第一章 『20億と異世界冒険』 その弐
現れた巨大な人魚ニーナは、岸に顔を近付け、笑
顔で話しかけてくる。
「なになに、ニーナに何か用事?」
ニーナは長く美しい金髪の美女で、年の頃は二十
歳ぐらい、瞳はグリーン、肌は色白、見事な巨乳に
は黒と赤のボーダーの水着を付けている。下半身の
鱗はグリーン系で、玉虫の体のように美しい輝きを
放っていた。
「ぶははははっ、これだけ近付くと、やっぱ顔でけ
ぇな、迫力あるぜ。てか渋谷のモヤイ像かよ」
空気を読まずマルコシアスが笑いながら言うと、
ニーナはムカっとして、マルコシアスをデコピンす
るように指で叩き飛ばした。
「んだゴラっ‼ やってくれたなコノヤロー、魚の
分際で俺様に喧嘩売るなんて百世紀早いんだよ。刺
身にして食ってやる‼」
怒れるマルコシアスはニーナへと一直線に飛び掛
かる。だが哲斗にタイミングよく頭を叩かれ、「ぐ
えっ⁉」と声を出し地面に落ちた。
「はしゃぐんじゃねぇよ。話が進まないだろ。クソ
犬っころが」
見下した目でサマエルが言う。
「どいつもこいつもやってくれるな。てかこんな魚
もどき食っていいだろ。俺様がわざわざ食えるかど
うか確かめてやるって言ってんだぜ」
立ち上がったマルコシアスは、怒りの感情を抑え
て言ったが、牙を剥き出した鬼の形相で、今にも飛
び掛かりそうである。
「誰も頼んでねぇんだよ。てか人魚は愛でるものだ
ろ」
呆れ口調で哲斗が返す。
「バカヤロー‼ あの魚の下半身が、白身か赤身か
気にならねぇのかよ」
「ならねぇよ」✖2
哲斗とサマエルは同時にツッコむ。
「どんだけ好奇心ねぇんだよ。お前らどこに置き忘
れてきた。てか絶対食べれるっての、チャレンジし
ようぜ‼」
マルコシアスが力説すると、ニーナが大声で「食
べれませんから‼」とツッコミを入れる。
「分かってるっての。それよりニーナ、今から異世
界に行きたいんだけど。スルーズヘイムっていう世
界」
哲斗はおバカなやり取りを切り、本題に入る。
「ニーナの住んでた世界に行きたいんだ。いいよ、
じゃあ送ってあげる。でもね、ニーナは誰かを送る
だけしかできないよ。帰りはどうするの?」
「それは問題ない。移動魔法陣を自分の部屋にセッ
トしてあるから、異世界からでも強力な魔法書と魔
力があれば戻ってこれる。それに次からは、ニーナ
に頼まなくても、向こうの世界に魔法陣をセットし
ておけば、また好きな時に行ける」
「すごーい、流石天才魔導師の弟だね。でもいいな
ぁ、自由に移動できて。ニーナは元の世界に帰れな
いからなぁ」
ニーナは後半の言葉を、独り言のように呟く程度
に言ったが、哲斗には聞こえていた。そして帰れな
い訳を訊こうとしたが、先にニーナが別の事を話し
だしたので、結局ここで、ニーナの訳ありを知るこ
とはなかった。
「あっ⁉ そういえば、勇気君が集めてる魔法書だ
けど、スルーズヘイムにもあるかもしれないよ」
「どういうこと?」
「向こうには、こっちの世界の魔力ある人間が、女
神によって大勢召喚されてて、勇者とか冒険者やっ
てるんだよ。理由が分からないけど、世界に歪みが
できて、魔王がいっぱい現れてるみたい」
「おいちょっと待て。勇者と冒険者の違いってなん
だよ」
マルコシアスが話に割って入るが、哲斗も気にな
ったので止めなかった。
「冒険者は、基本的に魔王や魔人が造ったモンスタ
ーを退治しながら、ダンジョンやタワーの攻略をし
たり、アイテムを手に入れて商売したりする人たち
