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絶海のノア  作者: komono
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神殿

「ん?」

 それから数分もないうちに、俺へと近づく三人の青年達が徒党を組んで近寄ってきた。

 彼女が居なくなったのを見計らったようなタイミングから、何が目的なのか分かる。エレインさんと人目に付くところで話すと、いつも決まってこうなるのでもう諦めたといえばあきらめた、のだが。つい、またか、と嘆息してしまった。

「おい、あんま図に乗んなよ」

 話しかけてきた彼は、同世代であるはずの商会のメンバーだった。そいつは俺の事を憶えているようだったが、少なくとも俺は知らないので誰か知らない。話しかけてくる人間はその都度変わるからだ。何か順番の取り決めが有るのだろうか。そこまで人気者になったつもりはない。あ、むしろ逆か。

「今の会話を聞いて、どこにそんな要素が有ったよ?」

「あぁ? 口答えすんのか?」

「お前のような下賤な輩が言葉を交わすだけでも汚らしいのだ。二度とあのようなふざけた態度で接するんじゃないと言っている!」

 今度は最初に話しかけてきた彼の斜め後ろに立っていた、正義感の強そうな奴がふんぞり返る。小太りなので腹が協調されてしまった。

「じゃあお前等は高貴なんだな、貴族にでもなったのか?」

「分かっていて白々しい!」 

「何もわかんねぇっつの……」

 馬鹿にするように笑い飛ばされたので、俺は少々声を低くして睨み返す。それだけで小太りは「うっ」と唸って怯んだ。

 なんだこいつ等は。一人ひとり相手にすれば吹いて飛ばせるんじゃないのかと、感想を思い浮かべていると、残りの一人。長身の偉丈夫が小太りをかばうように一歩前へ出た。

「貴様の手は元より汚れた代物。彼女に拾われたからと言って親しくしても良い権利は貴様には無い。同情はされてもそこにそれ以上の感情は無いのだからな。彼女にあまり迷惑を掛けるな」

「みみにタコができそうだな」

 「貴様」って、いつぞやの代名詞なのだろう。

「何度も聞かされているのなら、今後はエレインさんに近寄るべきじゃない」

 目を逸らさない俺に、そいつはもう一言「彼女も穢れる」と付け加えた。

 そこまで言われるとさすがに凹むというのは嘘だ。

 また、「上等だ、切り刻んでやるから表へ出ろ」とは言えないので、苛立ちが募らない内に俺から逃げる事にした。こういう時は逃げるが勝ち。ツルハシを背負い直し、「どっこいしょ」と彼らから離れる。

 その途中、「逃げるのか!」とか「卑怯者め」とかその他罵詈雑言が投射されたが、いつも通り。なのもかもがいつも通りなのでため息一つで片づけられる。

 ……それにしても、

「汚れた手ねぇ……」

 毎回毎回同じことを言われるので、俺の手が匂うのかと思う事もしばしばだ。しかし分かりやす過ぎる隠喩である。心の底からの害意と悪意、また恐れを含んだ言葉の連鎖。

 まぁ、そう言われてしまうのも、やはり俺自身の所為ではあるのだ。

 両手を何度かぐーぱーぐーぱー開いたり閉じたり。

 これだけで事情を知る者なら恐れおののくような事をしてきた俺が悪い。エレインさんのように過剰な優しさを持つ人間以外、誰も話しかけられない俺が悪い。

 さらに進むと彼らの声も聞こえなくなったので、そこら辺の適当な場所を選んで再び採掘作業へ戻ろうと決めた。荷物を降ろして、ツルハシを構える。

「何だかなぁ」

 誰の目にも届かない場所で、ひとり呟いた。


 なんとかノルマを達成し、エレインさんの指定した時間には灯台に到着することができた。

 簡単に言ってしまうが、それは地獄のような環境下で鬼のような集中力を発揮することが出来た俺の実力。そして終了後の黄木鉱採掘量を、残念ながら、間違えて、水増し報告してしまった俺の運の良さもとい巧妙さあっての事だ。割合的には二対八。

