健吾君が事故?!
それから、三日経つと渚はすごく元気になった。入院する前より元気だから、自殺未遂したなんて嘘みたい。
私はというと、渚が入院してから、健吾君のことを好きって気持ちが沸き上がらない。夢中にならない。どうしてだろう? キライになったわけじゃないに、好きだっていうトキメキ感がないんだ。学校だけじゃなくて、家でも会ってるからそう感じてるだけなのかな? 私が好きなのは健吾君だけ。健吾君、たった一人だけ。そう心に強く言い聞かせる。だけど、なんとなく心に引っ掛かる想い。田崎さんと上手くいって欲しいって気持ちがあるのかもしれないな。
一限目の英語の授業が終わると、渚と夏子が私の机に寄ってくる。
「抜き打ちテストどうだった?」
渚が聞いてくる。「私はさっぱりだよ」
「私もだよ」
私と夏子は首を横に降りながら答える。
「聞いてる私もダメだったけどね。ま、仕方ないか。今日の抜き打ちテストは、三日前に教えてもらったばっかだしね」
渚は伸びをした後に言う。
「山岡さん、田崎さん来てるよ―!」
「ゲッ?!」
さ、最悪―っ。
席を立って廊下に出ると、田崎さんは私の方をじっと見てる。
「山岡さん…ゴメン…」
私の顔を見るなり謝ってくる田崎さん。
私は訳がわからない。
え…? どういうこと…? どうして謝るの?
「私ね、健吾以外に好きな人が出来たの」
「そうなの?」
「うん、今その人と付き合ってるの」
突然の田崎さんの告白に言葉が出ない私。
「だから、健吾をあげる」
この一言にカチンとくる私だったけど、あえて顔や言葉には出さなかった。
「いつから付き合ってるの?」
「三日前からよ。向こうから告白されたの。私、いつでも健吾を想い続けても…って思ったの」
「気持ちって変わっちゃうよね。実はね、私も本当に健吾君が好きなのかどうかわかんなくなってきちゃって…。これって変だよね」
「変じゃない。気持ちはわかんないもん。本当にこれでいいのかって思う時あるからね」
笑顔で言ってくれる。
なんだか、変わったね。初めは嫌な人だって思ってたのに…。今だってそう思ってる。
「江海、田崎さんなんて?」
私が席に戻ると、夏子が真っ先に聞いてくる。
「付き合ってる彼が出来たんだって」
「ウソ―、マジで―?」
「うん。だから、健吾君をあげるなんて言われちゃった」
複雑な表情で言った私。
「はぁ? 健吾のこと、あれだけ好きだって言っててなんなの? 彼氏が出来たから、健吾を江海にあげるなんてふざけてるよ!」
渚、怒ってる。
「江海、田崎さんみたいになっちゃダメよ」
「私は大丈夫よ」
ガッツポ―ズをする私。
…健吾をあげる…。
健吾君は物じゃないよ。なんで、あげるなんて言葉には使うの? それに、田崎さんの所有物でもないのに…。
勝手だよね。気持ちはフワフワあっちに行ったり、こっちに行ったりするんだもん。一定には定まってはくれない。
何度も健吾君が好きって自分に言い聞かせる。自分の気持ちは、ちゃんと捕まえておかなきゃいけないんだ。捕まえておくべきなんだ――。
「江海!」
夏子が息を切らせて教室に入ってくる。
今日の朝は、少し余裕を持って学校に来たんだよね。ただ単に早起きしただけなんだけど…。
「どうしたのよ?」
「ボ―ッとしてる場合じゃないよ! さっき職員室に用があって行ったんだけど、健吾が…事故にあったのよ!」
「ウソ! 健吾君が事故?! どこに運ばれたのよ?!」
私は一気に早口で言ってしまう。
「健吾の家の近くの病院らしいよ」
「私、行ってみる!」
「え、江海!!」
私はカバンを持って、急いで教室を出た。
健吾君が…事故…? さっきまで笑ってたのに…。一体、どうしたの? 何が起こったの? 私、わけわかんないよ…。
頭が真っ白になりながら、病院についた。
