先ほどと変わらぬ微笑を浮かべたまま辺獄を見下ろし、答える。
「私の妹を託す……前に、テストしましょうか」
「……テスト?」
「ええ。君に託すに相応しい力があるか、のね」
顔を上げた辺獄に対し、ばいのーらる妹くは一旦そこで言葉を切り、指を三回鳴らし、拍手を四回。
すると、上空から何かが猛スピードで降ってきた。
辺獄は驚いて尻餅をつき、舞い上がる砂埃を腕で顔を庇い、砂埃の向こうにあるモノを見た。
それは、黒い鉄の像だった。
高さは約二メートル、見た目の装飾が全体的に女性を象ったモノだと解るが、禍々しい。
何より目を引くのは、顔に当たる部分。
顔の上半分を占めているのが、一つの大きな目。さらにその目は、まるで昆虫の複眼のようにびっしりと大量の目で埋まっていた。
辺獄が戦慄していると、像の首から下の部分から、がちゃり、と扉を開くような音を立てると中心部に走っていた割れ目がゆっくりと開き──
「………………………」
中から、少女が現れた。
緩く波打つ髪は肩口まで伸び、白い髪色は毛先に向かう程に深い紫へと変わっており。
額にかかる髪の一房は血に染まったかのような赤いメッシュが入っていた。
不機嫌そうながらも可愛らしい顔立ちで印象的なのは、長い睫毛を湛え、瞳は右目が赤、左目が金のオッドアイ。
だが最も奇妙なのが、その少女の服装。
運命の悪戯か悪質な偶然と言うべきか、少女の服装は今、辺獄が身に纏っている物と全く同じだった。
「何で……?」
驚愕する辺獄に見向きもせず少女は、ばいのーらる妹くに近寄っていく。
「で? 何の用?」
「うん、ちょっとした準備運動にね」
「……そう」
眉間に皺を寄せる程に不機嫌な表情を浮かべた少女と裏腹に、ばいのーらる妹くは、にこやかな笑みを浮かべ、辺獄に少女を紹介する。
「辺獄くん。この子はヌメロニアスヌメロニア。私の妹の一人です」
「はぁ……………は?」
あまりにも自然な流れで聞き流そうとした辺獄だが、度し難い名称に再び混乱する。
今回は名前でずっと混乱してばかりである。
混乱する辺獄を放置し、ばいのーらる妹くはヌメロニアスヌメロニアの腹部に手を当て、厳かに告げる。
「『我は兄、故に妹在り』」
─────コテージの中。
タケノコの皮をベリベリと剥いていたそえーんが、何かに気づいたかの様に勢いよくコテージの扉の方に顔を向ける。
そえーんの様子に、同じくタケノコを剥いていた卿とズリキチが不満そうに、そえーんに対して文句を飛ばす。
「何、手ぇ止めてんねん」
「最初にタケノコの皮剥こうぜって言った奴が手を止めてんじゃねえよ」
しかし、そえーんはコテージの扉を凝視したまま、微動だにしなかった。
暫し罵倒混じりに詰っていた卿とズリキチだったが、ズリキチは埒が明かないと感じタケノコ剥きに戻り、気になった卿はそえーんに近寄り、いつもより真剣な声音で話し掛ける。
「……何か、あったん?」
卿にそう訊ねられたそえーんの形相は割と本気の憤怒の表情を浮かべ、静かに応える。
「いや、何か僕の好きなアニメが物凄く汚されたような気がして」
その答えに卿は呆れて白んだ表情になるが、訊いた手前、無下にするのも違うと感じ、続けて訪ねた。
「……好きなアニメってのは?」
「ギ○クラ」
「あー……あー、なるほどね」
一応、満足そうな素振りをそえーんに示した卿は内心“しょーもな”と留め、ズリキチと共にタケノコ剥きを再開する。
そして、そえーんも溜め息一つ吐いて表情を平時に戻し、二人と共にタケノコ剥きに戻る。
(いや……まさか……まさかな)
きっと気のせいと自分に言い聞かせながら男三人の下ごしらえは黙々と続く。
─────コテージの外。
ばいのーらる妹くがヌメロニアスヌメロニアの腹部に手を当て、呪文のような言葉を呟くと、腹部と掌の間に円形の奇妙なワームホールらしきモノが現れ、ばいのーらる妹くが、そこから紐状のモノをゆっくりと、引き抜いて行く。
