助け
「とにかく、止めておいたほうがいい。一人じゃ無理だし、それよりもまずこの海樹にスカートはないだろ。基本地面は木鉱含んだ岩だぞ? こけた拍子で足が折れる。何が起きるか分からないんだから」
現実味の在る忠告を物ともせず、少女は表情を変えずに、寧ろ何かを憂うような面持ちで俺を見上げ、
「嫌」
それはもう潔く拒絶した。
「だから、そんな事言ってもだな……」
「じゃあ私一人で行く」
彼女は首を振って顔から一切の表情を消した。代わりに無表情となり、そこに真剣味が生まれ、ついでに俺の困惑を呼ぶ。
「は、話し聞いてたか??」
「聞いてたよ。でも、行かなきゃいけないから」
「死ぬかもしれないのに?」
「うん」
「止めといたほうが……」
「でも、君には関係ないよ」
「…………」
少女は俺に見切りを付けたのか、体を元居た場所へと向けようとしたのだが、彼女の言うことは余りにも無謀過ぎる。制止しようとして、その肩を掴む。
「し、しつこい!」
そこまでびびった顔でその台詞を吐かれてもな。
さて、とにかくどうやって彼女を引き留めようか。とは言っても案なんてはなから無い。
「そもそもなんで中心なんて行こうとするんだ」
「言えないよ」
ならばとりあえず、彼女がどうしてここまでして中心区画を目指そうとするのかの推理を軽く試みることにしてみた。
彼女の何も持ってきてはいないと言うような装備を見る限り、着の身着のままこの過酷な環境に立ち入ったのだろう。それも海樹についての知識が無いに等しい状態で、だ。
無謀で早計。それは若気の至りとでも言えばよいのだろうか。
「あ、もしかして家出中だから、とりあえず誰も来れない場所に行きたい、とかか?」
それだ。その理由がしっくりくる。だから犯罪者も居らず誰の目にも着かない海樹を訪れたのか。そこで鉱虫と出会ったのはなんとも言えない悪運の持ち主だが。
「うっ……」
少女は苦々しいといった顔でそっぽを向き、さらに体を百八十度回転させて俺の目線から逃げた。図星か? なら尚更このまま放っておく訳にはいかない。
俺は少女の可愛らしい横顔に声を放つ。
「何を思いつめているのかと思ったら、案外しょうもないんだな」
「わ、悪い?」
「……当たり前だろ。お前が中心に向かいたいってのは分かった。とりあえず親さえ手出しできないような場所に行って、心配させたいんだろ?」
分かり切ったように言われて、少女は頬を膨らました。
「違うよ! そこまで幼稚じゃない!」
「じゃあ何で?」
繰り返し尋ねると、少女は横を向いたまま、ぼそりと呟く。
「言っても信じないから言わない」
「あん? じゃあこのまま一人で行くことだ」
「えっ! いややっぱ待って! 言うから!」
踵を返して帰途に着く振りをすると、がしっと袖を掴む手が俺を引き止めた。
そこから少女は少しの時間黙った後に、ボソリと蚊の泣き声の如き声量で訴える。
「ごめん、やっぱり言えない」
「どっちだ」
まったくこれは何の茶番なのか。そう思って俺はがっくりと肩を落とす。
しかしこれほどに圧力をかけても言えないのならば、何かそれなりに深い事情でも存在するのだろうか。これ以上聞き出そうとすしても聞けそうにないなら今は放っておくか。
とにかく、だ。まずは彼女が中心部に向かおうとするのを止めなければならない。このまま放っては誰にも相手されず路頭に迷う可能性すら在るわけだ。
と言う事で、何か妙案は無いのか、考えてみる。すると、ふと一つアイデアが浮かんだ。
「そうだな、今の状態じゃあ無理だ。だけど俺の商会のメンバーの中で明日にでも中心に向かう人間が居たら、そいつらに付いて行く事ができるかもしれない」
「ほ、本当に?」
「まぁ許可が下りるかどうかは知らないけど、俺がお世話になっているエレインさんはここ以外の海樹の中心には全て到達できる実力の持ち主だからな。頼めば何とかなるかもしれない」
ぴっと人差し指を立ててそう立案してやると、見る見るうちに少女の顔は晴れやかになっていく。受け入れてくれるようだ。
これでひとまずこの海樹から放り出すことはできるだろう。
「あ、ありがとうっ!」
「お? ……って、うがっ!」
手を差し伸べられたのがよっぽど嬉しかったのか、一歩俺の前に近づき感謝感激とでも言いたげな表情で俺の首に腕を回して抱きしめてきた。その細身ながらも女性らしい柔らかな肢体がピトリと張り付くので、咄嗟に背に回されている腕を外そうと試みた。しかしもがけばもがくほどその体の感触が強まる。
て、ちょ! 童貞にはハードル高いことを易々するなぁ!!
「あ、あっ! ごめん!」
俺がもがいたため、時間はあまり長く続かなかった。
瞬時に顔を赤くし、少女が俺の体を放した。
「……いや、いいけど」
それでもさっきまで抱きつかれていた俺と少女の距離は近い。
何となく距離を開けて会話をしていたので、そこで初めてまじまじと彼女の顔を見つめる事となった。
印象的だった大きな猫目は恥ずかしさに潤んで愛らしく、平均的な女性の身長ながら少し幼い。しかし目意外のパーツはどれも大人びて形良いので、シルクのようなつるりとした肌から成る表情から年齢は判断し難い。控えめな胸もその要因だ。無理やりに予想するなら一六、七か。全体的にまるで作り物のように可愛らしい少女。
そんな、どこか神秘的な彼女が顔を真っ赤にしていた。
「……まぁいいか。じゃあまず浮島に行かなきゃな。とりあえず案内する」
「う、うん」
少女はおずおずと俺の横に並んだ。そのまま外へ出る道へと歩き始める。
「……そういえば、ハルカの名前知らないよね。私はノア。ノア・リベラーニだから」
「んぁ、俺はハルカ・シーゲル」
俺の名前を聞いて、おどおど恥ずかしがっていた少女が元の調子に回復する。
「ハルカ?」
「ああ。女みたいな響きだな、ってよく言われる」
「ふぅん。ってあれ?」
「?」
少女が戸惑うように足を止めたので、どうしたのかと戸惑った。
「こっち、樹の中心に行く道だよ?」
「…………」
俺もはたと立ち止まった。自分の誤解なのか迷っている少女、ノアの顔を見てから、今一度道を確かめる。
「あ、本当だな」
確認すると、アームドアントに追われてきた道を戻ろうとしていた。これでは外に出られない。
「道を間違えるなんて、大丈夫? 頭でも打った?」
「いや、大丈夫」
俺は身を反転して、正しく樹から出るルートへと体の向きを変えた。




