第四章 『ルソーの渦巻く陰謀』 その弐
哲斗たちは既にモンスターを倒しているので、遺
跡までの道のりはただ歩くだけで、迷うこともなく
辿り着き、ルソーの街へと帰り着いた。
この時、街は可なり慌ただしかった。地下で哲斗
が解き放った魔力のせいで、地震のような被害が出
ていたからだ。といっても、運よく食器が割れたり
家具が壊れた程度の事で済んでいた。
「牢屋に入ってる奴らには申し訳ないけど、別に急
ぐ必要もないし、とりあえず、飯と酒と女だな」
哲斗は自分のせいで少なからず被害が出ているこ
とに気付いておらず、能天気に二人の悪魔に向けて
言うと、マルコシアスは速答で「賛成‼」と両手を
上げて発した。
それからは裏通りの大人の街を歩き、入る店を探
す。だがその時、哲斗たちに後ろから話しかけた者
がいた。
「やっぱりこの辺りにいたか。すぐに会えてよかっ
たよ」
微笑みながらそう言ったのは、後から合流する予
定のアーサーであった。
「おうアーサー、もう来たのかよ、随分早いじゃね
ぇか。野暮用はもういいのかよ」
マルコシアスが言う。
「あぁ、残念ながら、人違いだったよ」
「人違い? アーサーの用事ってなんだったの?」
それほど興味はなかったが、その場の流れで哲斗
は尋ねる。
「私は命の恩人を探す旅をしているんだ。でもなか
なか会えなくてね。世界は広いうえに、どこに住ん
でいるのかも分からないし。まあ顔と名前は知って
いるから、そのうち会えると思うが……」
「で、勿論その恩人とやらは、わざわざ探すんだか
ら女なんだろ?」
マルコシアスは、女の子にセクハラする中年オヤ
ジ張りに、ニヤニヤとゲスい顔をして言う。
「まあ女といえば女だ。年の頃は二十歳前後で、顔
は美形だと思う。名前はニーナといっ……」
アーサーがニーナという名前を出した瞬間、三人
は同時に「ニーナ⁉」と発してアーサーの言葉を遮
った。
「おいアーサー、そのニーナって、ドデカい人魚の
ことか?」
マルコシアスが興味津々で詰め寄り訊いた。
「人魚? いや、見た目は普通の女性で、美しい黒
髪と瑠璃色の瞳をしている」
「そうか、名前が同じだけで人違いか。あのニーナ
かと思ってビックリしたぜ」
哲斗はもみあげの辺りをポリポリとかきながら言
う。
「同じといえば、胸像の英雄王子と似てるけど、親
戚か何かか?」
サマエルがふと思い出し訊いた。
「ははっ、よく言われるけど、他人の空似さ。まあ
とても光栄なことだよ」
アーサーは爽やかな笑顔を見せて否定した。
「それよりも、この街の状況や領主の情報は掴んだ
かい?」
アーサーは哲斗たちが後回しにしようとしていた
本題を切り出す。
「おいおい、アーサーさんよぉ、誰に向かって言っ
てんだ、俺様だぞ俺様、掴んでねぇわけないだろ」
マルコシアスはアーサーの肩に肘をかけて、偉そ
うに発する。
「ほう、それは頼もしいな」
「てかさぁ、俺たち既に、領主のレオナルドに会っ
たんだよ」
口元に意味ありげな笑みを浮かべ、哲斗が言う。
「えっ⁉ 領主に……凄いな君たちの行動力は。し
かしよく会えたものだ」
アーサーは心底から感心した顔をする。
「まあ俺様の手柄だな」
マルコシアスが腕を組み得意げに言うと、サマエ
ルが悪態をつく。
「黙れクソワンコ。貴様の手柄など一ミリもない」
「んだとコノヤロー、脳みそ溶けてんのかよクソパ
ンダ。秘密の入口発見したのは俺様だぞ。てかやっ
てやんよ、かかってこいや」
