助ける
間に会え! 間に会え!
無心に剣を振り乱しながら、細木で出来た床を蹴る。思った以上に加速しないのは、俺の筋力が兵士時代より落ちてしまっているからだろう。もどかしい。
「貴様! この神聖な儀式を台無しにするつもりか!?」
鎧を砕かれ、右手を砕かれ戦闘不能に陥った一人の兵士は叫ぶ。だが、焦りがそれを遮断する。何が台無しだ。
中心部に入って、神官たちとぶつかってから分かった。彼らの中の一人が、まだ生後間もない新生児を大事そうに持っていた。
どうするのか脅しながら尋ねると、ノアの代わりにするという。こいつらはノアを殺す気だった。殺して、それを海樹に見せつける事でより感情を引き出すらしい。
「くそっ! どうして海樹は反抗しない!!」
また一人、神官の兜をたたき割って叫ぶ。
中心部は、まるで海樹が、子供を差し出しているいるかのような静けさだった。
「くそっ! しつこい」
白く重厚な対鉱虫用の鎧を着ているくせに、神官たちの移動は速く、ノアの元へと駆けるおれを容赦なく追随していた。彼女の元に辿り着く前に、彼らを振り切ることが出来なさそうで、軽く舌打ちする。
いくら彼らの挙動は遅いと言えど、こうまでして必死に追いかけてくる理由は、ノアに有る事が良く分かる。やはり彼女が目標なのだろう。走って、ノアの元に近づけば近づくほど苛立ちが募る。
ノアを殺そうとしているのはパウリノだけではない。彼女があれだけ慕っていた海樹もそうだ。なぜ彼女を逃がさない。そもそも、どうしてそれだけの英知を持ちながら、神殿の人間に利用されていると気が付かない。
――――私が居ないと、樹は――お母さんは絶対悲しんでる!
そう言っていたノアを思い出し、「くそっ!」とまた叫んでいた。
三分もしないで、中心を見る事が叶った。
パウリノとノアが横並びに見えた。ノアだけはひざを折って話しているのが分かる。
そして、パウリノが剣を抜く。
――まずい!
パウリノさえ俺に気づかないこの距離じゃ、確実に間に合わない。
近づくと、無感情に剣を振り下ろそうとするパウリノの表情と、その瞳から涙を流しつつも、絶望に項垂れるノアがはっきりと見て取れた。
間に合わない!
全力疾走を続けていた足が、もうこれ以上の加速を許容しない。呼吸が短く浅くなって苦しく、震えだす口を放りながら、半ばあきらめつつも走る。
ふと、ノアがこちらを見た。
彼女は喚起することも、遅すぎる登場に憤慨もせず、ただただ涙を流しながら、
「ハルカッッ!!!!」
俺の名を叫んだ。
叫ばれて、彼女が俺に助けを求めている事をもう一度自覚出来、途端に足が軽くなる。
「ノアッッ!!!!」
俺も叫ぶ。
爆発的な加速を更に重ねた俺の足。もう感覚が無くなり始めていた。それでも振り絞れ。
「あああああああああああああああああああッッ!!!!」
俺が声を出して、会心の剣戟を放つ。距離は無きに等しいほど短く感じた。
遂に、強烈な打撃音とともに、俺はパウリノの振り下ろす直剣を切り上げた。彼の剣は重く、正確にノアの急所を狙っていた。躊躇う事の無い殺意を感じた。
初めて俺の存在に気付いたであろうパウリノが、驚愕の表情で飛び退く。その隙にノアを抱え、パウリノの元から奪還した。
「ハルカ……!! 本物!?」
「ああ、本物だ。俺から、離れるなよ」
上がる息を必死に整えつつ、ノアにそう言い聞かせる。
遅れて重装の神官達がやって来て、あっという間に俺の包囲網を仕上げてしまった。
「どういう事だ君は。商会の船の出航はあと一時間無いぞ」
俺に手を止められても、パウリノに余裕そうな笑みは消えない。
「こんな事に気が付いて、立ち止まっていられる方がおかしい」
「どうだろうね。僕ならこんな状況に一人飛び込むなんて焼け石に水だと判断するけど」
剣を軽く振って、周りを囲む十五人の神官の存在を示す。
「……なんで、こんな方法を取ってまで。木鉱を手に入れようとしたんだ」
頭の片隅で脱出方法を模索しつつ、そう尋ねた。
「そうだね。まぁ無謀でも人間的な選択をした勇気に免じて教えてやってもいい」
「理由は一つ」と剣を地面に突き刺した。
「この島が、あまりにも貧しすぎぎるから。何十年か前、浮島の操船方法が未熟で、貿易を求める他の海樹都市や大商会が居なかった頃ならそれでも良かったんだけど」
なんでも、この島はただでさえ他の島よりも島の面積が狭く、さらに海樹自体高価な木鉱を生産できない為、他の海樹都市よりも栄えなかったそうだ。
