エピソード。2
「ここで緊急のお知らせです。今入った情報に寄りますと近隣の山岳部に突如として巨大生物が現れました。巨大生物には十分に警戒してください!
情報が入り次第引き続き報道します。」
その場にいた三人が耳を疑った。ラジオから流れている報道は本当にこの日本で起きていることなのかと、三人が同じ考えになった。
三人は虚を突かれたので黙り込んでしまった。夏の事務室の中はクーラーの作動音以外何もなかった。すると、その静寂の空間を壊すように電話の呼び出し音が響いた。
三人は、ハッと我に返り目の前で鳴り続けている電話に気づいた。太刀川は目の前で鳴り続けている電話の受話器を取った。
「もしもし、こちら総合解体屋です。解体のご注文ですか?」
「ど~も、伏見の兄でーす!妹いますかー?」
「はぁ、またあなたですか?伏見ですね。今ちょうどいるので変わります。」
「よろしくおねがいしまーす!」
太刀川さんは、日花里に受話器を渡した。
「もしもし。修六兄さん。今度は何?」
「日花里。さっきのニュースで報道していた巨大生物のやつ見たか?」
「いや、私の所の事務所さ、テレビが無いんだけど。でも、ラジオで今聞いたよ。」
「そうか。なら、話は早い。さっき、首相に取引持ちかけたんだ。俺が日本に留まれるようにする代わりにあの巨大生物をどうにかするって内容でね。」
「んで、結果の方はどうだったの?」
「それがね、日本を馬鹿にしているのか!って怒鳴られた...」
「それが普通の考え方だよ。修六兄さんはもう少し現実を見た方が良いよ。」
「そうか。んじゃ日花里、提案なんだけど、お前が渡したプレゼントであいつを倒して手柄を横取りしよう!」
「はあーーーーーー!!?」
「だから、現実的に考えたら巨大生物相手に自衛隊ごときが太刀打ちできると思うか?大砲撃つ前に全滅だよ!」
「そんなこと言うのなら、修六兄さんやりなよ~!私まだ死にたくないよ!」
「俺は無理!何故なら、あの機体の中に入れないんだよね。身長的に...。だから、日花里がやるしかない!」
「んじゃ、報酬だしてよ!」
「わかった。お土産やるよ。」
「どうせ、また変なのでしょ!?」
「大丈夫。とりあえず、今からヘリに乗ってそっち行くよ。」
「わかったよ。んじゃ、またあとでね。」
日花里は太刀川さんに受話器を渡し、通話を切った。そして、先程の修六と話した内容を伝えるために事務室に来て欲しいと主要な授業員を呼んで欲しいと頼んだ。
太刀川さんは職場用の放送用のマイクで事務室に来るように召集をかけた。
数分待つと、汗をかいた野郎2人が事務室に来た。2人とも首の所にタオルかけて自分のデスクに腰掛けてうちわをぱたぱたして涼んでいた。
「あちぃ~!太刀川さん何ですか?俺、まだあのロボットの記念撮影してないですよ~!」
「蜂矢~。すこし黙っておれ。少しうるさいぞ! 夏は暑いのが当たり前なんだ。おめえは蝉か!!」
「はいはい~。蝉ですよ~!ところで、太刀川さん作業やめて事務所に集合ってなんか用事でもあるんですか?」
「その件なんですか、伏見さんから何かご連絡があるそうです。」
「はい。では皆さん聞いてください。」
日花里はラジオで報道していた巨大生物のことや兄である修六がその巨大生物の退治を日本政府から横取りするという計画を皆に説明し始めた。
その頃、来間谷総理がいる首相官邸で巨大生物の対策の話し合いが行われていた。閣議室の丸いテーブルには来間谷総理を起点に円を描くように十九人の大臣が座っていた。
だが、話し合いはゆったりしていてメリハリがなかった。
「日本にまだあのような生物がいたとは...」
「私もあれには驚きを隠せませんよ!」
「だが、日本が誇る自衛隊にはかてないでしょう。」
「そうですね~。いっそ、剥製にでもして博物館にもかざりますかな。どうでしょう?来間谷首相。」
「はっはっはっはっ~!!それもいいですね~!」
来間谷総理が笑い始めると、他の大臣一同揃って笑いだした。
すると、廊下の方から人が走ってくる音が聞こえ、閣議室の前で音が止まると閣議室の扉が勢いよく開いた。そこには、来間谷総理の秘書を務めている古室が立っていた。
彼は汗を額に垂らしゼェゼェと息切れしながら早口で報告してきた。
「皆さん、会議中に失礼します。来間谷首相、大変です。先程、国際テロリストの伏見修六から電話がありました!!」
「何ッ!?あの小僧、まだ生きていたのか。」
