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第三章  『メイドのエリーと魔寄せの石』


 ジャングルで出会った謎の旅人、アーサーの依頼

を受けた哲斗たちは、急ぐわけでもなくのんびりと

南へと歩いていた。


 その辺りの植物は巨大なものが多く、普通のジャ

ングルより花の種類が豊富だった。


 ちらほらとモンスター以外の動物は見ることがで

きたが、警戒心が強く、近付いては来ない。動物た

ちは、鹿、猪、兎、虎、豹、鳥がいたが、少し大き

さや色、柄やフォルムが違っていた。


 爬虫類や昆虫なども、基本的に大きく、マルコシ

アスは見かけるたびに「アレ食えるんじゃね」とか

「美味そうだな」と言って狩ろうとするが、「そん

なゲテモノ食えるかよ」と哲斗に却下されていた。


 移動手段になるかもしれない魔獣だが、地上では

発見できずにいた。しかし空高くには、イルカに似

た魔獣が群れで飛んでいる。背中には大きな蝙蝠羽

が二対あり、全長は五十メートルに達する巨大さだ

った。


「あのイルカみたいなの、もう少し低いとこ飛んで

たら、ゲットできたかもな。てかあんなデカいのい

らねぇか」


 哲斗は魔獣が飛ぶ、八千メートル上空を見上げ徐

に言った。その言葉にマルコシアスが「食いごたえ

はありそうだな」と返す。


「アーサーの話じゃこの世界って、人間と色々な種

族が共存してるらしい。獣人、半獣人、魔人、妖精

とか。つまり……」


 哲斗はそこまで言って間を溜める。


「風俗楽しみイエーイ‼」✖2 


 哲斗とマルコシアスがテンションMAXで同時に

発する。


「頼むから、猫耳っ子とか美人の巨乳エルフ居てく

れぇー‼」


 神に願うように、哲斗は天に向かって言い放つ。


「またそれかよ、クズどもが。街についたら、まず

は美味い酒だろ。そこは譲れんぞ」


 眉間に皺をよせ、サマエルが言う。


「テメェ一人で飲んでろパンダ。俺様たちはパラダ

イス直行だ。うひゃひゃひゃひゃっ」


「バカ犬はともかく、哲斗、あまり浮かれすぎるな

よ。優先事項はモンスター狩りだ。時間をかけ過ぎ

れば、勇気の逆鱗に触れるぞ」


 サマエルは真顔で言って、バカ二人のテンション

を一気に下げた。


「なにこのパンダ。超絶固いんですけど。勇気の名

前とか出すなよ」


 マルコシアスは憂欝な顔でボソッと言う。


「分かってるって。まあ来たばっかだし、焦る必要

はないだろ。運よくこの大陸はモンスターだらけだ

し、早めにノルマはクリアできるだろ。だから色々

楽しもうぜ」


「クソが。エロいこと妄想して、にやけながら言っ

てんじゃねぇよ」


 サマエルは哲斗にツッコむ。


「サっちんのせいでテンションガタ落ちだぜ。てか

さぁ、流石にそろそろ、テンプレヒロインくるんじ

ゃねぇか。そしたらテンション上がんだけど」


「こんなモンスターだらけのジャングルの中に、ヒ

ロイン居るかよ」


 サマエルが言った途端、「キャアァー‼」と悲鳴

がジャングルに轟く。


「あっ、女の子の悲鳴だ。声の感じからして、若い

美少女とみた」


 声のした方を窺い見ながら哲斗が言う。


「ほう、どうやら居たようだな、ヒロインが。なぁ

クソパンダ」


 勝ち誇るようにニヤニヤしながら、マルコシアス

はサマエルに顔を近付け言った。


「カスが、居るのかよ‼」


 サマエルは怒りの形相で言い放ち、地面に唾を吐

き捨てた。


「誰かぁぁぁぁっ‼ 助けてぇぇぇぇっ‼」


 必死に何かから逃げているように、助けを求めな

がら哲斗たちの前に現れたのは、人間の若い女の子

だった。しかしこの時、哲斗のテンションは上がら

なかった。顔は美形で可愛かったが、女の子の見た

目が、11〜12歳ぐらいの少女だったからだ。


 その少女はショートカットの茶髪で、大きな瞳は

紫色、肌は色白である。服装は黒のロングTシャツ

の上に水色のポロシャツを重ね着、登山用みたいな

黒と灰色のボーダー柄のスパッツに、白のタイトス

カート、ハイカットの靴を穿いている。腰には魔法

のアイテムである紺色のウエストポーチを付けてい

た。


「なんだアレは、ちっこいの出てきたぞ。あれじゃ

あヒロインと呼べないだろ」


 サマエルが言う。


「なんだよ期待したのに。俺ロリコンじゃないから

ハズレだよハズレ。誰か大きいお兄さん呼んできて

やれ」


 哲斗は肩を落とし残念そうに発する。


「まあ待て哲斗。確かに巨乳でピンク髪のチョロイ

ンじゃねぇけど、ムチプリの姉ちゃんかママンが居

るかもしれんぜ。諦めたら試合終了ってやつだ」


 マルコシアスは狡猾な笑みを浮かべ言った。


「なるほど、向こう側に光を見いだせってことです

な、先生」


 哲斗が返事すると、マルコシアスは口元にいやら

しい笑みを浮かべる。


 その時、何本もの大木が薙ぎ倒されたような破壊

音が轟き、巨大な猫系モンスターが雄叫びを上げな

