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二千年前

ジュスタンは目を開けた。いつまでたっても機体が爆散しないからだ。

「……ッ」

ジュスタンは目を開けて最初に見たのは視界いっぱいの虹色だった。

「これは……」

状況を察しようと考え、分かったのは、ここが花畑であるということだった。

「っと!」

ジュスタンは操縦桿を握り直し、引き上げた。地面に垂直落下してしまうからだ。

地面ギリギリで機体が水平に持ち直し、風圧で花びらを散らしながら上向きに駆け上がった。

ジュスタンはホッと息をついた。

「ここは、どこだ……?」

ジュスタンは状況を把握するため、地上十メートルを低空飛行する。

遠くのほうで海の青が霞程度に映るが、辺りは一面花だらけである。

とにかく降りてみて大丈夫そうだと、そう判断したジュスタンは三回ほど円を描くように降下すると、着陸した。

ジュスタンは風防を開け、空気を吸う。

「潮と花の匂い……爽やかだな」

ジュスタンは心地よい気分で甲板を降り、地に足を着けた。

「それにしても、ここは……」

確かあの鷲に狙われて積乱雲へ飛び込んだ……そこまでは覚えている、そう整理したが、この花畑の状況とまるで繋がらない。ジュスタンはますます困惑した。

するとそこへ……、

「キサマァ! そこで何をしている!? 」

突然ジュスタンの後方から耳をつんざくような甲高い声がした。

ジュスタンは驚き、振り返る。そこには女性が二人。胸かたびらに身を包んだ赤毛の気が強そうな人と、豪奢なドレスに身を包んだ金髪の少女。ジュスタンは警戒がちにグラウコスの左翼端へ移動する。

「貴様、そこを動くな。何者だ。その船みたなモノはなんだ?」

そう詰問してくると、騎士然とした女は鞘から剣を抜いた。

「!?」

(なんだこの人たちは! 身なりといい……飛行機を知らない?)

明らかな文明レベルの違いにジュスタンはカルチャーショックを受けた。

「ぼ、僕は……ジュスタン。オケアーノ辺境第一航空部隊の軍曹です……ここは? オケアーノ近海ではないんですか?」

すると赤毛の女騎士は長く整った片眉を上げると、

「オケアーノ? 軍曹? ジュスタンとやら、プタハの密偵ではないのか? それにその船も、どうやってここに……形も奇妙だ」

どうも話が噛み合わない。ジュスタンが混乱していると、

「わかりました。では幾つか質問に答えてくれませんか?」

そう凛とした声を放ったのは、ずっと黙りこくっていた金髪の少女。

その少女はまるで砂金を溶かして細い糸にしたかのような髪に、海を連想するような碧眼をその人形のように整った顔にたたえていた。

「は、はい……えっと、あなたは?」

「エウタリアと申します。……アイマトポセムという地域に聞き覚えは?」

「え?」

ジュスタンは記憶をまさぐった。しかし、世界地図を全把握した自分にそんなワードは引っかからない。しかし、聞き覚えがあった。それは……。

「……あの、ここは、星暦何年でしょうか?」

「質問しているのはこちらなのですが……星暦四百三年の春です」

それを聞いた瞬間、ジュスタンは青ざめた。なぜならジュスタンのいるはずの時代は星暦二千四百年なのだから。それは実に二千年も遡ったことになる。アイマトポセムは二千年前に使われていた地名なのだった。

ジュスタンは後ろへへたり込んでしまった。



「では、ジュスタン様は二千年後の未来から来たと? その飛行機という乗り物で?」

エウタリアがジュスタンから聞き出した事を確認するように問い返して行く。

「はい。敵機との交戦中に……気付いたらここで」

「信用なりませんな。未来? それにこのデカイのが空を飛ぶ? 全くもって妄言としか思えませぬ」

エウタリアの近衛騎士である女騎士イアンテはそう吐き捨てた。

ジュスタンは表情を曇らせた。ジュスタンの記憶が正しければ、この時代は木船全盛の時代である。少し鉄が使用されているだろう程度で、風と手漕ぎが常識な彼女らに駆動エンジン……ましてや空を飛ぶなど、夢物語としか思えないだろう。

