地図
「さて、中心を目指す事に変更がないのは良いんだが……」
「問題は、あたしとハルカ。どっちも地図が読めない事だよね。片方は現役採掘師だけど」
ふむ、まぁそれはそれとしてだ。やはり居大樹の中に入ってもどちらへ向かえば良いのか分からないのは困る。
何とかして案内役を雇たいところだ。とは言ってもそんな金は無い。
「とりあえず、安全区画まで行ってみるしかないな。そこから中心付近まで探索を行う採掘師集団にくっついていけば、少なくとも道を間違えることは無いし」
「また行き当たりばったりな計画を……」
「でもそれくらいしか方法は無いだろ?」
「そもそも地図を読めたら万事解決なんだけどね」
皮肉を言いつつも特に反対はしない様子から、それは肯定だと受け取った。
やることが決まったのなら、早速行動に移そうと俺は未だ残っていたお茶と、ノアはケーキを手早く食べ終える。あー、そんな高いものをペロリだなんて。
「じゃ、行きますか」
「はーい」
立ち上がり、マスターを呼び出して勘定を済ませる。その際、意向を変えな買った様子の俺達を見て、「死に急ぐな」と最後の忠告めいたことを言った。
樹分に危険であることは重々承知の上のつもりであるので、その忠告は聞き入れられない。
それよりも、中心に棲む敵が鉱虫であることを教えてくれた彼には感謝の意を伝えなければならない、と一つ謝辞を述べておいて立ち去った。
「早く出ようよ!」
急かすノアに誘われて、その喫茶店のドアを引いた。入る時と同じように軋みを上げ、開く。
ギィィ――。鳥肌の立つ、正直嫌な音だ。
しかしそのドアの向こうには、鳥肌の立つというか身の毛もよだつに値するでき事が待っていた。
店を出たその目の前に、俺達を待ち構えていたように彼らが居たのだ。
「随分と探させてくれたじゃないか」
中世的な顔立ちの美青年は、そのこめかみに大きな筋を浮かべて怒りを露にしている。心なしかふわふわした綺麗な髪も小刻みに震えていた。
そいつは神殿で出会った時と同じ淡い水色の制服を着ていたが、その上に革製らしき真っ黒なマントを羽織っている。外出時に着るもののようで、丈夫さと引き換えに膨大な額の金を要するのだろうことが予想された。同じような格好をした者が五名。全員彼の部下なのか。
「ぱ、パウリノさん……」
口元が盛大に引きつる。俺よりも身長が低い彼からは、なんとも言い難い威圧感がにじんでいた。俺の隣で、ノアが「知り合い?」と問うが丁寧に説明する余裕がない。
逃げなければならない人物に、見事に待ち伏せられていたのだ。
「確かに、確かに僕は島から出せばいいと言いった。しかし、まさか君が彼女に逃走の手を貸すとは思いもしなかったよ。もしかして惚れた? 彼女は十三だけど、たかが年の差が四つとは言えどもこの年頃では立派な特殊趣味認定なんだが」
つかつかと距離を縮める彼は真っ直ぐ俺を見つめ、俺の胸倉を掴む。
「どうなんだ、彼女の家出を手伝って、彼女の心を射抜くことはできたかな?」
めめめめっそうもございません。と叫ぼうとはしたが、よく考えてみれば俺が彼女を連れている理由は、簡潔に説明できるものではない。それでも無理やりに説明しようものなら「女の涙に弱ったから」と情けない。
もっと、何と言うか、彼女の決意や覚悟に心を動かされたとかそんな感じのはずなのに。
「ちょ、ちょっと! 誰だか知らないけどハルカを放して!」
何も言えないのか、胸倉掴まれて息が詰まっているのか分からない俺の腕をノアが引っ張る。
パウリノが探していたのは彼女だったので、とっさにに彼女を背の後ろに隠したがもう遅いことは明白だ。その動作にパウリノが益々目を怒らしたが、ちゃんと言い訳は考えている。
「待ってくれ、ちゃんと理由は有るんだ」
「リユウ? 年下に興味があったって事は理解してるさ」
「違うから。とにかく手、放して」
時間を経るにつれてぎりぎりと閉まってゆく腕を軽く叩くと、パウリノは渋々といった様子で腕を降ろしてくれた。
「じゃあ、敬語を忘れてまで話したい理由とは?」
「簡単な話だけどな。ノアが海樹の中心に行きたがっているから、それを手助けしてるだけだ」
「あの中心? また無謀極まりないことをこの子が?」
胡散臭そうな表情のまま、ここからは天を覆う傘のように見える海樹を彼は見上げた。
「そう。それで交換条件なんだ。中心に辿り着いたら大人しく家に帰る、ってな」
「いやいや、それは暗に絶対帰らないって言っているようなものだろう。君ひとりでそもそも辿り着くことは不可能だし、ましてこの島のあの樹は、特別な期間を除いて今まで中心に辿り着いた人間が居ない」
パウリノは嘲弄を含んで言い放った。だが無謀は承知の上で依頼を受けている上、彼女の言う事が嘘である確率が高いのも良く分かっている。
