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その空へ

「兄ちゃん、これが三段櫂船よ……。船底ぜんぶが鉄で出来てるだろ? これで高速で奴らプタハ連中の船にぶつかって穴を開けてやるんだよ」

ジュスタンにそう得意げに語ったのはシャルダナ族のおっさんカイオスである。

現在、ジュスタンは海の民の本拠地である花庭の海岸でプタハまで遠征していた人達が乗っていた船、三段櫂船を見上げていた。

先ほどまでジュスタンは見知らぬ者が来たということで迫害気質な視線を受けていた。胸ぐらを掴みかかってくる者までいたほどだ。そこにエウタリアが誤解を解くため仲介に入り、なんとか、信用はないまでも危害を加えるつもりではないということを理解してもらえた。仲介人にイアンテまで協力してくれたことにはジュスタンも驚いた。

そしてなんとなくギスギスした雰囲気でいるとき、最初に気安く話しかけて来たのがカイオスであった。

「これが三段櫂船……でっかいなぁ」

そうジュスタンが感想を漏らすと、カイオスはまた胸を張り、

「そうだろ。なんせ百八十人で三段ある櫂を漕いでるからな! マストの助けも含めりゃこれを抜ける中型船はそうそうねぇ」

今は閉じた大きな帆を指す。

「兄ちゃんの時代だと全部鉄で出来た船なんだろ? しかもそっから投擲するとか、バケモンだな!」

カイオスはジュスタンがトレースした情報を思い出し言う。

「ええ。でもあなた方も大概ですよ海の民が世界で初めて鉄を武器として使ったって言われてますが、三段櫂船なんて……すごい」

大型船ならまず小回りが利かないため、船底を穿たれたならひとたまりもない。ましてや武器や食料輸入だったら尚更だろう。小型船でさえも、その圧力、船速に気圧され、バラバラにされる……。想像だけでゾッとさせられる船だ。

「我らパラサティ、ルカ、ダルデヌイ、イリウンナ、ダヌヌ、アカイワシャ、シャルダナ、トゥルシア、サッカラ……総じて海の民はこのアイマトポセム海の覇者だ。そして我らの想いはすべてこの花庭を守ることにある……。兄ちゃん、俺らは戦闘民族と忌避されようが、それが花庭を守った証明になる。だからは俺らは未来でいくら罵られようが構わねぇよ」

カイオスはそう肩で笑った。

………………。



夜、ジュスタンは戦勝の宴に参加して食事をあやかった後、静かな海岸線沿いの崖の上で月を見上げていた。

発進しやすいここにグラウコスを置いたのだ。

「いつどこでも月は変わらないんだな……」

たしか東方で似たような状況で月を唄った詠があったはず……そう感慨にふけっていると、

「ここに置いたのか、この……せんとうき? だったか」

ジュスタンに呼びかけたのは、イアンテだった。

「隣、失礼するぞ」

イアンテはそう言ってジュスタンから一拍置いた隣へ座った。

初対面から不満色を示していた彼女が一人訪ねてきたことに若干驚き、目を見張ってしまったジュスタン。

まだ後ろのほうでは宴会が続いている。その喧騒を耳に流しながら、ジュスタンはイアンテの出方を探る。

(…………)

沈黙が苦しいとジュスタンは感じた。

(……なんかいってくれないのかな……僕がなんか言うべきかな)

とりあえず沈黙を砕こうとジュスタンは、

「あー、月が綺麗だね……はは」

と愚直な、独り言にも捉えられる言葉を振った。

「……そう思うのなら黙っていろ」

睨みと共に返された言葉でジュスタンは萎縮してしまった。

仕方なくジュスタンは視線を夜空へ上げた。

「昼は疑って悪かった……すまない」

突然イアンテがそうポツリと謝った。

「え、いや、いいよ。普通未来とか、空を飛ぶとか、信じないだろうし……むしろいきなり殺されなかっただけ、良かったよ」

ジュスタンが笑いかけると、イアンテは所在無さげに目を彷徨わせた。

「せんとうき、か……これも戦うための道具なのだろう? 人間はこの空でさえ戦場にするのか……。

なんとも滑稽だな」

「そうだよね! 空は自由で清らかな所なのに……」

ジュスタンは反射的に返した。イアンテは少し驚く。

「……そうか、空は自由か……。だがその空を支配できたら……」

イアンテは星々を掴むように手を夜空へ伸ばした。

「きっと全て支配できるのだろうな」

「…………」

また静寂が訪れた。

(この空を支配すれば地上も制圧できる……。自分は自由になれる……。本当に自由な空だ)

だけど、

(自分は自由になれる……だけど、他は? 空は自分だけのもの? 支配することが本当の自由?)

