私の噂気にしない
どうしよう…。健吾君に私の気持ち、バレちゃったよ―。田崎さんなんか、大ッキライだぁぁぁぁ。これからいじめられる。田崎さんみたいな美人、死んでも好きになれないよ。神がいるならすがりたい気分。
…自分が人魚だということ…
そうだ! 私、人魚だったんだ。みんなに言ったら、私この世界から消える。でも…消えたら健吾君に二度と会えなくなる。
「江海」
私が振り向くと、渚と夏子がやって来る。
「大丈夫?」
昼休み、一人でボ―ッとしちゃってたから、二人は心配で声をかけてきてくれたんだ。
あれから、私が健吾君が好きだってがあっという間に噂になっちゃったの。
「朝のこと気になる?」
「まぁね」
「田崎さんて嫌でしょ?」
「私が思ってた以上に嫌な人だね」
「でしょ? でも、あまり気にしないほうがいいよ」
「え?」
「気にしてたら、身体壊しちゃうよ」
「…だね」
二人共、優しい。だけど、私うつむいちゃう。
「ホラ、うつむかない。誰だって人を好きになるんだから。自然なことよ。教室戻ろうよ」
夏子は私の腕をつかんだ。
はぁ…。
ため息をひとつ。
なんか、とんでもないことになっちゃったな。これから、健吾君に会わせる顔がないよ。ホントに…。
自分のクラスどころか全クラスのみんなに、私が健吾君のこと好きだってバレちゃったし…。このまま消えてしまいたい。消えたらどれだけ楽になるんだろう? あ―あ、なんとかしてほしいよ。
夕食が始まる頃、部屋を出た私。そしたら、健吾君にバッタリ会ってしまった。
私、何も言えないままうつむいてしまう。
「江海ちゃん、オレのこと好きなんだ?」
健吾君が聞いてくる。
「う、うん…」
「オレもわかるよ。江海ちゃんの気持ち」
「健吾君…?」
どういうけと…? わかるって…。
「オレも好きな子に好きだってことバレたことあるから…」
「へぇ…」
なんだかぎこちない私。
「学校でいつもどおりにするよ。オレが変な態度取ったりすると、嫌なこと言われるだろ? 江海ちゃんはきっと嫌な思いするだろうしな」
「ありがとう」
お礼を言うだけで精一杯。
良かった…。私の気持ちがバレたことで、健吾君が変わったら…とか、口を聞いてくれなかったら…とか考えてた。でも、これって気を使ってくれてることだよね? 私が健吾君に気を使わせてる。
いつか、毎日が過ぎれば過ぎる程、私の気持ちが負担になってきて、健吾君から優しい笑顔がなくなって、段々と変わっていったら…?
健吾君が変わってく――。
イヤ! そんなのイヤだよ。健吾君が変わったら私のせいだよ。
「江海ちゃん、大丈夫だ。オレらの学年は悪い奴はいないと思うから、悪さをする奴はいないと思う。でも、嫌な思いしたら渚や夏子に言えよ。オレから言ってもいいんだけど、もっと江海ちゃんが嫌な思いする。オレのせいで江海ちゃんがイジメの対象にはさせたくないから…」
健吾君、真剣な表情で一つ一つ言葉を選びながら言ってくれた。
「私のためにありがとう」
私の噂のことで、私と話すのは気まずいハズなのに、健吾君なんでもないように話してくれる。それだけでも嬉しいのに、私のこと気にしてくれてる。相当の勇気がなくちゃこんなこと出来ないよね。
健吾君に感謝しなきゃ、だよ。
翌日、学校の正門の前で田崎さんと会った。田崎さん、私のほうを睨んでる。私は田崎さんを追い抜こうとすると、
「山岡さん、転入そうそう噂になるなんて…。面白い人だわ」
って嫌味を言ってきた。
「なっ…何よ?! 関係ないでしょ?!」
思わず、私ってば大声を出しちゃった。
周囲にいる人ビックリしちゃってる。
「あら、何? その言い方…。そんな言い方してると健吾に嫌われちゃうわよ」
まるで自分は健吾と付き合うまでもうすぐ。あなたはメじゃないわという落ち着いた言い方。この言い方がムカつくよぉ。
「あなたなんか健吾に嫌われたらいいのに…」
と、付け加えてきた。
ああ…ムカつく!! 何考えてんのかわかんないよ!!
「そんなこと田崎さんに言われたくないもん」
「なんですって?」
私が言い返したからムカッときたみたい。
そして、私はそのまま田崎さんを追い抜いて校舎の中に入った。
美人…か。私には縁がないよ。男子はみんな田崎さんみたいな人が好きなのかな?