がら姿を現す。


 冒険者たちにギガミケットと呼ばれるモンスター

は、二足歩行の三毛猫のようで、身長は十メートル

に達しており、尻尾が三本ある。その尻尾は自在に

伸び縮みし、縦横無尽に動かせた。モンスターラン

クは上の下である。


「ヒャッハー‼ デカネコキターーー‼ こいつは

俺様の獲物だかんな」


 マルコシアスは両手を上げ喜ぶ。


「さっきの熊と似たような強さだな。つまりザコと

いうことだ」


 サマエルは興味なさげに言う。


「助けてください。私はルソーから来た者です。実

は薬草を……」


 逃げてきた少女は哲斗の前まで辿り着き、狼狽し

ながら発した。


「あぶねぇー⁉」


 少女が話し終わる前に、哲斗は少女をお姫様抱っ

こし、その場より素早く回避する。


 回避した瞬間、哲斗と少女がいた場所に、ギガミ

ケットの巨大な尻尾が鞭のようにしなり襲い掛かっ

た。


 避けていなければ、少女は即死しているほどの攻

撃力であり、魔力の強い哲斗でも、大ダメージを負

っているところだった。


「おいマルコ、やるんならさっさとやれ。この猫そ

こそこ強そうだし、原料期待できるぜ」


 哲斗は少女を抱っこしたまま後退する。


「どこ見て言ってんだよ。ただのニャンコロじゃね

ぇか、銀がいいとこだろ」


 マルコシアスがそう言いながらギガミケットの前

に移動する。


 先制したのはギガミケットで、三本の尻尾が伸び

てマルコシアスに襲い掛かる。


 マルコシアスは余裕の表情で、蝶のように軽やか

に舞って、鞭のように襲いくる尻尾を躱し続ける。


「ふへへへへっ、俺様のレッドアリーマー張りの機

動力についてこれるかな」


 余裕で回避するマルコシアスだが、尻尾の動きは

単調なものではなく、本来は凄まじい攻撃で、普通

の冒険者なら、ダメージを負っているところだ。故

に実力差がなければ、ここまで簡単に躱し続けるこ

とはできず、マルコシアスが幾つもの修羅場をくぐ

り抜けた兵だと分かる。


 だがそこでギガミケットは一気に間合いを詰め、

尻尾の攻撃と合わせて、巨大な鎌のような爪を振り

下ろす。


 しかしマルコシアスは、爪が振り下ろされるより

も早く、口から業火を吐き出し、ギガミケットの顔

面に直撃させて仰け反らす。


「甘いんだよ、バカ猫が。そんな大振り喰らうのは

無職のボンクラぐらいだぜ」


 余裕の笑みを浮かべ言うマルコシアスだが、ギガ

ミケットは炎では大きなダメージを負っておらず、

すぐに体勢を立て直す。


 顔面への攻撃でギガミケットは激怒し、側にいた

ら鼓膜が破れそうになるほどの雄叫びを上げ、全身

の毛を刃のように逆立てる。三本の尻尾の先端は、

巨大な槍に見えるほど尖っており、またマルコシア

スに襲い掛かる。


 先程までの鞭のように尻尾をしならせた攻撃とは

異なり、逆立った毛の刃で剣や槍での攻撃軌道に変

わっているが、マルコシアスは掠り傷すら負わず躱

し続ける。


「ははっ、猫がじゃれて、ハエを追っかけまわして

るように見えるな」


 バトルの様子をいまだ少女を抱っこしたまま見て

いる哲斗が言った。


「誰がハエだ‼ 聞こえてんだよクソ無職‼ いつ

まで助けたふりしてガキのケツ触ってんだよ、この

ロリコン伯爵‼」


 マルコシアスに言われてやっと、哲斗はまだ抱っ

こしていたことに気付き、そっと足の方から少女を

下した。


「あの、ありがとうございます」


 少女は深々と頭を下げて礼を言った。


「別にいいよ。それより見てろよ、もうすぐ決着つ

くからさ。話しはその後でな」


 哲斗は少女を安心させるため、笑顔で返す。


「おいマー坊、いつまでやってんだ。そんなザコ一

撃で終わらせろ」


 サマエルがイライラしながら言う。


「うっせぇんだよ。ちょっとは楽しませろ」


 そう言っている今この時も、マルコシアスは怒涛

の攻撃を躱し続けている。


「やっぱあの猫、強い方だよな。離れたら尻尾で攻

撃、近付いたら両手の爪で襲ってくる、更にスピー

ドもあるしな。ホンと原料なにか、楽しみなやつだ

ぜ」


 誰に言うでもない言葉を哲斗が発した時、マルコ

シアスが間合いを詰めると同時に、またギガミケッ

トの顔面に炎を吐きだす。


 だが呼吸を合わせるようにギガミケットも炎を吐

き返した。


 燃え盛る炎は激突すると激しく鍔迫り合った後、

消滅する。


「やるじゃん。炎まで吐けるなんて使える奴だぜ」


 哲斗はギガミケットを召喚獣として手懐けられな

いか考えていた。


「さてと、そろそろ終わらせるか」


 マルコシアスは少し距離を取って、踏ん張るよう

な動きをすると、スタートダッシュの如く一気にス

ピードを上げ突進する。そして尻尾の攻撃をすべて

躱し、下からアッパーカットのように、ギガミケッ

トの顎へと頭突きを食らわせた。


 直撃を受けたギガミケットは、巨躯を宙に浮かせ

後方に飛ばされ、受け身も取れず尻もちをつく。

 

