閑話 宮廷魔術師第一席フェリス・マクレーンVSレーラン&斉藤茂信 2
死を実感した。
いや、させられたと言うべきか。
僕、フェリス・マクレーンは、再び感じた死を前にして、人生で初めて死を実感させられた時を思い出していた。
初めて死を実感したのは十年前だ。
その時僕は、あれの力を使っているレーランの足止めを他数十名の優秀な使い手と行っていた。
僕はその時Lv70ほどのそこそこの魔術師で、周りの使い手も同じ程度ほどの実力はあったのだが、あれの力を使ったレーラン相手にはそれでも時間稼ぎが精一杯だった。
ボロボロになりながらも役目を達成し、自軍の本拠地に戻ろうとしたその時、それは現れた。
その強さと危険な思想から『魔王』の称号を与えられていたエルフ、ケネベリア・ニグフェイ。
転移魔法で僕達の本拠地に現れたそれが魔力を解放した瞬間、僕は死を感じたのだ。
人は絶対的強者を前にしたらどうするか。
全てを諦めるのだ。
戦うことも、抗うことも、ましてや生きていることすら。
絶対的な強者を前にした時の当時の僕は何もできなかった。
だがケネベリアは僕達には目もくれず、レーラン他自分の仲間を回収した。
その数秒後、世界連合としてケネベリア討伐の任についていた各国の精鋭達やS級冒険者がケネベリアを追って僕達の拠点に来るとケネベリアは撤退。
僕は生き残ったが、僕が感じた死の実感は消えることなく今も残っている。
それがまさかこんな任務で思い出さされるとは思いもしなかった。
最初は下らない、なんで僕が出るのかも分からないような任務だった。
ただ王城を出ていった勇者を連れ戻すという任務。
それがレーランと再び相見えるとは思わなかったが、それも期待外れだった。
だが勇者を回収するだけしか残っていないこの任務で、まさか再び死を感じさせられるとは。
それだけの圧を僕に向けたのは、間違いなく目の前にいる勇者だろう。
種は勇者シゲノブのスキル、覇の一撃だと思われるがまさか勇者のスキル威力がここまでとは思いもしなかった。
だがあの時とは違う。
研鑽を積み実力をつけた今の僕は、あの時のように何もできなくなったりはしない。それに勇者のこれが虚勢やハッタリの類ということも分かっている。
だが一つ問題がある。
それは今の僕には魔力のコントロールが出来ないということだ。
やはり強くなったといえども、当時のケネベリアほど僕の力は強くない。そんな強者が放つ圧を前にして平静を保てるほど僕の精神は頑丈じゃないようだ。例えそれがハッタリだと分かっていたとしても体が言うことを聞かない。
今の僕には魔力を出す出力を0か100かといった超極端なものにしかすることが出来ない。
その状態で魔法を使えば、威力を出しすぎて勇者を殺してしまうかもしれない。
命じられた任務は捕獲だ。殺しではない。
恐らく勇者のスキルによる攻撃はこれで終わりだろうが、普通に魔法なしの物理戦闘を行えば、ステータスの上で勝っていても、武術の経験の差で負けてしまうことは否めない。だからといって魔法で殺すのは任務に反する。
どうするか、と思ったほぼ同時。
勇者シゲノブの圧で意識から完全に外れていたレーランが魔法を発動させる。
「《ライトニング・アクセルⅤ》!」
その瞬間、レーランの姿がその場から掻き消え、勇者シゲノブの傍に移動する。
これが勇者の狙いか、と思った時には遅く、レーランは既に戦闘態勢に入っている。
「まだ動けたのか」
「当たり前でしょ」
「それじゃあもう一回倒れて貰うよ」
そう言って僕が魔法の構築を始めた途端、レーランは懐から水色の透き通った石を取り出すと、僕にこう聞いた。
「これ、何だと思う?」
「……魔法石か?」
レーランが今持っている石は『魔法石』と呼ばれる物だろう。
その効果は、石に魔法の術式を記憶させ、それの使用に必要な魔力を込めれば、その術式を即時に発動出来るというものだ。
だがこれは本来、商人や貴族といった戦う力のないものの護身用として持つものだ。
何せこれに記憶している魔法を扱うには、本来使うよりも必要以上に魔力を使わねばならないので、優秀な魔術師には本来必要ないものだからだ。
なぜこんなことをやっているのか意図が分からなかったが、僕の本能ががんがん警鐘を鳴らしている。
僕はレーランが次の言葉を紡ぐ前に、レーランを仕留めるべく魔法を放つ。
「《サンダー・ボルトⅥ》」
僕が良く好んで扱う魔法だ。
