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べからずの薬と隠し神  作者: 絹乃
2 かどわかし
6/24

2-3

 笹生は長屋の前に座りこんで、両親からの手紙を読み返していた。


 双樹は蘭花と一緒に薬草の仕入れに行っている。

 桜花は琵琶の練習をしているのか、きれいな音色が聞こえてくる。



 笹生は、ちらっと物置代わりになっている部屋を眺めた。

 太い棒のかんぬきが、かけられた入り口。

 無人の室内にはいろんな薬草がつみあげられている。


 ぜったいに入っちゃいけないと、きつく蘭花から言い聞かせられているから。

 中を見たことはないけれど。


 立ち上がった笹生は、人の気配のない部屋の前に立つ。


「笹生くん? どうしたの?」


 窓の内側から桜花が顔を出したので、手紙を落としてしまった。


「ち、違うよ。薬のお部屋には行ってないよ」


「そう? それならいいんだけど」


 桜花は、笹生が薬の部屋に向かう気配を感じると、すぐに様子を確認する。


(あー、びっくりした)


 拾い上げた手紙が、ばさばさと強い風にあおられる。

 笹生はもう一度、自宅の前に座って手紙を読みはじめた。


「父ちゃんたちが住んでるところって、船に乗らなきゃ着かないって兄ちゃんが言ってたよね。それに地平線が見えるって」


 浜潟はまがた町は長屋や小屋が密集していて、空さえも狭い。

 どこまでも広がる平原。本当にそんな場所があるんだろうか。


 道を吹きぬける風が、笹生の手から便箋を奪った。


「あっ、また。待ってって」


 笹生が小さい時から、両親は各地を転々として暮らしているから。

 実は顔を合わせたこともない。

 仕事が忙しいから会えなくてもしょうがないと、双樹は言うけれど。


(兄ちゃんは、父ちゃんと母ちゃんの顔を覚えてても、ぼくは全然知らないんだもん。会ってみたいなー、いつ帰ってこられるんだろう)


 月に一度、必ず送られてくる手紙は、笹生と両親を唯一つなぐものだ。


「あー、そこの人。拾ってー」


 道の真ん中に立つ男性に、笹生は手をふって声をかける。

 黒っぽい背広と、きれいに磨きあげられた革靴。

 ふちが銀色の眼鏡をかけ、その奥の目は切れ長だ。


 男性は腰をかがめて、二枚の便箋を手にした。


「ありがとう。よかったぁ、なくさなくて。大事なものなんだ」


「それは何よりですね」


 見た目の冷たさとは反対に、男性は温厚そうに微笑みながら手紙を返してくれる。


「あれ? 手を怪我してるよ。痛い?」


「これですか。ずいぶんと古い傷ですから、平気ですよ」


 笹生は双樹に怪我させたことを思い出した。

 傷はもうふさがっていたが、ごみ箱に捨てられた赤黒く血のこびりついた布が目に入るたびに、苦しい気持ちになったのだ。


「くちなしが咲くたびに、あの方はすべて摘んでおられたんですね」


「くちなしって、家に持って帰ると火事になっちゃう花?」


 男性の独り言に、笹生は思わず応じた。


「火事ですか? それは彼岸花のことでは」


「彼岸花って、秋に咲く赤い花のこと?」


「そうですよ。誰がそんな嘘を、あなたに教えたのですか」


 兄ちゃんだって言うことはできなかった。きっと勘違いしていたんだ。


 笹生は、封筒に便箋を押しこもうとした。

 なんだか見られている気がして顔を上げると、眼鏡の男性が封筒を凝視していた。


「差出し人の名前が……深町(ふかまち)(しん)()(きょう)()、と」


「あ、これ? 父ちゃんと母ちゃんだよ」


 とたんに、男性が目を見開いた。

 まるで幽霊でも見たかのように動きを止めて、顔が真っ青だ。


「あなたのお兄さまは、深町双樹さんですよね」


「うん。なんで兄ちゃんのことを知ってるの? あ、分かったぁ。薬のお客さんだね」


「え、ええ。何度か五条の薬を買ったことがあります。私は早瀬(はやせ)と申します」


 失礼、と前置きしてから早瀬は、笹生から封筒を受け取った。

 裏返して差し出し人を確認し、今度は表の切手をまじまじと見つめる。


「住所は北海道」


「そうだよ。きたうみみちじゃないよ」


 中指で眼鏡のずれを直しながら、早瀬は眉間にしわを寄せてまぶたを閉じた。


「残念ながら、その手紙は北海道から来たものではありませんね」


「え、なんで?」


「もしかすると北海道で書いたものを、こちらで投函……郵便ポストに入れたものか。あるいは他人がご両親になりすまして、書いた偽の手紙かもしれません」


 笹生は言葉を失った。

 ただ瞬きをくり返して、目の前の早瀬を見上げるだけだ。


「納得できないのも無理ありませんね。ほら、ごらんなさい。切手の上に消印が押してあるでしょう」


「消印?」


 ようやく絞り出した声は、妙に上ずっていた。


「どこの郵便局から、いつ出したものか分かるように押されるハンコです。切手の再利用を防ぐためのものですが。この切手の消印は隣町の郵便局となっていますね」


 何が言いたいんだろう、この人は。


 まるで可哀相な子を眺めるみたいに、早瀬が笹生を見ている。


「この六年間、お捜ししましたよ。笹生さま」


 革の鞄から、早瀬が大きな麻袋を取り出す。

 笹生は反射的に走りだした。

 だが強い力で手首を握られ、逃れることができない。


「いやだっ、はなせー。兄ちゃん、兄ちゃーん」


 力の限り叫んだ時、がらりと長屋の戸が開く音を聞いた。


「笹生くん。どうしたの?」


 玄関の戸にもたれるようにしながら、桜花が外に出てくる。


「桜花姉ちゃん。助けてーっ」


 必死でもがくと、笹生の手から封筒が落ちていった。


「無駄ですよ。五条蘭花の妹はここまでまっすぐ走ることも、私を追いかけることも、ましてや私の顔や特徴を誰かに伝えることもできないはずです」


 目の粗い袋に体ごと詰め込まれた笹生は、何も見えぬ状態で横抱きにされた。

 体が激しく上下する。

 口を開いたりしたら、舌を噛んでしまいそうだ。


 おかしい、こんなの。ありえない。


 だって、兄ちゃんにも桜花姉ちゃんにも、もう心配をかけないって誓ったのに。


 ――また神隠しがあったんだぞ。


 いつかの双樹の言葉が、ずきずきと痛む頭に浮かんだ。


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