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序章  『放置悪魔と無職の魔導師』 


 同じようだがどこか違う、そんなパラレルワール

ド以外に、異世界が無数に存在していた。そしてそ

れらは広大無辺であり奇譚に満ちている。


 その最たるものが、天使や悪魔、女神に魔王とい

った幻想生物の存在である。


 しかし異世界以外の世界では、魔力がない普通の

人間には、それらを見ることも認識することもでき

なかった。


 ほとんどの人間に魔力など特別な力がないその世

界で、天才魔導師と称される男がいた。


 名前は藤原勇気(ふじわらゆうき)という。勇気は強大な魔力をその

身に宿し、自在に制御できた。更に数々の魔法書を

手に入れ、悪魔たちを召喚して従えている。


 しかし勇気は、気に入らない悪魔は傍に置かず、

事もあろうに人間界に放置していた。


 放置悪魔は勇気の弟である藤原哲斗ふじわらてつとの住むアパー

トで無理矢理居候しているが、哲斗は本気で迷惑し

ている。


 哲斗は二十二歳で、二流だが大学は卒業した。だ

が就職活動に失敗し、現在は無職であり、日雇いの

バイトで食いつないでいた。


 そんな哲斗だが、兄同様に強大な魔力を持つ魔導

師で、魔力のおかげで身体能力は超人レベルに達し

ている。本気を出せばなんでもでき、なんにでもな

れるはずだが、自分を遥かに超える天才の兄を見て

きたせいで、哲斗は小学生にして、やる気がない残

念な奴になってしまっていた。


「そういえば月末か……早いなぁ、もう六月も終わ

りかよ」


 少し蒸し暑いアパートの部屋で、ため息まじりの

口調で言ったのは藤原哲斗である。


 哲斗は髪は金髪で肌は色白、身長は175センチ

で、鍛えこまれ引き締まった体をしている。顔は美

形ではないが、それなりに整っており、大学の女友

達には、中途半端なイケメンと言われていた。服装

は赤のTシャツにジーパンである。


「今月の家賃どうしようかな……誰か名案ある奴い

るか?」


 哲斗は居候の放置悪魔たちに向けて言う。


「また探偵のバイトでいいだろ。得意な浮気調査。

俺様たちは人間に見えないし楽勝だろ」


 まだ声変わり前の少年のような可愛い声でそう返

したのは、悪魔のマルコシアスである。


 マルコシアスは身長50センチぐらいで、一見は

ぬいぐるみのように見える。人型をしているが顔は

犬っぽく大きな尻尾があり、背には可愛らしい翼が

ある。頭には人間のような髪があり綺麗な銀髪で、

額の上あたりに角が二本生えている。服装は白のT

シャツに赤いベスト、首に黄色のスカーフ、水色の

ハーフジーパンにブーツだった。


 因みに魔法書によって呼び出された悪魔たちは、

召喚時に力の99.9%を封印され、アニマルチッ

クな可愛い姿にされる。


「却下、今は気分じゃないな」


 哲斗がそう言うと、もう一人いる悪魔が返す。


「クソが、何が気分だ無職のくせに」


 眉間に皺をよせ吐き捨てるように、サマエルとい

う名の悪魔が言った。マルコシアスと違い、サマエ

ルの声は子供っぽくはないが、若々しくイケメン風

の良い声だった。


 サマエルの容姿はほぼ二足歩行のパンダで、身長

はマルコシアスより少し低い。袖が青いラグランT

シャツを着ていて、背には蝙蝠の羽根があり、尻尾

は蛇で足には大きな爪がある。額の中央に一本の角

が生えていた。


「だから職質週三でうけんだよ。趣味なのか職質さ

れるのが」


 サマエルが言うと宙に浮いているマルコシアスは

腹を抱えて大笑いする。因みに悪魔たちは自在に飛

び回る事ができる。


「クッソワロタ‼ 職質趣味とか超絶面白れぇ‼」

 