 ギガミケットは目を回し、すぐに動けぬ状態で、

マルコシアスは止めを刺しにいく。


 その場より高く上昇すると、マルコシアスは天へ

と右腕を高々と突き上げ手を開き、魔力を高め放出

する。


 すると手の平の上に、魔力の塊であるバレーボー

ル程の大きさの、紫色の魔力を纏った黒い球体が作

られる。


「あの魔弾、威力ありそうだし、ここに居たら巻き

込まれるな。防御結界作るから俺から離れるなよ」


 哲斗は少女に言った後、魔力を高める事無く念じ

るだけで、足元に光り輝く五芒星の魔法陣を作り出

す。その魔法陣は半円の光の壁を放出し、中にいる

哲斗たちを盾の如くガードする。


「ジエンドだぜ」


 マルコシアスは魔力の塊である、まがまがしい黒

い球体を、ギガミケットに投げ放つ。


 放たれた黒き魔弾は紫のオーラを発する彗星の如

く高速落下し、ギガミケットに直撃すると大爆発す

る。

 

 ギガミケットは一瞬で消滅し、凄まじい爆発のエ

ネルギーは、荒れ狂う龍の如くジャングルの巨大植

物に襲い掛かり、容赦なく吹き飛ばす。


 爆発の衝撃は哲斗たちにも襲い掛かるが、魔法陣

の防御結界で完璧に防いでいた。


 程なくして爆煙がおさまると、月のクレーターの

ように巨大な穴が地面に開いており、それを見た少

女は恐怖でブルブルと震えた。


 しかしこれ程の威力を見せた攻撃でも、悪魔のマ

ルコシアスにとっては、準備運動程度でしかなかっ

た。


「おっ⁉ 化け猫スゲー、金じゃん」


 マルコシアスは穴の中央部辺りから原料を拾い、

哲斗の方へ飛んできて、金と思われる原料を投げ渡

した。


「これけっこう重いじゃん。二百グラムあるだろ。

一グラム四千五百円としたら……超やべぇ‼」


 哲斗はテンションMAXでスキップして喜ぶ。


「おいおい、その程度稼いだだけで喜びすぎだろ。

目標は二十億なんだぞ。宝石ぐらい出てこなければ

話にならないぞ」


 サマエルは冷静に意見して、哲斗のテンションを

下げる。


「しっかし、楽勝すぎて準備運動にもならないぜ。

やっぱボスキャラか上級のドラゴン待ちだな」


 白け顔でマルコシアスが言う。


「なにが楽勝だよ、手こずってたくせに。貴様は所

詮、補欠だ」


 サマエルが毒づくと、「んだとゴラ‼ そんじゃ

試してみろやクソパンダ」とマルコシアスが返し、

またいつもの喧嘩が始まり、哲斗はそれを完全無視

で放置する。


(凄い……あんな小さな魔獣が、上級モンスターの

ギガミケットを倒すなんて……この方たちはいった

い何者なの)


 少女は驚愕しながら胸の内で思う。


「助けていただきありがとうございます。私はルソ

ーの領主、レオナルド・ダーヴィン様のもとでメイ

ドをしております、エリーと申します」


 エリーと名乗る少女は、ペコペコと何度も頭を下

げていた。


(ルソーの領主……こりゃまたタイムリーなキャラ

が出てきたな)


 哲斗は胸中で語る。


「おいチビ、なんでメイドがこんなとこに一人で居

るんだよ。俺様に分かるように説明しろ」


 マルコシアスは空中で腕と足を組み、偉そうに命

令する。


「あの……いま領主のレオナルド様は、ご病気で床

に伏しておられて、私たちは万能薬を作るために、

様々な薬草を求めてここまで来たんです。でも一緒

に旅だった者たちは皆、モンスターに殺されてしま

いました」


 エリーは涙を浮かべながら話す。


「そりゃ災難だったな。俺たちはルソーに行くつも

りだから、送ってやるよ」


 哲斗はエリーの頭に優しく手を置いて言った。


「本当ですか、ありがとうございます。凄く心細か

ったんです。とっても嬉しいです……あれ、なんで

だろ……涙が、でるなんて……」


 既に生きて帰ることを諦めていたエリーは、心底

から安心して、自然と涙が溢れ出た。


「大丈夫、俺たちと一緒ならな」


 哲斗はエリーが泣き止むまで、そっと抱き締めて

あげていた。


「で、お目当ての薬草は手に入ったの?」


 程なくして、落ち着きを取り戻したエリーに、哲

斗が訊いた。


「はい。なんとか私たちが任された種類は、集める

ことができました」


「じゃあ後は帰るだけだな。といっても、簡単に帰

れる距離じゃないけどな」


 哲斗は移動距離を思い出し、後半の言葉は少し呆

れ口調で発した。


「てかチビ、お前たちはどうやってここまで来た。

まさか歩いてってことはねぇよな」

 

