人間の学校
「私、山岡江海です。よろしくお願いします」
私はペコリとお辞儀する。
ここは学校。今日から三ヶ月間だけ、高校二年生としてに通うことになった。
「みんな、仲良くしてやれよ。じゃあ、山岡の席は貝本の隣な」
先生が私がどこに座るか教えてくれる。
そう、健吾君と同じクラスなんだ。嬉しいんだけどなんだか複雑な気持ち。でも、いいか…。
ショ―トホ―ムル―ムが終わって、みんなが私のとこに寄ってきた。
「山岡さん、どこから来たの?」
ギクッ。
一番、痛いところついてくれるな―。
「北海道だよ」
「へぇ…北海道かぁ…。いいな―」
「なんで今の時期に転校なの? 今、二学期だけど十一月だよ?」
一人の女子が聞いてきた。
うっ。こ、これも痛いところついてくる質問だな。あまり事細かに言いたくないな。
「ちょっと、色々とあってね」
「なんだよ? それ―」
「山岡さんて面白いね」
わ、笑うな…。なんで笑うかな。
ふぅ…。
思わずため息をついてしまう私。
人間といると大変だな。別にみんなといると嫌だってわけじゃないんだけど、今みたいにいつか健吾君に嫌なところつかれそうで恐い。
この三ヶ月間、こんなに怯えて過ごさなくきゃならない? 嫌なことがあっても、怯えないといけない? 怯えて過ごさなくちゃいけないの…?
「今日一日、どうだった?」
学校の帰り道、健吾君が気を使って聞いてくれる。
三ヶ月間、健吾君の家にお世話になることになった。健吾君が私が家庭の事情で当分家に帰れないっていってくれて、健吾君の親に了解を得てくれたんだ。
「初日だから少し疲れたよ」
「…だよな。ま、少しずつ慣れてくればいいよ。オレのクラスはいい奴ばっかだしさ。なっ? 西村」
「うん。でも、江海ってさ―、ど―して健吾の家にいるの?」
そう聞いてくるのは、西村渚。ボブで活発な女の子。友達になったんだ。
「一人でこっちに来たんだよ。なっ?」
「うん…」
健吾君、私のために必死で嘘をついてくれてるのが、よくわかる。
昨日もそうだった。自分の親に私のことを了解を得たこと。
「でも、なんで健吾なの?」
次に聞いてきたのは、青田夏子。
ロングヘアがよく似合っていて、キリッとした顔の女の子。夏子も友達になったんだ。
「この近くに海辺があるだろ? そこで知り合って、こっちに来たのはいいけど、まだマンション借りてないって言うから…」
また必死に嘘をついてくれてる。その必死さが痛い。
「江海って、ホントに一人?」
「私、施設にいたから…」
「え?! マジで?!」
三人共ビックリ顔。
「うん。子供の頃から一人」
私は胸が張り裂けそうな思いで言葉を並べる。
今は嘘をつくしかない。嘘をつかないと、私この世界から消えることになる。それだけは嫌だもん。願って願って、やっと人間の世界に来れたんだもん。
「…そうだったんだ…」
健吾君がポツリと呟いた。
もしかして、これで納得したの? 嘘なのに…。ただ嘘を言っただけなのに…。
ズキズキと胸が痛くなる。
私ってば最低だ。最低だよ。
思わずうつ向いてしまう。
違う。ホントは一人なんかじゃない。向こうの世界では、親もいて、友達もいて、そして、シ―ナ女王もいる。みんな、一緒だもん。なのに、私一人って言っちゃった。ヒドイ女の子だよ。私って…。
好き。
この想いは伝わらない。伝わったとしても、遅く伝わると思う。遅く伝わったとしても、私は人魚に戻らないといけない。どちみち、好きになってはいけないってことだったの…? わからない…。誰か教えて…!
渚と夏子と別れて、健吾君と二人。夕日をバックにして歩く。
「さっきのこと聞かないんだね」
「え?」
「さっき私が一人って言ったこと聞かないんだね」
私は健吾君を見上げて言う。
健吾君は少し黙ってから、
「聞けるワケね―だろ? 施設にいて、ずっと一人だったんだから…」
切なそうに言った。
「でも、一つだけわかんね―ことがあるんだ」
「わからないこと…?」
私は首をかしげる。
「どうしてあの海で倒れてたことだよ」
「……」
何も答えられない。なんて言えばいいの? どんな答えを期待してるの?
「…ただ…泳いでみたかった…から…」
「は?」
健吾君、わけがわからないという表情をする。
「泳いでみたかったの…」
とっさについた嘘。
健吾君、?って感じだよ。
「泳ぐって…今、十一月だそ? バッカしゃね―の?」
「冬の海で泳いで、そして岸に戻ったとたん、クラッと貧血起こしちゃって…」
「マジ、ありえね―」
健吾君、ホントに有り得ないって表情している。
大丈夫だよ、江海。バレてないよ。
「ただいま―」
健吾君が家のドアを開く。
「おかえり。あら、二人共一緒だったの?」
健吾君のママがキッチンから顔を見せる。
健吾君のママって優しいんだよ。昨日だって、
「私のこと、ママって言っていいのよ」
なぁんて言ってくれたんだ。
パパも妹の奈美ちゃんもいい人だし、最高だよ。
奈美ちゃんも「お姉ちゃんが出来た」って、喜んでたっけ。
健吾君はママ似なんだよね。
パパは外見は恐そうなんだけど、実際は優しいんだよ。
「なぁ…」
「何? 健吾君」
「江海ちゃんてさ…なんかオレに…」
健吾君ってばゆっくりとした口調で、私の顔を見る。
「…隠し事してることね―?」
「え…?」
私は目をパチクリして、健吾君の顔を見る。
一瞬、ギクリとする私。
…隠し事してることね―?…
隠し事って…そんなふうに見えるかな?
私の鼓動、とても速くなっていってる。
「そんなことないよ」
言い切ってしまう私。
「いや、何か隠してるな」
健吾君も疑い深い目で私を見ながら言い切る。
江海、言っちゃダメ。言ったらどうなるか、わかってるよね…?
「あるわけないじゃない!」
バシッ。
笑って健吾君の背中を叩いておちゃらけてしまう。
「…だよな。この笑顔見てると、隠し事なんてあるわけね―よな」
観念してくれた健吾君。
私は心の中でホッとため息。
もし、私の招待がバレたらどうするの? 私はどうするの?
私の心の中、ビクビクしてる。健吾君なだけに敏感になってるよ。
好きだから知られたくない私の正体。私、本当の人間になりたい。三ヶ月間だけなんて嫌だよ。人魚の世界にいた時は、一日だけでもいい。人間になれるなら、一時間でも一秒でもいい、って、夢見てた。
だけど、今は真剣に三ヶ月間だけなんて短すぎる。ずっとこのままがいい。そう思ってしまってるよ。
「オレ、風呂入ってくるわ」
健吾君は寝巻きを持って部屋を出た。
私は健吾君に気付かれないように、そっと動揺を胸にしまった。