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べからずの薬と隠し神  作者: 絹乃
2 かどわかし
7/24

2-4

「姉さん、姉さんっ」


 まだ浜潟町に入ってもいないのに、双樹には桜花の声が聞こえた。


 双樹と蘭花は顔を見合わせた。

 切羽詰まった妹の声に、蘭花の顔が青くなる。


「行きましょう、師匠。きっと何かあったんだ」


 背負子しょいこを担いだ双樹は、蘭花を促した。


 脚絆きゃはんをはいている双樹の走りは速いが、蘭花は着物の裾が足にまとわりついて走りにくそうだ。


「先に行っておくれ。桜花を頼んだよ」


 双樹はうなずくと、背負子を地面に置いて走り出した。


「あたしもすぐに行く。万が一にもあの子が傷つくようなことがあったら、あたしは……」


 悲愴な蘭花の声が、双樹の背中に届いた。




「桜花さん!」


 浜風にさらされて色あせた壁にすがりながら、桜花はよろよろと歩いていた。

 美しい着物は、着くずれてしまっている。


 全力で走ってきた双樹の顔から、汗がしたたり落ちた。


 しばらくたって、ようやく蘭花が追いついた。

 高価な薬が入っている背負子は、道に置きっぱなしのようで、手ぶらだ。



「桜花。どうしたっていうんだい。なんで勝手に出歩いたりしたんだ、杖も持ってやしないじゃないか」


 きっと何度も転んだのだろう。

 桜花の顔は、土でひどく汚れてしまっている。


「教えて姉さん。どうすればいいの?」


 桜花は髪をふり乱して、蘭花にすがりついた。


「笹生くんが。いなくなってしまったの。さらわれてしまったの」


「なんだって!」


 叫んだのは双樹だった。


 その声の大きさに、桜花はびくりと身をすくませる。

 蘭花は妹の体を支え、双樹に静かにしろと目で訴えた。


「ごめんなさい。双樹さん。私がしっかりしていれば」


「どうして? 少しくらいは阻止できたんじゃないですか?

 大声を出せば、周囲に知らせることもできますよね。なんで笹生を見捨てたんですか? なんで見捨てられるんですか?」


 思わず桜花に掴みかかってしまいそうになり、双樹は左手で、自分の右腕を押さえた。


「ごめんなさい、本当にごめんなさい」


 桜花は今にも泣きだしそうに、顔をゆがめた。


「桜花の責任ではないぞ」


「俺は笹生を捜します。こっちの方角で合っているんですね」


 双樹は、師匠の言葉を無視した。


「え、ええ。双樹さん、私も行くわ」


「俺一人で充分です。その方が早い」


「でも……」


「来ないでください! 来てほしくないんだ!」


 双樹は、拳を電柱に叩きつけた。

 激しく、何度も。

 その鈍い音に、桜花の唇がわななく。



「桜花、警察へ行こうじゃないか。分かる範囲でいいから、状況を話してくれるね」


 蘭花に促されても、桜花は返事はおろか、うなずくことすらできないでいる。

 ただ呆然と座りこんでいるだけだ。


 笹生のことで頭がいっぱいの双樹は、そんな桜花の様子に気づくことすらできなかった。


 走りだそうとした双樹の肩を、蘭花の手が掴んだ。


「捜すあてはあるのかい」


「あるわけないですよ。でも、待っていれば帰ってくるわけじゃない」


「やみくもに走っても、よほどの幸運に恵まれなきゃ見つかりゃしない。ほんのささいな手掛かりでも見落としちゃいけないよ」


 手掛かりといわれても、どこにそんなものがあるんだ。


「あの……これが落ちていたの。笹生くんの持ち物かどうかは分からないんだけど」


 急に思い出したのか、桜花が震える手で懐から封筒を取り出した。

 涙を目に浮かべ、双樹の顔を見ることすらできないでいる。

 呆然とする双樹の隣で、蘭花がまじまじと封筒の表と裏を凝視した。


「この名前」


 差出し人を確認した蘭花は、言葉を詰まらせた。


「どういうことだい。おかしいじゃないか。なんでこの人達から手紙が。差出し人の住所は北海道となっちゃいるが、なんでこんな適当な住所なんだい。北海道三丁目って。行ったことのないあたしでも、ありえないって分かるよ。それに消印はこの近所じゃないか」


「いいんです。放っておいてください」


 双樹は封筒をひったくった。

 封筒に付着していた土が、ぽろぽろとこぼれ落ちていく。


 きっと蘭花は気づいている。

 封筒の文字が、薬の売り上げを書きつけている帳面の字と同じであることを。


「まぁ、別にいい。あたしらが来た道を戻ると、岡方町の方さね。あの貼り紙に書かれていた住所の辺りだ。笹生をさらった犯人もそっちへ逃げたようだねぇ」


 蘭花は急に話題を変えた。


「貼り紙に書かれていた捜し人の名は『つるはら ささお』となっていたね」


「何を言ってるんですか、師匠。『つるはら さぬおう』でしょう?」


「讃は『ささ』とも読むし、央は『お』と読めるんだよ」


 双樹は目を見開いた。


 笹生と初めて出会ったのが岡方町だ。

 しかもあの子は自分のことを『ささお』と名乗りはしたけれど、漢字までは知らなかった。

 笹生という字をあてたのは、双樹だ。


 まさか今更になって、笹生を捜しにきたとでも?


 この六年間、兄弟として暮らしてきた。

 誰も疑うこともなく、家族をやってこれたんだ。


 双樹は封筒を握りしめて、かつて住んでいた岡方町へ向かって駆けだした。


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