 マルコシアスが言う。


「私たちはレオナルド様が所有する魔獣に乗って、

移動しています」


「ヒャッハー、おい哲斗、いい拾い物したな」


 マルコシアスは露骨な事を平気で口にする。


「そういう言い方やめろ。まあその通りだけども」


 哲斗は気まずそうな顔をしていた。


 この後は、エリーにルソーの現状を聞きながら、

薬草集めの拠点として使っている、村に歩いて向か

う。


 エリーの話では、領主のレオナルドは絶対安静で

会う事すらままならぬ状態で、息子のピエールが領

主代行を務めており、そのピエールが兵士を集め、

大きな軍隊を作っている。そして既にルソーの街は

不穏な空気が漂い、緊張状態になっているというこ

とだった。


 話の中で哲斗たちが気になったのは、ピエールの

側にいるという、教育係のガイザックという男だっ

た。その者は現在、ピエールの鶴の一声で、宰相と

軍師を兼任し、裏の支配者のように君臨しており、

城にいる者達から恐れられている。


 村までは徒歩で二時間はかかり、その間にモンス

ターとのエンカウントは十回以上あった。だが下級

か中級のモンスターばかりで、悪魔たちは退屈して

いた。


「けっこうモンスター出てくるけど、お前たちよく

ここまで来れたな」


 歩いて移動しながら哲斗が、エリーに向けて話し

かけた。


「ちゃんと護衛の傭兵や、冒険者を雇っていたんで

す。でも少しずつモンスターに倒されて……逃げた

人もいましたけど……」


「で結局、エリーだけが生き残ったわけか。領主の

ためとはいえ、無茶しすぎだぜ」


 哲斗は呆れ顔で言った。


「領主のレオナルド様は、本当に素晴らしい御方な

のです。だから皆、命を懸けてでもなんとかしたい

と思ったのです」


「領主がどうのこうのじゃなく、息子の方がボンク

ラで任せておけないから、お前らが必死になってん

だろ、ホンとのとこは。どうだ、図星か?」


 口元に笑みを浮かべ、サマエルは核心をつく。


 エリーは唇を噛んで俯き、言葉を返せなかった。


「こらこら、サマエルさんや、俺も薄々は勘づいて

たけど、はっきりと言いなさんな。てか空気読もう

ぜ。エリーさん涙目ですよ」

  

 哲斗はまた呆れ顔を見せて言った。


「た、確かに、今のピエール様とガイザック様は信

用できません。だから、早くレオナルド様に戻って

欲しくて……」


「てかよぉ、もうレオナルドってやつ、殺されてん

じゃねぇの。だから姿を見せないんだろ」


 マルコシアスは、なんとなく思ったことをそのま

ま口にする。


「そ、そんなことありません‼ レオナルド様はき

っと生きておられます‼」


 エリーは必死の形相で、叫ぶように発する。


「いや、俺も既に死んでると思うぞ」


 サマエルが真顔で言って止めを刺す。


「こらこら、お前ら無責任なこと言うなよ。死んで

るわけないだろ」


 哲斗はフォローしたが胸中では「こいつら空気読

めなさすぎだろ。まあ悪魔に言っても無理か。とは

いえ、殺されてる可能性は大だな」と語っていた。


 エリーは泣きだしてしまい、哲斗は面倒臭そうな

顔をする。


(アーサーは領主がって言ってたけど、どうやら本

命は、息子と教育係みたいだな。この二人をボコる

だけで終わってくれたら楽だけど、な〜んか嫌な予

感がするんだよなぁ。俺って苦労性なのかな)


 哲斗は遠くの空を見上げながら胸の内で思う。


 夕暮れ時に村についた哲斗たちは、その日はエリ

ーと同じ宿に泊まることにして、出発は明日の朝に

した。


 村の名はドガといい、小さな村で人口も少ないた

め、哲斗たちが期待する風俗店や冒険者が集まる酒

場などもなかった。村の建物は、昔のヨーロッパ風

で、日本人の哲斗には、落ち着いた感じだが、ファ

ンタジーの雰囲気満点であった。


 因みにこのスルーズヘイムの村や町には、女神の

力で結界が張られているため、モンスターは近寄る

ことができなくなっている。しかし例外もあった。

上の上のハイランクのモンスターや、魔人族が結界

の中でモンスターを造り出した場合である。


 宿の一階が食堂であり、哲斗たちは作り立ての料

理が並ぶテーブルにつく。


「マジかよ。全然期待してなかったけど、スゲー美

味そうじゃん」


 哲斗が見た宿の料理はボリュームのある肉料理が

多く、味も申し分なかった。


 哲斗と悪魔はアーサーから支度金を貰っていたの

で、お金を気にせずバカみたいに食べまくる。その

様子を見たエリーは呆気にとられたが、すぐに面白

くなり、クスクスと笑った。だがまた、死んだ仲間

の事を思い出し、涙が溢れ出る。


「ごめんねみんな、私だけが生き残って……」


「飯がまずくなるから泣くんじゃねぇよ」


 マルコシアスが容赦なく発する。悪魔だけに同情

などするはずがなかった。


「誰も悪くないだろ。エリーが死んでたかもしれな

いし、死んだ奴らも覚悟を決めて旅立ったんだろ。

だから今は、生き残って使命を果たせることを喜ぼ

うぜ」


 哲斗はエリーの肩にそっと手を乗せ、笑顔で穏や

かに言った。


「はい、ありがとうございます、哲斗様」


「ぶへへへへっ、様だってよ。お前幾ら払って言わ

せてんだよ」


 マルコシアスが馬鹿にするマヌケ顔で言った。


「そんなものに金払うかよ」


 哲斗がツッコむが、マルコシアスは自分から振っ

ておいて、早くも話を変える。


「てかこの肉、何肉だろな。まあ美味けりゃなんで

もいいけどな」


 豪快に食べながら言って、マルコシアスは更に料

理と酒を追加注文する。


「なあエリー、魔獣でルソーまでは、どのくらいか

かるんだ?」 


 既に食事を終えた哲斗は、サマエルと二人でビー

ルのような酒をガブガブと飲んでいた。


 この飲食の様子を見たエリーは、哲斗が計画的に

お金を使うタイプではない、楽観的思考の持ち主で

あると理解した。


「魔獣を休ませながらになるので、二日ほどかかり

ます」


「二日か。じゃあ途中、どこかで一泊することにな

るな。できれば大きな町がいいけど、あるかな?」


「少し大きめの村ならあります。来る時もそこで一

泊しました」


(村か……まあ、どんな店があるかは、行ってみて

からのお楽しみだな)