 エレインさんは俺が来たほんの数秒後にその場所へ来た。

 その後予定通り、俺の取引練習が出来る場所へ向かうのだが、彼女がどこへ行くのか教えてくれない。

 この上官なら裏の闇市にでも引っ張り込みそうなのでビクついていたが、大通りを通るという事でそれはない事は分かった。

現在は海樹都市の東街。その一角。採掘師御用達の市場であるバンパー通りを並列で歩いている。

 日はかなり傾いていた。

 その時間に、この市場は一番の盛り上がりを見せていた。。

「もう少しで降臨祭が有るからか、今日は来客が一段と多いらしい」

 道幅の広いバンパー通りの両端には、露天やら屋台やらが軒を連ねている。それらの店に陳列されている新鮮な魚や鈍く輝く長刀を目の端で眺めながら、エレインさんが口を開いた。

 聞いた事がない単語で、聞き返す。

「え、降臨祭ですか……」

「なんだ、まさか知らないとでも言うのか?」 

「……恐れながら」

 首をすくめると、情けないといった様子で俺を見ながらも、端的な説明を始めてくれた。

「降臨祭というのは、極端に言うと、この小さなバラバの島で一気に稼ぐ、十数年に一度の機会だ」

「それはどういう?」

「その祭りの一定期間だけでしか採れない希少な木鉱が、海樹に出現する。それを祝って島民たちが贅を尽くして樹を祀り上げるのだ。踊ったり祈ったりしてな」

「希少な木鉱?」

 尋ねるように復唱すると、普段俺に座学を教える時のような。熱心な講師魂に軽い点火がなされたようで、気前よく説明してくれた。

「ハルカ。木鉱の生成過程を覚えているか?」

「海樹の鉱虫の死骸。それに融合するように内壁が成長した時にできるんでしたっけ」

「それは一般的な木鉱の過程。教えていないがもう一つ有る。木が自力で、自らに蓄えられた養分だけで作るんだ」

「何もなしに自然にできるってことですか」

 木鉱は、その硬度ゆえに形を変えないので、樹の成長を阻害すると言われている。それであるのになぜだろう。

「勿論、木の独力で作るのだからそう多くはできない。それで海樹がなぜ養分を自らの成長以外で使うのか、なんだが。今の段階では樹が意図的に作っているのではなく、できてしまうのだと考えている」

「できてしまう? 人間の涙や汗。いや何かの廃棄物か。じゃあ、うん――」

「それ以上言えば埋める。だが最後の物を除いては間違っていない。特に涙というのが適当かもしれない。とある海樹の話なんだが、そこは樹が老い木鉱が取れなくなったのだ。利益が得られない海樹からは当然人が離れていった。しかし人が皆去ってから久しくなってから、元々その島に住んでいた一人の男性が偶然にその中に入った。するとそこには大量の聖鉄アルカナムが在った」

 アルカナム、と聞いて、今日それを海樹で採った事を思い出す。あれは今でも腰の巾着袋に入っている。

 なんとなく取り出そうとしたが、奥にありすぎて取れず、しぶしぶ諦めた。

 エレインさんが不思議そうに俺を見たが説明を続けた。

「なぜそこにアルカナムが在ったのか。予想される原因はは幾つかあるが、良く知られているのが、『樹が余りの寂しさに悲しみの涙を流した』というものだ。胡散臭いものの、それ以外にその仮説を裏付けるような例が有るらしい」

 素直な感想は、あまりにもお伽噺めいている。だったが、エレインさんが言うのだから一定の信ぴょう性は有るのかもしれない。

 まぁ、それができる理由はともかくとして、希少であるのは分かる。

「祭りの期間、島民が十数年かけて蓄えた資金で樹を祀り上げるのだから、おそらく『樹の喜び』に関する木鉱が出ると私は予想している。木鉱が発生するから祀るのではなく、祀るから発生するのだろう」

