犬の刑
「こんなこと、エレインさんには言えませんよ」
「言えば多少なりとも協力はした。止めてもハルカには無駄なことくらい私は分かる。七年以上の付き合いだぞ」
「す、すいません」
「それは聞き飽きた。反省しているならもういい」
はぁ、とため息を吐いて地面に刺さっていたオールを引き抜く。引き抜いた後には大きな穴が開いていた。心配の表れだと今更気が付いた。それを直接俺にぶつけずに我慢してくれたのは、彼女が俺よりも大人だからか。
「それで、処分は……」
平身低頭、尋ねる。
「だから『一生犬の刑』だ」
「そんな処罰商会にはないですよ」
「なんだ、一週間の禁錮がいいか? 四日後には出発なのだろう」
「え、それじゃあ……?」
実質無罪放免だというのか。俺の晴れるような表情から察したエレインさんは頷く。
「条件付きだがな」
「条件?」
彼女は肉厚の胸を、頼もしくボンッと叩いた。音こそ違えどこの動作に見覚えがある。
「私も同伴する。ハルカとその神殿の者達だけでは頼りにならない」
やはり予想通りであったが、彼女はパウリノとは違う。素直に喜べなかった。
「いや、でもエレインさんほどの人がこんな無謀な挑戦に加担するだなんて、バレたらまずいですよ?」
「下っ端の人間が上官の心配なんてするものではない。行くと言ったら行く」
「い、いや……」
「行く」
「じゃあ最初に言ってたお金は……?」
「行く」
俺が最初に彼女に協力を求めたらあそこまで蹴落としたというのに、ものすごい心変わり。
自分の言う事は絶対だ、とばかりに頑として譲らないエレインさんは、形式として部屋の隅に追いやられているノアに確認を取った。
初めて俺に会った時からエレインさんの武勇伝を俺から聞いていたので、勿論「勿論良いですよー!!」と歓迎する。
依頼主である彼女に賛成を取り付けたエレインさんはにたり、と笑む。何が何でも行く気である。それにエレインさんが行くと言ってノアが了承したのなら、もう口は挟めない。俺はあくまでノアの依頼に従って動いているのだから。彼女も行動を共にすることは決まったのだ。
「エレインさんが良いなら……」
「ああ、だが共に戦うというなら立場は同じ、エレインと呼べ。さん付けは要らん」
「無理ですよ上官ですから、……じゃあ、お願いします」
俺が右手を差し出す。
「頑なだな、まぁいい。私が行くからには命の保証くらいはできるだろう」
エレインさんがその手を握る。
彼女は強い。ほっそりした見た目から侮る人間は多いのだが、一九という若さで幹部に付くだけあって、腕力に頼らない華麗な刃物さばきは誰にもまねできない領域である。
そんな人間、それも危険な場所での行動で何より大切な信頼できる人間が味方に付いてくれるのは嬉しかった。
何だか最強の援軍を呼び寄せた気分で、俺は握手を交わした。普段から剣を振り回しているとは思えないほどその手は細かったが、普段から剣を振り回している証拠である硬い皮膚がなんとも頼もしかった。
ありがとう、エレインさん……。
「まぁ、とにかくこの三日間は私の犬だからな。じゃないと行かん」
「ええっ!?」
5
げんなり、という表現が見事に当て嵌まる遅い足取りで街中を進む。
この三日間での道具の購入や装備の整理を通して、互いに親しくなったノアとエレインさんの二人は会話に花を咲かせ、後ろを歩く俺など見向きもしない。
俺と違って同じ女性同士。会話が合うのは分かる。ノアにだけため口を許すのも分かる。でもあんた等の荷物を全部持っている俺を、
「少しくらい労わってくれてもいいだろ……」
そんな悲痛な声も前二人には届くことなく時は流れる。
「おい、遅いぞハルカ」
「しっかりしてよー。東の門まであと少しなんだし」
で、二人が振り返ったと思えばこれだ。
「このでか過ぎる背嚢が見えません?」
俺が背負う皮の背嚢は巨大で、ノア一人くらい易々入れるサイズはある。それの中に張り裂けんばかりの物資を入れているのでその重量は並大抵ではない。
そう言えど、彼女達は心外だとでも言いたげに俺を見た。
「何を言うか、私とノアちゃんの荷物を全て持つ。そうすれば私は万全の態勢で戦闘可能。戦いに不向きなノアちゃんは直ぐにでも逃げられる。完璧だろう」
「俺の安全は一切考慮されていない気がする……」
「あたしを担いでも走れたんだから、それ位余裕でしょー」
あれは火事場の馬鹿力だと分かっていないらしい。あの後かつてない筋肉痛に襲われていたことは、格好悪いので隠していたが。
ノアの言葉に便乗するように、エレインさんが自らの胸に手を当てた。
「ほぅ、そんな事があったのか。ならばいざとなったら私もそうしてもらおうかな」
「え……」
「……?」
「いや……」
「どうした?」
俺が言葉に詰まると急に笑顔になる彼女の心理に、脅しが含まれている事を俺は知っていた。
だからあれは普段の力じゃ無理なんです! と咄嗟に言い訳しようと試みたが、それを許さないエレインさんが後ろに回り込む。
「何だ、無理なのか」
「え、何をなされるおつもりで……?」
「私は重いか……?」
いやいやこの流れはおかしいでしょ――うおおおっ!