速さと威力を兼ね備え、尚且つそこそこ燃費がいい。先ほどまでのレーランならばこれの発動を見ると、回避か防御の二択だったが、そのレーランは魔法石の術式発動のために魔力を込めた。
あの魔法石に僕のこの魔法を止めるだけの魔法が込められているわけがない、という考えを思う一方、僕の体は自分の意志とは関係なく、反射的に防御のための魔法を行使していた。
「《マジック・ベールⅥ》」
それとほぼ同時、レーランが魔法を発動させる。
「『凍てつけ』」
レーランがこの言葉とともに魔法石を使うと、世界が停まった。
容量を超える魔力のためか、魔法石は砕け、僕のいる方向に絶対零度の波動が放たれる。
その波動は普通の魔法とは比べ物にならないほどの威力を持ち、触れた物全てを停止させる。
僕は自分の魔法が停められるのを傍目に見ながら、十年前の戦いを思い出した。
あの時も、これは絶対的な力だった。
魔法を越えた魔法。人の力では起こすことはほぼ不可能とされる、まさに奇跡といっても差し支えないほどの異常な魔法。
精霊魔法。
かつてのレーランやケネベリアが使った、最強の魔法だ。
その絶対的な力があったからこそ、ケネベリアは魔王と言われ、その軍は世界連合をも出撃させたのだ。
この絶対零度の波動は、僕の防御魔法を破り、僕の色んな場所を凍らせた。だが戦闘不能というレベルではない。
僕は所々凍っている体を動かしながらレーランに言った。
「はっ……本当反則だよね、それ。……今の魔法は昔の君がよく使ってた魔法、《フリージング・ウェーブⅧ》かな」
「……合ってるわ。相変わらず凄い知識ね。流石『第22代目賢者』に選ばれた人間最強の魔術師といったところかしら」
「はは、これ撃たれた後で言われても嫌味にしか聞こえないよ。人間なんて身体的に見ても魔術的に見ても秀でたものがなく、総合的に見れば全種族中最底辺だ。そんな中の一番何だからたかが知れてる」
これは事実だ。
人間は壁を超えることが出来れば、他の種族のステータスの平均値などを取ることが出来るが、ステータスに表示されない強さなど腐るほどある。
獣人でいえば、繁殖力と感覚の鋭さ。
エルフでいえば、魔法の適正と魔力操作に寿命。
鬼人でいえば、体格や物理的ステータスの高さ。
竜族でいえば、数自体はかなり少ないが、圧倒的なステータスや寿命、体の強さやブレスなど。
その他にも色んな物があるが、どれも人間には無い物だ。
人間で誇れるものなど、欲の強さや弱者であるが故の卑劣さや柔軟さといったところだろう。
今だって人間最強の魔術師に与えられる称号『賢者』の所持者が、精霊魔法一発でそこそこのダメージを負わされている。
第6位階の魔法は弱くない。
無詠唱で使えるようになるにはINTを700は越えねばならないだろう。
それでも第8位階魔法には全然及ばない。
階が二つ以上離れていると、よほど術者に差がない限り打ち負けることになるのが魔法の世界だ。
「……まだ戦うなら相手をするけど、どうするの?」
「それを今の僕に言うのかい。流石に精霊魔法を使われるといくら精霊の力を使わないとはいえ、この状態の僕では厳しい。今回は退かせてもらうよ」
この体を治して全快の状態して、尚且つ怒り心頭の王様に敗戦の報告をしなきゃならないのか。
考えるだけで憂鬱になる。
「レーラン、今の内にこいつを倒さなくていいのか? 間違いなくこんなチャンスは滅多にこねぇぞ。出来る内に相手の戦力を減らさなくていいのか?」
勇者シゲノブはレーランに自分の意見を口にする。
確かに普通の状況ならばそれもありだろう。痛手は負うだろうが敵の最高戦力を潰せる数少ない機会だ。
だがこの、状況、相手、場所、自分の戦力、その他諸々を考えるとそれは悪手だ。
僕はこれから様々な物を背負うことになるだろうこの勇者に、アドバイスを送ることにした。
「勇者シゲノブ、君は強い。ステータスという意味ではなく、その精神や頭の回転の良さ、センスなどを見てだ。君は間違いなくこの世界で上の方に上がれるだろう。それだけのものを君は持っている」
「何だ、いきなり?」
「まあシゲノブ、聞いて損はないでしょう。とりあえず最後まで聞きましょう」
レーランが勇者シゲノブにそう言い、僕は続ける。
「でもさ、君はこの世界に関しては無知だ。この世界で生き残るには才能や実力だけではままならない。時には知識が、時には運が絡んでくる。だから君はもっと貪欲にこの世界を知ろうとすることをお勧めするよ」
「……何でお前にそんなこと言われなければならねぇんだ?」
