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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

注文は少ないけど色々間違った料理店

作者: 式十

 宮沢賢治さんごめんなさい、こんな話にするつもりはありませんでした。山が悪いです。

 二人の若い紳士(しゅくじょ)が、どことなく兵隊じみた格好をして、ぴかぴかする猟銃も担いで、いかつい大型犬二匹をお供に、だいぶ山奥のいかにも魔境……といった感じの所を歩いていました。


「しかし、ここらの山はけしからんね。鳥も獣も一匹もいないだなんて……なんでも構わないから、早くパパパッととっちめてみたいものだなぁ」

「鹿の横っ腹に二三発パンチをお見舞いしたら、ずいぶん痛快だろうね……ぐるっと回転して、それからどたっと倒れるだろうね……かわいいね鹿ちゃん……ヘヘェ……」

「まずこいつをとっちめた方がいいな?」

 二人とも猟銃免許は持っていないので、野生動物相手に肉弾戦を挑むつもりです。気が狂っていないとこんな考えは浮かばないでしょう。

 二人が歩いていたのは、「山奥」でした。案内してきた自称専門家も、脂汗を静かに垂らしながらしれっとどこかへフェードアウトしてしまったくらいの「山奥(のつもり)」でした。

 そう、道の深さから考えると何も問題はないのです。ただこの山、古くから地元住民に「死の山」だの「あそこに近づいちゃならねぇ」だの、散々なお言葉を頂いていました。

 要するにここ自体が大問題だったのです。

 実はあんまり山がものすごいので、彼女らが連れていた大型犬も二匹仲良くめまいを起こし、しばらくうなった後泡を吐いて死んでしまいました。こんな怪奇現象が起こっているのに、何故帰らないのでしょうか。

 

「困ったな。二千四百円も損害が出た」

 自分の犬のまぶたを弄くりながら、一人の紳士はため息をつきました。

「ふふ……二千八百円でこんな可愛い死に顔が見られるなら安いものだよ……」

 もう一人の紳士もため息をついていましたが、先のそれとはだいぶ意味合いが違っていました。彼女も山の濃い狂気に当てられたのかもしれません。そうでなければただの「リョナラー」という奴になってしまいます。

 はじめの紳士はドン引きしながらも、もうひとりの紳士の顔つきをしっかり見ながら言いました。

「僕はもう戻ろうと思う。お前も戻れ。今すぐ戻れ。リョナラーと一緒に遭難とか怖い」

「リョナラーじゃない! 私はちょっと猟奇的なのが好きなだけだ!」

「よし分かった、これで切り上げよう。何も狩れなかったなら、帰りに昨日の宿屋で山鳥を拾円も買って帰ればいい話だ。そうだろう?」

「待って、兎ちゃんもいた! どちらも買って生きたまま解剖しなければ私の欲望は満たされないのだが!?」

「……帰りたい……」

 しかしどうも困ったことに、どちらへ行けば人里に辿り着けるのか、さっぱり見当がつかなくなっていました。

 風が吹き荒れ、草、木、葉っぱ、その他諸々もがさがさごうごう不穏な音を鳴らし、山の恐ろしさを伝えています。

「どうもお腹が空いた。このままだと町に辿り着く前に死んでしまいそうだ」

「私もだよ。こんな状態で歩いて体力を消耗したくない」

「何か食べたいなぁ……草は食べたくないけども」

「私は君を性的に食べたい」

「死ね!!」

 二人の紳士はススキをかき分けて進みつつ、こんなことを言い合っていました。この調子だとなんやかんやあって山を下りられそうなのですが、そういう訳にはいきません。

 ふと後ろを見ますと、おぞましい山にはあまりに不釣り合いな一軒の西洋造りの家がありました。

 しかもその玄関、『レストラン ヤバ猫犬』という札が掛けられているではありませんか。実に都合が良過ぎますし、実に不穏な名前です。

「ちょうどいいな。なかなか良さそうな所だし、入ってみないか」

「こんな山奥にあるなんておかしいね。本当に何か食事ができるのかな?」

「もちろんできるさ! 看板にレストランと書いてあるし」

「なら入ろう。私はもう君を食べたくて仕方ない。そしてメス犬の様に発情させたい」

「……やめろ、頼むからこんな所でアレやコレをしようとするな」

 人は危機に瀕すると簡単に変わるモノです。一人の紳士はもう一人の紳士と行動を共にするうちに、いつしかセクハラ発言も満更でもない様子で受け流す様になってしまいました。

