金魚
「例えばこんな夢とか。」
オーナーは深緑のローブを揺らしながら次々と絵を紹介していく。壁に飾られている絵はどれも作風がバラバラで、油絵のようなものもあれば水彩画のように淡い色合いのものもあり、中には写真までも飾られている。
そんな中からオーナーが選んだものは、1人のおばあちゃんが大切そうに金魚を見つめている絵であった。
「この絵、色の配色が綺麗ですね。」
「でしょ。これ結構オススメなの。綺麗だからね。」
そう言いながらオーナーはその絵に触れた。すると急に絵から水が大量の金魚と共に溢れ出し一気に押し寄せてきた。
「え、ちょ、きゃあ!」
「大丈夫。死にゃしないからそのまま深呼吸しててねえ〜!」
焦る私を他所にオーナーは笑いながら手を振っていた。その姿を水に押されながら私は眺めるしかなかった。
***
気がつくと、私は誰かの家にいた。
時はちょうどお昼頃なのか、ご飯のいい匂いがしながら部屋には柔らかな日の光が差し込んでいた。
「あらサキちゃん、なにしてるの?もうお昼ご飯出来てるからこっち来て食べましょ。」
振り返ると台所から割烹着を着たおばあちゃんが優しく笑いながらこちらへ来て私の背中を軽く押した。
「わかった…え?」
「なあに?どしたの?」
おばあちゃんに声をかけられて、ごく自然に返事をしていた。それに驚いて変な声を出してしまったのだ。
私にとってここはまったく知らない家であるし、まったく知らないおばあちゃん。しかしいつのまにか、何故かどこか懐かしいような、昔から知っているかのような気持ちになっていた。
私の動揺とは裏腹に体は勝手に動き、ストーリーは進んでいく。
「サキちゃん、今日は町のお祭りよねえ。ママからサキちゃんおばあちゃんと一緒に行くようにって言われてるから一緒に行きましょうね。」
「わかった。お祭りは5時からだよね。サキ、絶対に金魚欲しいから早くいく。」
勝手に口が動く。自分ではどうしようもないみたいである。
「はいはい。じゃあ早く支度して行きましょうねえ。」
おばあちゃんはニコニコしながらご飯をよそると私の前に置き、それからおばあちゃんと2人でお昼を食べ始めた。
場面が変わり、気がつくとお祭りに来ていた。
「サキちゃん、サキちゃん、」
おばあちゃんに肩を叩かれたところで気がついたようだ。
「サキちゃん、綿あめ食べる?それとも…」
「金魚がいい!早く行こ!取られちゃう」
そう言って私は足早にお祭りの人混みの中に入っていった。
「サキちゃん、ちょっと早いねえ。おばあちゃん追いつくのに…」
「おばあちゃん早く!早く!」
「はいはいねぇ、」
息を切らせながら一生懸命歩くおばあちゃんをよそに私は一目散に金魚の屋台へと走っていった。と、突然聞き覚えのある声が私を呼んだ
「サキー!サキじゃん!」
それは学校で仲の良い男女の友達であった。3人とも私服で少し遠くから私を呼んでいた。
「あれ?おばあちゃんと一緒なん?」
3人のうちの1人が私がおばあちゃんと一緒にいることに気がついたらしい。おばあちゃんと一緒にお祭りに来ている事を知られたのがなんとなく恥ずかしくて、私はつい、
「そ、そうだけど別に一緒じゃなくていいし。みんなで回ろうよ。」
そう言って友達の方へと駆け寄った。
「おばあちゃん、あたし友達と回るから。後でね。」
私が冷たくそう言うと、おばあちゃんは笑顔で
「はいね、わかったよ。6時の鐘が鳴ったらお寺の前においでね。」
と言って送り出してくれた。心なしか、笑顔の奥に少し寂しそうな表情を見たような…。
***
次に目を開けた時は、目の前に自分の手と足があった。どうやら座っているようだ。
「おかえりなさいませ。今回の旅はどうでしたか?」
声のする方に目を向けると、オーナーが椅子に座って本を開いたままこちらを見ていた。
少し重い頭をあげて、私は目をこすりながらオーナーの方へ体を直した。
「おばあちゃんの…夢を見てました。」
「それで?」
興味を持ったようにオーナーは返す。
「お祭りに行って、おばあちゃんとは一緒に回らずに、友達と回って…そこで目が覚めました。」
少し寂しいような、後悔に似た感覚を胸に持ちながら私はオーナーに夢での出来事を話した。
「そう。アナタにはそう見えたのね。」
そういうとオーナーは本を閉じてテーブルの上に置き、ポットからお茶を注いだ。
「少し疲れちゃったんじゃないかしら?ハーブティーでリラックスしてね。」
そう言ってオーナーは私の前に紅茶を差し出した。林檎の香りがする。アップルティーだ。私かアップルティーに口をつけ、ティーカップを傾けた時にオーナーは自分のティーカップにお茶を注ぎながら語り始めた。
「実は、館にある夢はね、実際に世界の中の誰かが見た夢であるんだけど、その夢の内容を他の誰かが見る時に選択肢を変えることができるの。」
「そうなんですか?でも、私は何もできなくて。」
「ええ、それはアナタが資格を持ってなかったから。」
「資格?」
私がそういうと、オーナーはローブの中から銀色に輝く鍵を取り出した。鍵の取っ手の部分にはアメジストがあしらわれていた。
「これが資格。形は色々あるんだけどね。」
そういうと、オーナーは鍵をローブにしまい込んだ。
「それで、私はここの館で夢売りをしている。さっきも言ったけどね。何のために夢売りをしているのかと言うと、夢の内容を少し変えてもう一度宿主に返すの。」
「夢の内容を変えて宿主に返す…。」
「そう。そうすれば世界の人をハッピーにできるからね!」
「ハッピーに、ですか。」
なんだかとんでもない話をされている。
少し顔のこわばる私をよそに、目を輝かせながら店のことを話すオーナーは、そのまま満足そうに紅茶を一気に飲み干した。