「それでも、無理やり元の家に帰されるよりも、自主的に帰るほうが望ましいだろ?」
背の後ろに庇ったノアが纏う鎧を掌に感じる。無機質で固い感触だが、俺の発言にその体が微かに震えた気がした。
「それは……うん、そうだな。あんな場所まで連れて行ってくれなんて話じゃなかったら僕も賛同してたよ」
パウリノの興味はもう俺の後ろにしか向いていない、それでも必死で意識をこちらに向けさせようと俺は声を張った。
「確かに無謀かもしれない。けどな、もし今こいつを無理やり元の家に戻しても、この依頼の為にまた家出するかもしれないんだぞ。どうやらかなりの思い入れが、その場所に有るようだし」
そうでなければ、多数の鉱虫が彷徨う中心区画に丸腰で突入するなど考えないはずだ。
「それはないよ」
「どうしてそう言い切れるんだ?」
「僕たちが監視するから」
そ、それもそうか。親が過保護なら二度と家出できないように監視を付けるかもしれない……って、神殿の職員を私的に動かせるとは、一体どんな親なんだ。
「まあ、君と話すのは見当違いかな。力づくで捕まえるようなことはしないから彼女と話させてくれ」
「あ、ああ」
言われるとおりにノアを前へ出す。ここはノア自身に意志を伝えてもらうべきだ。
状況が良く分かっていないノアは、いきなり俺の胸倉を掴んだパウリノをとりあえず危険視したようだった。あからさまに睨んでいて、右手はぎゅっと俺の服の裾を掴んでいる。
しかしまぁ、パウリノが俺に怒るのも当然ではあるのだが。
「だ、誰なの?」
「初めまして、僕はパウリノというんだ。君の捜索をしていたんだ、今さっきまで」
ぎろり、と俺を見つめる。こんな時間までご苦労様でした。
「捜索って? 誰に頼まれてしてるの?」
パウリノは笑って答えない。勿論親に頼まれているのだろうが、ノアは親の名を聞くと反抗するとでも考えたのだろうか。いや、もしかすると、と最初にパウリノと出会った時を思い出した。
「この人が言っていた通り、君は条件を出したのかな? あそこに行きたい、って」
そう聳え立つ海樹を指さした。
「そんな訳ないよ」
「ほう、それはどうしてかな? もしかしてこの男に無理やり連れまわされてという意味なのかな? どこか変な建物に連れ込まれそうにならなかった?」
先ほどの数十倍きつい眼光で、パウリノは俺を睨んだ。もう犯罪者、それも死すべき重罪を背負った者の様に。
「それも違うって。あたしがあの樹の中心に行くことは、家に帰ることと一緒だって言いたいの」
「は?」
どうしてそんな事を言うのかと思っていたらようやく腑に落ちた。さっき俺が彼女に聞いた中心に行く理由のことだろう。それ、だれかれ構わず突き通すのか。
「彼女、君にもこう言っているのかい?」
パウリノが、もうどう反応したらよいかわからない、と戸惑いの表情を作り出す。初めて彼女の言い分を聞いた者の反応なら当然だ。
「そうだ。信じられないからあんたには多少現実味を持たせようとしたんだが」
体の良い言い訳である。それでもパウリノは分かってくれたようで、頷く。
「……なるほど、良く分かったよ。だが君も分かっている通り、こんな壮大な嘘にかまう必要なんてないだろう」
「連れて行かなかったら一人で行くって言うんだよ。放っとけるか?」
ぽんとノアの肩を叩くと、パウリノは言葉を詰まらせた後、嘆息する。
「事情は分かった。だがもう子守は終わりだ、後は僕たちが引き受けよう」
言葉の通り、パウリノはノアに手を掛けた。彼女の双肩が驚きに跳ねる。
まずい、ここで彼女を引き渡してしまえばもうノアには会えまい。それでは俺が豪語した約束も果たすことができなくなる。それにここで彼女が連れて行かれるのは、俺がここまで連れまわった所為で彼女が捕まってしまった事に同じである。駄目だ、これを見過ごせば必ず後悔するのは俺だ。
「待ってくれ」
「どうした?」
「そういや気になる事が有るんだが、訊いてもいいか?」
「かまわないよ?」
確認を取ってから、彼と初めて出会った時と同じような質問を投げかけた。
「ノアの親ってのは誰なんだ?」
「言えないね」
「どうしてだよ。よく考えればおかしいだろ。普通自分の子供が居なくなったなら、誰の子供かを大々的に言いまわって、この島の住人全員が彼女を探すように仕向ければいいんだ。なのに町中を歩いてもだれもノアに意識を向けない。そうしてないんだろ。じゃあどうして、パウリノさん達だけを動かしてるんだ? 親の名前が挙げられないほどやましいのか? それとも……」
それとも、ノアが先ほど言っていたように親が居ないからなのか。というのは俺自身信じていないので口をつぐむ。




