援軍
時は少し遡る。
ミュディガがダンジョンに突入した、その直後のことだ。
「まずいぜ、リーダー」
「どうした、ジャクソン」
べラルドが机の上でミュディガのものを始めとした今回の依頼に関わる情報を広げ、これから行う作戦について細かいところを練っているところに、ジャクソンがやってくる。
その顔には珍しく焦りの色が浮かんでおり、只事ではないと感じさせた。
「グランたちがダンジョンで下見をしてることがミュディガにばれた。ミュディガが血相を変えてダンジョンに飛び込んでいったし、まずばれていると見て間違いない」
「……何?」
だとすれば、すぐにでも対処しなければならない事態だ。
しかし、何故二人の侵入がばれた。メリースが扱う空間魔法を用いれば、魔力障壁には一切干渉せず、ダンジョン内に入ることができるはずだが。
だがミュディガには、超越者の勘というスペシャルスキルがある。その詳しい効力は不明だが、ステータスの説明から察するに、勘で二人の侵入を察知したということも考えられる。
だが、何故ばれたのかなど、今はどうでもいい。
行うべきは、一刻も早くそのリカバリーを行うこと。こういった時に求められるのは、的確な策を考案する判断力と、それを迅速に行うための決断力であると、べラルドは知っている。
べラルドは僅かな時間でこれから取るべき行動の指針をたてると、ジャクソンに目を向けた。
「俺はグランとメリースの救出に向かう。ジャクソンはここで監視を続けると共に既に潜入しているナーガに連絡、ただし手出しは無用とも伝えておけ」
「分かった」
指示を受け取るとジャクソンはすぐに、魔法で支配下においている鳥の操作に入った。普段はおちゃらけているが、こういう時にはきちんと働くので、べラルドのジャクソンに対する評価は高い。
後は、間に合うかどうかだ。
ここからダンジョンまで、べラルドが本気を出したとしても十分はかかる。そこからダンジョン内のグランたちに合流するまでのことも考えると、間に合うかどうかは微妙なラインだ。グランとメリースも強いが、今回ばかりは相手が悪い。
「……こればかりは、祈るしかないな」
=========
「かはっ」
「メリース!」
ミュディガが放った電気の槍が、私の身体に命中する。
この雷魔法は恐らくだが、《サンダー・ランスⅤ》だろう。詠唱して作られたそれは、最初にミュディガが無詠唱で放った雷魔法とは比べ物にならない威力だ。
今までの戦闘のダメージもあってか、私の身体はもう言うことを聞かなかった。力無く、顔から迷宮の床に倒れこむ。
ミュディガとの戦闘が始まってからおおよそ十五分。
これ以上、時間稼ぎをすることもできないだろう。
大勢は既に決していた。
私は既に立ち上がることも難しく、魔力も僅かしか残っていない。《ショート・テレポートⅣ》を後一度使えるかどうか、といったところだ。何とか、意識だけは保っている。
グランは私よりかはましであるが、既にボロボロだ。
ミュディガの剣によってつけられた数多くの傷に加え、ミュディガの魔法が何度も被弾している。満身創痍というのはこのことをいうのだろう。
対するミュディガの方は、目立った傷もなく、まだまだ余力を残している状態だ。表情は生き生きとしており、むしろ来た時よりも気力に満ちているのかもしれない。
化け物め、と心の中で毒づく。
何度も暗殺が無効化されるわけだ。私には、こいつを殺す方法が分からない。
「流石にもう立てないか~。でも期待以上だったよ~。まさか~、ここまで粘られるとはね~」
「……余裕じゃな。まだ、儂は動けるぞ?」
「見え見えのやせ我慢やめてよ~。君もさ~、既に立ってるだけで精一杯って状態でしょ~? 楽になっちゃえばいいのに~」