「しかしイアンテ、そうでなければ説明のしようがありませんよ? この翼のようなモノは滑空するためでしょうし……そもそもこんな陸地に、防衛地にも見つからずに乗り上げるなど、不可能です」

「そう、ですが……」

エウタリアに嗜められ、また、自分でも分かっていたのか、納得するしかないとしぶしぶイアンテは引き下がった。

正義感と責任感の高い人なのだろうと、あまり年端の変わらなさそうなイアンテにジュスタンは素直に羨望した。

「それに、証明すれば良いではないですか」

エウタリアが手を叩いた。ジュスタンはエウタリアを見る。

「実際に乗れば良いのです。もちろん私が」

エウタリアは楽しそうにニコニコと提案した。

「な、姫様、こんな得体の知れないものに乗るなど、正気ですか? もし人質にされたら……」

「落ち着きなさいイアンテ。考えて見るのです。空を飛ぶなど、私達には一生不可能でしょう。もしチャンスがあるのならば……ね?」

「うう……しかし」

「さ、ジュスタン様、私を乗せてください」

好奇心で部下を押しとどめたこの姫はキラキラした目で、グラウコスを見つめる。

(単座飛行機なんだけどなぁ……)

戦闘機は決して広く作られてはいない。

「すいませんがこの機体は1人乗りでして……」

「でしたら私がジュスタン様の上に乗れば良いでしょう?」

さぁ早くといった感じである。

なんとこの姫は、好奇心で初対面の男と同室し、飛ぶといっているのか。ジュスタンは驚愕した。

「じゃ、じゃあ、今点検するので……」

そういってジュスタンは結局飛ぶこととなった。

「姫様、手を……」

点検を終わらせ、ジュスタンは甲板からエウタリアに手を差し出した。

手を取った姫はウキウキとしている。

ジュスタンは前部のプロペラを回した。

「姫様! くれぐれもお気をつけて!」

猛るエンジン音とプロペラ音にも負けじと大声でイアンテが叫ぶ。エウタリアはエンジン音に驚き、耳を指で栓しながらワクワクといった様子である。機内はただでさえ狭いのにエウタリアも乗っているせいで操舵もままならなさそうな状態である。鼻腔をくすぐる甘い香りにジュスタンは反射的に顔を伏せてしまう。ジュスタンがエウタリアを大きく抱きしめる形で操縦桿を握っている格好なのだ。当たり前である。

ジュスタンはグラウコスを推進、滑走させる。

だんだんと上昇していく。

「わぁ、本当です! 本当に空へ上がって行きます!」

エウタリアは風防に両手を張り付け、無邪気に笑う。

「高度百……では千まで上がりますね」

「五百メートルも!? 船何隻分でしょうか!? 何千メートルまで上がるんですか!?」

確か限界は六千だったと、ジュスタンはそう告げる。

興奮しっぱなしのエウタリアをジュスタンは微笑ましく思った。慣性荷重すらどこぞの風といったふうなエウタリアを見ながら、そういえば自分も空に憧れて戦闘機乗りになったのだと思い返した。

「花庭が一望できるなんて……すごい」

エウタリアがそう呟く通り、確かに絶海の孤島は一面花庭だらけであった。

そこでジュスタンはふと疑問に思った。

「そういえば、ここはアイマトポセムのどこらへんなんでしょうか?」

「ええ、ここは花庭とよばれる孤島です。アイマトポセムの東南ですね。ちょうど南のプタハ王国と北のエラム王国に挟まれる形でしょうか」

ええと、とジュスタンは唸る。確かに小さな島があった気もする。その程度にしか歴史的に出ない島だっただろうか。そう考えて、ジュスタンは、

「ではあなた方の民族系統……いや、何国なんでしょう? 姫とも呼ばれていましたし……」

民族ならばある程度わかる。ジュスタンはアイマトポセム世界の民族を脳内で躍らせる。

「そうですね。我々は他民族集合体なのですが……プタハやエラムの者達は海の民、と我々を呼びますね」

ジュスタンは胸の鼓動が早くなるのを感じた。

海の民。かつてアイマトポセムを転戦し、各地を荒らしに荒らし回った他民族集合体。海戦を得意とし、北方世界を暗黒期に陥れ、アイマトポセム世界を大混乱化させた、歴史的にあまり快く思われていない集団だ。

