【紅11】媚薬
若干R15です。苦手な人はご注意ください。
風呂を上がったところで、里中が髪を乾かして優しくすいてくれた。
それから、夕飯をご馳走になる。
終始里中は笑顔で、先ほどあったことなんて嘘のようだ。
もしかしたら、からかわれていたのかもしれない。
人をからかうのが大好きだと、本人も言っていたし。
それに、やけにあっさりと引いていたじゃないか。
平凡な容姿をしている私と違って、里中は見目麗しい。
そんななりでも、本気を出せば女性なんて選び放題だろう。
わざわざ私を選ぶ必要なんてまったくない。
付き合っていたというのもおそらくは嘘だ。
そう気付けば、気分が大分楽になった。
「どうですか? 美味しいですか?」
「あぁ。美味い」
里中の作ったカレーは、文句なしに美味だ。
ただ、食べていると体が内側から熱くなってくる感覚がある。
辛口だからかなと思うけれど、香辛料で火照るのとはまた違うような。
腹の奥が燻られて、内側から熱が生まれるような感覚だ。
ほんの少し、頭の奥が白く霞むような……それでいてふわふわとした浮遊感もある。
こんな風になる食べ物なんて、初めてだ。
「いっぱい食べてくださいね」
そう言って、里中はおかわりを装ってくる。
これ以上食べたら、余計に妙な感覚が強くなりそうだ。
でも悪い気分ではないし、何より癖になる。
もう一杯くらいならと、全て平らげた。
「いい食べっぷりですね」
笑う里中は、嬉しそうだ。
ほんわかした空気が部屋には漂っていた。
「ケーキも食べますか?」
「いいのか?」
「美味しいお店で買ってきたんですよ。冷蔵庫にいっぱいありますから、好きなの選ばせてあげます」
ふふっと笑って、里中が立ち上がる。
その後に続こうと立ち上がって、足元がぐらついた。
「ん……?」
何か妙だ。上手く立てない。
ぐらりと視界が揺れて。
足が立たなくて、床に崩れ落ちる。
急に血が熱く重くなって、全身に巡ったみたいだった。
「あぁ、よかった。ケーキにも一応仕込んでおいたんですけど、もしかしてあなたには効かないのかと少し焦りました」
くすくすと意地悪い笑い方。
里中が私に近づいて、体を抱き上げる。
ベッドに運ばれたかと思えば、上にかぶさるように里中が乗ってきた。
「食事に何か……混ぜたのか?」
「媚薬を盛られた《贄人》の血を混ぜました。知ってます? 鬼は《贄人》と違って病気になったり、毒をくらうことはないんです。ですが、その状態の《贄人》の血を飲めば、短い間ではありますがその症状になるんですよ」
鬼は力を使いすぎたり、高度な術の反動や呪いを受けて病気のような症状になることはあっても、病気そのものにはかからないらしい。
そんな鬼の意外な弱点を口にして、里中が笑う。
つまり私は……間接的に薬を盛られたということか。
媚薬と言う薬が、どんな類の薬かは知ってる。
コウが以前持ってた、えっちな映像の入った記録媒体の題名にその単語が使われていた。まぁ中身を見ることなく処分したが、つまりはそういう類の薬なんだろう。
頭の奥が霞んで、体の自由が利かない。
心臓の上に、里中が手をおく。
あぁ、と感嘆の溜息を漏らした。
「生きていてくれただけでも嬉しいのに、女だったなんて嬉しい誤算です。コウやアオの邪魔がなければ、もっと早くあなたを手に入れられていたのに」
アオの言った通り、いやそれ以上に里中は危険な奴だったらしい。
ちゃんと忠告を聞いておくべきだった。
体を這う手や、見つめてくる瞳が怖い。
食べられるとアオが言っていた意味がようやくわかった気がする。
逃げなければ、きっと食べられてしまう。
里中の私を見る目は、獲物を狙う狩人のそれだった。
「あぁ、そんなに怯えた顔しないでください」
「なら……どいてくれ。私は、部屋に帰りたい。恋人になる気も……ない」
上がる息の中、意志をはっきり伝えたのに、里中はどいてくれなかった。
「本当トワはつれないですね。わたしはこんなに優しくしてるのに、いつもアオやコウのことばかり……正直面白くありません」
「薬を盛ることを、優しくとは……言わない。恋人だったのは嘘だな?」
むくれた里中に言えば、そうですよとあっさり認めた。
「トワは毎度私の告白を鈍さで流して、アオやコウには邪魔されて。言葉や態度で伝わらないなら、体で伝えるしかないでしょう?」
上着を脱いで里中が囁く。
端正で女顔なのにしっかりと引き締まった体をしていた。
「諦めるという選択肢も……あると思うんだが」
「それはトワが選ぶべき選択肢であって、わたしの選択肢ではありませんよ。既成事実を作ってしまえばこちらのものです。気持ちよくしますし、トワを幸せにする自信もありますから」
さりげなく進言してみたけれど、聞く気はなさそうだ。
「私の意志は?」
「あなたの意志が向くまで待っていたら、いつまで経ってもその日がこないじゃないですか」
