第1話:日常
メタトロン学園は今日も晴天ナリ。
しかし、雲行きはいつも怪シイ。
「みなさーん、今日は大切なお知らせがあります。このままだと、あと1ヶ月くらいで世界が滅亡するそうでーす」
教室の黒板の前で、我がクラスの担任であるマナベ先生が普通からしたら危険極まりない事をしれっと言い放つ。でも、着席したクラスメート達は誰も驚かない。それどころか、エーと、めんどくさそうな声を上げる者や、ヒューと口笛を鳴らす輩までいる。この俺も同様。何故なら、我々は普通とはかけ離れたところにいるからである。この「私立メタトロン学園」とはそう言うところなのだ。
「はいはい、静かに静かに。そこで、そこでですね、今回も全クラスで手分けしてその元凶を探しだして叩くことになります」
「せんせー」生徒の一人が手を上げた。
「はい、タナカ君何でしょうか」
「目星は全くついてないんですか?」
「そこは、今言おうとしてたんですよ。一応大分絞られてはいます。キョウト、オオサカ、シガシティ、ナラあたりに不穏な動きが確認されています」
「わかりました」
おそらくは、学園の端末「バックアイ」の調査機能を使ったのであろう。あのオーバーテクノロジーを用いた管理機構は、地球全体を24時間監視しており、世界に危険な問題が起こった場合は学園上層部に即座に通報される。今回の世界滅亡の件もこれにより予測されたものであろう。非常に優れたシステムではあるのだが、残念ながら完全無欠ではなく、メタトロン学園内のセキリュティは完璧と言っても過言ではないのだが今回のように危険因子を調査する面では十分にビジブル化しきれないこともある。
その報告が終わると、先生はさらっと本題の数学の授業をはじめた。これがメタトロン学園の「常識」。なお、授業の内容は超一流大学並みの内容なので大したことはない。
「はー、またおっきいの来たな」
昼休み、学校の屋上で、クラスメートで悪友のブンジがヒューと息を出しながら。地平線に広がる無限の空を横目で見る。学校の周囲約1キロを覗いては、この「虚元の狭間」は基本空のみで出来ている。流れる白い雲達は、正確には雲でなく、屍せるものたちの残留意思の塊であり、それがどこに向かって行くかは知れぬ。
「火星人の時より大変になるかねえ」
「さあな」
「ま、ニホン回ってるだけでいいんなら、多少はマシか」
そーだねーと赤髪で小柄な小娘、フェンス下にぺたんと座り込んだまま、愉快そうに言う。
「私たち2年毘沙組の、はじめてのピクニックだね」
「リョウカ、お前飛び抜けて楽観的だな」
「この学園にいるのに、守りに入ってどーすんのよ。特に、ああんたはクラス委員長なんだから」
それはもっともだと思った。なぜなら、この俺はクラス委員長だからだ。普通の高校のクラス委員長なんざ、目立って後の進路を有利にするためとか、ただ無理矢理任されて余計なことばかりやらされる雑用じみたもなのであるのが落だが、このメタトロン学園のそれは、世界を襲う厄凶と指揮官に等しき存在で、クラスメートの命運はこの手に委ねられている。クラスの総司令管は担任の先生ではあるが、人材育成のため、戦時の指揮はほとんど俺達クラス委員長に一任される。しくじれば、その損害は計り知れない重要なポジションなのである。それ故にクラスメートの前での弱気な言葉は士気に関わる可能性もあるのでタブーだ。もっとも、俺は弱気になる程メンタルは弱くない。ようは、リョウカが特別メンタルがタフなだけなのだ。別な言い方をすれば、能天気。ただし、ただのバカではない。この学園は並外れた有能さ持つものしか居ることが叶わないからだ。
「しっかし、うちのクラスはシガシティ担当か。キョウトがよかったなあ。ヤツハシとかお土産物がいっぱいあるしさ」
「ブンジ、シガを甘く見ちゃいけないよ? 滋賀にもオウミギューとかあるし」
「お、ブランド牛か。いーねー」
前言撤回したくなる。こいつらはただのバカではないがやはりバカは馬鹿である。地球が危機というこの状態で食い物の話とは修学旅行感覚だ。(あ、さっきピクニックとか言ってたな)リョウカのIQはこれで208もあるらしいが信じたくない。まあ、それはさておき、だ。
「シガシティには鬼が巣くっていると聞いた。かつて地獄に追いやられた彼等が地表に出てきたと言うのは実に意味深い」
「そうかな? 鬼ってだーいぶ頭悪そうなイメージだけどな」
「今お前の考えている鬼とは、おそらく全てが違っているだろう。予想斜め上は覚悟した方が良い」
「まさか、角がないとか?」
「ああ言うのは物語を面白くするために都合よく設定されたものだ。桃太郎の鬼退治のようにはいかない」
そこで、ブンジがヒューと下手くそな口笛を鳴らした。
「けど、鬼退治は鬼退治なんだろ? それに」
「それに、なんだ」
「オレ達は桃太郎より強いだろ?」
「それは、そうだな。確かに、こちらも、常識の範疇を越えている」
「よーし、がっつりぶったおすぞ! 火星人も泣いて逃げ出す2年毘沙組の恐ろしさをみせてやるぜ!」
「おー!」
ブンジとリョウカは拳を天に突き上げた。
俺はそれを、覚めた目で眺めたのだった。