洞窟の主
奇妙な隣人と、奇妙な時を過ごすことに。
岩に腰かけ、外を眺めている。外から洞窟まで続く地面は傾斜になっていて、虹色の雫はほとんど跳ねて来ないらしい。乱れた荷物を整え、穴籠りに必要なものを引っ張り出す。あたりの様子を知りたいので、まずは荷物からひかり石を取り出し、地面へ叩きつける。加えられた衝撃で光を放つ石を掲げ、周囲を照らした。地面の石をひっくり返したり、岩の隙間をのぞいてみたが、色々な虫が散り散りになって逃げた。しかし嫌な吸い虫や肌削りはいないらしい。そして「よおし、快適だぞ」と男は一人ごちた。その声に応える者がいるとは露ほども考えておらず、ひどく驚くことになったのだが。
「そりゃよかったね」と、細くしわがれているが、しっかりと通る声が洞窟の奥から響いてきた。気配を全く感じなかったことから想像するに、声の主は闇に潜み、転がり込んできた男をじっと見定めていたらしい。驚きながらも鉈を抜けるように構え、男は声の来る方に振り返った。「間借りしといてそれはないんじゃないかい」と、声は続いた。相手を待ちかまえながら、男は自身の思慮の無さについて思った。今思えばこの洞窟は立ち枯れ平野の気候にとって、仮宿としてあまりに適切だったのだ。今の時期ならば、何者か、あるいは何かが先客として居座っていて当然であった。
藤色の雲で陰った日差しの元にそれは近づいてきた。ガリガリに痩せこけた奇妙な小男であった。しかしその痩せっぷりにしては妙に活力的で、近くの岩にするりと登ってみせた。「ここは俺の洞窟だよ。何をしにきたんだね。」と、小男が聞いた。しわくちゃな皮膚をはりつけた骸骨のような顔だが、そこに収まっている淀んだ目に敵意はなく、むしろ好奇の色が浮かんでいる。話が通ずる相手らしいので、男は構えを解いて答えた。
「この雨に追われてやってきた者です。できれば雨が止むまでここにいたいのですが。」
「虹雨はしばらくやまないよ。あんたが雨でどろどろにとろけても知らんね。面倒だから出て行ってもらいたい。」
にべもない返事であったので、男は悩んだ。打ち倒してしまうのも手だが、話が通ずるうちはやめておきたい。何か取引ができないかむずむずと思案している内に、小男がくつくつと笑い、話し始めた。
「面倒をかけないならば、ここにいてもいいぞ。寝首を掻こうとは思わんことだ。」
「それはありがたい。助かります。」
男が答えると、小男は驚いたような表情を一瞬浮かべ、すたりと岩から降りてきた。洞窟の中を案内しようと言うので、ひかり石を持ってそのあとを追う。
「便利な石だねぇ。」小男がぼそりと呟いた
「東のつらなり山の鉱山で掘ったものです。珍品ですよ。」と答える。
「ここらの山じゃ碌なものが取れないぜ。こんなとこまで来るとは、良い場所でも探してたのかい。」
「鉱山では旅の路銀を稼ぐために働いていました。体が丈夫なのが取り柄で。」
「他にも取り柄がありそうだね。」と、小男は腰に挿している鉈に目をやった。
「鬼狩りが本業で。」と答えると、小男の目に疑念の色が浮かんだが、何も言わなかった。
洞窟は奥で二股に分かれており、向かって左が小男のねぐらに続き、右が水路を利用した厠ということだった。右の洞窟では天井に小さな穴が開いており、降ってきた雨が地面の溝に流れ、なかなかの勢いで奥へと続いていた。
「こんなものだ。寝るところは勝手に決めてくれ。」と小男はねぐらへと引っ込もうとする。
「これをどうぞ。」と、男は持っていたひかり石を差し出した。小男は驚いた様子で、差し出された石を受け取った。男は荷物からもう一つひかり石を取り出し、地面に叩きつけて見せた。
「こうすれば光りだします。少しずつ砕けていくので、ずっとは使えませんが。」
小男はなにやら奇妙な表情を浮かべ、礼の言葉を小さく述べたあと、いそいそとねぐらへ歩いて行った。男も入口の方へ引き返し、適当な場所へ慎ましい寝具を広げて寝転がった。外では虹色の雨がいよいよ本降りとなってきた。本来であれば、雨音さえ忌々しく感じられたであろうが、男は不思議と満足な心持でそれを聞く。退屈しない穴籠りになるやもしれぬ、と考えていた。