健吾君の気持ち
五日間のテストが終わった翌日、今日が人間の世界に来て一ヶ月目の日。一ヶ月経つのって早いよね。残りの二ヶ月間楽しまなきゃ、だよね。
「今から数学のテストを返す」
一限目の数学の時間、先生が大きな袋から答案用紙を出す。
う゛っ、いらない。きっと悪いだろうな…。
一人一人、名前を呼んで返す。そして、私の名前が呼ばれて、点数を見ると、50点以下だった。
ショック…。でも、いいの。他の教科で挽回だよ。もぅ、最悪…。ママに見せたくない。
そのあと、他の教科は一応、50点は越えてた。
あ―あ、どうしてこんなに悪いんだろう。神様、もしいるならこの点数をなんとかしてください。
「山岡さ―ん!」
「何―?」
「田崎さん来てるよ―」
「あ、うん」
げぇぇぇ。田崎さんが来たなんて、今日はホントついてないよ…。
廊下に行くと、田崎さんがうっすら微笑みを浮かべて待ってた。少し嫌な顔にも見える。私が田崎さんに近付くと、口を開いてこう言ったんだ。
「健吾はアンタなんか好きじゃないのよ。眼中にもないって感じ」
田崎さんの言葉で、自分の顔が青ざめていくのがわかる。
…健吾君が…好きじゃない…眼中にもない…。
そりゃあ、私だってバカじゃないから田崎さんの言ってることわかるよ。わかるけど、田崎さんの言葉は上手く飲み込めない。
「健吾、私のほうが好きだって」
「……」
言い返す言葉がない。
「私、今日、健吾に告白するの」
!!
私の心臓がピクンと高鳴ったのがわかった。
告白しちゃう…。健吾君はOKしちゃうの? 私のこと少しだけ好きって言ってくれたじゃない。あの言葉はウソだったの? でも、まだ健吾君の答えがOKって決まったわけじゃない。そうだよ。健吾君はまだ答えを出していない。
「放課後、中庭に来てくれる?」
「えっ…?」
「いいでしょ?」
もしかして…告白シ―ンを…?
「あ、う…うん」
「じゃあ、放課後ね」
そう言った後、田崎さんは私に背を向けて自分の教室に戻っていっちゃった。
やっぱり…あの微笑みは私に告白シ―ンを見せる気なんだ。そんなの見せてどうするの? 私の目の前で、健吾君はOKするとでも思ってるの? そんなわけないじゃない。
海の底の奥まで深く沈んだ私の想い。悲しいくらいに沈んでしまってる。この悲しみからはどうやったら抜け出せるの? 私…わからない…。
ついに放課後がやってきた。
嫌だな。行きたくないな。呼び出されてるんだから行かないとね。行かなかったら、田崎さんに何されるかわからない。私の頭の中には、告白シ―ンがぐるぐる回ってる。
…いいよ。付き合うよ。…
もし、健吾君がそう返事したならどうしたらいいのかわからない。健吾君がどう返事するかわからないから、心臓がザワザワしてるよ。
そんな不安の中、私は中庭に行った。
中庭にはもう健吾君と田崎さんが来ていた。二人共、固く口を閉ざしたまま、私を待ってたみたい。
「ねぇ、健吾君、私のことどう思ってる?」
私が着いたとたん聞いた。
田崎さんて私の前では「健吾」って呼び捨てだけど、健吾君の前では「健吾君」って言ってるんだ。ネコ被ってるよね。
「……」
健吾君、何も答えない。
「私ね、健吾君のこと好きなの」
田崎さんはついに告白した。
「え?」
ビックリ顔の健吾君。
「付き合ってよ。私、健吾君の彼女になりたいの」
はっきりと言う田崎さん。
そして、一歩…二歩…私は後退りして、二人を背に向けて走って行ったんだ。
「江海ちゃん!」
健吾君が私の名前を大声で叫ぶけど、私の顔には涙が溢れていた。だから、後戻りは出来なかった――。
もう、イヤ。こんな想いなんてしたくない。人間になりたいって言わなければ良かった。このまま人魚の江海のままでいれば良かった。ホントは健吾君と田崎さんが上手くいったらいいのに…って、心の隅で思ってた。だけど、それが実現するなんて思ってもみなかった。もう、どうにもなれよ、って思ってる。どうせ、私なんかいてもいなくても一緒なんだから…。
ザブン、ザブン…。
波が打ち寄せてる。
私、いつの間にか健吾君に助けてもらった海に来てた。もう一度、一ヶ月前に戻りたい。一ヶ月前はこんなことになるとは予想してなかった。思ってもみなかったよ。ホントに…。
あの二人、どうなったんだろう…。上手くいったのかな? 今はどんな会話してるの? 気になっちゃう。
私は裸足になって海の中に入った。
ひんやりと冷たい。海の中に入ると思い出す。人魚だった頃が蘇る。人間になる前、海で泳いでた。仲間達はどうしてるんだろう。シ―ナ女王、ワガママな私でごめんなさい。
そう思ったら、涙が出てきた。
「どうなんだ? 江海ちゃんの気持ちは?」
家に帰って少ししてから、健吾君に捕まっちゃった。
ただうつむいて黙るしかない。
「前にも言ったけど、オレは江海ちゃんのことが好きなんだ。この気持ちはウソじゃない」
健吾君のまっすぐな言葉が、余計に私の好きという気持ちに拍車がかかる。
「江海ちゃんの気持ちをきちんと聞かせて欲しいな」
さっきより幾分やんわりした口調の健吾君。
「…健吾君のこと好きだよ…。健吾君は私の気持ち知ってるけど、健吾君のこと好きなんだよ」
「そっか。ありがとう」
胸のつっかえが取れたのか、健吾君はホッとした顔をした。
私、海の中に入った後、このまま人魚に戻るつもりだった。戻ったら健吾君のことで悩まなくてすむ。そう思ったの。でも、…出来なかった…。これで諦めたくなかったから。諦めたら後悔しそうだったから。それに、健吾君に迷惑かけたまま終わりたくなかった。
「オレ、田崎の告白、断ったんだ」
断ってくれたんだ…。
「田崎のこと好きでもなんでもないし、田崎は弱いものイジメしてるみたいだからな。そんな女の子と付き合いたくないなって思ってさ」
「なんかわかる気がする」
「だろ? だから、断った」
「ありがとう」
そう言うと、下を向いてしまう私。
健吾君が田崎さんの告白断ってくれただけでも嬉しい。告白シ―ン見たから苦しくなってたから、余計に嬉しい。でも、私の気持ちは決まってるけどまだ気持ちが迷ってる。こんなに健吾君が好きなのに…。