ジュスタンは奥歯がガタガタと鳴るのを噛み締め堪えた。

「どうしました? ジュスタン様?」

硬直したジュスタンを心配そうに見つめるエウタリア。

(いや、たしかに戦闘民族のようなイメージで講義では説明されたけど、怖がっちゃだめだ。落ち着け……)

「い、いえ、なんでもありません……」

「そう、ですか……。ああ、私は姫とは呼ばれていますが、私の父、パラサティ族の長が海の民をまとめているから自然とそう呼ばれているんですよ」

ジュスタンは思考を情報収集に傾け、納得した。

(姫、かぁ……ほんと過去に来ちゃったんだな。どうやったら帰れるんだろ……)

過去から帰る方法など、どう考えても見当たらない。考えられる限りの答えに近い事象は、

(あの積乱雲……)

しかし、

(あの中で自分に何が起こった? もう一度飛び込むとして見合うリスクか? 発生条件は?)

わからないことだらけである。

そのとき、耳元で元気な声がジュスタンの迷走を止めた。

「あ! ジュスタンさん、見てください! せんしょうしたようです。私達の戦船が帰ってきました!」

その声のほうへジュスタンは振り向いた。

「あれは……」

花の海の先、海岸沿いに大小様々な船が並んでいた。

「プタハ遠征から帰還した戦士達ですね。安心しました」

ジュスタンはエウタリアの表情を見、悟る。それは空戦後見せる、帰還した同僚達の顔に似ていた。

生きて帰られた喜び。勝った興奮。仲間が死んだ悲しみ。色々なものがないまぜになった、その顔。エウタリアはそんな顔をしている。

そんな表情をしているエウタリア見つめ、ジュスタンはおもむろに思ったことを尋ねる。

「エウタリア達はなぜ戦っているんだい?」

エウタリアは様付けしないんですね、逆に嬉しいです、と言いながらジュスタンを直視し、

「この花庭を守る為です」

衷情な眼線をブらすことなく、その端正な顔に凄絶さを纏い、告げた。

その気迫にジュスタンは心が震える。

「花庭を……」

「はい、ここの花はこの美しさで三ヶ月は枯れません。すべてはこの栄養の塊のような黒土にあります。それを農業に流用することによって私達は冬も飢えることなく大きく美味しく育った食物を得ることができます。しかし……」

エウタリアはその碧眼に影を落とした。

「その黒土のさらに下には豊富な銀があります。それこそ大国プタハの国家予算数年分に匹敵するほどに……」

たしかに、アイマトポセムは銀の産出量が世界一と謳われるほどに銀で成りったっている地域だ。ジュスタンはようやく花庭がどこの島なのか、記憶を一致させた。しかし、その光景は……。

「ここを取られるわけにはいきません。ここは私達にとって大切な場所です。命が生まれ、終わるこここそが私達にとっては……そう、聖地のような所です。だから、ここを奪われるわけにはいきません」

エウタリアは決意の篭った眼でジュスタンを見る。

先ほどからエウタリアの姿が国のためにと戦場で命を散らす兵士達に重なって、ジュスタンは心苦しくなる。

「…………」

黙りこくってしまったジュスタンに、エウタリアは、

「飛行機という乗り物は素晴らしいですね。上を見ても青。下を見ても青。永遠のごとく続く青の境界線の中を飛ぶ。これが清々しいというものなのでしょうか……」

いつの間にか海まで出ていたと気付いたジュスタンは機体を反転させ、

「でしょ? 空を飛ぶっていうのはスゴイんです」

と興奮気味に言った。

「ふふ、ではもっと空について、教えてくれませんか?」

とエウタリアは笑みを溢し、誘った。

しばらく飛ぶと、先ほど飛び立った、イアンテのいる所まで戻った。



結局これだよ。遅れたぜ。

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