ううん、そんなことない。私みたいな女子も好きになってくれるよね…?
教室の中、私、一人笑顔じゃない。うん、大丈夫だよ。田崎さんに何を言われても頑張るよ。めげないよ。
そうこうしてるうちに、あっという間に放課後になった。相変わらず、田崎さんからは朝のことで睨まれて、自分の友達に私の悪いことばかり言ってる。
田崎さんの友達は、田崎さん同様、美人な人が多い。化粧バッチリで、クラスの中にいる中心的な感じのタイプの人。その中でも、田崎さんはリーダー格な存在なの。田崎さんの友達の何人かは、田崎さんに機嫌を取ってる子なんかもいる。私、田崎さんの機嫌なんか取るの嫌だもん。
掃除が終わった後に部活に向かう。私が入部したのは、テニス部。渚と夏子も一緒のテニス部なんだ。最初はキツくてしんどいのかなと思ってたんだけど、全然そんなことなくてすごく楽しい部活なの。みんな面白い人ばかりで、笑いがいっぱい。
ユニフォームに着替えると、練習が始まる。私は初心者だから、ボールを打つだけでも大変なんだ。でも、なんだかんだ言ってテニスは楽しい。
パァ――ン。
コ―トの中、黄色のボールが転がっていく。
「江海、空振りだねぇ」
夏子が言う。
そう、私の対戦相手は渚なの。もっとテニスが上手くなりたくて、二人にお願いしたら快く応じてくれて、渚と対戦することになったの。
「まだまだだな、私ってば」
私は悔しながらも渚の勝ちを認めてしまう。
「でもさ、入部した時より上達してるよ。空振りだって少なくなってきてるしね。私、江海の上達を感じたよ」
渚ってば嬉しいこと言ってくれちゃってる。
「よぉし! 次は夏子とやる。絶対勝ちたい!」
ラケットを持ちながら、気合いを入れる私。
「お―、ヤル気が有り余ってるね。そのヤル気が有り余ってるのは、田崎さんのせいかな? 江海君?」
夏子ってば笑いながら言う。
「夏子、ひど―い! そんなんじゃないのに―!」
「冗談よ、冗談」
「でも、田崎さんに当たらないよりマシじゃない? 江海、意外にテニスって楽しいでしょ?」
渚は笑顔で聞いてくる。
「うん。続けられそう」
実は二人にテニス部に入って誘われた時、え―って思ったんだよね。当然なんだけど、テニスなんてやったことなかったもん。でも、やってみると違うね。
「みんな、集まって!」
部長が部員に声をかける。
「もうすぐで試合です。気合いを入れて下さい。今から選手に選ばれた人は、優先的にコ―トで練習して下さい」
そう部長が声をかける。
もうすぐで試合なんだよね。
渚と夏子は選手に選ばれたんだけど、私は応援係。今度の日曜日で、隣町の私立の高校でテニスの強豪校なの。だから、部員は燃えちゃってる。
選手に選ばれなかったみんなで、しっかり応援しなくちゃ。
「疲れたね〜」
部活が終わり、更衣室の中、渚がヘトヘトな顔をしながら言う。
「選手に選ばれたら大変だ」
「何よ? 他人事のように…」
夏子は横目で私を見る。
「いや、別に、深い意味は…」
「ま、いいわよ。どっかよってこ」
「いつものケ―キ屋さんに行こう」
「賛成!」
私達、急いでユニフォームから制服に着替える。
部活は大変だけどいいの。テニス部からサッカー部が見える。サッカー部には健吾君がいる。たまにチラ見するけど、サッカーしてる健吾君はカッコよかったりもするんだ。
田崎さんは茶道部と料理部の掛け持ちしてるんだって。
さっすが! 美人は自分に合ってる部活に入るんだね。なぁんてね。ホントにそう思っちゃたんだもん。
昨日から私元気ない。自分でもよくわかる。あの噂のせいかな? あの元気で明るい私はどこいっちゃったんだろ…。どことなく、性格変わっちゃったかも…。
人魚の世界ではみんなどうしてるかな? 元気にしてるかな? 急に人魚の世界が恋しくて心配になってきたよ。私ってば勝ってだよね。三ヶ月は短いって言ったり、人魚の世界が恋しくなったり…どっちなんだろって感じだよ。
この広くて澄みきった空の下。なんで私はいるんだろう。なんで私は健吾君に恋してるんだろう。私なんか…人魚に戻ったほうがいいの? いなくても良かったの…?
