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べからずの薬と隠し神  作者: 絹乃
7 薬師の三兄弟
24/24

7-3

 一年後。

 長屋で琵琶を弾いていた桜花は、そっと髪をかきあげられたような気がした。

 虫でも頬をかすめたのだろうか。それにしては羽音が聞こえない。


 ねぇ、あなたは今どこにいるの? 幸せでいるの? 


 どこに問いかければ答えが戻ってくるのか分からない。


「おい、桜花。驚くんじゃあないよ。来たよ、やっと来たんだ」


 蘭花の叫ぶ声が聞こえる。

 この慌てようは、お金もうけの仕事でも舞い込んだのだろうか。

 今にも外れそうなほどに大きな音を立てて、戸が開かれる。


 くちなしの香りの風が舞い込んで、室内にこもっていたハッカのにおいが薄れていく。


 草履を脱ぐ音もさせないままで、蘭花は興奮した様子で畳に上がってくる。


「驚いているのは、姉さんよ。土足はいけないわ」


 積まれた缶が派手に倒れる音。これは後の掃除が大変そうだ。


「まったくあの馬鹿。今頃になって」


 まさか。

 桜花は持っていた琵琶のバチを落とした。


 蘭花が、愛しそうに「あの馬鹿」なんていう人物は一人しかいない。


 震える手で、隣に置いた分厚い本の表紙をなでる。

 ごわついた手触りの、師匠から弟子へと受け継がれた本。


 いつか必ず取りに戻ってくるかもしれないと、ずっと預かっていた。



「姉さん。双樹さんは?」


「あ、ああ。手紙が来たのさ。今読んでやるから、ちょいと待ってな。なんだい、この封筒、開きゃしないね」


 蘭花も緊張して指がこわばっているのか、開封に手こずっている。


「ええと、読むよ。いいね? 『お元気ですか。俺たちはなんとか元気で暮らしています。笹生は文字がずいぶん書けるようになりました』」


 元気なのね。

 桜花はほっと胸をなでおろした。


「『兄さんと俺は、薬草を売る商売を始めました。まだ知識が乏しいので調剤はできませんが』兄さん? 双樹に兄さんかい? 『いつかまた必ず戻ります、それまで待っていてください。こちらは長い冬が明けて、今が花の盛りです。そちらに咲く桜が懐かしいです』桜だってさ。あの馬鹿。こっそりと恋文を混ぜてやがるよ。まったく、ませてるねぇ」


 姉の言葉に、頬が熱くなるのを感じる。


 いつかきっとまた会える。

 その日を楽しみに待っていていいのね。


「えーと、なんて書いてあるんだい?『こっちは空が広すぎるよー、夕やけの色がちがうんだ』このくちゃっとした文字は、笹生だね。ふっ、相変わらずじゃあないか。えーと『熊の胆がご入り用ならば、こちらで熊を捕まえましょうか? 熊が多すぎるくらいです』ははっ、兄さんってあの澄ました眼鏡野郎かい」


「ねぇ、姉さん。検閲があるから住所は記せないだろうけど、どの辺りにいるのかしら。それは書いてないの?」


 どれ? と蘭花は封筒の裏書きを見て吹きだした。


「差出人は、深町羽矢世、双樹、笹生となってるね。住所は、北海道三丁目だよ」


 桜花は手渡された手紙を、胸に抱いた。




 隠し神、あなたがいるのならば……。


 どうか三人の兄弟を人の目から隠してあげて。

 彼らに平安が訪れ、いつか戻ってくることのできる、その日まで。


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