ヌメロニアスヌメロニアは眉間に皺を寄せ、心底嫌そうな表情を浮かべながら、ばいのーらる妹くが行っている一連の行動を忌々しそうに眺めていた。
辺獄は、何がなんだか分からずに呆然と眺めていたが、やがて、ばいのーらる妹くが半身を反らして腕を引き抜くと、ヌメロニアスヌメロニアの腹部に現れていた異空間は閉じ。
ばいのーらる妹くの腕には赤黒い肉々しい紐が巻き付いていた。
恐る恐る、辺獄が訊ねる。
「それ……何なんですか」
「ああ、これは──臍の緒ですよ」
絶句した辺獄に苦笑しながら、ばいのーらる妹くは説明する。
「私の魔法……『我は兄、故に妹在り』は“妹から臍の緒を取り出し、武器に出来る”って代物なんですよ」
言いながら、ばいのーらる妹くは腕を振り回し、ひゅんひゅんと臍の緒を鞭の様にしならせる。
ばいのーらる妹くは続けて述べる。
「武器に出来る、とは言っても妹ごとに個体差がありましてね。短くて硬いものも有れば、シンプルに杖や棍棒として使えそうな物もある。でもまあ、私はお兄ちゃんなので、どんな妹の臍の緒だろうと使いこなせますけど」
そこで言い切り、ばいのーらる妹くはヌメロニアスヌメロニアと間合いを取り、相対する。
彼女の赤と金の瞳にはそれぞれ憎悪と嫌悪が色濃く宿っており。
ばいのーらる妹くが挑発するように人差し指を動かすと、ヌメロニアスヌメロニアが両手を真横に広げる。
すると彼女の背後に鎮座していた鉄の像から二振りの片手剣が飛び出し、少女はそれを視認せずに掴み──駆ける。
獰猛な殺気を撒き散らしながら、少女は一応の兄──ばいのーらる妹くの懐に飛び込もうとする……が、彼は微笑を崩す事無く後方へ飛びつつ、鞭──臍の緒を振り回す。
まるで意思を持つかの如く動く臍の緒の動きに、ヌメロニアスヌメロニアは舌打ちしながら臍の緒を弾いた拍子に片手剣を二つ共投擲する。
絶妙なタイミングで投擲された剣だが、臍の緒を自在に動かせるばいのーらる妹くに通じるはずも無く、呆気なく剣は弾かれる。
「次……っ!」
言いながらヌメロニアスヌメロニアが両手を掲げると、いつの間にか少女の上に浮遊していたアイアンメイデンの内部から、ナイフの柄らしきモノが現れ、少女が掴んで引き抜くと二振りのサバイバルナイフが握られていた。
「なるほど、次はスピード重視だね」
感心した兄は、先程より段違いに加速する妹に対し、臍の緒の先端を地面に突き刺す。
真っ直ぐに向かっていた妹は、ちらりと下を視認すると爆発的な跳躍で地面から離れ、ほぼ同時に臍の緒が地面から飛び出し、蛇のように少女へと迫る。
少女は空中で軽やかに身を翻して着地すると、二本のナイフで触手……臍の緒を微塵に切り潰して行く。
「おっと」
臍の緒の損傷に、ばいのーらる妹くは即座に自分の手元へと引き寄せる──と、同時にヌメロニアスヌメロニアが再び接近し、兄の懐へ飛び込む。
「──死ね」
超至近距離から繰り出すナイフと共に怨嗟の宣告を吐き出す──だが、しかし。
「──! くっ!!」
ばいのーらる妹くの“左腕”が僅かに動くと、必殺のナイフを突き刺そうとしたヌメロニアスヌメロニアは体勢を無理やり捻り、転がるようにして兄から距離を取る。
ばいのーらる妹くの左腕には、触手──臍の緒が巻き付いていた。
「ふふ、気づかれちゃったか」
薄く笑う兄の左腕には、右腕から肩、背中を伝って臍の緒が巻き付いており、徐々に長くなっていた。
うねうねと動く二本の長い臍に少女は苦渋の表情を浮かべ、苛立ち混じりにナイフを投げる。
兄は薄笑いを浮かべたまま、臍の緒を巧みに操り、ナイフを絡め取って防ぐ。
「スピードでも駄目なら……力でゴリ押す」
少女は傍らに居たアイアンメイデンの中に両手を突っ込み、二等辺三角形を模した奇怪な刃を二つ、引き摺り出す。