「浮島が現れて、他の島から高価な木鉱や先進的な技術が流入してからというもの。僕達の島の生活は、他の海樹都市の技術に頼り切りになってしまった。より便利な生活を求めるのは、自然なことだからね。それは勿論、そいつらへ一方的に金を支払う事に他ならない」
高度な技術が自分の島に無いのに、それを必要とする生活を求めれば、やはり他の島から買い求めなければならないからだ。とパウリノは言いたいようだった。
「……なるほどな。だからそれを何としても止めたいと考えたのが、お前たちだってのか」
「そうさ。僕達は何としても止めるために、他の都市の技術力に追いつくために多大な金を要した。だからこうして…………ノア、君を殺すんだ。それだけで僕達は金を手に入れて、少しでも島民の生活の負担を軽減でき、同時に未来への希望が育まれる」
パウリノは目線を、俺の腕にしがみつくノアに移す。
それは即ち。ノアを生贄にして初めて、この都市が他の都市と対等になれるのだと言っているのだ。必要な犠牲。必要悪。そう信じ込んでいるのだろうか。
だが、俺は疑問を抱いた。
「それも……建前だろ」
「どうしてそう思う?」
「単純に、もうこの方法は何百年もされてきたんだ。少しくらいこの島は栄えていても良いんじゃないかと思う。それなのになっていないのは」
簡単だ、と海樹の中心。ノアの家を見やる。
「お前らがこうして無償で莫大な富を人々に与えた結果、この島の島民は、収入の大半をこの祭りに頼ってしまったんじゃないのか」
普段からの収入に、祭りの利益を重ねるのでなく、普段の収入を減らしても、祭りの利益が有るから大丈夫だと甘えた。
結果的に島民の貧富度合いは変化することなく、むしろ努力なくして金を得ることが出来るようになった今。この島に向上心は生まれず、より高度な技術も生まれなかったのだ。
言い切ると、パウリノは「御名答」と拍手した。
「そうだ。この島の状態を改善しようとしたのに、むしろ他の島との技術の格差は、いつのまにか文明の差までに進展してた。もうこの祭りなしでこの島は生きていけない。これを始めた時、島民にまで木鉱を取れるように計らったのは失敗だった事は明白だ」
「繰り返し言おう」と目を瞑る。
「だから彼女は、この島の存続の為に死んでもらう」
パウリノが、しかとノアを見つめる。その目は何よりも現実を見据えていた。
でも、俺はノアをそんな理由で離す事は出来なかった。
震えるノアを、何の罪もない少女を見ごろせはしなかった。
「パウリノ、お前のいう事が正しいのかどうかは俺には分からない」
そう、睨みつける。
「だが、こんな事をしなくても、いつしかこのままじゃだめだと考える島の人間が現れて、その考えが伝染して、人々が努力で他の島の技術力に追いつく時を待っていれば、まだ良かったんじゃないかと思うぞ」
「そんな都合よく、学のない人々は気付くかな」
「何も手を貸さないと言っているんじゃない。そこに神殿の必要性が有るんだからな。だから、お前が言うように、せめてこの島の子供たち勉強を教えるとか。そういった方向で手を出して、気付くことを促せば良かったんじゃないか?」
「でも、もう遅いんだよ」
パウリノはふと顔から笑みを消す。真っ向から理解できていないのだろう。
でも俺は、数年前、エレインさんが人殺しだった俺を連れ出してくれた時と同じように。誰も理解してくれなかった、俺の中に眠っていた「寂しい」という気持ちに気づいてくれたように。ふとした瞬間。人と違う事に気が付く人間が居る事を信じている。
だがそう信じているのは俺だけかもしれない。パウリノのように分からない人間に無理やり教えるのは、とても厳しいのかもしれない。
そこまで考えて、どこか、兵士だった俺とパウリノは似ているのかもしれないと思ったが、そんな訳ないか。でも、そうだとしたら、俺とパウリノは絶対に分かり合えない。
出来るのは、どちらかが己の意見を貫く事のみだ。
「まぁ、俺にとってこの島がどうなろうが知ったこっちゃない。出来るのは、いつかお前等自身が間違いに気づくことを祈るばかりだ」
ため息を吐いて、太刀を構える。
ノアを俺の背後へ移し、おぶった。
「じゃあ、全員で掛かって来いよ。一人一人気付かせてやる」
そう格好つけて言い放ってみたが、ついにこの状況から逃れる手段は見つからなかった。
本当に畳みかけられたら、間違いなくノアを護れない。
「おい! 海樹!」
『なんでしょうか』
叫ぶと、今まで静観を決め込んでいた海樹が返答した。
「何でこんな事を許す!」
目は神官たちを伺いつつ、訊いた。




