Ausretious
春、それは始まりの季節である。
魔王が治める国、ウルティマにも春は訪れる。
少年、ムート・N・クリームはウルティマにおける唯一の「魔王後継者育成科」の存在する魔王国立ウルティマ・モンド・バルド学院の新入生である。
彼を含む第499期新入生総勢120名は現在入学式の真っ最中であった。
「新入生代表挨拶。新入生代表、ミラ・イヴァン・レックス・アイザックス。」
「はい。」
第499期首席入学であるミラが壇上に上がる。
彼女は二十三家の1つ、アイザックス家の娘だ。
二十三家とは、魔王降臨時の大量破壊虐殺、通称「終止符」の生き残りを祖先に持つ名家のことである。
ツラツラと用意された代表挨拶の原稿をミラが読み上げる中、ムートは何とも言えない表情を浮かべていた。
それもそのはず。
入学式前のオリエンテーションにて行われた「魔物召喚適正診断」の結果が芳しくなかったからだ。
人が生きるこの世界は人界と呼ばれるのに対し、人界とは異なる世界のことを総称して「異界」という。
異界は人界と何らかのプロセスで交流を持つことができるが、基本的には互いに干渉することは決められた方法でしか行えない。
ウルティマにて確立している異界との干渉法は、魔物が生きる異界である「魔界」から魔物を呼び出すという「魔物召喚術」である。
この魔物召喚術は魔王によって確立されたもので、最初に魔物を召喚したのは魔王だとされている。
この学院の創立目的も「魔王に匹敵する魔物召喚術の使い手の育成」にある。
つまるところ、如何に強い魔物と契約し、如何に上手く使いこなせるかが重要なのだ。
魔物と契約することは誰にでもできるわけではない。
契約の前に、人間が生まれた時から施されている「魔力の枷」を外す儀式である解錠を行わなければならないからである。
解錠も専門の技能証書を持つ解錠師によって、学院の新入生に対してのみ行われる。
これは、無闇矢鱈に魔物を召喚できる者を増やさないことで国家転覆を防ぐ目的がある。
魔力の枷は人間の両肩にあり、解錠によって右手と左手から魔力の放出が可能となる。
新入生は入学式前に解錠の儀式を終え、魔物召喚術における術者のパラメータを診断する魔物召喚適正診断を行っていた。
術者の魔力総量や、それぞれの手から出せる魔力以上の魔物と契約をしてしまっては、そもそも召喚自体が不可能となってしまうからである。
ムートの診断結果はこうである。
魔力総量:A
右魔力出力:A
左魔力出力:Z
魔法出力:C
ランクは基本的にAからEの5段階に分けられる。
術士の平均値をCとし、その4倍相当のA、2倍相当のB、半分相当のD、四半分相当のEという具合である。
しかし、例外としてその枠外のSランクとZランクが存在する。
SランクはAランクに不相応な、術士平均の5倍以上を示す場合にランク付けされる。
これに対し、ZランクはEランクでも不相応、すなわち圧倒的ゼロを意味する場合にランク付けされる。
この診断結果から分かることは、ムートは右手にしか魔物と契約出来ないという事実だった。
ムートを除く、全員が診断結果にE以上の文字があった。
499期以前にも診断結果のどこかにZがある者は数人居たそうだが、漏れなく全員落ちこぼれの烙印を押されている。
入学前から落ちこぼれ確定という事実に、ムートはどうしても晴れやかな気分になることは出来なかったのである。