三日
三日が経った。
ついに降臨祭当日である。
予定通りに物事が進んでいれば、この日は朝から大勢の商会員が祭りに向けて準備をしていたはずだった。しかしあんな事が起こってしまえばそう都合よくいかない。
準備は行っているにしても、浮島中の人間がしていたのは出航の準備だ。
なぜか。俺達の商会はこの日の昼。降臨祭の開催直前をもってバラバ島を離れる事が幹部クラスの会議で決まったらしい。
勿論、その最大の原因は、三日前にエレインさん自身が神官によって襲撃されたことだ。相手がただの敵対商会だったり犯罪者であったりすれば、まだよかった。それなら神殿の神官に申し出てしまえば指名手配の後事件は解決する。
だが当の神官が、この島を統率し支配する彼らが直接手を出してきたとなれば、外からやってきたたった一つの商会は打つべき手は無かった。
それにこの島に来た理由は、神殿が催す降臨祭に有る。無理やりに参加すれば、何かしらの方法で妨害に有ったり、最悪負傷者が出る可能性も在る。なので、既にこの島に留まる必要性は消滅し、もはや危険しか残っていない訳で。やむなく出航が決まったのであった。
「暇……」
俺は特に動かす持ち物もなく、家の外に出てぼーっと座りながら時間をつぶしていた。
……ノアが居なくなって以降、やることが無い。
さぁ、と頬を撫でる海風は少し冷たかった。
偉い役職の人間からはこれ以上関わるな、詮索するな。と言われているものの。 俺としてはどうして神殿の連中が裏切ったのかが気になって仕方ない。
理由を聞くと、エレインさんに聞くと、「建前上は私たちがこの島の経済に大きな損失を与えるからだ」と言っていた。
曖昧すぎるし、じゃあ本音は何なんだという疑問だけが生じる。後、パウリノは俺達商会を歓迎し、大事に扱うような発言を喫茶店前でしていたが、それとは真逆の意見だと思った。
まぁ俺が何を気にしようと、エレインさんが襲撃された事実だけあればここに居る危険性は証明されるので、商会が直々に調べてくれはしない。特に俺なんかが頼んだって。
ならば、俺は黙って身を任せるのみ。
あーあ、もう一回くらい海樹に潜りたかったなー。
なんてぼやいていると、またアンチ俺な青年達がやってきた。やはり所見の奴らばかりで、今日は女の子も入っている。中々可愛らしい。その他、ごつい奴ら三人、いや四人。男の数とか数えるだけエネルギーの無駄だ。
彼らは座り込む俺から距離を取った地点で総員仁王立ちする。
最初に口を開いたのは、なんと女の子だった。
「ねえ、あんたの所為でエレインさんが襲われたんじゃないの」
「なんで」
「皆どうして神官が襲ってきたのか分からないって言ってる。もしかしたら、あんたが人殺しだから神官が殺しに来たんじゃないの。それを仕方なくエレインさんが止めてくれたんでしょ」
その発想は無かった。
「あー……、それはあるかもな」
「やっぱり…………!」
はっ、と笑い飛ばすように笑い、ごみを見る目で睨まれた。やめろよ、興奮するだろ。とか言ってみたい。嘘です。
今度は後ろに仁王立ちしている男が言う。
「おいこら、だったらさっさとこの商会の皆に謝らんか」
「いや、でも俺を海樹の中で殺す必要なんて無いだろ。そんなの普通の手段で逮捕、処刑で済む話だし。第一、元兵士を一々襲ってたらきりがない」
「お前は兵士じゃない。殺し屋として育てられたガキだろう」
「でも人は選ぶから殺し屋じゃないし」
「一緒だ!」
えぇ、話がおかしい。
じっと見つめていると、何だか空気が緊張してきて余計面倒になりだった。別に刀も持ってないし、斬りかかったりしないのに。
「ハルカ」
突如、頭上から声が降り注ぐ。一貫して気迫を感じるこの声は……
「あー、エレインさん。いい所に」
「どうした、何か有ったのか……と聞くのは野暮だな」
エレインさんは俺の後ろで同じく仁王立ち。ぎろり、と正面の男どもと女の子を睨みつけた。
自らを敵視されたと認識した女の子は、手ぶりも交えて懸命に声を張った。
「そいつの所為でエレインさんが殺されかけたんですよ! 誰も何も言わないから私たちが……!」
最後まで言い切らずに、俺を睨む。