「総理はあいつのこと苦手ですもんね。」
「ああ。本当にウンザリだ。まったく...んで、あいつはなんて?」
「はい。あの巨大生物を俺達でどうにかする代わりに日本に入国させて欲しいという話でした。」
「断ったよな。」
「はい、断りましたよ。」
「それなら、いいが。何か嫌な予感がする。」
「大丈夫ですよ。もし入国してきても我が国の警察が彼を捕まえるでしょう。」
「そうなれば良いがね。」
来間谷は他の大臣が余裕の表情を浮かべている中、彼だけが警戒していた。
一方、総合解体会社の方では日花里が兄の電話の内容を皆に説明し終わっていた。状況をある程度理解した蜂矢が口を開いた。
「でも、その巨大生物を倒すたってうちの会社は船や車とか解体する会社だぜ。猟師やマタギとかみたいな罠や武器も無いぜ。
ましてや、俺達は一般市民だ。戦う訓練もやってない。」
「おう。俺も蜂矢の意見に賛成だ。そんな危ないことうちでやらなくてもいいだろ」
「確かにそうですけど。やったら、会社の宣伝になりませんか?清さん、どうですか?」
日花里はデスクに座っている清に視線を向けた。彼は両手に持っていたお茶をすすりながら、目を閉じて考え込んでいた。
そして、彼の丸眼鏡が光った。飲んでいたお茶を自分のデスクに置くと、彼は言った。
「太刀川さん、電話を貸してください。私に良い考えがあります。」
「わかりました。」
太刀川は清に電話を渡した。彼はそれを受け取ると、どこかに電話をかけた。
首相官邸の閣議室での会議を終えた来間谷は、首相専用車で次の会議の目的地に移動中だった。生憎、東京の道路は渋滞になっていた。
最新の情報や物量の拠点になっているこの都市では当たり前の光景だった。冷房が効いている車内は心地よかった。
来間谷は涼しい車内でくつろぎながら週刊誌を読んでいた。相変わらず、芸能人やニュースキャスターのスキャンダルを取り上げている。
来間谷は欠伸をしながらページをめくろうとしたとき、胸ポケットにあるスマホが小刻みに震えだした。
それを胸ポケットから取り出し、液晶の画面を覗くとそこには懐かしい恩師の名前が表示されていた。
「もしもし、来間谷です。お久しぶりです」
「は~いお久しぶりです、来間谷君。今、時間空いているかな?」
「大丈夫です。清さん、用件は何ですか?」
「うん。あのさ、自衛隊と協力してあの巨大生物をどうにかしないか?僕の会社も何か手伝いたいんだ。」
「えっ!?清さんの所は確かスクラップ系の解体会社ですよね?」
「そうだね。だから、自衛隊と奴の戦闘の後処理だよ。」
「難しいですよ。まず、世論が黙っていませんよ。」
「国民が国のために働くことは悪いことなのかね。」
「しかし..」
「そこをなんとかするのが総理大臣ですよ。」
「考えてみる。」
「では、よろしくおねがいしますね。」
来間谷はスマホの通話終了の画面をタッチして通話を終了した。
清と来間谷は自衛隊に所属しており、彼らは上官と部下という関係だった。月日が経ち、彼らはそれぞれの道に進んだ。来間谷は日本を変えようと政治家になり、
清の方はとりあえず自衛隊の経験を活かす為に色々な職を転々としてやっと今の会社の解体業者に身を落ち着かせた。その彼が久しぶりに電話をしてきたのだ。
来間谷は清との電話が終わると、スマホを元あった胸ポケットにしまった。そして、ポケットにある煙草一本とライターをとりだして、煙草の先に火をつけふかし始めた。車内には煙草の白い煙とあの独特な臭いが充満した。
来間谷を乗せた首相専用車は渋滞を抜けて、目的地である次の会議場所にむかった。
ー巨大生物発見から1週間前。市街地郊外の山の中ー
ここは市街地から数キロ離れた小さな農村、[釜断村]。そこはあたり一面には水田とビニールハウスが広がっており、今日もいつも変わらずに農家の人達が野菜や米を栽培していた。
山岳部からは山の特有の臭いが風によって農村へ運んでくるよう場所だった。そんなのんびりした所に悲劇が起きようとしていた。
自分の水田で作業していた甚六はあることに気がついた。いつもに比べて周りがやけに静かだった。普段はカラスや野良猫がいるはずなのに今日に限って一匹も見当たらない。
甚六はそれに違和感を感じて早めに農作業をやめ、自分の家に戻った。甚六は母と二人暮らしだった。この時間帯はまだ母が辺りを散歩してるはずだ。家に着き、農作業に使った道具を片づける為に家の裏庭に向かった。