 哲斗は異世界のキャバクラや風俗店を想像しなが

ら、鼻の下を伸ばしニヤニヤしていた。


「明日は魔獣の操作、頼むぜエリー」


「はい。お任せください」


 エリーは満面の笑みで元気いっぱいに返す。


 この後は、エリーだけが部屋に帰り休み、哲斗た

ちは深夜まで酒を飲み続けた。




 早朝、哲斗と悪魔はだらしなく寝ているところを

エリーに起こされる。


 寝起きの悪い三人は、二度寝しようとしたりダラ

ダラとしていたが、そこはメイドなだけあり、エリ

ーは手際よく三人を洗面所に連れて行き、顏を洗わ

せる。


 支度が終わるとチェックアウトし、魔獣がいる納

屋へと向かう。


「さあ出発だよ、リンク」


 エリーは乗用車と同じぐらいの大きさの犬型魔獣

をリンクという名で呼び、おでこの辺りを優しく撫

でる。


 魔獣リンクは、全身が白毛の巨大な犬で、尻尾が

クルンと巻いており、見た目は柴犬で、とても可愛

くエリーに懐いていた。背中には大きな翼がある。


 リンクは全員を背中に乗せると翼を広げ、空高く

へと、ヘリコプターのように垂直上昇した後、東南

に向かって飛ぶ。


「うひょー、この犬魔獣、けっこう早いじゃん」


 マルコシアスは背中ではなく、一人だけ頭の上に

乗っていた。


 因みにリンクは魔獣としては下級のランクで、戦

闘タイプでもないため、移動速度は早くても時速8

0〜100キロが限界だった。更に、長く飛び続け

ることができないため、二時間に一度は休憩をいれ

ることになる。


 そして何度か休憩しながら、順調に次の目的地で

あるモロの村まで、日が暮れる前に辿り着く。


 哲斗たちは休憩の間には抜け目なく、モンスター

狩りを行い原料をゲットしていた。


 モロの村はドガよりも倍以上の大きさと人口で、

冒険者と思しき者達の姿もあった。


 冒険者はこれ見よがしに武器を持ってたり、鎧や

盾を装備したりするので、簡単に異世界人だと見分

けはつく。後は来ている服や靴でも簡単に判断でき

た。


 哲斗たちは、まず宿を選びチェックインする。こ

の時エリーの提案で、節約のために同じ部屋に泊ま

ることにした。

 