 マルコシアスはツボにはまったようで、涙を出す

ほど笑っており、その横で哲斗はうな垂れている。


「な訳ないだろ。くだらない事ばかりするお前らの

せいだろ。ツッコミ役とかやってらんねぇぜ」


 力なく発した哲斗だが、職務質問を受けるのは確

かに悪魔のせいだった。特にマルコシアスが原因で

ある。


 哲斗が外出する時に、気まぐれに悪魔たちは同行

するのだが、女好きのマルコシアスは普通の人間に

見えないのをいいことに、スカート捲りしたりブラ

のホックを外したりと、哲斗の前でイタズラばかり

していた。その行為に街中でツッコミを入れること

は、周りからは独り言状態であり、職務質問されて

も仕方がなかった。


「あぁ面白かった。てか哲斗、金の話とかより、腹

へったぞ腹。なんか食わせろ」


「さっき食っただろバカ犬。テメェの食費のせいで

この家のエンゲル係数上がってんだよクソが」


 サマエルが強めに発する。


「前に大量に作った唐揚げまだあるだろ、それ食え

よ」


 哲斗は平然と言ったが、実は既に唐揚げは腐って

いた。ヤバいかなと思いつつ、悪魔が腐ったものを

食べたらどうなるか興味があり、哲斗はマルコシア

スで実験することにした。


「この唐揚げ、ネバネバしてて超絶うめー‼」


 マルコシアスは何も知らずムシャムシャと食べま

くり完食する。だが数分後、お腹をギュルギュル鳴

らし、食中毒でぶっ倒れる。


 哲斗は胸中で「なるほど、悪魔でも腹壊すんだ」

と思う。


「哲斗、バカ犬は放っておけ。それより酒だ、美味

い酒を持ってこい」


 サマエルの酒という言葉に倒れていたマルコシア

スが反応し、勢いよく飛び起き復活する。この時、

その様子を見た哲斗は「結局すぐ復活するのかよ、

どんな体だよ」と胸中でツッコミを入れた。


「ホンと騒がしい奴らだな。仕方がないから特別に

飲ませてやるよ。マジで特別だからな。ちょっと待

ってろ」


 哲斗は素直に要求を受け入れ、キッチンの方へ行

って、ラベルに『天才』と印された一升瓶を持って

戻ってきた。


「ほれ飲め、幻の酒だぞ。これは天才しか味が分か

らないらしい」


 哲斗は真顔で言った。


「マジで⁉ すげぇー、そんな酒あんのかよ。それ

スパーウルトラレアじゃん」


 マルコシアスは驚き、尻尾をピンと立て前のめり

に食いつく。


 マルコシアスとサマエルは、おちょこで何杯もク

ビクビと飲む。


「ぷはー、超ーーー絶うめーーー‼」


 尻尾をブンブンと振って、マルコシアスは幻の酒

を評価した。


「ほほう、これは美味だな。当然だが俺は天才のよ

うだ」


 サマエルも高評価で、「ふははははっ」と高らか

に笑った。


 そんな悪魔二人を、哲斗は冷めた目で見詰める。

何故なら幻の酒『天才』は、ただの水道水だからで

ある。そして哲斗は胸中で「バカの相手は楽で助か

るよ。てか水でオケ」と呆れながら語った。


「話がそれたけど、家賃だよ家賃。今月分どう払う

か、お前たちも考えろよ」


「哲斗も悪魔を召喚できる魔法書を持つ魔導師なん

だ、悪魔の力を使えば幾らでも稼げるはずだ。まあ

どこぞのバカ犬みたいに無能な残念悪魔なら、意味

ないけどな」


 サマエルは後半の言葉をマルコシアスを見ながら

言った。


「悪魔のくせにそんな役立たずがいんのかよ。で、

誰だよそのバカ犬クソ悪魔は」 


 マルコシアスは腕組みをしながら呆れ口調で言っ

た。


「お前だろ」✖2


 哲斗とサマエルは同時にツッコミを入れる。


「んだとゴラっ‼ いつでもやってやんよ。かかっ

てこいクソパンダにクソ無職‼」


「はいはい、分かったから、ちょっと黙ってろ。て

か冗談だよ。お前な訳ないだろ、誰よりも優秀なん

だから」


 怒れるマルコシアスに、哲斗は死んだ魚のような

目をして、言葉に感情を乗せる事無く発した。


「なんだよやっぱ冗談かよ。まあ俺様には分かって

たけどな」


 マルコシアスは簡単に騙され、すぐに機嫌が直っ

た。なんとも単純な天然おバカで、二人にいつも遊

ばれていた。しかしマルコシアスが怒っても、多く

の場合は放置される。


「悪魔の力を使うとか、卑怯な事はしたくないんだ

よ。できるだけこの世界のルールを守りたいし」


「そんじゃ肉体労働しろよ。お前は魔力のおかげで

超人的な身体能力持ってんだから。まあ真面目にや

りたいなら汗流せ」


 マルコシアスは珍しくまともな事を言った。


