プロローグ
昔むかし、おじいさんとおばあさんがいました。
おじいさんとおばあさんは二人とも村で一番の力持ちであり、二人で日々切磋琢磨するとても元気な夫婦でした。
ある日、おじいさんは山へ熊を狩りに、おばあさんは川へ魚釣りにでかけました。
おばあさんが川で魚釣りをしていると、どっぽん、どっぽんと、とても大きな桃が流れてきました。
おばあさんは流れて来た桃を取ろうと、竿を巧みに使い、釣り針を桃に引っ掛けました。
ですが、桃はとても重く、引っ張り揚げれそうにありません。仕方なくおばあさんは川に入りました。
しかし目の前の桃で忘れていたのでしょう。この川がとても急流だという事に。村で一、二を争う力持ちのおばあさんでも川の流れには逆らえませんでした。
おばあさんは泳げませんでしたが、なんとか岸に掴まることができました。しかし、おばあさんには釣り糸が絡まってしまっていたのです。
釣り糸の先には大きな桃が。桃に引っ張られるようにおばあさんは流れて行ってしまいました。
大きな音と、おばあさんの悲鳴の様な声を聞きつけたおじいさんが川にやってきました。
おじいさんは熊が川に出て、おばあさんと鉢合わせしたのではと思い駆けつけたのですが、まさかおばあさんが上流の流れの速い川で魚釣りをしていたなど思っていなかったのでしょう。岩場に挟まっているおばあさんと大きな桃を見て驚きました。
おばあさんがカナヅチだということを知っているおじいさんは急いでおばあさんを助けようと、川に入りました。
おじいさんも若干流れに足を取られますが、なんとかおばあさんの元に辿り着きました。
おばあさんを助けようと、まずは大きく邪魔な桃をどかそうとしました。しかし、大きな桃を掴み上げ、釣り糸を素手で引きちぎった瞬間、おばあさんは岩場の隙間からするりと流れて行ってしまいました。岩場に引っ掛かっていたのはおばあさんではなく、桃であったのです。
おじいさんは日々共に切磋琢磨して、己を磨き合った好敵手であり、目標であり、妻であったおばあさんが流木の如く川に流れて行ったのを見て、あまりの呆気なさに放心していました。
正気に戻ったおじいさんはおばあさんを追いました。一旦岸に上がり、桃を置き、川の流れの向く方へ下って行きました。
おじいさんは走っている内に少しづつ冷静になっていきました。冷静になるにつれ、どんどん足が早まります。そう、この岩場より、少し行った所には大きな滝があるのです。
滝の近くで運良く引っ掛かっているかもしれない。そんな期待を持ちながらおじいさんは走りました。
しかし、2度引っ掛かることはありませんでした。滝の前には何も引っ掛かってはいなかったのです。
おじいさんはぽろぽろと涙を流しながら、崖を下って行きました。着いた滝壺には四肢があらぬ方向に曲がったおばあさんが沈んでいました。
おじいさんはおばあさんの遺体を引き揚げ、冷たくなった体を抱きしめました。
ピクリとも動かないおばあさんを抱きしめ、おじいさんは何十年振りにいっぱい泣きました。
その後、おじいさんはおばあさんを担いで崖を上り、おばあさんの釣り糸と竿の引っ掛かった大きな桃をもち、家に帰りました。
おじいさんはおばあさんを庭の1番見晴らしの良い場所に埋めました。
おばあさんが取ろうとした桃を備えようと、桃を切ろうとした時です。
「……ぎゃ…ぁ…ぉぎ…ゃあ」
なんと、桃から赤ん坊の泣き声が聞こえるのです。
………………桃から赤ん坊の泣き声が聞こえました。
それにおじいさんは驚き、恐る恐る桃を割って見ることにしました。
桃を割ってみると、そこにはなんと、おじいさんとおばあさんの顔に似た、赤ん坊がいました。
おじいさんとおばあさんには子供がいなかったので、おじいさんはその赤ん坊を見た途端、自分たちに息子がいたら、こんな感じなのだろか……と考えたのです。
赤ん坊におばあさんの面影を見たおじいさんは泣いて喜び、その赤ん坊を育てる事に決めました。
「よし、お前の名前は東の国の男児の名からとって桃太郎だ。
……立派に育てよ、桃太郎。」
その場にはおじいさんの笑い声と、赤ん坊の泣き声が響いていましたとさ。