ジュスタンは突然湧いた疑問に混迷した。

「明日はプタハの西岸を攻める。それが成功し、領地占領を果たせば、対等と言えずとも交渉の席に着ける」

イアンテは唐突に告げた。

ジュスタンはまたも視線をイアンテへ移す。

「私は姫様の護衛でこの島に留まる。貴様も、危ないから姫様の近くにでもいることだ」

言うことはそれだけだとでも言うかのようにイアンテは立ち上がり、踵を返した。

ジュスタンはその背中を見て、

「勝算はあるのか?」

「……三段櫂船を見ただろう? 勝てるさ」

イアンテは力強い眼をジュスタンへ向ける。

「だけど質は結局物量には敵わない。どこの時代でもそうだった」

イアンテの目元が緩くなる。しかし、すぐに強めて、

「それでもやらねばならぬのだ……」

そう言い残しイアンテは去って行った。

ジュスタンは悲しそうな眼でそれを見つめた。

(それでも戦わなければならない……)

ジュスタンはグラウコスへ目を上げた。

自分は何のために飛んできただろうか。……国のためじゃない。空を飛びたい、飛んでいたいという己の願いのためだ。

(空を支配すれば全て支配できる……)

ジュスタンの脳裏に力強い碧の瞳が擦過した。

ジュスタンは立ち上がり、

「僕は……」



霧が立ち込める朝方、それらはやってきた。

「敵襲! 総員戦闘配備!」

見張りの叫ぶ声が、しっとりとした空気を震わせる。

「西岸よりプタハの艦隊……に、二百隻!」

恐れ混じりの叫び声に昨日飲んだくれた者、老人、女、子供の誰もが飛び起き、島の真ん中へかけて行く集団、船へ向かう者達と慌ただしくなる。

「くそう、奴らから仕掛けてきやがった」

そう拳を握り締めたのはカイオスだ。

「奇襲のつもりか? 笑わせる」

「二百隻って……殲滅する気かね……」

「北方の奴らから木材貰いまくったな……」

恐れおののきつつもその気持ちを武者震いへと転換される海の猛者達。

「ちょうどいい。てめーら! 海の民の底意地見せてやれ!」

「「「おお!」」」

火蓋が切って落とされた。

「ジュスタン様も! 島の中央へ! 戦況次第では東の逃亡船に乗るかもしれません!」

同じく起きたジュスタンにエウタリアは避難を促した。

しかし、エウタリアはジュスタンを見て目を見開いた。

ジュスタンは頭を覆う帽子にゴーグルを掛け、手袋を嵌めていた。

「な、なにをしていらっしゃるのですか……?」

困惑顔のエウタリアにジュスタンは答えた。

「だって、女の子まで戦っているのに、情けないじゃないですか」

そう淡々と答えた。

エウタリアはさらに顔を歪ませる。

「意味がわかりません。あなたは部外者でしょう?」

「…………」

「一緒に行きましょう!」

「エウタリア、僕はさ、空が好きなんだ。今まで自分のために飛んでいた。だかた、そこには大義なんてなかった……」

今度はエウタリアが黙った。

「でも、悔しいし、恥ずかしいじゃないか。エウタリアやカイオスさん達はこの島やみんなを思って戦ってるのに、自分は軍人でありながら、私利私欲のためにやってきた……。それがとても情けないんだ」

エウタリアは数瞬戸惑い、言葉を探していた。

しかしそこに言葉をかけたのはずっと黙っていたイアンテだった。

「ならその翼、私達のために使ってくれないか? 大義名分ができるだろう? 今私たちは態勢を整えていて戦況が芳しくない。貴様が空から攻めてくれれば、がらりと変わる」

ジュスタンはイアンテを見た。その瞳は昨日ジュスタンが見たものと同じだった。

「わかった。カイオスさん達を援護する」

そう言ってジュスタンはグラウコスに乗り込む。

(バッテリーから見て、残り二時間か……。充分かな)

そして少年はエウタリアの儚げな顔に笑みを送ると、夏空へ飛び立った。

「……ですぎた真似、申し訳ありませんでした」

イアンテが深々と頭を垂れる。

「いえ、私も、心の奥ではジュスタン様が勝利を掴んでくれるのでは、と思っていましたから」

「姫様……」

「民のため、ですか……。本当はそんなこと考えたことないのに……」

飛翔するグラウコスを見送った後、エウタリアは翻し、

「行きましょう」

走り出した。


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