ミュディガはまるで埃を払うかのように手を振るい、無詠唱で雷魔法をグランに放つ。グランは何とか魔力を纏い防御するが、反応が最初に比べ遥かに遅かった。
もう、グランも限界だ。
「粘るねぇ~。もう、勝ち目がないこと分かってるでしょ~。諦めて素直に投降しなよ~。楽しませてもらったお礼に、この場で殺すなんてことはしないからさ~」
ミュディガは平時と変わらぬ陽気な声音で提案してくる。
しかし素直に投降したとしても、奇跡でも起きなければ、私たちに明るい未来など訪れないだろう。それに、暗殺者ギルドは構成員の裏切りを許さない。どこまでも追って、必ず裏切り者を殺す。他ならぬ、暗殺者ギルドの名誉にかけて。
それに加え、居場所がなくなり途方に暮れていた私を救ってくれた、大恩あるべラルド様を裏切るなどあり得ない。そんなことをするくらいならば、ここで死んだほうがましだ。
グランもそうだろう。
この戦闘狂もこう見えて義理堅い。冒険者に討伐されそうだった盗賊のグランを救ったべラルド様を裏切るなんてことはしないはずだ。
「……投降なんて、論外ですね」
「そうじゃな。こんな職業についていても、通したい意地というものはある」
「その答えの先に、死が待っていたとしても~?」
「変わりませんね」
「変わらん」
ミュディガに殺気の籠った目を向けられるが、答えは変わらない。元より、こんな職業についているのだ。いつでも死ぬ覚悟はできている。
「そうかぁ~。『冷徹鬼』は慕われてるね~。いい部下を持ってるよ~」
ミュディガは息を吐くと、剣を手にこちらへと歩を進める。止めを刺しに来た、ということなのだろう。
しかし、こちらもただで死んでやる気はない。
この会話の間に少しだけ、身体も回復した。私は腕に力を入れて何とか立ち上がり、ナイフを構える。グランもそれを見て笑みを浮かべつつ、金槌をミュディガに向ける。
場に緊張が走った。
何かきっかけがあれば、戦いが始まる。恐らく、私たちにとって最後になる戦いが。
睨み合いが続き、気が一瞬たりとも抜けない状況。
そんな中、この空気に痺れを切らしたのか、ミュディガの膝が少しばかり下がる。踏み込みの前動作だ。
来る、と私たちが思った次の瞬間――
――ミュディガの背後から、強烈な殺気が発された。
「っ!」
弾かれるように、ミュディガは後ろに振り向く。
そこには、私たちと同じ黒装束を着た人物が、静かにそこにいた。
「厄介だ。ああ全くもって厄介な相手だ。こちらの計算を、簡単にぶち壊してくる」
その言葉は、誰かに語り掛けているようにもとれるし、独り言ともとれる。だが手を頭に当てそう漏らす様子からは、後者のように思えた。
「しかし、まだ立て直せる。状況は悪いが――最悪の事態ではない」
瞳に力を込め、その男はミュディガを見据えた。
感じさせる魔力や気配は、ミュディガのそれと比べても遜色ない。その姿に、その言葉に、私は自分が酷く安堵していくのを感じる。
「よく持ちこたえた、グラン、メリース。後は俺に任せて、お前たちは下がっていろ」
「分かったぞい」
「助かります」
敵は、強い。
しかし私たちのリーダーならば、この危機的状況も何とかしてくれるはずだ。今までも、そうだったように。
「一応聞くけど~、君は誰なの~?」
「そうだな。自己紹介がまだだった」
男は魔法拳銃、と呼ばれる武器を両手に構え、そしてその銃口をミュディガに向ける。ミュディガはその武器がどういうものなのか知らないのか、怪訝そうな表情を浮かべた。
「初めまして、ミュディガ。俺はべラルド・グルージュ。貴様の命を刈り取りに来た者だ。早速で悪いんだが――死んでもらえないか?」
その言葉を告げ終わると同時に、べラルド様は発砲した。




