サヨナラ…
なんだかんだいって、今日、私が人魚に戻る日がやってきた。タイムリミットは午後五時。そう昨日決めた。
昨日の夕方から、三ヶ月間過ごした部屋を綺麗に掃除をして、荷物をまとめてる。ママは「急にどうしたの?」ってビックリしてた。パパも奈美ちゃんも不思議な顔してた。
みんなと過ごせる時間は、残り少ない。出来ることをやっていかなきゃ。あ、そうだ。置き手紙書いて、机に置いておこう。きっと誰かが気付いてくれる。そう思って、私は手紙を書き始めた。
パパ、ママ、健吾君、そして、奈美ちゃん。この三ヶ月、お世話になりました。みんなで過ごした三ヶ月は長いようで短かったです。パパ達にはなんとお礼を言っていいのかわかりません。私は今日この家を出ていきます。最後の最後まで迷惑をかけますが、どうか許してください。楽しい思い出をありがとう。江海より。
私は机の上に手紙を置くと、部屋を見回した。
残り時間どうしよう。UNLUKEYの曲でも聞こうかな。
MDの再生ボタンを押して、UNLUKEYの曲が流れてくると、大粒の涙が溢れてきた。
戻りたくない…。もっと健吾君の側にいたい…。私が人間だったら、健吾君が人魚だったら…良かった…。そしたら、こんな想いしなくても良かったのにね。人魚に戻ったら、この想いにサヨナラして、普通の生活に戻らなきゃ。
健吾君を見る度にドキドキしてた。私の想いをムダにはしたくないよ。渚や夏子とも離れなくない。みんなと別れたくないよ。やっぱり別れは辛いね。別れなんてこなくていい。ずっとこのまま、永遠にこのままこのままがいい…。
ママにお茶しようって言われてリビングに来た私だけど、みんなとの別れだと思うとお茶どころじゃない。
「江海ちゃん、大丈夫か?」
「え…?」
「ボ―ッとしてるよ」
パパが心配そうに言う。
「だ、大丈夫」
慌てて言っちゃう。
「マジ、大丈夫?」
健吾君のドアップに、心臓が高鳴っちゃう。
「う、うん…大丈夫よ」
心臓を落ち着かせて答える私。
健吾君と会えなくなると思うとソワソワしてくるよ。私、こんなんで健吾君のこと、諦められるのかなぁ…。なんか、心配になってきちゃった。
「私、部屋に戻って紅茶飲むね」
健吾君の側にいたいのに、正反対のことを言ってしまう。
こんなこと言っちゃダメなのに…。
再び、部屋に戻ってベッドに寝転んでしまう。
この三ヶ月間、楽しかったな。渚や夏子と友達になれて嬉しかった。色々あったけど楽しかったよ。何かある度に騒いでたよ。きっとクラスのみんなにはうるさく感じてたかも…。
今思えば全部が懐かしい。もう一度、戻りたいな。私って嫌なことあるといつも健吾君のことを考えてた。健吾君のことを考えてると、心が落ち着く。だから、健吾君のことを想ってた。だけど、この想いは今日で最後。これからは健吾君がいない生活が始まるんだから…。
ザブン、ザブン…。
海が打ち寄せては流れる。
五時前、みんなに何も言わずに健吾君と出逢った海に来た。
きっと心配してるだろうな。何も言わずに来ちゃったからね。
靴を脱いで、海に入った瞬間、
「江海ちゃん!!」
私の耳に健吾君の声が入ってきた。
「どこ行くんだよ?!」
「そうよ!」
渚、夏子、磯部君に田崎さん、みんな揃ってる。
そっか…みんな来てくれたんだ…。
「山岡さん、どこ行くの?」
田崎さんの問いかけに答えられない私。
「黙ってたら何もわかんね―よ!」
磯部君が叫ぶ。
私はみんなのほうを向いたまま、後ろに二歩下がった。
「江海ちゃん!」
私のほうに来る健吾君に、
「こっちに来ないで!!」
自分でもビックリするくらいの大声で叫んでた。
「え…?」
「来たら…ダメなの…」
半分泣き出しそうに言った。
「どうしてなんだよ?」
健吾君、理解が出来ないでいる。
江海、言わなきゃ。私の本当の姿のことを…。
「実は…私…人間じゃないの…。人魚なの…」
私は声を震わせながら、本当のことをみんなに告げた。
「人魚って…ウソだろ? うそだよな?! 江海ちゃん!」
「そうよ! 山岡さん、ウソなんでしょ?!」
「何か言ってよ! 江海!」
みんな、信じられないという口調で叫んでる。
「…ホントなの…」
そう言った瞬間、パァァァと私のほうに光がさした。
「私…ずっとみんなといたかった。だけど、無理なの…。みんなといて楽しかったし、思い出も出来たよ」
「じゃあ、オレが言った迎えに来るってのはどうなるんだよ?!」
「叶えられないよ…」
私はみんなの顔を確かめるように言う。
江海、本当にいい友達持ったよね。だけど、健吾君が言った迎えに来るっていうのは叶えられないよ。出来れば、健吾君が迎えに来て一緒になる約束、叶えたかった。
私、みんなに迷惑ばっかりで良いこと何一つ出来なかった。今、私が出来ることはありがとうって言えること。ただそれだけだよ。
「私、山岡さんにひどいこと言ったりしちゃったりしてごめんね」
泣きながら謝ってくれる田崎さん。
渚と夏子も泣いてる。
「いいの。田崎さんのおかげで色んなこと学んだよ」
「山岡さん…」
「江海、人魚の世界に来た時…どんな気持ちだったの…?」
泣きながら聞いてくる夏子。
「不安だったけど、みんなが良くしてくれたから不安なんてぶっ飛んじゃった」
私は無理した笑顔をしながら答えた。
「オレ、江海ちゃんの側にいたい」
「私だって…。これ以上は無理なの」
涙を隠すようにうつむいて言った。
神様、健吾君と巡り合わせてくれてありがとう。私、健吾君と出逢えて良かった。
人間の世界に来て、初めて好きだと思えた男性。最初は誰にも取られたくなかった。でも、健吾君を失うこと以外は全然何も怖くなかった。その反面、失う怖さも知ったよ。
「この世界に戻ってこれね―の?」
「わかんない…」
「戻って来れたら戻ってこいよ!!」
磯部君は笑顔で言ってくれる。
「磯部君…」
「オレ達、待ってるからよ! なっ?」
磯部君の問いに、みんなうなずく。
「そろそろ私行かなくちゃ」
「もう行くの?」
「うん…」
返事するけど、ホントは行きたくない。
「健吾君、今度、生まれ変わった時はちゃんと人間の女性として生まれてくるね。そのときは好きになってね。それと、一緒になろうね」
パァァァ。
光がもっと強くなって、私は半分消えそうになった。
「江海っ!」
「みんな、またね!」
そして、私は大きな光を放って、一瞬のうちで消えた。
「江海…?」
渚と夏子は瞬きをしながら、私の姿を探す。
「江海―――――――!!」
健吾君の声だけが海岸にこだました。