はぁと大きく里中は溜息を吐いて、ベッドの横に置いてあったナイフで指先を切った。血のにじむ指先を私の口元に押し付ける。
甘く、滑らかな血。
みずみずしく、太陽の恵みを一身に受けた果実の汁のように舌の上ではじける。
真っ直ぐで飾らない味の血だった。
「んっ……」
駄目だと思うのに、舌が勝手に里中の血を求めて動く。
良い子だというように、もう一方の里中の手が耳を触ってくる。
「いやだ……やめろ……」
そうされると、体の中の熱がまた疼きだす。
いやなのに、心とは裏腹に体が反応してしまう。
先ほどから続いている緩い快楽は、何なんだろう。
気持ちいいのに苦しくて戸惑う。
この先にある終わりが見えなくて、このままでは気が狂ってしまいそうだ。
終わらせてくれと懇願すれば、きっと里中がこの状態に終止符を打ってくれることはわかっていた。
でも、それをしては駄目だと、微かに残る理性がそれを押し留める。
それをしてしまったら、おそらくは里中に食べられてしまう。
戻ってこれなくなると、本能的に理解していた。
「あっ、んぅ……っ」
指に舌を絡ませ軽く歯を立てれば、里中が頬を上気させて艶やかな息を吐いた。
そこでようやく我に返る。
里中の指を、どうにか口の中から舌で押し出した。
「本当トワは、昔から血と快楽に弱いですよね。素直にもっと欲しがっていいのに……トワはわたしが嫌いじゃないし、どちらかと言えば好きなはずです。それがわたしと同じものに変わるまで、じっくりと愛して慣らしてあげますね」
私の唾液と血が滲む指で、唇をなぞられてぞくりと肌が泡だつ。
悔しいけれど、里中の言う通りかもしれないと思った。
私はどうにも血の美味しさに弱いし、気持ちよさに流されそうになる。
それに、里中にどんなに酷いことをされても本気で嫌いになれる気がしなかった。
男の癖に女の格好をしている変態で。しかも薬を人に盛って、なおかつ無理やり恋人になるようせまってくるような奴なのにだ。
「頼む、やめてくれ……」
「残念ですが、それは逆効果にしかなりませんよ。嫌がられるのも結構好きですし、だんだんと落としていくのも楽しいですから」
里中はそれがわかってるんだろう。
だから、やめようとしない。
「トワ」
名前を呼ぶ声には、縋るような響き。
揺れる瞳からは、里中の恐れが伝わってくる。
また私を失なったりするものか。
そんな意志が里中からは感じられる。
必死に私を繋ぎとめようとしていて、そのために手段を選ぶ気はないというかのようだった。
愛情も信頼もちゃんとそこにはあるし、ただ何よりも――この人は私がいなくなることを恐れている。
だからこそ、完全に拒むことができなかった。
でも、何かがしっくりこない。
明らかな意図をもって触れてくる手が服の下にもぐる。
そんな風にいやらしく私を触っていいのは、コウだけだと思った。
「コウっ!」
思わず叫べば、張り詰めた何かが砕ける感覚がして。硝子を叩き割る音と同時に、部屋に張り巡らされていた結界が壊れたのを感じた。
「駄目ですよ、トワ。こういうときに他の男の名前を呼んでは。わたし結界張るの上手くないんですから、内側から招かれてしまうと困ります」
興が冷めたというように、私の上から里中がどく。
「コウ!」
来てくれた。安堵から名前を呼べば、私の姿を確認したコウの目にさらなる怒りが宿る。
制服の上着を脱いで私を包み、コウが抱き上げてくれる。ぎゅっとその首に手を回して抱きつけば、コウの匂いがした。
「この腐れ腹黒変態狸ジジイ! 人がちょっと目を離した隙に油断も隙もない! これは俺のだから、手を出したら殺すって、昔から何度も言ってるだろうが!」
「はぁ? 何で手を出すのにコウの許可が必要なんです?」
殺気を放つコウに対して、里中は涼しい顔だ。
「トワ、これのどこがいいんです? アオならまだしも、あなたの真意を理解しようとしない馬鹿ですよ? まぁ、あなたが気づかせまいとしていたんだとは思いますが」
「昔からお前の言うことはよくわからねぇ。とりあえず、後でボコボコにしてやる」
里中の言葉の差すところは、コウだけじゃなく私にも内容の半分くらいは理解できない。
きっとトワに向けた言葉だからなんだろう。ただ趣味が悪いと言われてるのだけは、はっきりわかった。
「大体、コウがわたしに勝てるわけがないでしょう? 生きてる年が違いますよ。こう見えて私は先生よりもずっと古いんですから。まぁ、トワがコウを選ぶというなら、しばらくは様子を見てあげます」
「偉そうに」
「偉いんだから仕方ないでしょう? 総副隊長なんですし」
やれやれと言った様子で、里中は服を羽織る。
「ただ、もしコウがトワを繋ぎとめられなかったその時は、無理やりにでもわたしのものにしますからね。しっかりしてくださいよ?」
「だからなんでお前は、いちいち上から目線なんだ!」
里中が苛立つコウの背を押す。
お帰りはこちらですと、部屋から追い出されてしまった。




