エピローグ
浮島が波を割いて航行する波音と伴に、目に染みる潮風が、欠陥だらけの木造一軒家の中に入りノアの前髪を揺らす。
「それで、ハルカが言ったの。『お前が大事ってのもあるかもな』って。よくもあんなに恥ずかしい事がするっと出るよね」
何故か鼻高々にそう語る彼女の隣には、対照的に苦々しい顔をしたエレインさんが居る。
「そ、そうか。だがな、ノア。勘違いしてはいけない。それはこの馬鹿の口から出た出まかせという可能性が無きにしも非ずだという事をだ」
ノアはむっとむくれて言い返す。
「違うよ。絶対違う。あれはきっと本心だったんだよ」
「の、ノア……?」
初めてエレインさんに反抗的な態度を取ったからか、彼女は少しだけ戸惑っているようだった。
「あたし、初めてあんな直接な言葉を聞いたんだけど、どうしてか頭から離れないんだ」
「しかしだな。私もそういう事を言われたことがあってだな」
「え? どんな事を?」
ノアが目を剥いて驚く。
「え、あ、いや。あれだ。『俺はエレインさんの命令を喜んで受け入れます』とかでな」
「…………それはエレインちゃんが無理やり言わせたんでしょ……」
「なんだ」と心なしか安堵する。
そこでノアと俺の視線は合ってしまった。何だか話を盗み聞きしていたようで申し訳なくて、不思議に引きつった笑みが浮かぶ。
しかしノアはゆっくりと歓喜を体現し、
「え、エレインちゃん! ハルカが起きてる!」
驚いて身を乗り出すノアを引きはがすように、エレインさんも驚いた。
「は、ハルカ! 大丈夫か!? 痛みは無いか!?」
大声を上げてぎゃあぎゃあ騒ぐ二人を、俺はぼっーっと見上げた。
ここはどこか。古ぼけた自分の家だ。そのベットに寝かされていたらしいことが今頃分かった。体には至る所に包帯や薬草が巻かれたり張られたり。なんとなく大袈裟なほどの治療がなされた事を察する。特に、動かす事もままならないほどぐるぐる巻きの腕はノアだと判断が付いた。
むっくりと体を起こして異常が無い事を伝えた。
安心してもなお、ぎゃあぎゃあ騒ぎ続ける二人にぽつりと言う。
「……あの、外出てもいいっすか」
外に出た階段近くで、俺がこの二日間寝たきりだった事を知らされた。俺が神官達と剣を交えて、生命力の限界まで追いやられ、そこからエレインさんの救援が現れた後の事だ。
結局神官を全員倒すことが出来ず、エレインさんが来なければ絶対俺は死んでいただろうことは、エレインさんの心配度マックスな喋り方で分かった。そしてそれは、エレインさんが海樹の中でノアに出会い、彼女を催促してくれたから、だということも。
そして、そこまで聞いてからあの時の記憶がどっと蘇ってきた。
「それで、あの島はどうなったんですか!?」
いきなり声を大きくした俺に少し驚いたエレインさんが、「落ち着け」と手を上げた。
落ち着いてられず、せめてノアにも聞けないかと彼女を見る。しかし意外な場所から答えは来た。
「僕が処理しておいたさ」
記憶にある声を聴いて、俺は咄嗟に太刀を探してしまう。しかしエレインさんが制した。
パウリノは、一人の女を連れて家の裏から現れた。
ずっとあそこから様子を見ていたのかと、拍子抜けした。
「どういう事だ」
「いや、君の考えも一理あると思ってね。特に、教育に力を入れるべきだという意見。決め手になったのは、君の身の上話だけどね」
「それで……?」
「僕は君の言うように、祭り、というかあんな犠牲を払わずとも島民が生きていけるような政策をいくつか考えてみて神殿に具申したよ。もちろん島民にはありのままを伝えてから」
「まぁ、やっぱり神殿を追い出されちゃったけど。」と手で降参のポーズを取った。
それから、彼は隣の女を愛おしそうに見つめた。
「生まれてから、今まで、神殿の最高祭祀の倅だった僕は神殿の政策を保護する立場。執行する立場で、それ事態を反抗的に捉えた事が無かったんだ。それを今回、君は初めて気づかせてくれた」
「俺?」
「そうだよ。あそこまで神殿が決めた事を否定的に考えるのは、島の人間には居ない。僕以外にも皆が神殿の発表を信じて疑わないんだよね」
女から目を離し、パウリノが再び俺を見る。
「まぁ、何にせよ僕が処理した」
そういえば隣の女。俺に白の鎧を手渡してきた奴だと、今更分かった。どうでもいいが、なぜ彼女までここに?
「そうそう、彼女は僕に唯一従ってくれた人さ。僕は海樹であの時、神官達に攻撃を止めるよ言ったんだけどね。彼女以外だれも僕に耳を貸してくれなかった」
ああ、俺が一気に畳みかけられたあの時、パウリノはそう言って叫んでたのか。
話から、彼はあの時すでに心を改めていたようだったが、それを伝えてから、誰も命令を聞いてくれなかったらしい。
そこまで言って、初めて優男は物悲しそうな表情を見せた。俺が初めて見るタイプの表情。自分の意見が通じなかった事が、心底悲しいらしい。
それを見て、隣の女が激しく悶えた。相変わらず一途なんだなぁ。
「じゃあお前は、あの島に居る事も躊躇われる事を分かっていてそんな事を?」
「僕は本物の人殺しさ。償いだとは言わないが、せめてそれなりの事をしないとね」
それを口にしたパウリノからは、道化のような怪しさは感じない。島に居た時までは、神殿の正当性を信じ、己を押し殺してきていたのだろう。。
粗方話を聞いた後、俺が一つ尋ねた。
「あの島、これからも降臨祭を続けると思うか?」
南から流れてくる風が、柔らかく吹き抜ける。パウリノはかぶりを振った。
「それは無いと思うね。あそこまで僕は機密を暴露したんだから、正気が有れば誰だって嫌がる」
話を切らず、彼は続ける。
「でも僕の知識では。群れた人間たちは時として狂い判断を誤ることが有る。またあの祭りを起こして、莫大な富を得ようとする。とかね。でもそうならないように、神殿が動いてくれることを願うばかりだよ。一応僕を島から追い出した最高祭祀達は地位を追われるはずだから、その時には新しい人がトップに立ってるし」
パウリノは言い切ると、「じゃ、僕はこれで」と体の向きを変えた。
エレインさん曰く、しばらくはこの島で採掘師見習いとして働くそうだ。俺はやはり彼と一戦交えていたので不安は有るのだが、海樹の中で堂々と裏切られた彼女が許可したのだからいいのだろう。




