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絶海のノア  作者: komono
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戦闘の先に

「チッ、チチッ!」

「ノアからもっと離さないとな!」

 間を置かず、正面から突撃を試みる。もちろん正面から来た敵を、その巨大な鎌が見逃すはずがない。ヘッドマンティスの迎撃方法としては最悪だ。

 予想通り、二つの鎌が唸り声を上げて俺に斬りかかる。右の鎌は頭を狙い、左の鎌は足元を狙っていた。

「おらっ!」

 二つの鎌が交差するタイミングで、前方に思い切り飛ぶ。頭上と腹の下の両方。そこを高速で動く刃物が斬った。キュンッ!! と冷や汗の出る風切り音が鳴る。刃に少しでも掠ればその部位は瞬く間に切り取られることだろう。

 飛んだ体を、受け身を取るように前方回転をして姿勢を元に戻し、再び走り出す。その時点で、俺とヘッドマンティスとの距離は、ちょうど太刀の間合いであった。

「チチチッ!!」

 途端。小鳥のような鳴き声を上げて、そいつは大きく羽を伸ばした。

 後ろへ飛んで距離を開け、俺の間合いから飛び出す為だ。逃げられるが、それでいい。

 バサッと羽がたなびきながら羽ばたく。ここが海樹であれば大量の砂煙が発生したことだろう。強烈な風圧が発生した。

 そのままヘッドマンティスは浮遊すように後方へ飛んだ。

 俺はその風に身を任せるようにノアの元へ駆け寄る。

「大丈夫か!?」

「それはこっちの台詞だよ! 後ろ、また敵が来てるよ!!」

「いや、ここまで離れたら逃げ切れる!」

 それ以上会話はせず、ノアを抱えてパウリノ達とエレインさんの元へと走る。それを不安げに見ていたエレインさんが、俺が逃走を選んだ事を察知した。周りの神官へそのことを大声で伝えてくれた。

