侵入
門を潜り、海樹の内部へ入る。いつも通り徐々に日光が遮断され、反比例して発光水晶の暖かい光が辺りを照らし出す。
この人生でこの光景を見た回数は千回を優に超えている俺としては、この光景はもう生活の一部でもあり、そして恐怖への入口でもある。
「なぁハルカ」
「……なんですか?」
唐突に声を掛けたのはエレインさんだ。その声が密かに反響した。進むにつれ周りの壁が表皮の木材質から鉱物に似た岩質へと移り変わっているためだ。
「確かこの島では降臨祭の期間発生する木鉱は、鉱虫アガレスが寿命を迎えるために大量発生するのだと言っていたな」
「俺はそう聞きました。この都市ではその考えが一般的だそうで」
「そうか……」
水晶の明かりに照らされて、はっきりとした顔立ちに陰影を作るエレインさんが、こちらを見ずに返事をした。
「どうしたんですか、まさか、怖いとか?」
「馬鹿か。この私が強大な敵相手というだけで恐怖するはずがないだろう。ただ……」
「ただ?」
エレインさんは一度俯いてから顔を上げ、しっかりと俺を見つめた。身長が同じなので、ぴったりと目が合った。
「その情報を発信しているのが神殿だというのがどうにも怪しくはないか?」
「……そうなんですかね?」
「普通なら、海樹内部の情報は初めに解明したものが世間に公表する。なのに今回、神殿がその情報を出したとなれば、最初にそのアガレスを見たのは神殿の神官だということだ。普通そういう類の謎は、海樹に一番近しい採掘師達によって成し遂げられるはずであるのに、だ」
「別に、謎の十割を採掘師が謎を解明するってわけでもないと思いますけど」
採掘師以外の人間が謎を解明する前例が有ったかどうかは知らないが、安全区画までは採掘師以外の人間も飲み物売りや小道具売りの商売目的で出入りする。その時に偶然、何か海樹の秘密を暴く可能性が無いとも言えない。
「だが見つけたのは神官だ。巨大樹の内部に侵入はするとしても、奴らの職業では命を無駄にする事は禁忌、なのになぜ危険な海樹の中心で秘密を解き明かすことができたのだろうな。不思議でたまらない」
考え込むように顎を抑えるエレインさんの表情は、決して深く考えているようではなく、ただちょっとした引っ掛かりがあり気になっただけというようだ。
俺もそこまでこの問題を重要視せず、とにかく今は先へ進むことに意識を割いた。
硬質な岩の床に、鉄板が敷かれた装甲靴が甲高く音を立てはじめる。静謐な空間がその音をやけに大きく誇張した。
それから変化が有ったのは、そろそろ安全区画も終わりだという出発の四時間後だった。
通路が切れて開けた広場でのことだ。
数度の休憩は挟んでたが長時間が経過していた事。何よりもまだ安全区画である事が俺達を油断させていた。それを狙ったかのようにあの鳴き声が響き上がったのだ。
断末魔のような歪に歪んだ声。間違いなく鉱虫から発せられるその声が、広場の向こう側に通る通路の闇から、無数の足音とともに距離を近づけてくる。
最初に気が付いたのは先頭を歩むパウリノだった。
「来たか……! 総員、抜剣ッ!!」
弾かれたかのように部下の七人全員が、シャランッと銀に煌めくロングブレードを鞘走らせた。同時に盾も構え、密集隊形を取る。練度の高さが伺えた一瞬だ。
エレインさんもゆっくりとレイピアを抜き、無言で前方の暗闇を見据える。
その間俺は、ノアをこちらに寄るように指示し、近寄ってきた彼女を近くの溝に隠す。五日ぶりにあの鳴き声を聞いた彼女は恐怖を思い出したのか、その小さな双肩を小刻みに震わしていた。
「だ、大丈夫かな……」
「大丈夫だ、この鳴き声はやっぱりアームドアントだろうけど、この人数なら三、匹位までなら余裕だ。装備も整ってる」
「じゃあ勝てる?」
「勿論、てかこの先はもっと多くの鉱虫と出会う事になる」
そう言って俺も荷物を降ろし、腰に括り付けていた長い鞘から太刀を抜き放つ。ずっしりとした重みが腕に乗り、俺は奮い立った。
