絵の部屋
東京のまあまあ賑やかな街の一角には「夕館」という名前の館がある。街の中のビルとビルの間にある小道を抜けると、古い洋風のお店がある。そこが「夕館」だ。オーナーは夢を集めるのが趣味だという。
私が夕館を見つけたのは、つい1週間前の少し曇った日の夕方だった。ちょうどその日は学校であまり良くない事が起きて気持ちが沈んだまま帰り道を歩いていた。ふと、いつもは通らない少し静かな通りを歩いていると小道の奥に灯を見つけた。
「こんなところにお店なんてあったんだ…。」
いつも通る道の一本向こうの道を選んだせいか、知らない建物が小道の先にはあった。急いでいれば気がつかないような狭い小道の先には世界から切り離されたような雰囲気を持つ、独特な装飾が施された古い洋館が建っていた。私はなぜか、何かに引き寄せられるかのようにその洋館へと進み、重い木の扉を開けた。
「こんにちは…」
扉を開けると、お香の匂いがする。中は薄暗く、ステンドグラスのようなランプが所々に吊り下げられ、床には大きな絨毯が敷かれ、まるで占いの館にでも入ったような気分になった。
「あら、お客さん?」
ランプに見とれていると、館の奥の方から女性の声がした。
「奥までどうぞ」
そう聞こえたかと思うと、いつの間にか私は壁中に絵が飾られた広い部屋に立っていた。
「え、え?」
あまりにもあり得ない事が起きたせいで私は変な声を上げてしまった。状況を把握しようと後ろを振り向いた時、すぐ後ろに髪を綺麗に結った銀髪の女性が立っていた。
「いらっしゃいませ、かわいいお嬢さん。」
美しく笑うと、どこからか出てきたイスへと腰掛けた。
「お疲れでしょう、少し休んでいきませんか?」
そういうと、またもどこからかイスと丸いテーブルが現れ、私は腰掛けていた。
全くもって何が起きているのかわからない。
「あの、えっと…私…」
「うふふ、びっくりしましたよね?たぶんきっと、あなたの世界ではあり得ない事ですもの。」
銀髪の女性はティーカップをクルクルと動かしながら、ハチミツ色の目で私を見つめていた。
「私はここのオーナーです。夢を売っていて。不思議な夢からこわーい夢まで。今日の記念におひとついかがです?」
そう言いながらオーナーはティーカップを口へと運んだ。
「夢を…売る?」
「ええ。世界中の夢を。」
世界中の夢とはどういうことか。一体全体、そもそもの話「夢を売っている」ということがまず現実離れしていて理解が追いつかない。意味がよく掴めないまま、私はニコニコ笑うオーナーを見つめ返すしかなかった。オーナーはそんな私を見かねてか、
「百聞は一見に如かず、ここの国では確かそういうでしょう?」
と言いながらヒラリとイスから降りると、私の横を通り過ぎて通路の奥へと進み、振り返った。どうやら付いて来いという事らしい。
「百聞は一見に如かず、確かにあるけどさあ…」
私は一人ぼやきながらオーナーの後を追った。