裏庭にはニワトリ小屋が建っていてその横に物置がある。物置の近くまで来ると、あることに気がついた。横にあるニワトリ小屋にはいるはずニワトリがまったくいないのだ。
さらに、小屋の中をよく見ると地面には白い羽が散らばっていて壁や地面に赤い血が飛び散っていた。驚いた甚六は持っていた道具を地面に落として、ニワトリ小屋に入った。小屋の中に入ると、子供一人入りそうな穴が開いていた。
そこをゆっくり覗くと、中からいきなり赤く太い触手のような物が一本甚六の上半身に巻き付き、一気に穴の中に引きずり込んだ。引きずり込まれた甚六の体は穴の入り口で突っかかると、下半身をじたばたさせた。
だが、それもむなしく上半身がある穴の方から骨を折るような鈍い音が聞こえ、下半身が糸を切られたマリオネットの人形のように甚六の足が崩れ落ちた。
そして、甚六は穴に綺麗に吸い込まれていった。その様子を見ていた一人の杖をついた老婆がいた。彼女は甚六の母であり、この村で一番長生きしている人だった。ちょうど今散歩から帰ってきたところだ。
「ひやぁあ~!蝦蟇龍様がぁ~!わしの息子を食べとった~!あぁ~!」
老婆は腰を抜かして、倒れ込むと泣きながら必死に地面を這いずりながら一生懸命逃げた。着ていた服は土で汚れ、砂が口の中に入ってきた。
「わ..わしゃ、死にとおない!死にとおない!うわあああん!」
彼女の悲痛な叫び声は村中に響き渡った。その声に反応したかのように甚六が消えた穴の付近から何かが地面の中を移動してくる。
次の瞬間、這いずっている老婆の後ろから例の触手のような物が砂埃をあげて甚六の母の足に巻き付き一瞬にして地面の中に引きずり込んだ。
甚六の母は引っ張られないように地面を掴んだような跡と甚六の母が持っていた杖だけが残った。灰色の雨雲が山の方から農村に近づいていった。
三日後、一人の若い僧が大粒の雨の中歩いていた。僧の笠の先から水滴がぽたぽたと落ちている。どうやら、その僧が向かう方向は[釜断村]である。雨で僧が歩いている道には水たまりができていた。
道の周りにある水田は雨によって増水して茶色く濁っていた。水面や地面に振りつける音があたりに響いていた。
「腹減った~。なんで、俺がこんな日に布施をやるんだよ~!」
僧はうんざりして愚痴をこぼしていた。そんなことをしながら歩いていると[釜断村]に着いた。最初に向かったのは村の一番奥にある甚六の家だった。
僧はそこへ向かう途中で周り見渡しながら移動した。一定の間隔に家が建っていた。だが、それらの家々は不気味と静かだった。
まわりをキョロキョロしても人っ子一人見当たんない。僧はすこし用心しながら歩を進めた。目的の家に着くと玄関の前に行く。
「すいません~!だれかいませんか~?」
若い僧の呼びかけに誰も反応しない。とりあえず、僧は無人だと判断しそこをあとにした時、突如地面が揺れ始めた。家の方からは皿が落ちる音や家具が倒れる音が聞こえた。
僧は揺れの中でなんとか踏ん張るので精一杯だった。そんな中、ふと村の中心部を見ると地面が崩れ始めてきているのが分かった。それも、だんだん大きくなっていく。
そして、崩れた地面の中から爬虫類のような棘の背びれを持つ怪獣の背中が出てきている。そいつは背中を横に激しく揺らしながら地上に出ようとしている。
どうやら、脚をじたばたしてるらしい。地下にある泥が天高く掻き出されている。次の瞬間、大きな音を立ててそいつが這い出してきた。
そいつはイグアナのような生物であり、尻尾は細く長く鞭のようにしなやかで胴体は筋肉が発達しており、それを守るかのように硬質な鱗が覆っていた。
そして、何より特徴的なのは前足から鋭く伸びた爪と口から突き上がっている牙だった。そのイグアナのような巨大生物はよく映画やテレビで見られる怪獣みたいだった。
雨に濡れた硬質な鱗は水滴がついていた。そいつが地表に出るともう地震がやんでいた。若い僧はさっと身を隠した。
「あいつって、もしかして死んだ住職が言ってた蝦蟇龍様だよな..?蛙ってよりもイグアナだよな。あれ」
若い僧は小言で目の前のことを確認するように言った。蝦蟇龍は辺りをキョロキョロしてから市街地の方に歩いて行った。
「まさか、この村の住人はあいつに全員食われたのか?不味い、あの方向は市街地だ。」
若い僧は走って蝦蟇龍が歩いて行った方に向かって走り始めた。運良く足跡が残っていた。それが何よりの幸運だった。
蝦蟇龍は雨が降る中、ゆっくりと歩いて行った...