 哲斗と悪魔二人は部屋でくつろぐことなく、エリ

ーを宿に残し、村を探索する。そしてすぐに、冒険

者が集まる酒場を発見し、その店で情報収集という

名の酒盛りが始まる。


 その場に居る多くの者が、人種の違いはあれ同じ

世界から来ているので、話も合うしすぐに仲良くな

れた。


「なあなあ、この村に風俗店とかあるの?」


 鼻息荒く、哲斗はだらしない顔で訊いた。


「残念。村にはないんだよ。町レベルの大きさなら

あるんだけどな。最高だぜ、異世界風俗」


 戦士風な服装で、小麦色に焼けたマッチョな男冒

険者が、哲斗の肩に手を回し言った。


「くっそー、ねぇのかよ。パラダイスへの道のり遠

いなぁ」


 心底から悔しがり、哲斗はジョッキの酒を一気で

飲み干す。それから何人かの冒険者に話を聞いて、

酒を飲みまくり二時間が経つ。


 その二時間で、元の世界で見たことのない、召喚

悪魔のマルコシアスとサマエルは、人気者になって

おり、皆に酒を奢られていた。


 酒場の雰囲気はよく、いい感じに酔っていた時、

村の長老が現れる。


 白髪の長老は、サンタのように立派な髭で、黒い

ローブ姿、魔法使いみたいな杖を持っていた。まさ

に見た目は、RPGに出て来るテンプレキャラその

ものだった。


「冒険者の皆様に、お願いがあります」


 長老がそう言った瞬間、冒険者たちが次々に話に

割り込む。


「何回来ても無理だっての。この村に居る冒険者の

レベルじゃ、長老の依頼は受けれないよ」


 魔法使い風の男冒険者が呆れ顔で言う。


「そうそう、無理でしょ。討伐するのは上級モンス

ターだし」


 露出度の高い服装で、戦士風の若くてグラマーな

女冒険者が言った。


「それに、命懸けで戦うには、クリア報酬のランク

が低すぎでしょ」


 別の魔法使い風の若い女冒険者が言う。 


 長老は、聞く耳を持たない冒険者たちの態度に落

胆し、そのまま帰ろうとする。


「待て待てまてぇぇぇぇい、誰も聞かないなら、俺

様が聞いてやんよ。ジジイ言ってみろ。酒のアテぐ

らいにはなんだろ」


 マルコシアスは魔法使い風の女冒険者の膝の上に

座っており、いつも通り偉そうな口調で言った。


「な、なんだこの生物は⁉」


 長老は目をぱちくりさせた後、マルコシアスを凝

視する。


「長老、サーセンっす。そいつは気にしないでくだ

さい。話は俺が聞きます」


 哲斗は手招きして自分の居るテーブルに長老を座

らせる。


「おおぉ、冒険者殿、話を聞いてくれるとは有り難

い、感謝しますぞ」


 長老は腰かけるとさっそく、これまでの経緯を語

り出す。しかし周りの冒険者たちは、白けた顔をし

ていた。


 話は簡単であった。村の食糧源となっているポイ

ントに、一週間前からモンスターが居着いて困って

いるというものだった。


「その場所では、果物や木の実、山菜にキノコ類が

豊富に採れるのです。故にこのままモンスターを放

置するわけにはいきません。どうか冒険者殿、モン

スターを倒してください。報酬は、村が所有してい

宝物(ほうもつ)の中から一番いい物をさしあげます」


「ヒャッハー、これでもかっていう、ロープレの王

道依頼じゃねぇか」 


 ゲーム好きのマルコシアスは、一気にテンション

が上がる。


「くだらない仕事だ。まあ相手が上級モンスターと

いうところだけが救いだな」


 サマエルはクールに発する。


「哲斗といったな、やめておけ。相手は上級のモン

スターだぞ。パーティーを組んでいないのに無謀す

ぎる。しかも報酬のアイテムがチンケだ」


 始めに話していたマッチョな戦士風冒険者が、良

かれと思って忠告する。


 冒険者たちが討伐依頼を断るのは、当然の事だっ

た。熟練の冒険者パーティーか勇者を目指す者でな

いかぎり、上級モンスターとは戦わない、というの

が常識であった。それ程に、上級モンスターは強く

て恐ろしい存在だった。


 そんな上級モンスターと、既に戦い倒しているな

ど知る由もない冒険者たちは、次々に哲斗に忠告し

た。


「みんな心配してくれてありがとう。今はまだ話を

聞いてるだけだから。で、長老さん、報酬のレアア

イテムってなに?」


「うむ、それはな、『魔寄せの石』と呼ばれる紫に

輝く宝石じゃ。不思議な事に、魔人族だけが感じる

いい匂いが発せられている」


「はははっ、マジでショボい、匂いだけかよ」


 哲斗は思わず笑ってしまった。


「いやいや冒険者殿、宝石としても、価値のあるも

のですぞ。どうか討伐依頼をご検討くだされ」


 長老はそう言って深く頭を下げる。


(報酬がダメでも、上級を倒せばいい原料が手に入

るわけだし、損はないか。ただここで引き受けると

皆がうるさそうだし、後で内密にしよう)


 変に真面目なところがある哲斗は、この世界の常

識を無視するのは良くないし、目立ちすぎると後々

トラブルが生じると考えていた。


「長老、ごめんなさい。やっぱ身の丈に合ってない

ので止めておきます」


 この時、やる気満々の哲斗の顔を見て、全てを察

した悪魔二人は、文句を言わず黙って酒を飲んでい

た。


「そうですか、分かりました」


 長老は肩を落とし酒場から出ていった。


「じゃあみんな、俺たちは明日の朝早くに出発する

予定だから、もう宿に帰って体を休めるよ。今日は

楽しかったぜ。またどこかで会おうな」


 そう言って酒場から出ると、哲斗たちは長老を追

いかけ呼び止めた。


「これは先程の冒険者殿、まさか依頼を受けてくれ

る気になりましたかな」


「あぁ、受けるぜ、その依頼」


「なんと、まことですか⁉」


「任せとけって。そのかわり、報酬の事なんだけど

さ、アイテムの他に、出せるだけでいいから、成功

報酬として、お金の方も欲しいんだけど」


「勿論です。倒してくだされば、お金もさしあげま

す」


「じゃあ交渉成立ってことで。あと、俺たちの事は

内緒にしておいてください」


「ジジイ、ちゃんと報酬用意しとけよ」


 マルコシアスは長老に面と向かって言う。

 

「よし、じゃあ今から行くぞ」


 哲斗は二人の悪魔の方を見て言ったが、そのセリ

フに長老は「えっ、今から⁉」と驚く。


「そうこなくっちゃな。俺様がフルボッコにしてや

んよ」


 マルコシアスは「ガハハハハっ」と楽しそうに高

笑う。 


 あまりに早い展開に長老はきょとんとしていた。

哲斗たちはそれを放置して出発する。


 村から一キロほどの場所に、高さ百メートルに達

する塔のような大きな岩があり、そこにモンスター

がいると聞いた哲斗たちは、村からも見えているそ

の岩を目指す。


 スルーズヘイムには月に似た星が二つあり、その

夜は雲が無かったため、月あかり程度でも二つあれ

ば、辺りは真っ暗ではなく、行動するのに支障はな

かった。


 ほどなくして岩のすぐ下に辿り着くと、確かにそ

こにはモンスターがおり、哲斗たちに気付くと、唸

り声を発し威嚇してくる。だがこれまでの中級や上

級のモンスターと違い、サイズは大きくなかった。


 そのモンスターは冒険者にカンガリオンと呼ばれ

ており、ランクは上の下である。大きさと見た目は

カンガルーの雄っぽいが、口には猛獣の如き牙が生

え、体の色は黄色で豹柄だった。そして両手には剣

を持っている。


「うほっ、あの目付きの悪いカンガルー、二刀流の

剣士だぜ。遊びがいありそうだな」


 マルコシアスは戦う気満々で前に出ようとする。

 