で、勇者は魔王討伐を目指す人たちだよ」
「なるほどね。じゃあ俺たちは冒険者よりだな」
哲斗は呟く程度に発した。
「でね、その召喚された人たちが、魔法書を持って
いってる可能性があるの。それと、禁書とされる強
力な魔法書は、色々な世界に封印されたって話もあ
るよ」
「情報サンキュー、向こうで探してみるよ」
哲斗はそう言いながら胸中では「っていうのは嘘
だよーん。他の魔法書なんて俺には関係ないぜ。て
か関わり合いたくねぇんだよ」と本音を語る。
「で、悪いけど、さっそく頼めるかな」
哲斗が言うとニーナは「じゃあ始めるよ」と返し
て少し岸から離れる。
ニーナは水上に上半身を出し、両手を広げる。す
ると全身がオーラを纏ったように輝き、長い金色の
髪はフワッと浮かび上がった。更に瞳には魔法陣が
現れ、魔力が飛躍的に大きくなり、広げた両の手の
間の水面に、移動時に使われる六芒星の魔法陣が作
られ、光り輝く。
「さあ、この魔法陣に飛び込んで」
ニーナが言った後、なんの躊躇いもなく哲斗は、
湖に作られた魔法陣に「よっしゃー、行くぜ‼」と
発して飛び込む。それに悪魔二人も続いた。
次の瞬間、魔法陣に吸い込まれた三人は、今まで
経験したことのない変てこな異空間の中にいた。
幾つもの空間の歪みと、白と黒の四角形が交互に
羅列された格子模様の不思議な異空間は、自由に動
く事ができず、無重力空間に放り出されたようだっ
た。
ニーナが魔法陣を作り出した時、出口となる魔法
陣が、スルーズヘイムのとある湖にも現れていた。
その魔法陣が強い輝きを放つと、哲斗たちが頭の先
からゆっくりと姿を現す。
異世界への移動が完了した哲斗は、その場に片膝
をついていた。
「ふぅー、一瞬だけど酔ったぜ。異空間の完成度低
すぎだろ。まあそれだけ、世界に歪みが生じてるっ
てことか」
「おーい、哲斗、早くこっち来ないと、魔法陣消え
たら落ちるぞ。そこも湖の上だしな」
マルコシアスが言う。既に悪魔二人は岸にいた。
哲斗は立ち上がるとその場より、助走もせず岸へ
とジャンプする。岸までは八メートルはあり、普通
の人間では、軽く跳んだだけで辿り着く距離ではな
かった。しかし哲斗は楽々地面に着地する。
その場を見渡す哲斗の瞳に映るのは、様々な植物
で覆われた、広大なジャングルであった。
「さてと……時間的には正午過ぎって感じか。まずは
この世界の情報集めだな。地図が欲しいよな」
哲斗が言うとマルコシアスが返す。
「なに言ってんだ。手当たりしだいにモンスター狩
りだろ。ガンガン行こうぜ以外に何があんだよ。ザ
コ相手でも、必殺技と最強呪文でMP無駄遣いが楽
しいんだろが」
「まあそうなんだけど、極力この世界を荒らしたく
ないんだよ。俺たちは女神に召喚された訳じゃない
からな。こっちはこっちで冒険してる奴らがいるわ
けだし、人があまり来ない狩場を探そうぜ」
哲斗は既に歩き出していたが、方向など決めず適
当だった。
「確かに俺たちは、この世界にとってイレギュラー
な存在だ。そもそも泥棒しにきたようなものだから
な」
哲斗の横を飛んでいるサマエルが言った。
「泥棒とか人聞きの悪い言い方やめてくれるかな。
悲しくなるから……」
「ぶははははっ、無職で泥棒とかクソだなクソ」
マルコシアスが大笑いしながら言うと、哲斗とサ
マエルが同時に「お前はクソ以下だけどな」と言い
返した。
「んだら‼ 上等だ、決着付けてやんよ‼」
髪を逆立て怒るマルコシアスだが、哲斗とサマエ