途端、背中に背負う背嚢の重量が倍加した。彼女がその上に乗っかった事は容易に分かった。それだけなら良かったのに、さらに俺の耳をぐいぐい引っ張る。痛い重いで状況が最悪に。
歯を噛み締めていると、今度は前で様子を伺っていたノアが口を開いた。
「あたしも乗る!」
「シャレにならないからやめて!!」
これ以上重量が増せば腰がただじゃ済まなくなる確信があった。エレインさんだけでもビキビキ言ってるってのに……。それは彼女が身にまとう白銀の超硬質鎧の重みによる、とは一応弁解しておこう。
「ま、まじで止めて!!」
「えー、それ楽しそうなんだけど……」
「そうだな。人の上に座り、汗水たらして己を運ぶ者を上から見下すのは格別だな」
こんな街中でドS発動させるのも止めてくれ……、と俺の上でSっ気成分強めな笑みを浮かべているであろうエレインさんに言いたかった。すれ違う人々からの目線が痛いこと痛いこと。
げんなりとした顔つきをげっそりとさせながら歩を進めていると、ようやく目的地であり集合場所である海樹東門前へと到着した。
その前に長い階段が存在し、流石に情けを掛けてくれたエレインさんが背嚢から降りた。
やっとのことで身軽になった体を持ち上げるようにして白亜に輝く長い階段を上り終えると、そこではいつも通り、海樹に生涯を捧げる採掘師達が行き来している。
そしてその中に、会うのは三度目であるパウリノと、彼が編成したと思われる一団の存在があった。全部で七人。アドウェナ商会が普段中心探索に出かける場合、三十人以上で部隊を編成することを考慮すると、かなり少ない。
全員が神殿が神聖な色と定める純白の鎧にを身に着け、剣もみな統一して白い両刃のロングソードと思しきものを腰に下げている。そして背に大きな盾を一つ携えていた。今は必要ないからか、兜だけは外して顔を晒している。
神殿に所属する神官だろう。
全身を隙間なく覆う鎧はどれも磨きこまれていて、積み重ねられた経験を感じた。
階段を上がり切り彼らに近づくと、一番に俺達へ目を向けたパウリノが手を挙げた。
「やあやあ、ようやく来たね。君と彼女の装備はもう用意している……ん? その方はもしやあのエレイン殿!?」
「うっ……、まさか協力してくれる神殿の者とはあいつの事だったのか?」
「あ、そっすね」
さらりと肯定する俺に、エレインさんが戦慄する。そういやこういうチャラい男は苦手だったんだっけか。
「よくぞ、よくぞ来てくれた。今回は見送りに?」
「あー、見送りではなく共闘を申し出た」
「それはそれは……! ところで一度貴女と話したいとは前々から思っておりまして」
「け、結構だ!」
「そう言わず!」
パウリノが一歩進めば、エレインさんは一歩引く。それが繰り返され、パウリノが一方的に詰め寄っている風にしか見えない。
ついにはパウリノがエレインさんを追いかける構図が完成してしまった。
それを横目に荷物を降ろす。するとパウリノの部隊の中から「何あの女!」と声が聞こえたので目を遣ると、中に数人女性も交じっているのが分かった。
どうやら男女の混成部隊のようだ。性別を問わず実力有るものを選別していると見た。
「ねーハルカ。パウリノって人が用意してくれた鎧ってどれだろう?」
「ん?」
気が付くと、エレインさんの元から離れてきたノアが俺の横に居た。
「そう言えば無いな……」
確か先程パウリノが用意しているらしきことは言っていたが、今彼はエレインさんに付きっ切りなので尋ねられない。部隊の方に近づき何処かを訊く。
すると先ほど声を上げていた女性らしき部下が現れた。つややかな黒髪を肩までで揃えた女性の神官だ。見れば白の鎧も細身に設計されていて、女性専用と見て取れる。
「あなた達がパウリノ様の仰っていた二人ね。鎧ならこれ」
彼女は手に二つの鎧を、重そうに携えていた。
パウリノの部隊の神官が身に着けている鎧と同じく純白。余計な装飾は少なくシンプルで地味に見える。が、所々の箇所が綺麗な流線型を保っており、体にフィットしそうだ。防御力はそのままに極限まで軽量化を図った仕様のようだ。悪くないと思う。
