為政官
若い男の為政官は、いきなり話しかけてきた金髪碧眼の美女に度肝を抜かれたのか、ぎょっとしたが、ややあってから満面の笑みを作った。明らかに美人の気を引こうとする男のそれだ。この構図はかなりの頻度目にしてきたが、一度も男が相手されたことは無い。
高めの透き通る声で話す。
「鉱蔵官の者ならあちらに二名居ります」
「そうか、ありがとう」
「いえ、職務ですから…………と、もしかして貴女はアドウェナ商会の方ではありませんか?」
「? そうだが、何か?」
「その異国めいた美しい顔立ちは、やはり」
何か怪しげな微笑を浮かべたかと思うと、男はさも当たり前というようにエレインさんをおだて始めた。気のせいか、男の頬は軽く上気している。
「一言言葉を交わした先程から、私の感情が絶え間なく熱く虚しい何かに変わりつつある。これは君の所為だ」
「そ、そうか」
「毒は毒を以て制すもの。どうでしょう、夜のディナー。どうぞご一緒してはいただけないか。共に色々と語らいたい。貴女と」
俺同様、先程までただの有象無象にしか見えていなかった男が、いきなり甘い言葉を掛けてきた衝撃がエレインさんを襲っているようで、彼女の表情は一分前の状態で固まっている。
そこで「お気を確かに!」と俺が彼女の肩を軽く。
「できれば明日と言わず今日……ん?」
「あ、ども」
男が言葉を止めたのは、エレインさんの背後に佇む俺と目が合ったからだ。あからさまに彼の表情が俺を邪魔者扱いする。そりゃまぁ、この場面で男連れだと分かれば誰だって残念がるだろうが、分かっていても居心地が悪くなったのでエレインさんに耳打ち。
「俺、どっか行きましょうか」
「馬鹿か。ハルカをここに連れてくるためにここに来たんだろう」
慌てふためいて引き留める彼女だったが、
「それはそうですけど……」
チラリと男を見ると、是非そうしてくれと顔が語っている。というか、この男エレインさんが目を逸らしていたらと全然笑わないのな。
「まぁ、買い取りをしてくれる者は見つかったし、私はもう帰らせてもらう。ハルカも私が見ていては集中できないであろう。まずは一人で取引を成立させてみるが良い」
「え、帰るんですか?!」
と、声を上げたのは俺ではなく、その為政官だった。
エレインさんは俺に向かって一言だけ「ああいう露骨なのは苦手なんだ」と、男に聞かれないように溢すので、「じゃあ、何とか俺一人で対応します」返す。俺が珍しく面倒臭がらなかったので安心した表情を作った彼女は、一つ為政官に頭を下げて謝意を表す。そのままそそくさと神殿を後にしてしまった。
残ったのは、その後姿を名残惜しそうに見つめる男と、俺のみ。エレインさんが居なくなった今、この状況を動かすことができるのは俺だけだ。
頭を指でポリポリ掻きつつ、仕方なく会話に挑戦してみる。
「……あー、為政官のお兄さん。どの二人がその鉱蔵官なんで?」
男は俺を振り返ると、直ぐに質問に答えず、大きな溜息を吐いた。
「僕は為政官じゃない。祭事執行官のパウリノだ」
「そ、そうかそれは失礼しました。それでどれが鉱蔵か……」
「はぁ、全く、惜しい人を見逃してしまったよ。君の所為だ。君のようなお邪魔虫が居るから」
男は俺に取り合わず、やれやれといった顔で言った。
「……何とも言いがかり過ぎる言いがかりですね」
「何だい? 実際そうだろう? 実に勿体無いことだ、あのような麗しい令嬢は二度とお目に掛かれないかもしれないんだぞ」
「知りませんよ」
「はぁ、全く、どうしてくれるんだい……」
手で顔を覆い、演技がかった悲しみを露にする。俺はめんどくさい男、以外の評価を下すことができなくなっていた。眉を顰める。
「心配しなくてもアドウェナ商会の浮島に来てくれれば、何時でも会えますよ」
「…………ほう?」
「あ……」
言った瞬間。俺は口を滑らせてしまった事実に気がつく。
案の定彼のむくれた表情が嬉々とした満面の笑みへと変わる、エレインさんを相手していた時のとはまた異なって嫌らしい笑みだ。
それでその顔の造形が醜悪になればよかったが、ちなみにこの男。顔は悪くなく、俺とは対照的な少し癖づいてふわふわした髪を持っている。それが見るからに優男で柔らかく中性的な顔立ちにピッタリだ。長身も相まって、気障な言い方が似不相応だとは言えない。さぞ異性におモテになるだろう事を確信した。
「そうか、じゃあ是非とも僕が彼女に会いに行く許可を得たい」
「だ、駄目です。そんな許可出したら俺が彼女に殺されます」
