雪降る街で、少女の悪夢が終わる朝
目が覚めた。
少女が目を開けると、灰色の雲に覆われた冬の空が見えた。
もう夜が明けていた。
空気すら凍りそうな真冬の朝。何もかもが凍りつく冷たさの中、はらはらと落ちてくる白いものが見えた。
「雪、だ……」
少女の体には、うっすらと雪が積もっていた。
少女がいたのは、自分のベッドではなく、街はずれの空き地。どうしてこんなところで寝ているのか、覚えていない。
起き上がろうとして、指一本動かせなかった。
あれ、どうしたのだろうと、少女は昨夜の記憶をたどった。
いつものように、夜更けに家を出て。
いつものように、裏通りに立ち。
いつものように、男に買われ。
いつものように、安宿へ行き。
いつものように、春を鬻いだ。
そして、いつものように一人で夜道を帰り……誰もいない裏路地で、ナイフを持った男に出会った。
「ああ、そうか……」
すべてを思い出し、少女は小さく息をついた。
雪が降っていてよかった、と思う。
くたびれた服も、薄汚れた体も、醜く歪んだ心も、全部雪が隠してくれる。
ナイフで刺された傷も、流れ出る血も、痛みも悲しみも、全部全部、隠してくれる。
ただただ真っ白に、美しく、雪化粧で隠してくれる。
「きれい……だなあ……」
少女は、何年ぶりかに涙を流した。
あの日、あの夜。
老いた母を捨てて逃げていれば、まともな人生が送れたのだろうか。
体を売らなくても生きていけ、見知らぬ男に切り刻まれて死なずに済む、そんな人生が送れたのだろうか。
「……ううん」
降り積もる白い雪に、少女は笑顔を浮かべた。
「これは……夢、なんだよ」
そう、これは悪い夢。
本当の少女はベッドの中にいて、悪夢にうなされているのだろう。
そんな少女を心配して、父や母がそばにいてくれているに違いない。
そう、全部夢なのだ。
その証拠に、こんなに血が流れているのに、どこも痛くない。
こんなに冷たい朝なのに、まるで寒くない。
だから、もう覚めてしまおう。
少女は目を閉じた。
次に目を開けたら、父と母に会えるだろう。
泣いて起きた少女を、優しく抱きしめてくれるだろう。
そうしたら抱き着いて、思い切り甘えよう。
怖かった、すごく怖かった、もう一人にしないでね、と思い切り泣こう。
「さあ……目を、覚まそう……」
少女は明るい声でつぶやくと。
ことり、と永い眠りについた。
悪夢は終わり──すべてを白い雪が隠してくれた。