ひどい
神殿が、同じような手でアルカナムを発生させようとしていたならば、納得がいく。例えば、そもそもノアは、神殿が海樹に預けて育てさせた。愛を注がせた。そして、一定期間まで育てさせて、愛せざるを得なかった子供を奪い取るようにして、悲しみ、寂しさを引き出させているとしたら? そもそも海樹から人間が生まれるはずがないんだし。パウリノが彼女を探していたのは、その祭りを名目にした計画が露呈してしまう事を恐れたからかかもしれない。
そういえばパウリノは祭事執行官だと零していた。人探しに一番関係なさそうな役職だ。
ここまで来たら妄想だろうか? ――――いや、だから……
「だから、この祭りは数十年に一度なのか……!」
「ど、どうした?」
「エレインさん! 今直ぐ浮島に戻って武器を取りに行かないと!」
「え、ええっ!?」
「先に帰ります!」
「えええっ!? なぜだ!?」
突然すぎる俺の動きに、驚いてあたふたするエレインだった。しかし彼女に説明する時間さえ惜しい。遠慮なく浮島へ走り出す。
一度考えだしてしまった妄想も、それなりの事実が絡めば信じたくなってしまう。
何にせよ、ノアにまつわる悪い予感が留まる事を知らない。
そして今、ノアの存在を知っているのは俺とエレインさんしか居ない。
走る。全力で走り続ける。
今から祭りの開催まで、猶予は夜まで。つまりあと半日。その前に海樹が一時侵入禁止になる時間帯がある。その時間帯には既に突入。
俺の予想が正しいのなら、神殿による部隊が、もう海樹に潜っているはずだ。
焦りが混じった汗を流しながら、俺は更に足を速めた。
こんな祭りが、有って堪るか……!
白亜の鎧を身に纏った神官、総勢二十人人が、満を辞して海樹の中心部の入り口を全て取り押さえていた。
装備は重装備に重装備を重ねている。この海樹中心部到達を確実とする為の護りだったが、辿り着いてしまった今。胴の鎧は捨てずとも、暑苦しい兜を脱ぐ者は多かった。
もうここまで来てしまえば、こんなものは必要ないのだ。敵は居ない、居るのはただ無情にその命を刈るべき標的だけ。
そんな中パウリノは、入口を防いでいる神官達を置いて、一人中心部の更に中心を目指す。
こんな汚れ仕事を請け負うのは、この島に希望を抱く部下には荷が重い。自分一人だけで十分だ。
中心には、煌々と光り輝く神樹が有った。この仕事に就いて初めてここへ来たのは十五年前だったか。あの時、殺した無垢な少年の姿は、今でも頭の奥にこびりついている。
かなり抵抗が有ったが、この島の為であれば必要な犠牲なのだと信じている。
「やあ、久しぶりだね」
『…………また、同じ事をするのですか』
「ああ、これも一重に君の愛する人の子の為だよ。さあ、ノアを出してくれ」
にっこりと、自分を偽る仮面を顔中に広げる。
『やはり、断ることは……』
「駄目だ。……いつも君はそうだね。ノアをここへ戻すときも、さっきまでも、あんなに鉱虫を凶暴化させて。無駄だって分かっているのに反抗する」
『……………………』
「さて、ノアを出してくれ」
海樹は返事をしない。ここまで愛してきたわが子を手放すの事が辛い様だ。何をどうしても辛いのだから、さっさとしてしまえばいいのに。パウリノはそう思った。
時間を掛けてから、海樹は一言。
『ノアなら、すぐそこに』
「すぐそこ……? おっと!?」
意図が分かって、振り返る。すぐ後ろに、木の棒を大きく振りかぶっている張本人が。
驚いたが、自分を殴ろうとするその腕も、非力な少女ではのろい。容易に避けられた。 数歩だけ後退して、間を取る。直ぐにでも反撃して殺せば良かったものを。何をしている。
「あ、あたしを殺しに来たの?」
震える声には、憎しみよりも恐怖が強い。なら、なぜ殴ろうとしたんだ。大人しく殺されろ。
まぁそうは出来ない事は知っているが。笑いかけてやる。
「どうして……」
「君が死んで、母親が悲しんで、出来た木鉱の金で島は発展する。それだけさ」
笑顔の絶えないパウリノに、ノアは戦慄を覚える。
「た、助けてはくれないの?」
「海樹は侵入禁止。ここの入り口は神官が守ってる。逃がさないよ」
それに、誰も入れさせない。
「死ぬしかないの?」
「そうだ。元々その為に、君はここに預けられた」
出来る限り冷淡に、残酷さを含めて言い放つ。
「それって……! 私はお母さんの子供じゃなかったの?」
今までで最も悲壮な表情で、ノアは愕然とする。
「そうだ。僕が十五年前ここに連れてきた」
初めて真実を告げられて、ノアは絶句した。信じたくなかったが、人間が木から生まれない事はすでに知っていて、否定はできない。そんな顔つきだ。
彼女は力が抜けたように膝を地面に突いて、崩れ落ちた。
「ねぇ…………お母さん。お母さんは私をこの人に殺させるために外に出したの!?」
返事は勿論ない。答えられるはずがない。海樹は、愛に飢える生き物だ。愛の無い非常な言葉を人に掛けはしない。逆にそれが、何よりもむごたらしいメッセージになるのだが。
ノアにとって、この場の唯一の味方は、母なる海樹だった。その無言が、彼女の感情を大きく抉り取った。
「そんな……酷いよッ!!」
目を覆う事もせず、ノアはぼろぼろと泣き始めた。
「……ハルカっ……」
ノアはすがるように名前を呼ぶ。パウリノに情が湧く事はなかった。その名前に、むしろこめかみが痙攣した。
「さあ、死のうか」
声無く、泣き続ける少女に、そう言ってやって剣を抜く。
出来るだけ苦しませないように研いでおいた剣だ。むごたらしい殺し方をしても、海樹には『怒り』の感情が無いので怒る事は無いので大丈夫ではある。しかし自分自身そういうのは好まない。
一息にすっぱりやってしまう方が気持ちがいい。
剣がノアの首筋に付けられた。
じゃあ、さようなら。
心の中で呟いて、剣を振りかざした。
しかし、人生最後の大事な一瞬に、死にゆく少女は、また男の名を叫んだ。
のどがかれることお構いなしの全力で出したそれも、虚しく拡散し、その男に届くことなく消えてゆく。
最後まで救いのない少女に、パウリノは微塵も情を感じることなく。
――剣を振り下ろした。