「それを今回手に入れて他の島で売ろうって魂胆ですか」

「そうだ我々は貿易商会だからな。希少であればあるほど欲しい。実は祭りで手に入る木鉱は名称が分からないんだが、利益が上がることは間違いないだろう」

 祭りの内容だけからここまで考え付くとは。

 にやりと笑う彼女の表情から、商会を引っ張る商人としては十分すぎる商才を持っているように思えた。この若さで大商会の幹部というのも頷ける。

「それで踊ったり祈ったりだが、それで木鉱の採掘権が得られるんだから、ハルカを含む商会員のほとんどを投入するつもりだ」

「え、えぇ……」

 心の底から面倒だったのでその気持を声に出すと、エレインさんから軽い鉄拳をいただく羽目になった。

 そんなやりとりをしながら、その大通りを俺達は進み続けた。

 巨漢の鎧戦士の様な男や、限りなく露出度の高い服装ながらも腰に短剣を所持する女性。視線を移動させる度に個性ある服装や防具に身を包む人々とすれ違うが、皆その降臨祭に参加する採掘師なのだろうか。

 この島は正直言って他の島と比べて、なんというかしょぼい。それでも祭りとなればやはり賑やかになるのだろうか。

「それで、取引の練習をするんでしたよね」

「そうだが、何か質問か?」

 凛々しくも美しい目が俺を見た。彼女は女性にしては長身で、男の俺との身長差が殆ど無いく、綺麗な顔を真正面から捉えることになる。

「いや、かなり歩きますけど。何処でするのかと思いまして」

「あぁ、もう着いた」

 そう言って彼女が足を止めたのは、バンパー通りの最奥だった。

 大通りの最奥に待ち構えていたように在るのは、一つの大きな建造物の前。

 無機質な灰色の木鉱を削りだして作った柱を規則正しく並べ、その上に屋根を置いた簡単な構造ながら、各所に装飾を施していて、とても神々しい存在感を発している。

 だが、その建物に至るまでに存在する階段が、登ろうとする者の意思をポッキリ折ってもおかしくないほどに多く、それもまた威風堂々たる雰囲気を醸し出していた。

「ここ、ですか」

「うむ」

「え、でもここ神殿ですよね」

「知らないかもしれないが、神殿は木鉱の取引にも応じる。統治機関でもあるから信用が高い。そこそこの値段でしか絶対に買い取ってもらえないが、取引の経験が浅いこの島の者はここで取引の会話を学ぶ」

 神殿はどの海樹都市にでも存在する統治機関で、島全体を動かす為政者の立場を、海樹に宿ると言われる神の名のもとに存在し続けている。

 何をするかといえば、税を取り立てるのは勿論。治安を維持する神官部隊を街に巡回させたり、年中行事を中心となって執り行うような事もする。

 その力を抑止する別の機関が無いために、無茶な神の法を制定しては圧政を敷く時代も有ったようだが、現在もその権力一極体制は変わらない。

 神殿は島々で独立していて、他の島と連携して神の法を蜻蜓することは無く、その権力が及ぶのはその島だけに留まる。なので海を漂うアドウェナ商会とは余り縁が無かったが、思わぬ所で関わることになった。

 神殿からは夕刻の今でも大勢の神官や為政官が行き来していた。

 神官は治安改善を主とした仕事柄、清楚な白の鎧を纏い、為政官は博識そうなふいん息を発散する真っ黒なローブを着ている。その中に時折混じる薄汚れた採掘師達は俺と同じ様に取引に未熟な者達らしい。清潔感のある神殿の職員と比べれば数段見劣る。

 自分もあのように汚らしいのだろうか、と不安になった所でエレインさんが俺の肩を小突き、「行くぞ」と言うのでそれに従う。

「それにしても、俺でも神殿の場所くらい分かるんで付いてこなくても良かったんじゃ?」

「何を言う、私が付いて来たのは取引を私がアドバイスする為でもあるのだ。それにハルカ一人だと迷子になるだろう?」

「馬鹿にしないで下さいよ、もう十七ですよ。俺」

「どうだかな」

 その苦笑は何なんだと思いつつ、白く美しい階段を上り始める。

 長い階段を登ってようやく中に入ると、そこには広大なスペースが広がっていた。奥には神殿を区切るように置かれた長いカウンターがあり、そこに並ぶように神殿の職員が配置され、その前に列を作って順番を待つ人々に一人ひとり応対している。

 エレインさんはそこまで辿り着かず、当たりを見回して人を探す。しかし目当ての人間が中々見つからないのか、淡い水色の制服を着た近くの若い男の為政官を捕まえた。

「申し訳ない。この時間ならば木鉱の買い取りの担当が居るはずだが、見当たらない。心当たりはないか?」

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