底辺にある柄を握り締め、右手で握った方を大きく振りかぶり。
「はぁッ!」
地面を抉り飛ばし、土の残骸を兄に向けて放つ。
兄は手元で臍の緒を回転させ、飛来してくる土くれを弾き落とした。
「全く、乱暴だなぁ、っと」
「うる……っさいッ!」
小言を一蹴した妹は、兄を斬り潰すべく奇怪な刃を振り回すが、猿の様な身のこなしと臍の緒で刃の側面に打ち当てて凌いでいた。
やがて、疲労が溜まったのか、ヌメロニアスヌメロニアは奇怪な刃を地面に突き刺し、呼吸を荒くしながら凭れかかっていた。
ばいのーらる妹くは少し不満そうな表情を浮かべながらも、声色は優しく妹に話し掛ける。
「もう終わりかな? それなら切り上げるけど」
準備運動と呼ぶには余りにも激しい半ば本気の殺し合いにも、ばいのーらる妹くは薄笑いを崩していなかった。兄の問いに、妹は。
「冗談……!」
瞳の中で燃えている闘志は未だ絶えず。
少女は右手を天に掲げる。
ヌメロニアスヌメロニアの上方へ移動したアイアンメイデンから、一本の薙刀が降り、少女は掴む。
「メイデンっ!」
少女の怒号にアイアンメイデンは兄と少女の間に降り立ち。
「ッ、らあっ!」
ヌメロニアスヌメロニアはアイアンメイデンの背を思いっきり蹴りつける。
瞬間。アイアンメイデンの内部からミサイルらしきモノ──否、ミサイルが器の許容量を無視して現れ、発射される。
「うわうわうわうわ……っ!」
戦慄した辺獄は爆発に備え、その場で地に伏せ、頭を腕で抱えるように耳を塞いで目を閉じる。
兄──ばいのーらる妹くは、微笑みを崩さない……どころか。感極まったかの如く、凄絶な笑みを浮かべて嬉々として触手を操り、ミサイルに絡み付かせて上空へと放り上げ、圧壊する。
特撮で見るかのような爆発に空気が振動し、辺獄は身体を震わせ、ばいのーらる妹くは爆発の眩しさに目を細めていた──所に。
「セブンソード! サイスっ!」
ばいのーらる妹くの側面に肉薄していたヌメロニアスヌメロニアが叫ぶと、握られていた薙刀の峰の部分に、今まで使用した二対一組の片手剣、ナイフ、奇怪な刃がパズルの如く組み合わさり、大鎌と化していた。
「おぉおおおおっ!」
裂帛の気合と共に。
妹は、兄に大鎌を叩き込む。
─────コテージの中。
「うお」
「おぉ」
「──っ!」
外から聞こえた爆発音と、大気の振動でガタガタと震えるガラス窓に、三人は驚いて肩を震わせた。
すぐに収まったものの、外で起きているであろう事態に卿とズリキチは眉根を寄せ、そえーんはひたすらに渋面を浮かべていた。
「あいつら何やってんだ………」
「まー、ろくでもないのは確かやな」
「妹キチガイ二人いれば爆発するんだな。これトリビアじゃね?」
「誰も何一つ得しねえだろ、その無駄知識」
「はっ……! これがホントの無駄知識……!」
「やかましいわ」
三人で一通り漫才ごっこをした所で。
質素なダイニングテーブルに並べられたタケノコ料理を眺める。
家庭的なスキルに乏しい男三人でも協力すれば必要最低限の出来になるという、まるで家庭科実習のような有り様だが、それは然して重要では無い。
重要なのは──食えるか、否か。
見切り発車で本格的に料理を作るのも危険なため、それぞれが一口サイズで調理したタケノコ料理の試食会が始まった。
一品目。~焼きタケノコ~
三人は香ばしい匂いを漂わせる焼きタケノコのを口にした。
もぐもぐと無言かつ真顔で食べる光景はシュールだが、当人たちは至って真面目である。
咀嚼して嚥下すると、それぞれが感想を述べる。
「なんつーかさ」
「普通やな」
「そういや前に食ったな。焼きタケノコ」
生のタケノコをガリガリ齧るよりは、食べやすい。
だが、それだけである。
格段に美味い訳では無いので、“生よりは食べやすい”程度の評価に落ち着いた。
