【8】ショジョの血は美味のようです
一週間経っても、てれびは相変わらず連続殺人の話をしている。
若い女が襲われ続けていて、国は何をしているんだとてれびの中のおじさんが怒っていた。
鬼や、《鬼もどき》の話は一切出てこない。
人を不安に陥れないように、情報を出していないのだと以前カズマが言っていた。
内容が変わって、街で『かぷせる』なるものが流行っているとの話になったところで、てれびを消す。
アオは毎日夜になると出かけていく。
帰ってくる時は血まみれで、でもいつもそれはアオの血じゃなくて、他の人間の血だった。
そして今日もアオは、血がたくさん付いたシャツのまま帰ってきた。
「もしかしてアオが連続殺人犯なのか」
「殺されたいのかトワ」
直球で尋ねたら、危うく首に鋭い爪が食い込むところだった。
「悪い、疑われていい気がするヤツはいないよな。いつも血の匂いをさせているから、変に思っただけなんだ」
謝るとアオは、だるそうにこれは《鬼もどき》の血だと説明してくれる。
「殺しまでは滅多にしない。後始末が面倒だからな」
アオはむやみに人を殺す鬼ではないようだった。
しかし、殺すのに抵抗があるわけじゃなく、ただ単にやっかいごとが増えるのが煩わしいだけのようだ。
「人を殺すと、警戒されて自由にやりづらくなる。まぁ《役人》とか、気に障ったヤツは容赦なく殺すけどな」
その言葉に嘘はないんだろう。
アオは綺麗好きなのか、いつもはすぐお風呂に入るけれど、今日は少し疲れた様子だった。
血が乾いてこびりついたシャツを脱ぎ捨てると、アオはワインを出して飲み始める。
同じ酒を飲む光景なのに、アオが飲むと絵になって、コウが飲むとただのおっさんに見えた。
「かなり前からオレの縄張りで《鬼もどき》を量産してるやつがいる。主人の鬼を探してるんだが見当たらない」
アオは苛立たしげに顔を歪める。
そんな顔でさえ綺麗だから、美形は得だなと妙なことを思った。
「普通鬼も《鬼もどき》も一色で、瞳は金だ。だが、この《鬼もどき》どもは、複数の色が混ざってて所々黒い。複数色で、瞳が金でなく赤。そんな《鬼もどき》なんて今までなかったんだ」
鬼が《贄人》にしようと血を与えるのは、大抵女だ。
だから《贄人》になり損ねた《鬼もどき》も女が多い。
それでいて《鬼もどき》は鬼の衝動に従って女や時に子供をエサに選び、食い散らかす。
コウによれば、この赤目の《鬼もどき》たちは、女より男の方が多く八割を占めるらしい。
何かがおかしいと、アオは呟く。
その原因を突き止めるために、アオはずっと動き回っているようだった。
「やっていることは、《役人》であるカズマたちとそう変わらないんだな」
「自分の縄張りじゃなけりゃやらない。それに今は重要な時期なんだ。折角何年もかけて国の上層部に俺達の息がかかった奴を潜り込ませて、これから国を覆そうって時に面倒ごとは困る」
もしかして、アオはいい人なのかとも一瞬思ったが、そうではなさそうだった。
「《役人》のカズマっていうと、コウが《役人》してた時の部下か。まだ付き合いあったんだな」
「アオはカズマも知ってるのか」
「あいつ青鬼の《贄人》で、自分を鬼にした奴を探してるからな。同じ青鬼のオレが何か知ってるんじゃないかとしつこいんだ。術附ばかり使って、正面から戦わずに罠しかけてくるタイプはやりづらい。そういう手段が悪いとは言わないが、殺しあいなら真っ向勝負の方が好みだ」
うんざりした様子でアオは呟く。
「あぁ忘れるところだった。今日の分だ」
ふいにアオが立ち上がり、パックに入った血をコップに移して私に渡してくる。
「これはいつもどうやって手にいれているんだ? まさかその《鬼もどき》のものだったりするのか?」
「そんなわけあるか。《鬼もどき》はそもそも《贄人》になれなかったヤツの成れの果てだ。血は最悪なまでにマズイ」
そんな常識まで忘れているんだなと呆れたように、アオは言う。
アオによると、いつも私に持ってくる血は、人間が自分から提供したものらしかった。
「もしかして、アオにも《贄人》がいたりするのか?」
「血を提供する《贄人》なら、オレにはいない。血をわけた《眷属》ならいるけどな」
アオは《贄人》と《眷属》の違いにこだわりがあるようだった。
自分の元に集まる者を、道具ではなくて、個人として尊重していることの表れにも思える。
一見冷たそうなアオだけれど、身内は大切にする性質なのかもしれない。
指摘したら認めずに怒りそうな気がしたので、これも口に出したりはしない。
なんとなく、アオの性格が読めたようなそんな気になった。
「この血はそこらへんの人間の女をたぶらかして手に入れたやつだ。処女の血じゃないからマズイがそこそこ飲めるだろ」
説明が面倒になったらしく、いいから飲めとアオが視線で指図する。
血にはマズイのと美味いのがある。