「それはだるい」

「ふっざけんな‼ このクソニートが‼」


 マルコシアスは激怒して、間髪を容れず完璧なタ

イミングでツッコミを入れる。 


「食っちゃ寝ニートの自宅警備員の放置悪魔に、言

われる筋合いはない。てか役立たずだから、お前ら

ここに居るんだからな。兄貴に言ってどうにかして

もらうぞ」


「んだらぁ‼ 勇気の名前だしたらビビると思って

んのかよ、俺様はいつでもやってやんよ、フルボッ

コにしてやんよ‼」


 牙を剥き出し鬼の形相で拳を握り締め、マルコシ

アスは最後に「悪魔舐めんなっ‼」と言い放つ。


「召喚者に勝てるわけないだろ。攻撃できないんだ

から。てかバカすぎ」


 哲斗は冷静に返す。


「えっ⁉」


 マルコシアスは本気で驚いたように目を見開き、

鼻をヒクヒクさせた。


「そ、そうだっけ? そんな鬼畜ルールあんの?」


 茫然自失のマルコシアスは呟く程度に発した。


「その身をもって試してみろよ。スタイリッシュな

自殺になるぜ」


 哲斗は口元に笑みを浮かべながら言う。


(マジかよ嘘だろ、超怖いんですけど。ガクブルな

んすけど)


 マルコシアスは色々と想像してしまい、ブルブル

と震えながら胸中で思う。


「いたたたたたっ⁉ 持病の偏頭痛が‼ ダメだ死

ぬーーー。せっかくやる気MAXだったのに‼」


 マルコシアスはわざとらしく急病の演技をして、

頭ではなくお腹を押さえている。


「カスめ。腹押さえて言ってんじゃねぇよ。このビ

ビリワンコが‼」


 キレ気味にサマエルがツッコむと、待ってたかの

ようにマルコシアスはサマエルに詰め寄り「じゃあ

お前やれよ。どうせ俺様はビビリだからな」と逆に

ハメるようなセリフを言った。


「ら、楽勝だっての、あんなクソヤロー。俺なら一

撃だぜ」


 サマエルは動揺しながら思わず言ってしまう。


「じゃあ一撃で倒せるクソヤローの兄貴に、今から

電話してみっか」


 哲斗はそう言ってスマホを手に取る。


「ちょっ、ちょっ待てよ……とりあえずスマホ置け

よ。落ち着こうぜブラザー」


 そう言った直後、サマエルは「いたたたたっ‼」

と腹を押さえて痛がりながら「急に持病の椎間板ヘ

ルニアが‼」と言い訳をした。


「バカだバカ、バカがいる。椎間板は頭だろ」


 大笑いしながらマルコシアスはツッコミを入れた

が、すぐに哲斗が「腰だ腰‼」とツッコミ直す。


「マジで⁉」✖2


 悪魔二人は同時に驚き同じ言葉を発した。それに

哲斗はムカっとした。


「殺意を抱く低レベルのコントやめろ、クソ悪魔ど

も。てかあの最強暴君の兄貴に喧嘩売るとか、無理

ゲーだろ。レベル1で魔王に挑むぐらい無謀だぞ。

今のお前らは、スライムレベルだからな」


「ふっざけんな‼ 誰がスライムだ‼ てかスライ

ムさん舐めんな。マダンテ使えんだからな。お前ら

一撃でコッパミジンだかんな‼ 超スーパーウルト

ラスペシャルダイナミックデラックスにコッパミジ

ンだかんな‼」


 マルコシアスはブチキレて吠えるように捲し立て

る。


「う……嘘だろ……嘘だといってよバーニィ状態の

一大事だぞ。このサマエル様がスライムレベル……

だと……ヘタレ勇者の養分じゃねぇか。どんだけザ

コなんだよ」


 サマエルは驚愕して、ワナワナしながら呟く。


「認めん、認めんぞ‼」


 サマエルは激怒して言い放つ。


「そうだそうだ、舐めんじゃねぇ、そこはせめてス

ライムベスだろ‼」


 マルコシアスが言った瞬間、サマエルが「テメェ

と一緒にするなクソワンコ、俺は竜王レベルだ‼」

と言い放ち、マルコシアスの顔面に右ストレートを

直撃させ、ぶっ飛ばした。


「結局こいつらのおふざけのせいで、話が進まない

んだよなぁ。やれやれだぜ」


 哲斗は呆れ口調でそう言った。


 これが兄の勇気が放置した、ノリで動くテンショ

ン高めの悪魔たちと、哲斗の日常の一部であるが、

哲斗はマイペースであり、悪魔に振り回されている

わけではない。


 哲斗がいつも振り回され、カオスな日常を送る羽

目になるのは、どこで何をしているのか謎の天才魔

導師、兄の勇気の無茶ブリ指令のせいであった。


 そしてこの後、まさか魔王やモンスターがいる異

世界へ、冒険しに行くことになるなど、今はまだ思

いもしていなかった。





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