「待てよマー坊、次の上級は俺の獲物だろ」


 サマエルが睨み付けて言う。


「確かにな。マルコはデカ猫と戦ったもんな。だか

ら次はサマエルだな」


「ふざけんなよ。あの猫が上級モンスターなわけな

いだろ。あんなのノーカンだ」


 マルコシアスが言った瞬間、カンガリオンが襲い

掛かってくる。


 まさに疾風迅雷の動きと剣技であり、哲斗たちは

ギリギリで躱し、それぞれ三方向に回避した。もし

も酒場にいた冒険者たちだったなら、今の攻撃で切

り刻まれていた。


「次に襲われた奴が相手するってことでいいな」


 回避した時に哲斗が提案する。


 そしてカンガリオンが、瞬間移動したように一気

に間合いを詰め、斬りかかったのはサマエルであっ

た。


「ふははははっ、ということで、こいつは俺の獲物

だ」


 サマエルは達人レベルの剣技を飛びながら躱し、

悪魔の特殊能力で、武器を瞬時に出現させる。


 サマエルが右手に取った武器は、突きと切る、両

方ができるバージョンの細身の長剣、レイピアだっ

た。鍔や柄の部分は金色で、貴族の持ち物のように

豪華な造りである。


 この時、既に哲斗とマルコシアスは後方へと回避

していたが、マルコシアスは納得いかない様子で愚

痴っていた。


「おーいサマエル、戦い方は任せるけど、この辺り

の森は破壊するなよ。食糧源って言ってたし」


 哲斗が忠告するが、サマエルは「ふんっ、知った

ことか」と返す。


 カンガリオンは容赦なく、小さい体のサマエルに

剣を振り下ろす。だがサマエルは簡単に往なして弾

き返す。するとカンガリオンは連続して剣を繰り出

した。


 サマエルは襲いくる二本の剣を全て捌きながら、

隙をみて突いたり切ったりの攻撃を仕掛ける。だが

カンガリオンもその攻撃を完璧に捌ききる。


 凄まじいスピードで剣を繰り出し続ける二人の周

りには、鎌鼬のような剣風が巻き起こり、その場か

ら移動するたびに、周りの植物を切り刻む。


 二人のスピードは既に、低級の冒険者には見るこ

ともできないほど速く、重力を感じさせない縦横無

尽の動きで剣技を繰り出し続ける。


「やるじゃん、豹柄カンガルー。酒場の冒険者たち

がビビるのも無理はないな。巨大モンスターじゃな

いけど、パワーもスピードもある」


 哲斗が言うと、隣でイライラしているマルコシア

スが、ぺっ、っと地面に唾を吐き、「どこがだよ、

ザコだろザコ」と言い返す。


 カンガリオンは一旦距離を取ると、魔力を高め全

身より黒いオーラを放出する。その力の凄まじさは

大地が大きく揺れるほどであった。


 しかしサマエルが合わせるように魔力を高め、鮮

血のような赤いオーラを全身より解き放つ。それは

カンガリオンの魔力より、遥に強大だった。


 カンガリオンは臆する事無く突撃し、また剣で攻

撃しようとする。だがそれはフェイントであり、カ

ンガリオンは口から燃え盛る業火を吐き出す。その

タイミングは完璧であり、回避するのは不可能と思

われた。しかしこの時、サマエルの口元には笑みが

浮かんでいた。


 迫る炎に対し、サマエルは微動だにせず、直撃を

喰らうと思われた。その瞬間、サマエルの蛇の尻尾

が前に移動し、口から炎を吐きだす。


 蛇の頭は小さい分、炎の質量も少なく見えるが、

その火力はカンガリオンが吐き出した業火の上をい

っており、少し鍔ぜり合った後、業火を押し返しカ

ンガリオンにダメージを与える。


 カンガリオンは怒りの雄叫びを上げ、更に魔力を

高める。すると体の色が紫色に変化し、背中には大

きな蝙蝠の羽根が現れる。


「ほう、それが本気というわけか」


 サマエルは楽しそうに微笑んでいた。


 空高くに急上昇したカンガリオンは、口から魔力

の塊である光弾を吐き出す。


 サマエルはその光弾に自ら向かっていき、三日月

形の斬撃を飛ばし、光弾をいとも簡単に切り裂く。


 光弾は大爆発し、爆煙で視界が閉ざされる。だが

その煙の中で、サマエルとカンガリオンは戦ってお

り、剣とレイピアが激しくぶつかり合う金属音が鳴

り響いていた。


「もう飽きた。それが限界なら、止めを刺すぜ」


 サマエルはそう言って、素早くレイピアで眼前の

空間をクロスに斬る。その瞬間、魔力を纏った巨大

なクロスの斬撃が放たれる。


 斬撃の速さはカンガリオンの予想を上回り、回避

できずに二本の剣で受け止める。しかしその場でこ

らえきれず後方へと押し込まれ、塔のように聳え立

つ大岩に激突し、大爆発した。


 この一撃で、岩の上部は完全に破壊され、カンガ

リオンは大ダメージを負い、落下して地面に叩きつ

けられた。


 因みに先程からの爆発音は村まで聞こえており、

誰かが戦っていることは冒険者たちにバレていた。


「だーかーらぁ、破壊するなって言っただろ。しか

たがねぇなぁ、まったく」

 