勇者シゲノブは苛立ちの色を浮かべながら僕にそう言ってくる。だが、君は『賢者』というものを、ひいてはこの世界の実力者について分かっていない。
レーランはこちらが言っていることが正しいと分かっているのか、僕には何も言ってこない。
なので僕は勇者シゲノブに事実を突きつける。
「それは君が知らないからだよ。別にそれに従うかは君の自由だ。でも無知というのは弱さであり罪だ。このままの状態でいれば君は必ず後悔する。さっき君は僕にとどめを刺そうとレーランに言ったね」
「……それがどうしたんだ?」
「もし僕がこのまま逃げたならば、ロービン王国は君たちをひどく警戒はするだろうが、よっぽどのことがないかぎり君たちに兵を向けたりしないだろう。ロービン王国も僕を退かせる相手とは戦いたくないだろうからね。
……でも僕にとどめを刺せば、ロービン王国、ひいては人類が君たちを始末しようと本気を出してくる。ロービン王国は宮廷魔術師第一席の僕を殺されればメンツがあるだろうし、それをやったのがかつての『魔王』ケネベリアの軍のNO.2となれば、世界は君たちの敵になるだろう。……それに」
僕は一度ここで言葉を切り、魔力を全快にして勇者シゲノブに言った。
「なぜ、僕に勝てる前提で話を進めているのかな?」
僕はその言葉と同時に、魔法石に魔力を流してとある術式を発動させる。
すると僕を凍っていた部分は全て元に戻り、何事もなかったかのような状態になる。
それを見た勇者シゲノブは目を丸くし、レーランはかつての『賢者』の名を持つ者と戦ったことがあるからか、特に驚くことなく種明かしをする。
「これが賢者を継ぐ者の力よ。賢者を継ぐ者には二つの力が与えられるの。一つは等級Sの杖『ザ・ウィズドム』。今彼は使っていないけどね。そしてもう一つは『賢者の石』と呼ばれる物よ。賢者の石そのものは超高品質の魔法石だけれど、それには歴代賢者が誇った魔術が記憶されているわ。今彼が使った魔術は《リターン・ヒールⅦ》ね。かつて最高の治癒魔導士と呼ばれた第13代賢者の技よ」
「その通りさ。それに僕自身も全力を出しているわけじゃない。一応はロービン王国の最強戦力がそれほどの緊急事態でないのに独断で全力を出すなんてことをしてはいけないからね。まあ君たちがやるというのなら仕方がないが」
僕はそう言って勇者シゲノブを見ると、勇者シゲノブは一歩下がる。
だがレーランが前に出て僕にこう言った。
「しょうがないじゃない。シゲノブはまだこの世界に来たばかりなのよ。『賢者』がどういうものか知らなくてもおかしくないわ」
「ああ、だから忠告してあげたんだよ。これから先苦労しそうな勇者君にこの世界の先輩からのアドバイスさ」
これは本心だ。
この世界はこれから多かれ少なかれ動くことになるだろう。
新たな『魔王』の出現。
それに伴うロービン王国の『勇者』召喚。
そして逃げ出した三人の勇者達。
特に勇者シゲノブはその流れの中心にいることを余儀なくされる。
既に『魔王』ケネベリア軍のNo2『裏切りの巫女』レーラン・セレリーを仲間に加えているのだ。その脅威を考えれば各国が警戒するはずだ。
そんな運命にある勇者に心底同情する。
その結末がどうなるかは知らないが、僕は見届けさせてもらうとしよう。それが『賢者』としてなすべきことでもあり、フェリス・マクレーンとしての僕の望みに近づくことになるのだから。
「勇者シゲノブ、先ほども言ったが君はもっとこの世界を知れ。そして戦う際には敵のことを知ろうとしろ。実力がある者達は大抵何かを隠し持っている。いつか後悔をしたくないのならそのことを怠らないことだ。……それとレーラン」
「何よ?」
気が向いたので、ぬるま湯に浸かっていたこいつにも現実を突きつける。
「確かに今回は精霊魔法を込めた魔法石で僕を退けることは出来たが、そんな調子じゃいつか必ず後悔するぞ。もし僕が『賢者』としての全力を用いて君を殺しにかかったら二人とも死ぬ。君が何を考えそれを封印したのかは知らないが、いつか必ずそのことが命取りになるぞ」
「……そうね、あなたの忠告はその通りだと思うわ。でも、やっぱりこの力は抜くことは出来ない」
「……そうか。なら僕が言うことは無いな。じゃあいつかまた会おうか、勇者シゲノブ、レーラン」
僕はそう言うと転移魔法の術式を組み立てていく。
場所は僕の執務室。取りあえず帰ったら休息をとることにすると決め、僕はその場から姿を消した。