それを俺とノアそれぞれに手渡す。
「ありがとうございます……それで代金ってどうなるんですかね」
手早く鎧を身に着けながら問う。
「分かって言ってるんでしょ……勿論タダ。私達が勝手に作ったのにそんな事するはずがないわ」
「え、じゃあ使い終えたら返すんですか?」
「さあ、そこはパウリノ様に訊くべきね。あの方の実費だし」
「分かりました」
頷くと、一通り自分のする事は終わったと思ったのか焦った様子でとどこかへ行ってしまった。何処へ行くのかと目で追うと、パウリノさんの方へ向かってゆく。エレインさんににじり寄るパウリノが耐え難くなったのだろう。妬いてくれる女性が居るのにエレインさんに見初められようとするとは、パウリノも罪な男だ。羨ましいなぁ。
付け終えた鎧は俺の体にぴったりで、体を一通り動かしても動きの制約は少なかった。使い終えた後返す事になるのは惜しいまでに秀逸な品物だ。
「おーい、ノアは着れたか? …………っておい。酷過ぎるだろ」
「だ、だってごちゃごちゃしてて分かりにくい……」
彼女はうまく切れているだろうかと気になり見てみると、何やら不可解な生き物が誕生するに至っている。なんで籠手を履いてるんだよ。
「はぁ、ほんとにこういう事に慣れてないのな、お前」
「だ、だってあんまり自分で服着たことないし」
「逆に凄い」
どれだけ箱入り娘だったんだ。
彼女の鎧は関節、胸部、腰部のみを守る軽装であるようだ。なのでこの鎧にそこまで難解な着衣方法は要らず、服を切る要領で身に着けられるというのに。
とにかく正しい部位に鎧を付けさせ、どうにか身を整えてやる。
その間、色々な部分に手を回す必要があった。俺が背中に回って留め金を止めると、ノアが恥ずかしそうに呟いた。
「変なところ触らないでよ……」
「触らないから。文句あるなら自分で付けろって」
「うー……変態」
まだ触ってないし、変態じゃないし。
軽く苛ついたので本当に触ってやろうかと思ったが、妥協して肩に手を乗せるだけに留まった。
「ほれ、着けたぞ」
「うひゅっ! 止めてよ」
「うひゅ、ってお前……」
反応し過ぎだろうが……。
ノアが素早く回転して正面を向く。その顔はかつてなく赤い。
触られた箇所である肩を押えたと思うと、言い訳するように声を荒げた。
「お、男に触られるのは初めてなの!」
「え、初めて?」
「そうだよ!」
かのアームドアントから逃げる時に堂々と脇に抱えたのは記憶に新しい。あれはカウントに入っていないのか。
疑問に思っても、赤面し続けるノアに問い質すのも何だか気が引けた。
とりあえず素直に、ノアから顔を逸らした。
「それじゃあ僕達の部隊はこれより行動を開始する。皆気を付けて行動するんだぞ。特にエレイン殿は何かあれば僕に言うように」
「大丈夫だ、私一人で何とかできる」
エレインさんが疲れ果てた表情で答えた。
しばらくの後出発の準備を終えた俺達は、今一度今回の目的を確認。その後パウリノが出発の挨拶をしていた。ようやく出発の時が訪れたのだ。
ちなみに先程、パウリノからは今回進む経路を伝えられた。本当なら俺の上官であるエレインさんに教えておいて欲しかったが、エレインさん自身パウリノとの接触を避けたので、仕方なしに俺が聞いたのだ。
到着予定は半日後らしい。かなり長いようで実は破格の速さだ。これは神殿が収集してきたルート情報によって成せるものだとパウリノは言った。
俺とノアが中心区画まで行けなかった時間で中心に辿り着けるのには何とも驚きだ。
「それじゃあ出発!」
威勢は良いがどこか軽い掛け声。それが合図となって、神官達は純白の兜をかぶる。フルフェイスの兜が神官たちの緊張した面持ちを隠した。
そして、武器を振り回せる一定の距離を保ったまま列を崩さず、海樹の東門へと吸い込まれてゆく。その次にノアが入り、殿を俺とエレインさんで務めた。