二品目。〜天ぷら〜
卵、小麦粉を使用した、良く言えば簡素、悪く言えば雑な材料で作ったのが、天ぷら。
黄色の衣に包まれたタケノコを三人はサクサクと味わう。
ズリキチと卿が率直に感想を述べる。
「ふつーに美味いな」
「おお、結構いけるやんけ」
「……いや、確かにさ。美味いよ? 美味いんだけどさ」
ごくりと天ぷらを飲み込んだそえーんは神妙な面持ちで言う。
「これ美味しさの八割が卵と小麦粉じゃん」
「なんか問題あるんかそれ」
「まさか素材がどうたら~とか意識高い系の事言うつもりじゃねえよなぁ? そえーんよ」
「料理器具はともかくよ。外で卵と小麦粉と油を確保できんのか、っつー話だよ」
「別に今考えることでもないやろー。町に着いたら、そこで調達すりゃいいやんけ」
「……………それもそうだな」
「あ。そえーん、そこの醤油取って」
「本格的に食おうとすんなパイズリ狂い」
益体も無いことを話しつつ、三人のタケノコ料理の試食会は続いて行く。
─────コテージの外。
ミサイルが上空で爆発し、その場でうずくまっていた辺獄が、埃をはたきながら、ゆっくり目を開けると、そこには──
「く……」
「いやあ、実に惜しかった。本当に惜しかったよ。うん」
臍の緒で両手を吊られ、さらに亀甲縛りにされたヌメロニアスヌメロニアと晴れやかな笑顔の、ばいのーらる妹くが居た。
「………えぇ?」
戦闘の激しさから一転、奇妙な光景に辺獄は声を漏らす。
戦闘不能にするために拘束するのは、まだ理解できる。
しかし何故亀甲縛りなのか。
辺獄はその理由を数秒考え。
「あっ、趣味か」
失礼ではあるものの、最早そうとしか思えない結論に辿り着いた。
両手を封じられ、吊られていたヌメロニアスヌメロニアが縛られて尚、殺意の籠った視線をばいのーらる妹くに向けるが、当の彼は一切気にすること無く、まるで良い汗かいたと言わんばかりに清々しい笑顔だった。
そして、臍の緒を切り離してヌメロニアスヌメロニアを縛ったまま放置すると、辺獄の方へ向き直る。
「準備運動も済んだ事だし。じゃ、始めましょうか」
ひゅんひゅんと、臍の緒を自在に振り回しながら訊ねたばいのーらる妹くに、今まで呆気に取られていた辺獄は表情を引き締め、AIREAL・アールケーを取り出して、握り締める。
「ばいのーらる妹くさん、一つ。変更して良いですか」
辺獄の、その問いに。
ばいのーらる妹くは怪訝そうな表情を浮かべながら「どうぞ」と促す。
深呼吸し、覚悟を決めた辺獄は緑色の奇妙な物体、AIREAL・アールケーを、ばいのーらる妹くに向けて、言い放つ。
「私が勝ったら──ヌメロニアスヌメロニアちゃんを、引き取りますから」
“武装──顕現”の呪文と共に、AIREALが輝き出す。
─────コテージの中。
様々なタケノコ料理を試食し、吟味した三人は相談した結果、天ぷらをメインに据える事となった。
その後はテキパキと三人協力し(たまに巫山戯つつ)四人分の食卓を用意していく。
「いやー、こうも料理並んでるとやっぱアレ欲しなってくるなー」
「アレって?」
「サルミアッキ」
卿の答えに、質問したそえーんは渋い顔して呆れていた。
「いや……いやいやいや。サルミアッキて、お前」
「は? そえーんくん、サルミアッキと御飯合うの知らんの?」
「知らねーし、知りたくも無かったわそんな情報。知った所で絶対試さねーけど」
「えー。結構合うんよ。白米とサルミアッキ」
「サルミアッキってクッッッソ不味いお菓子だろ? タイヤのゴムの味がするとかいう。それを白飯に振りかけるとか、冒涜的過ぎるだろ」
「いやそれは言い過ぎやわ。そえーんくんは全国のサルミアッキ愛好家に土下座した後に切腹な。介錯無しで」
「失言に対してのペナルティが釣り合ってねーよ」
