シュレディンガーの塩
あらすじ
三人を制御しきれません。誰か助けてください。
byそえーん
「これは……」
目の前にある建築物の名前に辺獄は唖然とし。
「クトゥルフの……」
卿は目を輝かせ。
「館……ねぇ」
ズリキチが締めの一言を言い放つ。
そしてそえーんは──
「………」
小皿に盛られた塩に、土下座していた。
「本当にッ! ありがとうございまぁす!」
突然大声を出したそえーんに、他三人は怪訝な表情でその様を眺め、各々感想を漏らす。
「いきなりどうしたんすか、そえーんさん」
「うっわぁ……そえーんくんとうとう発狂……」
「土下座とか初めて見たわー」
散々な言われようにも、そえーんは特に反応する訳でもなく、速やかに立ち上がると小皿を渾身の力で蹴り飛ばし、小皿は塩もろとも風に吹かれて彼方へ飛んで行った。
「え? 何が? 何も無かったけど?」
一連の行動をまるで無かったことのように語るそえーん。妙な恐怖を覚えた三人を置き去りにし、そえーんは話題を切り替えるように目の前の建物を指差す。
「こんな所で喋っててもアレだから、さっさと入るぞ」
「「「アッ、ハイ」」」
有無を言わさず三人を引き連れ、そえーんが扉を押して建物の中に入る。
瞬間、外から見えていた景色とは裏腹に、妙に薄暗い内装に驚く。
「え? あれ? 酒場……だったよな?」
「おおー……これが異世界のトンデモファンタジーか……」
「何かパチンコの逆みたいっすね」
「………」
そえーんは入る前との差異に驚くが、卿は感心し、辺獄はファンタジーの情緒の欠片も無い感想を漏らしていた。
しかし、ズリキチだけは奥の方を無言でじっと見据えていた。
不思議に思ったそえーんがズリキチに呼び掛ける。
「どうした、何かあったのかズリキチ」
「……いる」
「いるって……何がだよ」
そえーんが再びズリキチに訊ねると、奥からコツコツと、靴音を鳴らし、現れたのは──
「──いらっしゃいませ。クトゥルフの館へ……あら、これはまた、珍しいですわね」
柔和そうな笑みを浮かべた、長身の美女が居た。特徴を述べるなら……まず、髪は艶やかで長く、口調や所作から上品な雰囲気がにじみ出ており、目は……どう見ても閉じてるようにしか見えないが、きっと糸目という物なのだろうと、そえーんは判断した。
そして何より、目を引くのは──目測ではあるが──スイカ程の大きさの“胸”だった。
女性の容姿一つ取っても四人の反応はバラバラで。
そえーんは妙な胡散臭さを感じ、卿は女性を見て驚愕しており、辺獄は“どう見ても姉キャラ”っぽい外見に死んだ目で深くため息を吐き。
そして、ズリキチは。
「お姉さん。どうかそのエベレストの谷間に俺のイチモツを挟──」
「おっ、らあああああッ!!!!」
「ぐふぅ」
女性に神速で迫ったズリキチの脇腹に、そえーんのソバットが決まり、ズリキチは店の床に倒れ込む。
そんな二人のコントを余所に、卿が感極まった様子で女性を指差す。
「も……もしかして、おおと──」
「やめろ! 何か知らんけど版権に関わりそうな感じの名前を出そうとするんじゃねぇっ!」
そえーんの秩序維持を司るであろう脳の一部が疲労と引き換えに、卿の顔面にアイアンクローを決めようと接近するが、不意打ちだったズリキチと違い、卿はボクサーのような動作で回避する。
「ちょ、いきなり何やねんそえーんくん。発狂か?」
「常時狂ってるオメーに言われたかねえんだよ!!」
「は? 猥がどう狂ってるっていうんや。そういう言いがかり止めてくれへん?」
「今、この、時だ──この野郎ォ!!」
「はぁ……僕外で待ってていいですかね? 姉っぽい人見てるとこう、元気がなくなって……」