「馬鹿か、お前たちは。それがこじ付けだと理解した上でそれを言っているのか? 分かっているのなら救いようのない馬鹿だが」
「そんな、違います」
「何が違うんだ? 何にせよ馬鹿な真似をしたものだ」
「エレインさん………………!」
擁護していたはずの相手にここまでこけにされて、女の子とその他人間は顔を真っ赤に染めて、黙り込む。
相変わらず容赦のない攻め方をするエレインさんに、俺は微かな恐れを感じるのだった。
「ハルカ、お前まだ売れてない木鉱が有るだろ。町まで付いていってやる。取引練習の続きだ」
彼女はこれ以上いう事は無いとばかりに俺を見、険しかった顔を普段の真顔へと変える。
「……あ、あれまだ覚えてたんですね。了解です」
立ち上がって、俺は腰に付いている巾着袋に目を遣った。確かに、パウリノに買い取ってもらっていないものがいくらか有る。
エレインさんは俺が頷くとさっさと歩き出してしまうので、駆け足で追いつく。後ろからの憎々し気な視線が気になったが、わざと気付かないふりをしておいいた。
俺達の出航は島中に広まっているので、もう俺達が襲われて人質になることはないだろうと、取引はやはり神殿を選んだ。
町に出ると降臨祭当日だけあって、いたるところに華々しい装飾が施されていた。夜に明かりを灯す発光水晶もふんだんに配置され、出店が軒を連ねている。本番になれば、さぞ賑やかになるのだろう。
真っ赤な合弁花の花を、道行く人の数人が胸に着けていた。祭りで、海樹に入り例の木鉱を採取する権利を得たい者は、あれを付けて祭りに参加することでそれを得るらしい。
そんな活気づいた街を通り抜け、あの神殿へと遣ってきた。俺とエレインさんが来ても神官達に変化はない。パウリノ達の一件は、あまり知らされていないのだろうか。
気にしながら、階段をのぼり中へ入った。
「ほら、行くぞ」
「あ、はい」
「はぁ……ずっと思っていたが敬語に戻ったんだな」
「いや、上官ですから」
降臨祭によって人が溢れる中、二人で買い取りを担当する鉱蔵官とやらまで進む。今の時期に木鉱を神殿に買い取ってもらえるのは珍しいらしく、その中年の男とはすんなりと話が出来た。
中年の男は愛想よく世間話を仕掛けてきたが、そんな暇つぶしに応じる時間もない。半ば無理やり、腰の巾着袋の中身をぶちまけた。少し不満げだったが知らん。
「お、これは」
男が、とある欠片を手にして、不思議そうに声を上げた。
それは俺が偶然手にした聖鉄アルカナムだった。青白い輝きは焦ることを知らず、掘り出したあの時の状態を維持している。そういえばすっかり忘れていた。
エレインさんも俺がそれを持っている事が意外だったようで、「ほほう」と驚いていた。
彼女曰く、これは希少な木鉱。もしかしたらかなりの値段で売れるのではないか。
期待を込めて、尋ねる。
「それ一週間前に取れたんですよ。どうですか」
「あ? 一週間前?」
まるで信じがたい発言を聞いたように、男は目を丸くした。何かおかしい事でも有ったのだろうか。エレインさんと目を合わせたが、分かりかねていた。
俺達が言っている事が何を意味するのか分かっていない、と男は気が付いたのだろう。手のひらサイズのアルカナムを俺の巾着袋に置く。買い取ってもらうのに、その行動はおかしい。
「? 駄目でしたか?」
「駄目も何も、それ、降臨祭の期間内でないと取れないはずなんですよ。もしかして去年の…………、いやそこまで色褪せてないもんなぁ」
「期間中だけ? じゃあ何で採れたんでしょうかね?」
「分からん、こんなイレギュラーは初めてだ。アガレスが実はもう死んでるのか?」
これは怪奇、と唸る男は俺を見つめると、
「こんな事、神殿の神官どもにバレたら確実に詐欺だって言われちまうさ。そうなる前に、とっとと帰った方が良いぞ。黄木鉱は買い取ってやるから」
そう金を無理やり渡すと、男はさっさと俺達を帰したがった。俺の背中をおして、人の込み合う入口へとじりじり移動を促す。しかしそれでは肝心の値段交渉が出来ていないではないか。
エレインさんの方を眺めてみたが、彼女はなぜかぼーっとして押されるがままだった。
別にいいのか?