乱戦は前方の神官たちに任せ、俺とエレインさんの二人が彼らの討ち漏らした虫を迎撃する構えだ。何としてもノアの元には行かせまい。
「来たぞ」
エレインさんが呟く、次の瞬間。
「――ギシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
どっと五体のアームドアントが、向こうの通路から溢れ出す。
そして出て来たと同時に奴らは突進を図り、神官たちの作り上げた壁を突破せんとする。
神官たちは二人一組でそれぞれ一匹の鉱虫を相手すると決めたらしい、高速で飛んでくる弾丸を、二人の盾をもってして食い止める。神官全員とアームドアントが衝突。
鉱虫の外骨格と、木鉱製の超硬質盾が発生させた激音は、耳をつんざく様な高音だった。
「ハルカっ!」
「了解!」
受け止め損ねたアームドアントが一体、俺達二人の元へと向かってくる。
呼吸を合わせるように、俺たち二人は突進から外れる。
重くかさばる盾を持たない採掘師は、このように突進してくる鉱虫を正面から受けることはできない。その代わり、鍛え上げ得られた反射神経によって――敵を叩き落とす。
「ふっ!!」
ガィィンッ
すれ違いざまの鉱虫の腹に、一発攻撃を加えた。節に攻撃が入らず致命傷を与える事はできなかったが、そのためにエレインさんが居る。
「たかが一匹、楽な仕事だな!」
レイピアが、俺の一撃で急に減速したアームドアントの腹へ、閃光の速度で差し込まれた。
単純な刺突。レイピアという細剣がなせる、単純かつ貫通力に優れた一撃。彼女の才能と経験によって寸分の狂いも発生しないその剣は、容易く敵を絶命させるのに至った。
「ギッ――」
死に際の鳴き声を最後に、アームドアントが沈黙。その目から紅の光を失う。
「俺、神官達の援護に行きます」
「いや私が行く、ハルカはノアちゃんの元へ行って安全を確保するんだ」
「わ、分かりました」
最低限の会話で次なる行動選択を終え、俺はノアの元へ、エレインさんは前線へと向かった。
ノアの傍へ駆け寄ると、不安そうな顔つきの彼女がはっとして俺を見た。
「だ、大丈夫だった?! 怪我は無い!?」
「大丈夫だって、さっきの見ただろ。瞬殺だ」
「見た! とっても強いんだね、二人とも!」
ノアと初めて出会った時、悔しい事に苦戦したアームドアントが数秒立たず切り伏せられたからだろう。ノアは興奮を隠しきれずに声を上げた。
あの時は獲物もさびれたナイフ一本で、仲間が一人も居なかった為に時間が掛かった。それでも今の様に、自らが長年に渡り使い慣れてきた刀と強い仲間が居るだけで、これほどまでに戦力は増強されるのだ。やはりパウリノやエレインさんの協力を得られたことは大きい。
前線を見る。四匹中二匹がすでに息絶えており、味方の被害はゼロだと分かった。これでもう安全だと思った。狭い溝で窮屈そうに座っていたノアを起こす。
だが彼女の手を引っ張り上げた瞬間、ノアが俺の後ろを見て顔を蒼白に染めた。
「ハルカッ!」
前線からはエレインさんの切羽詰まった声が届く。
冷静な彼女からはまず無い声音に、跳ねるように後ろを振り返った。
「――――ッ!?」
そこに居たのは、巨大な鎌がその手に持つ、俺よりも巨大なカマキリ。
目を鉱虫共通の紅の光で満たしている。黒に煌めく外骨格は光を受けても少しも光らない、艶消し作用を持っていた。
そいつはその隠密性を活かし、陰に隠れながら近づいて着ていたのだ。
ヘッドマンティス。
凶暴さと狡猾さを併せ持った、こんな所に出現するはずのない鉱虫。どうして、と立ち尽くしている暇は無かった。ノアを肩に担ぎ、足を爆発させるように動かして間合いを取る。
前線は近づいても危険なだけだと判断し、離れるように元来た通路の方へ移動した。
「投げるぞ!」
「え、また!?」
ノアを投げて、できる限り敵から離す。全力で投げられた彼女は、十メートルほど先に落下した。見届けてから、抜剣する。




