そして最後の一閃
『元はと言えば、私がこの身から価値ある木鉱を生み出せないが為に引き起こしてしまった事。これは償いだと考えています』
それには、ノアのような罪のない子供を巻き込んでまでする必要があるのか。と訊きはしない。彼女がどう考えていようと、俺は心を決めている。
「じゃあ、こんな事もう終わらせてやるよ!!」
背一杯、笑い飛ばしてやった。
その瞬間、川が決壊するかの如く、怒りに打ち震えたパウリノが飛び出す。
「君一人で一体、何が出来るというんだ!!」
上段から降ろされる剣を、受け流す。
「この事を全部暴露してやる。動機、目的、手段、結果その他言える事は全部だ!」
この島は大きな収入源を失うだろうが。
キュインッッ――と俺の反撃を弾かれて火花が軽く飛ぶ。
「そうなれば他に金を稼ぐ方法を探すことになる。当然必死に。それが狙いだ。技術を開発する為に、金よりも重要な『やる気』を手に入れられるんだからな」
「でも金が無ければ何も出来ない!」
「金金うるさいけどな、直ぐに手に入る。金を稼ぐ方法は有り余る魚やわずかな木鉱で最低限は」
それに、何よりも。
「この島の人間が皆して満足に過ごせればそれでいいだろ。俺の住んでた島は、ここよりも大きくて力も有った。結果それが原因で内戦が起こって、神官だった俺は地元の人間を殺す必要も出た。それを踏まえて言わせてもらうと、お前らの求める技術力とやらはそこまで必要な物でもないと思う」
「…………!」
パウリノは、何か衝撃を受けたように仰け反った。
「だから俺は、お前らに従うつもりはない」
俺とパウリノが切り合うのを見て数十秒。呆気に取られて固まっていた他の神官達が、焦ってようやく動き出した。
「やばっ!」
頭上から、右から、左から、一様に俺とノアの命を奪おうと剣が無数に放たれ、俺は思わず顔をひきつらせるが、これは演技だ。甘い。
パウリノがそれを見て慌てて止めようと叫んだが、もう遅い。
焦った神官たちは冷静さを欠き、詰め寄るように集まってくれたため、一度この場を抜け出せば逃げられる可能性が出た。
ノアを咄嗟に脇に抱え、頭上から降りかかる剣だけを弾いて上方に全力で跳んだ。
剣を振り下ろした姿勢の神官は、跳び越えられるぎりぎりまでの高さまで低い。彼を踏み台に、さらに大きく飛ぶ。容易に包囲を突破。
パウリノが、部下の神官たちに囲まれながら何かを叫ぶ。
その時点で俺と彼らの距離はかなり空いていた。中心にいる限りは追いつかれないだろう。
全力で俺は逃げた。ただでさえノアを助ける時に酷使した足は、あまり速度が出ない。だが、それでも捕まれば一巻の終わり。俺とノアは殺される。
「ハルカッ! やっぱり駄目だよ! 私の所為で皆困るんだよ!?」
抱えられていたノアが、いきなり叫ぶ。
「そうかもしれない。でもそれが間違いかどうかは分からない」
「難しすぎて、良く分かんないもん!」
力いっぱい俺の胸を叩く。彼女にも何か胸に有るのだろうか。だが無視した。
「とにかく、お前だけでも助ける。俺は数年前に全てを失って、今ではエレインさんだけだ。そこでお前の存在は何よりも楽しくて、刈っては承知でも俺の大きな一部だ。お前が何と言おうと逃がす」
ノアを見ずに、心の内を打ち明けた。そこからノアは静かだったが、少ししてから決心したような口ぶりで話す。
「わあ、あたしは生まれて初めての友達がハルカだった……。無茶言って、断られたら泣いて、情けを掛けさせるような、分かり切ってて卑怯な真似をしたあたしを気遣ってくれるような友達。嬉しかったけど、あたしは与えてもらうばっかりで、情けないとも思ったよ」
「だからさ……」と言葉を繋いだノアをちらと見ると、うっすらと笑っていた。
その顔は、生まれて初めて見た、美しさそのものだった。
「もうこれ以上、ハルカに迷惑かけたくない」
その笑みが、実は泣きかけである事に気が付いたのはその時だった。
「覚悟はできてるよ。さっきは腰が引けてハルカの名前を叫んじゃったけど、あたし一人の所為で皆が困っちゃうのは分かってるんだから、この島の皆にも迷惑はかけられない」
ノアを担ぐ俺の手を、ノアはつかんだ。
「あたしを、降ろして」
気が付けば、中心の出口が迫っていた。
ノアはこう言っている。俺はどうすべきか。微かに悩んでしまった。
「馬鹿か、ノア」
そんな自分を戒めるように、初めて彼女を名前で呼んだ。
「勘違いするな。俺がノアを助けたのも、ここまでやってきたのも俺の勝手だし、何しろ俺がしたかったから。助けただなんて体の良い言い方だが、本当はもう一度ノアに会いたかった俺の我儘だ」
「そんな……!」
ノアの言葉が、急に強張ったが、俺は本音しか言っていないので罪悪感とかは一切ない。
中心から中心区画へと出る出口に辿り着いてから、俺はノアを降ろしてやった。何もノアのいう事を受け入れたのではない。俺が何かを強引に押し通したいが為に。
「さて、俺の足はここから神官達とレースしながら出られるほど丈夫じゃない」
今にも泣きそうになっているノアの、膝に付いた汚れを落としてやった。
「だからお前は先に行け。何、鉱虫は神官と俺が倒しきったからもう居ない。俺は少し遅れてから行く」
俺が盾になるという意味を理解したノアは、猛烈に反対した。
「だ、駄目! 絶対ダメ!! そんなの、何にも恰好良くないから!」
「そんなんじゃないっつーの」
背後から、俺達を追う神官たちの足音が聞こえる。鬼気迫る彼らの足音は、怒りが乗っているような錯覚をもたらした。彼らを止めて、ノアを逃がせるのは俺で、それ以外の方法でどちらかが助かる方法も無い。
「駄目! ……嫌だよ! 行くならハルカと一緒じゃないと嫌!」
「それこそ我儘。迷惑」
冷たく行ってしまったからか、黙り込んで俺を見つめるノアだった。しかし、ついに泣き出してしまった。この場合悪いのは俺だろうが、許してほしい。
「ま、行けよ」
「………どうして」
「お前が大事ってのもあるかもな」
「………………! あ、っそ。じゃあ、分かった……」
目元を拭いてやる。泣き顔でも、やはりこいつは可愛い。そういや、この表情に俺が弱ったのは二回目だ。あの時は随分とあたふたしてしまった。今はなぜか落ち着いている。
またそうなる前に、彼女の小さな背中を押す。出口へ向かわせる。
「じゃあな」
すると振り返ってノアが泣き顔で訂正する。
「ち、ちがうよ…………またね、だって」
「ああ…………」
じゃあな。
その時の俺の表情は、どうなっていたのだろうか。ノアに感化されてほろりと行ってしまっていただろうか。否、笑っていたに違いない。
十歳の時から、ようやく俺が俺として俺を自覚したあの時から、初めて人と深くかかわることが出来たこと。真に人を護りたいと思えた自分に、大きな達成感を感じながら。
振り返る。
そこにはパウリノを筆頭に、俺を突破せんと隊列を組む屈強な戦士たちが居た。
彼らもまた、大切な人が居て、今の俺のように守りたかったのかもしれない。
だが、俺と対峙しているのならば斬り合うべき敵である。
「さあ、来いよ」
俺と、神官。
動いたのは同時だった。