「え……!? 介錯無し切腹は軽すぎやって……!? そえーんくんそこまでの謝罪の意を……」
「ちげーよトンデモ解釈すんなアホ」
そえーんと卿が口論していると、コテージの貯蔵庫らしき場所からズリキチが色んな種類の小箱やらビンを抱えて来た。
「サボってんじゃねーよお前ら。ほれ」
「何なんコレ」
「多分調味料。醤油以外に何かねーかなって探したら案の定あったわ」
ズリキチが持ってきたものをテーブルに並べ、三人の料理は仕上げへと向かう。
─────コテージの外。
「……………」
「く………………」
ばいのーらる妹くは、困惑していた。
同じ妹好きとして油断ならない相手だからこそ、妹──ヌメロニアスヌメロニアとの命懸けの準備運動にも取り組んだというのに。
今、辺獄は地に倒れ伏していた。
周りには至るところにナメコが散乱し、奇妙な光景が広がっていた。
ばいのーらる妹くが小首を傾げながら訊ねる。
「まだやりますか? 辺獄くん」
辺獄は息も絶え絶えになりながら、よろよろと立ち上がり、転がっていたナメコの剣を握って、ばいのーらる妹くに向かって行く。
「諦めは悪いみたいですね」
ばいのーらる妹くは半ば呆れたように溜め息を吐きながらも触手──臍の緒を操り、辺獄の足を絡め取ろうとする。
幾度と無く絡め取られ、倒された甲斐もあり、触手の軌道を見切り、紙一重で跳躍して避ける。
「おお、避けた」
感心するばいのーらる妹くだが、触手を操る手を緩める事なく動かし、辺獄を追い詰めていく。
四苦八苦しながら触手を避け、何とかばいのーらる妹くに接近する辺獄。
ナメコの剣──“魔王剣ナメコカリバー・イ・モートスキー”を叩き込む。
「んー。やはり──遅い」
「っ……! おわ!」
ナメコの剣の切っ先は空振り、ばいのーらる妹くによって辺獄は足首を吊られ、空に放られる。
追撃は止まらない。
二本の臍の緒が辺獄に叩きつけられる──事は無く。
その寸前で止まり──しなる。
空気が破裂するような音と共に、衝撃が辺獄に炸裂する。
「……っ! う! ぐぁ……っ!」
上空で、お手玉のように甚振られる辺獄。
鞭の脅威は射程距離の長さでは無く、引き戻す事により発生する衝撃波にある。
これによって、ただ叩きつけるよりも高い痛撃を加える事が可能になる。
上空からボロボロにされつつ、緩い速度で落下し、辺獄は再度地に倒れ伏した。
(…………………勝て……ない)
鉄籠手に覆われた手を地面ごと握り締める。
失意に心が挫けそうになりながらも、必死に思考を巡らせる。
彼と、我。
彼方に在って此方に無いもの。
(…………………妹…………………)
妹──と、魔法。
しかし辺獄の頭は妹のみが足りていないと結論づけた。
妹は居ない。ナメコでは届かない。
力が、要る。
「く……う……」
辺獄は両手足に力を入れ、立ち上がろうとする。
そえーんや、卿にズリキチに、負けるのは……良くは無いが、今は、放っておく。
今、重要なのは。目の前の美少女っぽい男、ばいのーらる妹くという兄に、負けるわけには、断じて負けるわけにはいかない。
勝つのだ。何としてでも。
妹の──妹の、臍の緒を武器にするような、男に。
「絶対に……勝つ……!」
一人の兄として、立って、戦い、勝つ。
ボロボロの辺獄の頭に、男の声──AIREAL・アールケーの声が響く。
〔“時は来たれり”だな、兄ちゃん。神と会った時の殺意でも無く。その場の雰囲気でも無く。真に、心の底からの闘志と、勝利への渇望が鍵さ……なら、ここらで一丁、咲かせて見ようじゃねえか、“逆転の花”をよ!〕
盛り上がるAIREAL・アールケーと対称的に辺獄はフラフラと安定しない身体をどうにか立たせる。
視線の先には、ばいのーらる妹く……ではなく。
苦渋の表情を浮かべるヌメロニアスヌメロニア。