「頼むよ。僕は美女に目がないんだ。特に、さっきのように胸が大きい……」
「動機が不純。絶対駄目です」
「くっ……。ならば先の美女が君に言っていた木鉱の売買、僕が請け負って君の木鉱を高く買ってやってもいい」
「え? 本当ですか? ――じゃなくて」
魅力的な誘いに思わず乗り掛かりそうになったが、理性で踏みとどまる。
押し足りないと考えたらしいパウリノは、更に条件を重ねた。
「勿論この会話は伏せておこう。ばれたら大ごとだからな」
「駄目」
「じゃあ追加で金も払おう」
「ますます駄目。って初対面の女性相手に熱心すぎるでしょ」
「だから言っただろう。僕は美女に目がない。特に巨乳の美女が。それに彼女は一目見て俺の嫁にしたいと思った。それだけだ」
わきわきと気持ち悪く手が動く、しかし顔は依然として可愛らしいので奇妙な有り様である。
彼は考えるまでも無くエレインさんに一目惚れしている。もっとまともな男なら俺だって援助してやりたいと考えるが、この男は余りにゲスい。正直に言って、本能の奥底から彼女に合わせたくない。
「……そんなに会いたいんだったら自分の職権を使えばいいでしょう」
「残念だが、僕は為政官や神官のように私有地に無断で立ち入る事はできないのだ」
「それはどうして」
「さっきも言ったが、祭事執行官はただ降臨祭を取り仕切るだけの役職だからな。そんな顕現は必要ないんだが……ここまでそれを煩わしいと思ったことはないよ!」
何かしら心に渦巻く物が在るようで、彼は「うぐぐぐぐ……」と頭を抱える。何が渦巻いているのかなんぞ知りたくもない。
「とにかく、俺にどんな条件を持ちかけようと、できませんから。諦めてくださいよ」
「…………ふむ。そうか、残念だ。しかしまぁ君の持っている木鉱は僕が買い取ってやろう。なぁに、また彼女に会わせろという訳じゃない。次君が彼女と二人で歩いている所に出会った時、僕と彼女を喋らせてくれれば良いだけさ」
そう言ったパウリノが、俺の意見も聞かず、俺が腰に付けていた革巾着を奪い取るように外した。
中身を半分ほど取り出して、再び突き返す。抵抗はしたものの、長身の彼に分があるようだ。
彼は中に入っていた黄木鉱を一欠片、沈みゆく太陽にかざし価値を測った。
「ちょっと、俺は何とも言ってないですよ」
「良いじゃないか、面倒くさい取引を省けるんだ。……じゃあ今僕が手の上にころがした、君が持っていた黄木鉱の半分を、この値段で買い取ろう」
俺の手を無理やり取って、そこに銀に輝く硬貨を一枚乗せる。この島での銀貨だ。この量の黄木鉱の買取価格としてはかなり割高であった。突き返そうとしたが、それを許さないパウリノが俺の手を無理やりズボンのポケットに突っ込ませる。
俺が持ってきた木鉱は、彼のポケットに吸い込まれていったのだった。
「ちょっと。こんなことされても駄目ですよ」
眉をひそめて言うと、遂にパウリノが落ち着いたように肩をすくめた。
「まぁ、それでもいいさ。冗談はここまでにしよう」
「どこからが冗談だったのか良く分からないですね」
彼は悪びれることなく、「全部だ」と言った。
「君にも用事が有るんだ」
笑うので、パウリノの端正な顔が美しく歪んだ。その瞬間分かる。空気が変化した。
「……何でしょうか」
「簡単なことさ、この海樹都市で一人家出をした少女が居るんだ」
手を自らの胸の高さまでもってきて水平にし、その少女の身長を示した。
何となく、ノアという少女と近い。というか変わらない。
「で、今その困ったちゃんを僕達は探しているんだが、中々情報が集まらなかったその少女の所在が今日分かったんだ。何と、丸腰で海樹に入っていった、と」
「……丸腰?」
ふむ、丸腰で海樹の奥へ奥へと向かおうとしていた愚か者若干一名なら、確かに出会ったのだが。
「それでなんだけど」
柔らかな彼の微笑が、明確な敵意の笑みへと変化した。
「どうやらその少女。君が連れ歩いていたらしいね?」
「…………名前は?」
「言うまでもないだろう?」
ここまで決めつけるのならば俺がノアを連れている所の目撃情報でも上がっていたのだろう。
確かに連れて帰ったけれど、それがなんだ。という風に肩を動かしてみる。
「今はどこに居るんだい?」
流れで、商会の浮島ですけど。と言おうとしたが、咄嗟に口を押えた。
パウリノの様子がどこかおかしい。その理由の見当は直ぐに着いた。
そういえば、そもそも統治機関であるあの神殿に迷子探しなんて仕事はあったか?いや、無かったんじゃないか?