そのままついに入口へ到着し、「またな」と男は言って、そのまま元の買い取り相談所まで引っ込んでしまった。
「エレインさん、良かったんですか?」
彼女に話しかけて、ピクリと動き出したものの、何かを考え込むような仕草を取る。
しかしそれも一瞬、直ぐに我に返った彼女は思い出したように顔を上げ、俺を見た。
「すまない。それで結局、アルカナムが降臨祭で採れたわけだが、やっぱり何が原因で大量発生するのか、気になってな」
「ああ、そういえばあのアガレスも居ないですしね……」
それを考え込んでいたのか。確かにそれは不思議だ。この島で一般的になっていた、特殊な鉱虫が死亡することで木鉱が発生するという説は間違っていて、神殿が嘘を発表していた事はこの目で確認した。
となれば、やはり
「やっぱりエレインさんが言っていた。樹の感情が影響するんじゃないですかね。なんか俺達とも話せるようだったし」
「やはり、そうなのかもしれんな」
「はい」
てきとうに考え付いた予想を、特に精査することなく言ってみた。エレインさんはそれ以上考える事は無く、「それでは帰ろう」と歩を進め始め出す。俺も付いていこうと歩き出して、直ぐに立ち止まった。
「いや、待ってください」
「何だ、まだ用事でも有るか?」
「いや……」
そうだ。アガレスが居ないとなれば、より信頼度が高いのは「樹が感情を発露させた時、意図せず自然発生する」という仮説。そしてこの祭りで採れるのは『聖鉄アルカナム』。
「エレインさん、そう言えば俺に木鉱の発生過程を教えてくれた時、アルカナムの話をしていましたよね」
「ん…………? ああ、人が去った海樹に、それが大量発生した話だな」
「樹の感情が原因だとしたら。そこに宿っていた感情って何でしょう」
単純で明快過ぎる問題に、エレインさんは間髪入れず回答を出す。
「それは勿論『悲しみ、寂しさ』。そう言ったマイナスの感情だろう」
そう、悲しみ。寂しさ。
それがこの降臨祭で、海樹が爆発させる感情。
「おかしいじゃないですか。祭りって楽しいものなのに、出てく木鉱がそんなものだなんて」
見出すことが出来る疑問は、エレインさんの仮設を知る者ならば誰もが行き付くはずである。
「…………そういえば、おかしい」
彼女の同意を得て、俺が今までに蓄えてきた疑問が急激に混ざり合い、思考がどんどん加速する。
特に、どうしてアドウェナ商会の存在が神殿にとって不都合だったのか。
懸念していたのは、先のエレインさんの『仮設』を知る者が、この考えに行き付くことであったように思えてならない。
ではなぜ、ここに思い至って欲しくなかったのか。
神殿が、嘘を付いてまで隠したかった行いが、裏で進行していたからじゃないだろうか。
そう言えば、俺が今持っているアルカナムを手にしたのは何時だったか。ノアが自らの家を好奇心故に出て行ってしまったあの出来事。今まで一度も起らなかったという、期間外にアルカナムを手にするイレギュラーと日にちは被っていた。偶然ではないのかもしれない。
ノアが居なくなってしまった故に、海樹が悲しみ、寂しがり、アルカナムをあんな場所へ作り出してしまったのだ。