より一層、闘志を募らせて辺獄は脳内に流れ込んで来た“呪文”を唱える。
「並行次元、同調接続」
静かに唱えた辺獄の声に、先程の元気が嘘の様に冷淡で無機質な声でAIREAL・アールケーが応える。
〔擬似式魔性法則展開〕
音声と共に、得体の知れない迫力が、辺獄の──否、黒い鉄籠手から滲み出る。
辺獄は続けてぶつぶつと呪文を唱え続ける。
「妹万歳、因果、再録」
響き渡るは冒涜的な言葉、通常であれば正気が喪う謳い文句であっても、この呪文は別。
「其は虚仮に非ず、其は請願に非ず、其は提言に非ず、宣告を此処に」
本来は冒涜的で忌々しい、ある邪神を讃え呼び出す為の呪文。だが、今、この瞬間においては“本来”辺獄が獲得しているはずの力を招来させる為の呼び水。
「来たれ、我が、心核!」
〔魔法展開完了〕
辺獄が最後の一節を叫ぶと、再び冷淡なAIREAL・アールケーの声が“完了”を告げる。
その瞬間、鉄籠手が眩く輝き、辺り一帯を照らす。
突然の発光に、ばいのーらる妹くから笑みが消え、閃光から目を守るべく、目を細め、手で光を遮る。
やがて光が収まると、そこには──翡翠色に輝く鉄籠手を身に付けた辺獄が立っていた。
「原典廻帰──過法迭追・選妹治世」
辺獄は静かに告げ。真っ直ぐに、ばいのーらる妹くを見据える。
そして、ボクシングのファイティングポーズを構え。
「ふっ──!」
その場で拳を放つ。
ばいのーらる妹くと辺獄の距離は依然として離れている。が──
「──う……!」
危機を感じたばいのーらる妹くが臍の緒で自身の前に壁を張るも、諸共に吹っ飛ばされる。
まるで大気そのものを叩きつけられたかのような衝撃に一瞬、意識が飛びかけるが、即座に立て直し、辺獄に向かって臍の緒を伸ばす。
辺獄の周囲を囲む様して臍の緒を伸ばし続け。
「せいっ」
ばいのーらる妹くが両手を真横に伸ばすと臍の緒が一気に狭まり、辺獄を拘束しようとする。
だが、しかし。
「妹以外が──私に、触るな」
辺獄が両拳を合わせると、捕縛しようとしていた臍の緒が弾け飛んだ。
その光景に、ばいのーらる妹くは、その日初めて渋面を浮かべた。
(覚醒……にしては能力が不明瞭すぎる。何より、“ナメコが全く関係ない”)
辺獄の今の力はナメコを主体としたモノとは全く異なっていた。
大気。射程距離。弾け飛ぶ臍の緒。
これらの少ない情報から、ばいのーらる妹くは思考を巡らせる。
そうして導き出した結論は。
「まさか……斥力、かな?」
冷や汗を一筋垂らしながらも、不適な笑みで辺獄を見据える。
辺獄は答える事なく、離れた場所から拳を打ち続け、距離を無視してばいのーらる妹くに打撃を与えていく。
ばいのーらる妹くは臍の緒で牽制しつつ、距離を詰めていく。
彼の──ばいのーらる妹くの予想通り、辺獄が新たに得た、“原典廻帰=過法迭追・選妹治世”の能力は斥力に属するものである。
“どこかで”、“いつかの”、“辺獄が”会得し、使える“魔法”。
それを──AIREALの機能で疑似的に再現した力。故に、“原典廻帰”。
射程距離での不利が覆り、辺獄が次第に、ばいのーらる妹くを追い詰め始める。
好機と感じた辺獄が怒涛の拳打をばいのーらる妹くに叩き込む。
臍の緒を巧みに操り凌いでいたばいのーらる妹くだが、幾つか身体に当たり、ダメージが蓄積されていく。
防御回避は無駄と感じたばいのーらる妹くは一撃でも多く攻撃するべく、触手を──ヌメロニアスヌメロニアの、臍の緒を叩き込む。
お互いに、ノーガードで打ち合う二人の兄も、雄叫びを上げる。
「おおおおおおッ!!!」
「はぁああああッ!!!」
辺獄は渾身の力で右ストレートを、ばいのーらる妹くは二本の臍の緒を捻り合わせた強靭な一振を。
必倒の一撃が互いに叩き込まれ。
先に倒れたのは──ばいのーらる妹く。
その光景を見た辺獄は、天高く拳を突き上げた。