 哲斗は頭を掻きながら呆れ顔で言う。この時、暇

なマルコシアスは、周りの木々から果物を採ってム

シャムシャと貪っていた。


 カンガリオンは流石に上級モンスターだけあり、

防御力やライフも高く、ふらつきながらも立ち上が

り剣を構える。


「戦意喪失はしてないようだな。もう少しだけ遊ん

でやろう」


 サマエルは同じ目線の高さまで下りて言う。


 突撃してくるカンガリオンは防御を捨て、玉砕覚

悟で大振りだが渾身の一撃を連続して繰り出す。だ

が全て弾き返されると、今度は意表を突いて体を横

回転させ、尻尾を鞭のようにしならせ、サマエルに

攻撃を仕掛けた。


「ぬるいんだよ」


 サマエルは吐き捨てるように発し、カンガリオン

の尻尾を斬り落とす。


 ダメージを負って瞬間的にサマエルを見失ったカ

ンガリオンは、次にその姿を見た時に驚愕する。自

らを取り囲むように、サマエルが十人以上に分身し

ていたからだ。


「これでフィニッシュだ‼」 


 分身している全てのサマエルが同時に、まったく

同じ動きで素早くレイピアを振り抜き、カンガリオ

ンを切り裂く。


 回復不能な大ダメージを負ったカンガリオンは、

ボンっ、と音と煙を出して消滅する。


 サマエルはレイピアを消した後、地面に落ちた原

料を拾い、哲斗の側まで来て投げ渡す。


「おっ、またしても金じゃん。デカ猫と同じぐらい

の重さだな。上級モンスター狩りがいがあるぜ」


 哲斗は金を凝視しながらにやりと笑う。


「サっちん時間かけ過ぎなんだよ、もう少しで寝る

とこだったぜ」


 マルコシアスはその辺りに生えていた、キノコや

木の実をバリバリ、ムシャムシャと生のままで食べ

ながら言った。


「てか今更だけど、モンスターって血とかでないん

だな。臓器もなさそうだし」


 ふと思い出したように哲斗が言う。


「そういやそうだな。血がドバって出たり、内臓ド

ロンっていうグロいのないもんな」


 マルコシアスが返す。


「そもそも生物じゃないだろ、この世界のモンスタ

ーは」


 サマエルが的確な意見を述べ、哲斗は「だな」と

発して納得する。


「そろそろ出てこいよ、居るの分かってるし。長老

に言われて、本当に倒すか確認しにきたんだろ」


 突然、哲斗は後方に向けて言う。すると二十歳ぐ

らいの男の村人が三人、姿を現す。


「すみません。隠れているつもりはなかったんです

が、戦いが凄すぎて、怖くて動けませんでした」


 村人は哲斗たちが恐ろしいのか、少し震え気味で

おどおどしていた。


「あのさぁ、この程度の被害なら、村としても文句

はないよな。モンスターはちゃんと倒したし」


 哲斗が言うと、村人は「は、はい、勿論です」と

引き攣った顔で返事した。


「じゃあ村に帰ろうぜ。長老の家まで案内ヨロシク

な」


 哲斗は村の方向へと歩き出しながら言う。


 悪魔の無双っぷりを見た村人たちは怯えており、

村まで帰る間、一言も話しかけることはなかった。

村人は普段から戦いとは無縁なだけに、その態度は

仕方がなかった。


 村の入口辺りには、様子を窺う冒険者たちが何人

もおり、相手をするのが面倒だと思った哲斗は、村

人に頼んで別の入口から村へと入った。


 付き添いの村人たちは、長老に報告を済ませると

礼だけ言ってすぐに帰っていく。


「まさか上級モンスターをこんなに早く倒して帰っ

てくるとは……もしやあなたは名の知れた勇者様で

すか?」


 長老は尊敬の眼差しで哲斗を見る。


「はははっ、そんないいものじゃないですよ」


 哲斗がそう返した時、マルコシアスは勇者という

言葉に反応し、「無職無職、こいつ無職だし」と言

って大笑いしていた。しかし哲斗がキレて殴り飛ば

される。


「サマエル、止め刺しとけ」


 哲斗が険しい表情で言うと、サマエルは「ラジャ

ー」と返し、床に転がっているマルコシアスをガス

ガスと踏みつける。


「お礼とか話はもういいから、報酬貰えるかな。俺

たち明日の朝早くには旅立つから、もう宿に帰って

寝たいんだよね」


「わ、分かりました。ちゃんと用意してありますの

で……」


 長老は慌ててテーブルに置いてあった、お金の袋

と、魔寄せの石が入った、拳より少し小さいサイズ

のリングケースのような箱を、哲斗に手渡す。


「本当に、本当にありがとうございました」


 長老は何度も頭を下げながら礼を言う。


 哲斗は箱から紫色の宝石である魔寄せの石を出し

て確認する。大きさは二センチほどありカットもし

てあるため、一見は高そうな宝石に見えた。


 哲斗は鼻に近付けクンクンと匂いを嗅ぐが、無臭

であり、悪魔たちにも嗅がせたが、やはり匂いはし

なかった。


「話し通り魔人族にしか、匂いは分からないみたい

だな。どんな匂いか興味あったんだけど」


 哲斗は足元に六芒星の魔法陣を作り出し、箱と袋

を魔法書内の異空間に収納した。因みに袋には、金

貨三枚と銅貨十五枚が入っていた。


「長老さん、誰がモンスター倒したかは、内緒とい

うことで。じゃあ俺たちはこれで、さよなら」


 哲斗は早々と切り上げ、長老宅を出る。


「いやぁ〜、けっこうおいしかったよな。モンスタ

ー一匹倒しただけで、金の塊と金と宝石が手に入っ

たし」


 宿へと向かう途中、哲斗は星々で埋め尽くされた

美しい空を見上げ、独り言を発した。


「お前は何もしてないけどな」


 マルコシアスは目を細めた顔で嫌味に言う。


「お前らがはしゃいでるから、俺に順番回ってこな

いだけだろ。まあ面倒だし、無理に戦う気ないけど

な」


「出たよ出た、やる気なしの無職のテンプレ台詞、

「面倒だし」、よく恥ずかしげもなく言えるな。流

石上級無職だぜ」


 マルコシアスの揶揄に対し、哲斗は「職業みたい

に言うんじゃねぇよ」とツッコむ。


 程なくして哲斗たちは宿に辿り着く。まだそれほ

ど遅い時間ではなかったが、部屋に入ると、エリー

はまだ起きて哲斗たちを待っていた。


「エリー、ちゃんと晩御飯食べたか?」


 哲斗は何事もなかったように話しかけた。


「はい。いただきました」


「あの、先ほど凄い爆発音がしたのですが、何か知

っておられますか?」


「あぁ、凄い音してたよな……なんだろな」


 哲斗は白々しくごまかし、面倒臭いのでエリーに

何も話さなかった。


 そしてベッドに寝転がると、冒険者たちとかなり

酒を飲んでいた哲斗と悪魔は、すぐに眠りに落ち、

そのまま朝まで起きなかった。





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