ルは無視して進んでいく。
「とりあえず、モンスター狩りながら、村か町を探
すとするか。装備とかはいらないけど、金はこっち
のがいるだろうし。後モンスターがどの程度の強さ
で、どのくらい金になるのか早く知らないと」
哲斗がそう言った時、前方の草むらがガサっと大
きく揺れ、すぐにバキっと枯れ木が折れたような音
がする。そして魔力を帯びた気配を、哲斗たちは感
じていた。
「なにか居るな……」
哲斗が呟く程度に発したその時、モンスターらし
き生物が姿を現す。
それは間違いなく魔力によって造られたモンスタ
ーで、マッシュブルと冒険者たちに呼ばれ、ランク
は下の中とされていた。顔や体は白で、頭は赤茶色
の大きなキノコが乗っており、額と思われる部分に
は角が二本ある。顔は犬猫風で、横から見れば体は
L字型、足は六本だが短足だった。大きさはボック
ス系の車ぐらいあり、既に牙を剥き出し威嚇してい
た。
「さっそくモンスターキターーーー‼」
テンションMAXでマルコシアスは喜ぶ。
マッシュブルは巨躯を揺らしながらゆっくりと歩
き、哲斗へと近付く。
「近くにきたらけっこうデカいな。顔とキノコ頭で
三メートルあるんじゃないの」
距離は既に5〜6メートルまで縮まっていたが、
哲斗は余裕の表情で喋り、焦る様子は微塵もない。
「ぶへへへっ、こいつ軽トラみたいな形してんな。
超絶ウケるぜ」
マルコシアスは指差して大笑いする。
「こっちのモンスターはリアルじゃなく可愛い系だ
な。普通に弱そう。マルコかサマエルに任すよ」
「完全にハズレだ。おいマー坊、お前がやれよ」
「よっしゃー、任せとけ」
マルコシアスは指をバキ、ボキと鳴らし、やる気
満々で前に出る。
「うへへっ、美味そうじゃねぇか、俺様はキノコ好
きだからな、丸焼きにして食ってやんぜ」
マルコシアスはよだれを垂らして言う。
「マジやめとけ。どう見ても毒キノコだろ。という
より、原料になるから食えないんじゃないの」
哲人が呆れながらツッコんだ時、マッシュブルが
「フシャー‼」と唸り声をあげて、猛然と哲斗目掛
け突進する。
移動スピードは速くないが、六本の足が力強く地
面を踏みしめ、ドドドドドッ‼ と地響きを立て、
迫力だけはあった。
「おっと、いきなり突撃かよ、けっこう凶暴だな」
哲斗は素早く横に回避する。
「ヘイヘイヘイ、キノコヤロー、お前の相手は俺様
だぜ」
マルコシアスは特撮ヒーロー張りの決めポーズで
指差し言う。するとマッシュブルはターゲットをマ
ルコシアスに変更した。
「うおおおおおっ‼ 格の違いを見せてやるぜ」
マルコシアスは一気に魔力を高め全身より放出す
る。その魔力は凄まじく、まるでオーラのようで、
紫色をしていた。
因みに、体より放出される魔力の色は人それぞれ
で、サマエルの場合は赤色、哲人は金色とも見える
黄色である。そして戦いで魔力を高める事には意味
があった。魔力の大きさの分だけ、飛躍的にパワー
やスピード、防御力に治癒能力、五感など、あらゆ
る身体能力がアップする。
「行くぜ‼ 軽トラキノコヤロー‼」
牙を剥き出し唸るマッシュブルに、マルコシアス
はまた決めポーズをとって言うと、「スーパーウル
トラマルコシアスパーーーンチ‼」と発し、放たれ
た弾丸の如く、拳を突き出し一直線に飛んで突撃す
る。
「バカってすぐにスーパーウルトラとか言うよな。
聞いてるこっちが恥ずかしいぜ」
サマエルは心底呆れた表情と口調で言った。
体ごといったマルコシアスのパンチは、マッシュ