それであるのに、現にこうしてノアを探しているという事はどうしてだろう。 誰かが裏で操作しているのか? だとしたら、たかが迷子探しに職員を割くことができる程の人物がノアを探すために動いているのだろう。それも恐らくノアの親。きっと神殿の重役だったり、俺なんて吹けば吹っ飛ぶような役職の人間に違いない。
そんな人間が動いていて愛娘を連れ去ったとの情報が入ればどうなる。
「も、もしもの話、俺がその子を自分の商会の浮島に置いているとしたら?」
「それは最も困る事態だ。商会の保有する浮島は僕達のバラバ島ではないからね。彼女を取り返すために、君の商会とは少しいざこざになるんじゃないかな。そうなれば、一番糾弾されるのは大本を作った君だろうけど」
「そ、そっすか」
俺が何かに気が付いた事を見取ったであろう彼は、一段と笑顔を深める。裏に潜む敵意に鳥肌が立った。
俺に心当たりが有る事を確信したのだろう。
ここまでくればもうバレているのも同然、大人しく彼女を何処にやったのか言うべきか。
しかし、言ってしまうとはいっても彼女は今現在商会の浮島に置いている。いえば、パウリノの言う通りにいざこざが起こってしまう。
ならばいっそ――時間を稼いで事実を元から消さねば!
「め、召し上がる? その女の子は砂糖か何かでできているんですか? 俺は知りませんよそんな子は、はい」
「……………しらを切られるとは思いもしなかったな。嘘を付いても得する事は何一つ無いというのに」
「あ、いや」
「まぁ、嘘を付いた理由も分からんでもないね。時間を稼いで彼女を解放し、事実を元からなくそうと判断したんだろう?」
「は、はて?」
必死のポーカーフェイスでしらを切ったが、お見通し過ぎて俺の心が可視化されているのではないかと心臓をまさぐるに走った。
「そ、それよりも。神殿が直接探すような女の子って、一体誰なんですかね」
「言う必要はない。というか言えない。それも連れ去った本人に言えるような人物じゃあない。とにかくだ。彼女が神殿の領地以外の、特にアドウェナ商会の浮島なんて場所に居るのは非常にまずいんだよ」
「す、すごい女の子なんですねー。って、連れ去ってなんかいませんよ!」
それは本当。ちゃんと意志を尊重しましたから。「お嬢ちゃん、困っていることが有るならおいちゃんが助けてあげるよ、うひひっ」「本当? ありがとう!」というのをパウリノは想像しているのだろうが、絶対違うから。
「どうだか」
パウリノは俺の嘘は根っから信じていないようで、顔から苦笑さえ消す。代わりの鋭い目線で俺を見る。刺さるように痛い。
「いいさ、どうせ嘘であろうと僕には強制的に確かめる事なんてできやしない。だけど、君に少しでも良心が有るなら、一刻も早く彼女を引き渡した方が賢明だとは思うよ」
「さもなくば…………」と、パウリノは意味ありげに言葉を止めた。
ごくりとどことなく酸っぱい唾を飲む。
「どうなるかは想像に任せるよ。少なくとも、君はしばらくこの島を出られなくなるだろうね。最低でも一か月間は」
「い、一か月」
そんな期間の間拘置されては、商会の次の出発に間に合わない。それは実質、俺が商会を抜けなければいけないことを意味している。数千人の商会員全員が、神殿に何かしらの嫌疑を掛けられている人っ子一人を待ってくれるはずがない。
ちょ、ちょっと待って。こんな事に成るなんて知らなかったんだよう! と今更泣きわめきたくなったがもう遅い。
パウリノは呆れたように長くほっそりした人差し指を付きだした。
突然の挙動だったので、それが何を示すのか咄嗟に分からなかったが、追って説明をしたパウリノによって判明する。
「明日一日の、いつでもいいからこの期間中に島へ彼女を放つんだ。神殿へ突き出すのは彼女の抵抗に会うだろうから難しいだろう、だから島から解放するだけでいい。追い出すんだ。後は神殿が直々に動いて探すから。簡単だろう?」
お、おお。執行猶予というわけですね。
なるほど、とにかくノアを手放せ、と。助かる、とても助かる。
「……わ、分かりました」
パウリノは頷く俺を見て、また元の柔和な笑顔を浮かべた。今では作り笑い、それも圧力をかける類だと判断できる。
彼は言うだけ言うと身を翻す。用は済んだようだった。
「ああそれと、このことは彼女に言わないでくれるか。あくまで自然をふるまうんだ。そうしないと島を出た彼女に警戒心を抱かせてしまう。まだ僕達が動き始めている事さえ彼女は知らないだろうからな」
「それは、頼みですか?」
「強制に決まってるだろ。それと」
ポケットの中に入っていた木鉱を取り出した。俺から半ば無理やり買い取った黄木鉱だ。
「エレインさんには、本当に近いうちに会わせて欲しい」
振り返りざまの流し目は男の場合生理的に嫌悪するものだが、脅迫の会話の後であったからだろう。俺は素直に頷く他なかった。