あまりわかりたくはなかったけれど、毎日飲んでいる間に、その味の違いが私にもわかるようになっていた。
拒否すればいつぞやのように、口移しで飲まされてしまうので、素直に渡された血を飲むことにする。
もう私は血を飲むことを、諦めて受け入れるようになっていた。
拒絶したところで、血が必要だという事実は変わらない。
コップに口をつける。
粘つく血は、こってりとしたバターのように舌に残り胸やけがしそうだ。
それでいてあまり中味がない。
「……あまり美味くないな。美味しいのは大体、ショジョなのか?」
「まぁな。というか、一応女だからそういう言葉を淡々と言うな。もう少し恥らって言え」
五日間私に裸同然の格好をさせていた癖に、恥じらいなどとワインを飲みながらアオが言う。
アオはワインが好きらしい。
おかわりを注いで、もう一度飲み干した。
鬼にとって、食べ物や飲みものは腹の足しにはならない。
喉の渇きさえなければ、空腹を感じることはないようだった。
けど、美味いものを美味いと感じることはできる。
特に酒は特別に美味に感じるのだとアオは言っていた。
コウもよく酒を飲んでいたけれど、私にはその味のよさがよくわからない。
血の味は――こんなにもわかるのに。
他を飲めば、コウの血の美味しさが際立つようだった。
「つまり……コウはショジョだったというわけか」
「っ! ごほっ! ごほっ!」
話を総合して出した結論に、盛大にアオがワインを噴出す。
「アオ、汚いぞ」
「今のはお前が悪い……そもそも、処女の意味をお前わかってないな?」
「ちゃんと今わかった。血が美味しいのがショジョ。つまり、コウはショジョだ」
アオは頭が痛いというように、額を押さえた。
いつも余裕のある態度だったので、こんな困ったような顔は初めて見たかもしれない。
「キスしたときも思ったが、お前はそういう事に関して驚くほど疎いな。これも記憶喪失のせいか……いや、オレのせいか。《鬼姫》であるお前が色恋に目覚めるとやっかいだから、色々情報を遮断してたしな」
独り言のように呟いて、アオは盛大に溜息を吐いた。
「あのな、ショジョっていうのは生娘のことだ。だから男のコウは処女じゃない」
それはどういう意味なんだと尋ねる前に、アオはそう言った。
「キムスメ……よくわからないが、コウの血は美味しかったぞ?」
「男でも美味いやつは美味い。あいつの一族は特に美味しい血をしてるらしくて、鬼に蹂躙されたんだ。女は《贄人》に、男はその場限りのエサとしてな」
律儀にアオは説明して、口直しというようにワインを煽る。
ふと疑問が浮かぶ。
鬼は《贄人》を花嫁にすると、アオは言っていた。
鬼も《鬼もどき》も、狙うのは若い女ばかりだ。
子を産ませる目的もあるが、一般的に女でショジョの血が美味い。
そのため《贄人》の大多数は女であるらしい。
じゃあなんで、コウやカズマは男なのに殺されずに、《贄人》にされてしまったんだろう。
「コウはどうして《贄人》になったんだ? 男でも血が美味かったからか」
前に聞きそびれてしまっていたことを思い出し、口にすればアオが眉を寄せる。
「……お前が助けたんだから、お前が一番よく知ってるはずだろ。ちゃんと自分で考えろ」
アオはそんな事を言って、教えてくれない。
記憶のない私にはわからないというのに。
コウは今頃どうしているだろうかと考える。
あれからもう一週間だ。
深い傷をコウは負っていたが、治したから大丈夫なはずだと自分に言い聞かせる。
《贄人》は元々鬼にとって血を得るため存在だから、血が大量に流れても普通の人より丈夫だと、アオも言っていた。
――コウに会いたいな。
酒のみでどうしようもなかったり、折角手に入れたお金を遊びにつかったりする悪い癖はあったけれど。
時々お金が足りなくて、スーパーの試食で食いつないだりしたこともあったし、夏は熱くて大変だったりしたけれど。
たわいのないおしゃべりをして、一緒にてれびを見て。
夕飯が美味くできたときは褒めてくれて。
記憶のない私が不安になる暇がないくらいに、コウは私に構ってくれた。
やっぱりコウのいるあの場所が好きだなと、そう思った。
コウはアオが言うように、おそらく私が鬼だと知っていた。
鬼と違い《贄人》は血を飲む必要がない。
私のことを《贄人》だと思っていたなら、こっそり血入りの汁を飲ませる必要はなかったはずだ。
コウが私を鬼と知ってて接していたのなら、帰ってもいいんじゃないかと思う。
しかし、気になるのはアオが私に話した過去の話だ。
あれが真実だとするならば――私は記憶を無くす前に、一度コウを殺しかけたことになる。
そんな私に、どうしてコウは優しいんだろう。
何よりも、どうして記憶喪失前の私を知っているのに、ずっと黙っていたんだろう。
ぐるぐる考えていたら、ワケがわからなくなって。
気づいたら私は、長椅子の上で寝ていた。
★7/22 誤字修正しました! 報告ありがとうございます!