 ……そういう話ではない? 知っていますとも。

 二人は玄関に立ちました。玄関は白い瀬戸の煉瓦で構成されており、大変立派です。

 硝子の開き戸には、金文字でこう書いてありました。

『どなたもどうかお入りください。決して遠慮は要りません。どうぞどうぞ』

 二人はそこで、言葉選びに若干の寒さを覚えながらも喜びました。

「やっぱり世の中は上手くできてるんだなぁ! ダチョウ倶楽部っぽいのが気になるが、とにかく僕達を歓迎してくれるらしい! うちの親とは大違いだ!!」

「決してご遠慮は要りませんだなんて……初めて言われたよ……」

 何やら家庭に深刻な問題があるらしい二人は、泣きながら戸を押して中へ入りました。そこはすぐ廊下になっています。硝子戸の裏側には、金文字でこう書かれていました。

『太ったお方や若いお方は、大歓迎いたします。女性ならなおよしです』

「僕は太っていないが、若いのは確かだな」

「私をでぶぅなババアだと言いたいのか!?」

 もう一人の紳士のために言うと、二人は充分に痩せていて若いです。少し前まではピチピチのJKでした。今もピチピチのJDです。

 ずんずん廊下を進んで行くと、今度はパステルカラーの可愛らしい扉がありました。彼女らは何も考えずに開けて、先に進みます。

 その扉の裏側には、大きな字でこう書いてありました。

『当軒は注文の少ない料理店なので、単刀直入に言います。

 下着だけになってボディクリームとマッサージオイルとボディスクラブを全身に塗りたくってください』

 ピンク色のランプで控えめに照らされた部屋には、ダブルサイズのベッドが一つ置いてありました。その近くのサイドテーブルでは、硝子の小瓶と金色に光る瓶と青い壺が妖しく光っています。

 この店、最早「怪しい」と言うより「いかがわしい」と言った方が良さそうです。

 何かに気づいたのか、二人は揃って赤らめた顔を見合せました。

「……どうも、おかしい」

「何もおかしくはないよ、言っただろう? 私は君を食べたい、メス犬の様に発情させたい、とね……」

 リョナラーの紳士は明らかに興奮し、冷静さを欠いていました。

 彼女は山によってリョナラーになった訳ではありません。むしろ、純粋な愛に飢えた狼と化してしまったのでした。小柄な身体で、王子様スタイルなスレンダーボディをベッドに押し倒します。

 発情期の獣じみた息遣い。そこから伝わるのは、やはり獣じみた欲望の渦で。

「……っ」

 王子様を気取っていた紳士は、自身の運命を悟ってぞくりと肌を震わせました。女子高、女子大で多くの乙女の心を欲しいままにした紳士は、もう見る影もありません。

 彼女は、ただのか弱い女でした。


「あああああなんで!? なんでそうなる訳!?」

「……どどどどうするんですか姉御、なんか二人で、二人で、あの……」

 これは紳士二人が山奥の料理店に迷い込んで、大変な目に遭う話です。そういうつもりでした、が。

「い、嫌だ!! ボクこんなの見たくないよ!! 早く味付けして調理してよ!!」

 本来襲う側の獣達は赤面したり顔を覆った指を開けたり閉じたり、リーダー格に至っては見ざる聞かざるになったりで、大変な事になっています。

 ……三人は猟奇的な趣味に傾倒していたため、「そういった事」に耐性がなかったのです。

「そうこうしてるうちに塩揉み込み始めましたけど……ってぎゃああああ塗ったそばから舐めるってダメでしょそんな……えっあれ砂糖!? もしかして姉御間違えました!?」

「ボクは何も聞こえません!!!」

「う、うえぇ……耳が変になっひゃう……死ぬぅ……」

「わあああああんもう嫌だ!! この山怖い!! 嫌い!!!」

 

 とうとう三人は耳まで真っ赤になり、がたがた震えて外へと逃げ出します。

 主のいなくなった元料理店は紳士もとい淑女の「社交場」として機能する様になり、「あの山には女食いのバケモノがいる」、と地元住民達から余計に恐れられる様になりました。

 件の紳士(しゅくじょ)二人は、「社交場」のオーナーとして余生を山で過ごしたという事です。

 ……その噂を小耳に挟んだ獣達は、揃ってこう言いました。

 

「どうしてこうなった?」、と。

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