そえーんと卿がわちゃわちゃとじゃれ合う様を辺獄が冷めた目で眺め、話し掛ける。
ズリキチはそえーんのソバットの当たり所が良かったのか、まだ悶絶していた。
瞬間。轟音が鳴り響く。
悶絶しているズリキチを除く三人が一斉に硬直する。
音の発信源を見ると、女性が銃を片手に天井に向けており、銃口の煙を吹き消すと、変わらぬ調子で話し始める。
「仲がよろしいのは、とても良いことですけれど……騒ぐのは止めてもらえませんこと?」
顔色一つ変えずに告げたその言葉に、他三人は“あ、次は命無いなこれ”と悟るのだった。
「そういえば、言葉通じるんすね」
女性に案内され、テーブルに備え付けられた椅子に座ったそえーんが、女性に素朴な疑問を投げた。座席の並び順は、卿、そえーん、ズリキチ、辺獄となっており、そえーんの向かいにテーブルを挟んで女性が優雅に座っていた。
「こう見えても商売人ですし、お客様の言語くらいは把握しておりますわ」
そこまで言った女性は、ポンと手を合わせ何かを思い出した素振りを見せる。
……その際に女性の胸が揺れて、ズリキチが興奮して席を立とうとするが、そえーんのアイアンクローがズリキチの顔上半分を捕らえ、辺獄がせっせとズリキチの腕を後ろに縛り、卿がハンカチで猿轡を作り、ズリキチに噛ませた。
「まだ名乗っていませんでしたわね。わたくし、オードリーと申します。このクトゥルフの館を細々と営んでいますわ」
女性……オードリーがにこやかに自己紹介すると、ズリキチ以外の三人は顔を見合せ、そえーんが口を開いた。
「えっと、俺はそえーんっていいます。こいつは卿で、そっちは辺獄。で、これはズリキチっていいます」
「ずいぶんとまあ、個性的な名前ですのね」
「いや、まあ何というか……はい」
簡単な自己紹介を済ませると、オードリーはクスクスと笑いをこらえるようにして、そえーん達を眺めていた。
……あの糸目で見えてるのか怪しい限りだが。
「……? あら、そちらの……卿さん、と言ったかしら」
「え、あ、はい。猥が卿ですハイ」
「先程から、わたくしの顔をじっと見つめていらっしゃるけど、何か気になる事でもございてまして?」
「気になる事っていうか、やっぱりどう見てもあの人やなというか……ちょっと逃げたいなというか」
卿にしては珍しく。というか、そえーんの知る限り始めて、かしこまった卿がそこに居た。オードリーへの返答も最後の方は、隣にいたそえーんにしか聞こえないレベルの小声で言っていた。
卿の余りにも不自然な変わり様の態度に、そえーんが小声で呼び掛ける。
(おい、いつものゲエジムーブはどうした)
(いや、無理無理無理無理。猥の勘が正しかったらあの人めっちゃヤバいで)
(……お前知ってんの? オードリーさん)
(オードリーっつうか、大と……いやえっとな。ざっくり言うと、趣味が人殺しのキャラにめっちゃ似とるんや。見た目ほぼ本人)
(はぁ?)
(生で大尉を見れたのは感動もんやけど、会ってってみるともう逃げたいわ。近くにおりたくねえ)
妙に戦慄している卿に眉を寄せるそえーんだが、オードリーは気にすること無く話し掛けてくる。
「基本的にこの店に来られる方は一人が多いのですけれど、複数ということは余程の事情あると見ました。少々お待ちくださいまし」
そう言ってオードリーは席を外し、店の奥に引っ込むと、何やら奇妙な物体を抱えて戻って来た。
オードリーがテーブルの上に奇妙な物体を並べて置いていく。
「あの、これは……?」
そえーんの疑問に、オードリーが座席に座り直しながら言う。
「Artificial Intelligence in Reactive Emortion Armed Legacy(人工知能搭載型反応式感情武装遺物)……通称、AIREALですわ」