「江海、疲れてるみたいだけど大丈夫?」
「うん、大丈夫よ」
ケ―キ屋さん、私はイチゴタルトとレモンティを頼んだの。
めちゃ美味しいよ。これで元気を取り戻すエネルギーになったみたい。
大丈夫。これで元気に戻ってみせるよ。
駅前のバス停で私一人、家までの最寄りのバスを待つ私は、ポンッと誰かに肩を叩かれて振り向いた。
「よっ!」
「け、健吾君?!」
「何、驚いてんだよ。人を化け物みたいに…」
健吾君はけげんな目を私に向ける。
「そういうわけじゃないの」
慌てて早口になる。
「別に悪い意味はなかったんだ。部活の帰り?」
「う、うん」
やっぱり、私ってば変だよ。
「テニス部、大変だろ?」
「まぁね。でも楽しいよ」
「運動部は大変だけど続けられたら達成感があると思うんだよな」
健吾君はしみじみ言う。
「確かにね。私もそう思うよ」
私も同感してしまう。
やっぱり健吾君のことが好き。私の気持ちもうバレてるけど、健吾君に思いっきり飛び込んでいくこと出来ない。
「朝のことだけど…」
重々しく口を開く健吾君。
ああ…健吾君も今日の朝のこと誰かに聞いたんだ。
「気にすんなよっ!」
「健吾君…?」
わけわかんなくてビックリ。
「アイツ、朝のことで色々言ってた。性格悪いとか…。田崎はオレに気に入られようとして、江海ちゃんのこと悪くいうんだよな。あまり気にしないほうが身のためだ。なっ?」
「うん、ありがとう」
嬉しい。こんなこと言ってもらえるなんて信じてなかったな。
「江海ちゃ―ん!」
家の中、ママが大声で私を呼ぶ。
「何? ママ」
「渚ちゃんから電話よ」
ママから子機を受け取る。
「長電話はダメよ」
「はぁ―い」
返事すると、子機のスイッチを押す。
「もしもし?」
「江海? 今日、なんだか元気なかったけど大丈夫?」
渚が心配してくれてるのがよくわかる。
「うん、大丈夫よ」
「…ならいいんだけど。あの噂のことで元気なかったらって思ってさ」
「私、気にしないって決めたの。渚、心配しないで」
ゆっくりとした口調の私。
ホントは気にしてるけど、いつまでも気にしてちゃいけないもんね。気にしてたら田崎さんの思うつぼだもん。
「そっか。江海って強いね。今まで田崎さんにイジワルされてきた子みんな、先生に相談するのが多いんだもん。中には学校辞めた子もいたくらいなのに…」
「こんなことでメゲてちゃダメだもん。自分の気持ちにウソはつけない。多分、田崎さんもそうだと思う。同じ人を好きになった人が現れた時のやり方はどうかと思うけどね」
そう言いながら、ベッドに寝転がる私。
「そう言ってるからって田崎さんの肩を持つわけじゃないよ」
私は一言付け加える。
「江海みたいな考え方好きだな、私。恋のライバルのこともきちんと認めてるんだもん」
渚は妙に感心している。
「認めなきゃね。同じ人を好きなんだし…。健吾君のこと好きな人が告白しても決めるのは、健吾君自身だけどね」
「そうよね。私も夏子も江海のこと応援してるんだから。田崎さんのことは気にしないで、江海は江海らしくね」
「わかった。恋は叶うかどうかわからないけど出来るだけやってみるよ」
私は自分自身に言い聞かせるように言った。
子機を置いて部屋に戻ろうとすると、
「江海お姉ちゃん」
「あ、奈美ちゃん。どうしたの?」
「ちょっといいかな? 話聞いて欲しくて…」
奈美ちゃん、なんだか元気ないように見える。
私が元気ないように見えるせいかな?
「うん、いいよ。奈美ちゃんの部屋に行くよ」
「やっぱり江海お姉ちゃんは、ウチのお兄ちゃんと違って優しいね」
奈美ちゃんの一言に、私クスッと微笑んでしまう。
奈美ちゃんて可愛いな。
私…いつまで健吾君の家にいるつもり? 三ヶ月間いるつもり? 早く出ていかなくちゃいけないんじゃないの? 凄く迷惑になってると思う。
健吾君の家を出ていったら、消えるつもり。内心、少しだけ田崎さんのこととか健吾君のことも気にしてる。でも、健吾君は、
…気にすんなよっ!…
そう言ってくれた。気にしない、かぁ…。そうよ。気にしないって決めたんだもん。気にしないことが一番、だよね。