「鉱虫を倒すのは諦めて進もう!!」

 それにパウリノが応え、全体の指揮を執る。その声が耳に入った神官たちは素直に命令を聞き、進むべき通路へと走って行った。

「僕達が殿を務める! 走れ!」

 パウリノの元までたどり着くと、彼は声を荒げた。

 周りには先ほど通路へ向かわなかったあの女性神官が一人。彼女もまた頷いてそう促すので、俺はそれに従って通路へと走った。

 後ろからは、俺が逃走を決めた事にようやく気付いたヘッドマンティスが、また羽を伸ばしている。今度は逃げつつある俺達めがけて。

 ノアを肩に担いだ俺が、狭い通路に入ることができたのは、ちょうど奴が飛び立つ直前だった。


 逃走によって難を逃れる事ができた俺達は、その狭い通路で休憩を取っていた。誰かが支持をした訳でなく、長時間全力で走った反動で膝を折ったというのが正しいか。

 中でもノアを担いでいた俺と、ヘッドマンティスの体当たりを食らって肩が脱臼した女性神官は群を抜いて疲れていた。

 女性神官は自分で肩をはめ込んだ途端に元気になった。恐ろしい忍耐力だ。

「ノア、エレインさん……すいません。荷物を全部置いてきてしまいました」

 ようやく安全を確信して刀を鞘に納めつつ、謝る。

 先ほど逃げる際、荷物の存在をすっかり忘れてここまで来てしまった。もう取りには帰れない。

「良いにきまってるよ! あたしこそ、足引っ張ってごめん……」

 申し訳なさそうにノアも謝る。

「そうだ、気にする事ではない。あの状況であんな大荷物と人一人担いで失踪できる者などいまい。それにこれは半日で終わる予定なのだろう? それ位食料なしでも大丈夫だ」

 追随してエレインさんも声を掛けてくれる。

 二人とも怒っていないようで、安心した。

 それで気力を振り絞ることができた俺は、ここまで走っても息一つ切らさず剣を研いでいるパウリノを見つめる。

 訊きたいことがあった。

「パウリノさん」

「ん? 何だ」

 研ぐ手を止め、微笑を浮かべた顔を俺に向けた。

「どうして安全区画だってのに鉱虫が出てきたんだ」

「どうして……、そんな事僕自身が知りたいよ。何せ海樹に入ったのはこれで初めてなんだから推測もできない」

 にっこり笑いながらも少し困ったように首を傾げる。

 しかしその言い分は少しばかり怪しい。

「鉱虫が現れた時、やけに冷静だっただろ。安全区画に鉱虫が現れない事くらい誰でも知ってるんだから、誰だって慌てたはずだ」

「……いやぁ、それは戦闘訓練の賜物だろうね」

「どんな訓練だよ、それ」

 疑るように言っても、パウリノはまた剣を研ぎ始めてしまった。

 これ以上話す気は無い、意志の表れだろう。

 安全区画が安全である事は、俺達がこの海樹で行動するにあたって最低限の前提だ。それが覆ってしまったとなれば、どんな豪胆な者でも一瞬はたじろぐ。

 なのにパウリノは至って冷静だった。彼一人だけではない。神官全員にそれは当て嵌まった。

 あの時は練度の高さに寄るのかと安直に考えたが、全員が全員一糸乱れず動き、冷静だったというのは有り得ない。

 あの時は流石のエレインさんも、やはり動きが遅かった。

 それなのにあの様子ならば、あいつ等は鉱虫の出現を予め知っていたのではないか、と俺が疑ってしまうのも仕方ない。

 エレインさんも会話を聞いて流石に怪しいと思ったのか、パウリノに話しかけようとした。

 しかし遮るように、彼は剣を納め、部隊の人間に声を掛けた。

「さぁ、休憩はお終いだ。ここから続くのは中心区画。鉱虫の巣も在る、恐らく怪我を負う者も現れるだろう……」

 そこからゆっくりと立ち上がる。

「しかしこれも全ては無垢な少女の為、皆心を奮い立たせろ! 覚悟して任務に臨め!!」

「「おおーっ!」」

 神官たちは口を揃えた。

 言葉を遮られたエレインさんは多少の不満を顔に浮かべたが、直ぐにあきらめたようにため息を吐く。

 俺としては、その掛け声さえもどこか取り繕っているとさえ思えて仕方なく、密かに眉をひそめた。

 不快な心境が、俺の思考を加速させ一つ想像に至った。パウリノ達神殿の人間は、何か俺達に隠しているのではないだろうか、と。


 中心区画に入ってから数度目の鉱虫との戦闘を順調に終え、順調に進み続けていたその時間帯になっても、未だ俺の心のもやもやは晴れなかった。

 どうにかしてパウリノに対し持ってしまった疑いを忘れようと、一心に戦いへ集中したのだが、自然と目線がパウリノへ向かう。

 そしてその絶えない微笑みを見れば見る程、パウリノへ俺の意識が傾いてしまう。

 うーむ、どうしたものか……。これではまるであいつを好きみたいではないか。

「な、何を怖い顔してるの……?」

「ししし、してねぇよ!」

 パウリノに恋なんかッ!! 

「どうしたの……」

 俺の横を歩きながらも軽く距離が開いたノアを見て、落ち着きを取り戻した。

「あ、すまん。考え事しててつい」

 訳もなく声を荒げてしまったノアに頭を下げる。

 ノアに意味もなく怒鳴りつけたとあらば、エレインさんが黙っていないのではないかと逆にビクついたが、彼女は今先頭で哨戒に当たっているのでその恐れはない。危ない危ない。

「それで何を考えてたの?」

「いや、ちょっとな」

「もしかして、パウリノさんの事?」  

 何も不思議な事をいうのではなさそうに、ポロリと言った。

「なぜそれを……」

 ノアは平然と言い返す。

「二時間前からずっとあの人の事見つめてるよね。嫌でも分かるよ」

「そ、そうか。バレバレだったか」

「うん……、それであの人の何が嘘だと思うの?」

 そこまで推理付いていたのか、ともう一度驚愕する。

「今更隠そうとしないでよ?」

「お、おう」

 不満げに睨んできたので、話す。

 ノアが一応依頼主ではあるし、別に俺が何を考えているかくらい話しても大丈夫か。

 というわけで手短に、安全区画でパウリノ達が冷静過ぎた事を告げた。しかし口に出してみれば、一転してただ神官達の精神力が俺達よりも強いことを、俺が認めたくないだけのように聞こえる。

「そうなんだ……。ま、ハルカが疑うのもしょうがないのかな」

「そうなのか?」

「だってもう何百回、何千回とこんな樹の中に入ったことが有るんでしょ? だったら、自分たちよりも経験の浅い人が、自分よりも場慣れしてたらおかしいもん」

「…………」

「だから、あたしはハルカを信じるよ。確かにあの人、出会った時から感じ悪いし……」

 ノアが軽く目を細める。

 先頭で絶え間なくエレインさんに話しかけては無視されているパウリノの事を見ているのだろう。

 俺はその様子を苦笑いで伺った。

「でも、勿論間違ってる可能性も在るぞ」

「そうだよね。だけど『人の子は疑う程に賢くなる』って教えもある」

 初耳だ。それは神殿の教えだろうか。

 その教えとやらは、人の存在の核心を突いているようなそうでないような気がした。しかし神殿が教えるにしては少しひねくれた考えだとも思う。

「それは誰の教えだ?」

「何言ってるの? あたしの知識は全部樹から来てるんだよ?」

「樹……? ああそうだったな」

 かの暗い喫茶店で、ノアが自分の生まれを語った時の事を思い出した。あの設定をこいつは貫き切るつもりなのだろうか。そうだとしたら中々無理があるんじゃ……と思っても口には出さずに受け流す。

 そこで会話が途切れ、俺とノアは再び前を向いて黙々と進む。ノアは今の状況が不安だから余り喋らないのだろうが、俺は元々口数が少ない部類の人間なのでこれが普通の状態。

 思えば他人と話しているのは俺達だけだったのだ。パウリノとエレインさんは会話が一方通行なのでそもそも会話ではない。

 靴の音だけが響き渡る状況で俺達だけが騒いでいるのも何か変だったのかもしれないな。

 と、周りを改めて確認する。

「……?」

「どうしたの?」

 ノアが俺の異変を察知して尋ねた。

 やけに前方が騒がしい。

 耳を立てると、何やらエレインさんが声を張っていた。鉱虫が現れたわけでもないのに、どうしてそんな事を。

 考えるまでもない。何か、何かが有ったのだ。

「何か有ったみたいだ。行くぞ」

「う、うん」

 俺はノアの手を握ると、一目散に前へ走った。

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