表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
べからずの薬と隠し神  作者: 絹乃
5 リの九番
18/24

5-3

 早瀬が面会に訪れたのは、翌週のことだった。


 双樹が面会室に入ると、並んで座っていた早瀬と笹生が同時に立ちあがった。


(なに考えているんだよ。最悪だ。笹生まで連れて来なくていいじゃないか)


 笹生は、むりやり着せられていたような洋服が、今では不思議となじんで見える。

 いつの間にか立派なお坊ちゃんだ。


「元気そうでよかったな」


「元気だよ」


 答える笹生の声は上ずっている。

 笹生は何かを言いたそうに口を動かしたり、体をもぞもぞさせていたが、結局はうつむいてしまった。


 その時、ひざにのせていたらしい手さげ袋が床に落ちた。

 紙で巻かれた色とりどりのくれよんが散乱する。

 早瀬は急いでそれらを拾った。


「双樹さま、これを。笹生さまが描かれました」


 手さげから取りだした何枚かの紙を、早瀬は双樹に手渡そうとした。

 けれど同席している看守が、一枚ずつ確認する。


「ふん、つまらん落書きだ」


 双樹の前に、どさっと重い音を立てて紙が落とされる。

 どうやらこれを渡すのが目的で面会に来たようだ。


「兄ちゃん、その手。どうしたの?」


 椅子の背を引く双樹の指に、笹生が目をとめる。

 拷問のことを察したのか、早瀬が息を飲むのが分かった。


「笹生さま。もう戻りましょう」


「でも、まだ時間はあるもん。三十分って言われたもん」


 大きな目に涙を浮かべながら、笹生は首をふる。


「兄ちゃんといるんだもん。まだ、いていいもん。ねっ?」


「お前がいると、迷惑なんだ……」


 光の中へと帰っていける笹生は、きっといつか自分のような兄を持ったことを恥と思うに違いない。それとも、いずれ忘れてしまうだろうか。


 視線を感じて双樹が顔を上げると、早瀬がまっすぐに見つめていた。

 心の奥までも見透かすような、強い瞳。

 思わず双樹は視線をそらしてしまった。


「双樹さま。どうぞ誇りを失わないでください。なんのために自ら拘束されたのか、思い出してください」


「なんのためにって。別に、俺なんてもう」


「双樹さまは、ご自分も家族と家を失ってつらい中でしたのに。幼い笹生さまを、助けられたのですよ」


 早瀬は、机の上に置かれたままになっていた絵を、双樹に手渡した。

 双樹が受け取るまで、何度も何度も押しつけてくる。


「これまでよく頑張ってこられました。ですが、お忘れにならないでください。双樹さまも、また守られるべき子どもなのですよ。九歳の時に大人にならざるを得なかった、子どもなのです」


「子ども? 俺が?」


 何かがはがれ落ちた気がした。ガラスのような硬いものが、砕け散っていく感覚だ。

 早瀬が手を伸ばして、双樹の頭をなでる。


「……父さん」


 懐かしい大きな手。

 父じゃないと分かっているのに。

 両親と家を失ったあの日から、誰かになでてもらうことなんて、一度もなかったから。


 鼻の奥がつんとして、早瀬や笹生の姿がぼやけていく。


 双樹は自分もかつて使用していたことのある、くれよんの油っぽいにおいを感じながら、紙を脇に抱えて足早に面会室を出ていった。


 のうぜんかずらの鮮やかな橙色の花が、夏風に揺れている。

 まるで小さな太陽が、壁のあちこちに咲いているみたいに。




 独房に戻った双樹は、紙を一枚ずつ確認した。


「一生懸命、書いたんだな」 


 かろうじてひまわりと分かる黄色い花。

 その次は一面の青を背景に、手をつなぐ二人。身長の高い方は背負子をかつぎ、低い方は瓶のようなものを持っている。


「これは、ラムネ?」


 ころん、と瓶の中のビー玉が転がる音が聞こえた気がした。


 三枚目は、二人で花火を見ている絵だ。

 その次は四人描かれている。髪の形や着物から蘭花と桜花、それに双樹と笹生だろう。

 皆で巨大な瓜を食べている。


「……笹生」


 双樹は声を震わせ、両手で顔をおおった。

 指の間を伝い、涙がぽたりと落ちる。

 力いっぱい塗られた絵の上で、涙ははじかれてするりと流れた。


 これまでいつも夜更けに笹生の寝顔を見つめていると、幸せな気持ちになると同時に、うしろめたい思いがこみあげていた。

 浜辺の砂の上に積みあげたような幸せは、小さな波が寄せるだけできっと崩れてしまう。


 家族でいたい、兄弟でいることを許してほしい。


 誰に願えば、何を償えば、その望みは叶うのだろう。


 鮮やかな絵を指でこすると、なにか硬いものに触れた。


 双樹は慌てて紙を確認する。

 妙に分厚く感じる紙は、糊で貼りあわされていた。

 どの紙も同じ厚さにしてあるから気づかなかった。


 よく見れば、一枚の紙の余白に鉛筆で丸がつけられている。


 なんの印なんだ。双樹は慌てて紙をはがしはじめた。


 その時、廊下を歩く靴音が響いた。看守の巡回だ。


 頼む。そのまま行き過ぎてくれ。


 紙の端はすでにめくられ、その間から、紙と同じ色で、ほぼ同じ大きさの封筒が現れている。


 かつかつ、かつん。

 足音が止まった。


 平静でいなければと思うのに、びくりと肩が動いてしまう。


「リの九番。それはなんだ」


「お、弟が差しいれてくれた絵です。面会室で受け取りました。ほら、上手でしょう。この瓜を食べている、真ん中のが俺だそうです」


 はがれていない絵を持ち上げて、双樹はわざと看守に見せた。


「これはひまわり。すごいでしょう、一目で分かりますよね。色づかいも大胆で、いいと思いませんか? ぜひ見てくださいよ」


「下手くそな絵だ。黄色くてでかい花なら、ひまわりしかないだろうが」


 弟自慢かよ、と吐き捨てながら看守は歩きだした。


 よかった。

 双樹は全身の力が抜けて、床にへたり込んでしまった。

 震える指で封筒を引きだして、中を確認する。


 それは封筒の中に何枚も貼りつけられた、カミソリの刃だった。


「無茶だよ、早瀬さん。俺にできるわけないじゃないか」


 てのひらにのせたカミソリは小さいのに、とてつもなく重く感じられた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