そしてまた悪魔たちの喧嘩が始まるが、哲斗は放
置して、これまでの経緯をアーサーに説明した。
「領主がそんなことになっていたとは……これから
どうしたものか……」
アーサーは事実に驚き困惑する。
「深く考える必要ないだろ。バカ二人をぶっ飛ばせ
ば終わりだ。なんならこの街ごと破壊してやるぜ」
マルコシアスは後半の言葉を、まさに悪魔の如き
恐ろしい形相で言った。
「お前が言うと冗談に聞こえないから黙ってろ」
哲斗が目を細め呆れ気味にツッコむと、マルコシ
アスは渋い顔をして舌を出す。
「できるだけ被害を少なく、外に反乱の事が漏れな
いように済ませたいが……」
アーサーは力なく俯きながらも、最善の策を考え
ていた。
「甘いな。内密に済ませられるレベルの陰謀では、
既にないだろ」
サマエルは鋭い目付きでアーサーを睨み言う。
「私が聞いていた話では、息子のピエールは、とて
も温厚で、優秀な領主になるだろうと、期待されて
いたはずなのに……何故こんな事になったのか」
「人間なんてそんなものだろ。自分たちの事を美化
してんじゃねぇよ。そもそも人間は世界にとって害
虫なんだよ」
マルコシアスは、いかにも本質を捉えたようなこ
とを言ったが、哲斗は胸中で「悪魔のお前が言うな
っての」とツッコんでいた。
「……その通りだ」
痛い所を衝かれたように歯を食いしばった後、ア
ーサーは肯定したが、哲斗は胸中で「こらこらアー
サー、悪魔の言うこと鵜呑みにするなよ、素直すぎ
るぜ」と語っていた。
「バカ息子の事はまだ分からないだろ。もしかした
ら、魔法で操られてるだけかもしれないし」
哲斗はアーサーの浮かない顔を見て、思わずフォ
ローを入れた。
「そうだな、その可能性は大いにある」
アーサーは自分に言い聞かせるように強めに言っ
た。
「で、これからどう動く」
サマエルが言う。
「いきなり正面から行っても、我々が賊扱いされ、
集められた多くの兵士と戦うことになる。だがそれ
は避けたい。まずはピエールと、ガイザックという
男の事を知らなくては。どうにかして城に入り込み
会えないものか……」
アーサーの言葉にマルコシアスはつまらなそうな
顔で返す。
「だ・か・ら、全員ぶっ飛ばせばいいだろ。面倒臭
いこと考えてんじゃねぇよ。これだから真面目イケ
メンはたちが悪いぜ」
「まあそう言うなよ、マルコ。ここは依頼主のアー
サーのやり方に合わせようぜ。流れに任せた方が面
白い時もあるってもんだろ。それに、派手に動き回
らないっていうのが、当初の予定だし」
哲斗はそう言って宥めたが、マルコシアスは「ク
ソだな」と発して地面に唾を吐いた。
「城に入る方法だが、簡単かもしれないぞ。兵士を
集めているんだから、傭兵として雇われ、城に入れ
ばいい」
サマエルが言う。
「それな、ナイスアイデア。奥に見えてるコロシア
ムで、毎日入隊テストをやってるって言ってたもん
な。俺たちなら楽勝で受かるだろ。アーサーもかな
り強いし」
哲斗は最後の言葉の時、気さくにアーサーの肩に
手を乗せた。
「よし。じゃあ明日、受けに行ってみよう」
アーサーは力強く発した。
この後はアーサーの奢りで酒場に行き、遠慮なく
飲み食いをする。更に宿賃をアーサーに払わせる鬼
畜な哲斗であった。
哲斗は寝る時に「まさか異世界に来て、毎日ベッ
ドで寝れるとは思ってなかったな。てかアーサーが
いたから、結局は風俗行けなかったぜ」と思ってい
た。