「ママッ!」
病院の待ち合い室にいるママを見つけた。
「江海ちゃん?!」
学校に行ったはずの私が、病院に来たもんだからビックリしているママ。
「夏子に健吾君が事故にあったって聞いたの!」
パニックになりながらも言葉は確かな私。
「それで来てくれたのね。バイクと接触事故で、足の骨折だけで済んだのよ」
ママってばキョトンとしながら言うからビックリしてしまう。
「足の…骨折…?」
あまりにビックリしちゃって、目が点になった。
私、心配して病院に来てみたけど、そんなに心配しなくても良かったみたい…。
内心、ホッとする。
「心配させちゃってゴメンね。心配して来てもらったのに…」
「それだったらいいの」
私ってば、力が抜けた声を出してしまう。
「あ―、良かった。私、もう一度、学校に行ってくるね」
ママに手を振り、安心してから再び学校に舞い戻った。
良かった…。足の骨折だけで済んだんだね…。事故って言うくらいだから、「入院一ヶ月」とか、肋骨折れてたとか大袈裟に言われるのかと思ったよ。
学校に戻ると、一限目の授業が三分の二が終わってしまってる。
途中から教室に入るのは嫌だけど、仕方ないよね。私が勝手に抜け出しちゃったんだから…。
思いきってドアを開けると、みんなの目線が私のほうに向ける。
「山岡、遅刻か? 珍しいな」
教科担当の先生が名簿に私が来たことをチェックしながら聞いた。
「あ、はい。遅れてすいません」
先生に一言謝って、自分の席に着いた。
そして、一限目が終わって、渚と夏子が
「どうだった?」
心配してくれる。
「足の骨折だったよ。夏子が切羽詰まった言い方するから、大変なことになってるのかなと思ったよ〜」
私は机にベターっとなりながら答えた。
「だって、健吾がどういう状態かわかんなかったんだもん」
夏子は頬をふくらませて言う。
「まぁね。確かに夏子の言うとおりだわ」
「次は江海の番だね」
渚ってばニヤニヤしながら言うから、私もつられてニヤニヤしてしまう。
「私の番って…何が?」
「骨折の手当てよ」
「そうだね。しっかり手当てしてあげなくちゃ」
私が気合いを入れながら言ったとたん、健吾君が教室に入ってきた。
「貝本、学校に来て大丈夫なのかよ?」
「あぁ…大丈夫。心配すんな」
心配すんな、と言った健吾君の顔に、ドキッと心臓が高鳴ってしまった。
「健吾君、大丈夫…?」
私、いてもたってもいれなくて、健吾君にかけよって、恐る恐る聞いてみる。
「大丈夫だよ。江海ちゃん、病院に来てくれたんだな。母さんから聞いたよ。ありがとうな。心配してくれて嬉しかったよ」
健吾君、無理に笑ってる。
事故にあって大変な思いしてるのは健吾君なのに、学校に来てる。今日は休んでも良かったのに…。
「私に何か手伝えることがあったら言ってよ」
無理に笑ってる健吾君を見て、胸が痛んでそう言っちゃった私。
「ありがとう、江海ちゃん」
健吾はうなずきながら言った。
その日の夜、私は健吾君の部屋に行った。
どうしても心配だったから、健吾君の部屋に行ってしまった。
「今日、試合のレギュラー降ろされたんだ」
「どうして…?」
「こんな足じゃ試合に出られないって、部活の顧問に言われたんだ。試合、今度の土曜日なのに、なんでこんな時に事故で足骨折なんだよ…」
悔しそうな声を出す健吾君。
「せっかく、レギュラー取れたのに悔しいよ…」
「足はいつ治るの?」
「全治三ヶ月。三ヶ月なんて長すぎる。今度、いつ試合があるかわかんね―からな」
深く沈んだ健吾君の声。
どうにかして試合に出させてあげたい。あげたいと思ってるよ。だけど、全治三ヶ月だなんてどうしようもないよね。こればっかは仕方ないよね。健吾君の悔しい想い、沈んだ健吾君の声、一体、どうすればいい…?