ブルの額の中央に直撃し、ドゴォっと鈍く大きな音
を出す。その瞬間、マッシュブルは「ぷぎゃあぁぁ
ぁぁぁっ‼」と断末魔の叫びを発し、仰け反るよう
に巨躯が宙に浮く。
「うひゃひゃひゃひゃ、モロに入ったぜ。俺様超つ
えー」
マルコシアスは相手を小馬鹿にするニヤケ顔で言
った後、まさに悪魔の如き恐ろしい目付きに変わり
「そんじゃ止め刺してやるぜ」と発し、大きく口を
開けると、凄まじい業火を吐き出す。
マッシュブルは為す術なく炎に包まれ、こんがり
と焼き上がり、大ダメージを負って沈黙する。
程なくしてマッシュブルは、ボンっ‼ と大きな
音と煙を出し消滅した。
「なるほどね。ライフがゼロになったら煙り出して
消えるみたいだな。マジでゲームみたいで面白いじ
ゃん」
哲斗が話したこの時、煙の中から何かの塊が地面
へと落ちた。
「おっ、あれがゲットできる原料みたいだな」
サマエルはマルコシアスが拾い上げた、謎の塊を
見て言った。
「これって銅だな。そこそこ大きいぞ」
河原に落ちてる石のように歪な形だが、大きさは
野球ボールぐらいはある。その銅をマルコシアスは
哲斗の方へ向かって掲げる。
「あの程度の雑魚モンスターで、銅の塊が手に入る
なら、この先かなり期待できるな」
哲斗はそう言いながら胸中で「もしかして強かっ
たのかな、あのキノコ……」と思っていた。
「俺たちの場合、レベル上げしなくていいから、上
級モンスターといきなり戦えるのが大きいぜ」
サマエルが言う。
「だよな。でも上級モンスターがトンでもなく強か
ったらどうしようかな。原料ダイヤとかヤバそう」
哲斗は何故か嫌な予感がしていたが、強い敵が出
てきたら出てきたで、結局は楽しむ、悪魔たちと同
じ楽観的な一面を持っている。
「そんなの決まってんだろ。強い奴が出てきたら、
少年マンガの王道パターン、修行だ‼ 超絶燃える
ぜ。てかエンドレス・フリータイムのクズなんだか
ら、レベルMAXまで体鍛えろ、ポンコツ魔導師」
マルコシアスはわざわざ哲斗の傍まで近付き面と
向かって言う。
「俺たちが修行しても意味ないから、哲斗がするこ
とになるな。まあその時は頑張れ」
サマエルの言葉に哲斗は面倒臭そうな顔で「です
よねぇ」と返す。
「とりあえず、銅でも集めればけっこうな金になる
だろ。ちゃんと保管しとかないとな」
哲斗は足元に六芒星の魔法陣を作り出す。その魔
法陣が光り輝くと、哲斗はマルコシアスから受け取
った銅の塊を、足元の魔法陣に落とす。すると銅は
魔法陣に吸い込まれ消えた。
哲斗は念じるだけで、魔法書の異空間と繋がった
魔法陣を作り出すことができたが、強い魔力と才能
無くしてできるものではなかった。
「あぁ〜、もっと強い奴と戦いてぇなぁ。力を封印
されてても、俺様はつえーからな、ザコじゃ相手に
ならんぜ。上級のドラゴンとかボスキャラとのエン
カウント待ちだな」
マルコシアスは両手を頭の後ろで組み、白け顔で
愚痴りまくる。
「そのうち嫌でも戦うことになる、何回もな。なに
せ二十億だからな」
サマエルが諭すように言った。しかしこの後「魔
王級は俺が倒すけどな」と付け加える。
「ふっざけんな‼ 誰がわたすか、魔王は俺様の獲
物だ、クソパンダモドキ‼」
マルコシアスは激怒して、また口喧嘩が始まる。
「しかしまあ、面倒だけど、面白い異世界冒険にな
りそうだぜ」
哲斗は悪魔二人を放置して歩き出し、異世界の晴
天の空を見上げ、楽しそうな顔で独り言を呟いた。