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プロローグ

一週間以内完結予定。

今年で十八になるジュスタンは雷雨と暴風の中、必死に操縦桿を操っていた。

後ろを振り向くことはできない。そんなことをすればたちまち自分は相手の機銃弾に撃ち抜かれるだろう。きっと敵機は真後ろ、照準器の奥で笑っている。きっと敵機は自分の動きを全て読んでいる。ジュスタンはそれらを考えると背筋から冷たい針でチクチクと刺された気分になり、もっと速く走らせねばと駆り立てられる。

「なんでもっと速度が上がらないんだよ! 畜生!」

そう叫んだことで我に帰る。自分は今、冷静さを欠いている。戦場では冷静さを失った奴から死んでいく。それは訓練生から上がり立て、数回の戦場経験で仲間の死によってよく思い知ったことだった。落ち着け、そう自分に言い聞かせる。

自分は天才戦闘機乗りである。それは自他共に認められている。訓練生時代は誰にも、教官でさえも自分にペイント弾を当てられなかった。低身分と士官ではないということでこんな辺境の部隊に配属されたが、入隊後もめきと頭角を現し、部隊で自分に追いつける隊員はいまや誰もいない。

自分は努力家である。集団指揮法こそ士官でないから習わなかったものの、肉体鍛錬を始め、機体構造、空戦起動、航空学、習ったことは全て熟知。文字通り人一倍努力した。

将来は帝国軍エースパイロットと噂され、来年には近衛飛空兵団入りと持て囃された自分。

それが今、まるでこの死神のような敵に一方的に追われている。

「くそぅ、なんで!ただの偵察にこんなバケモノが!」

当機とあちらの機体の性能は五分と言っていい。ならばこの差の原因は明白。搭乗員の技量だ。

今回は敵基地の動きが怪しいということで偵察に駆り出されただけだった。といっても辺境なので偵察機の配備も少なければ、人員も少ない。だからジュスタンがこの灰色がかった青い単座戦闘機グラウコスで出動したわけだが。

間違っていたのは自分自身だったとジュスタンは反省する。偵察していることがバレて、三機ほど戦闘機が顔を出したので危ないと思い逃げた。何もせず必死に逃げれば振り切れたものを、ジュスタンは見てしまった。三機の中に鷲のトレードマークを描いた戦闘機を。それはあちらの帝国軍最強と恐れられている戦闘機乗りのモノであった。逃げ切れば良かったものをジュスタンはある好奇心が湧いた。自分はエースにどれだけ通用するのか、と。

あのとき自分はハイであったと、今更ながらにジュスタンは後悔していた。

その時、ジュスタンは自機の装甲を擦過する機銃弾の音を聞いた。

「ッ!」

ジュスタンは反射的に右のフットバーを蹴り、右へ避ける。しかし、これが敵の挑発であるとすぐに気付き、また左へ機体を戻す。

(遊ばれている!?)

ジュスタンは歯噛みした。そしてこんなにも彼我の差があるのかと思い知り、さらに悔しさで顔を歪める。

「くぅ……」

とにかく逃げ切らなければならない。こちらの軍の制海権まで逃げ切れば……。そう思い、ジュスタンは荒れ狂う空を見回す。そして見つけたのは……。

「積乱雲……」

雲の中に隠れて逃げる。戦闘機乗りの常套手段だ。しかし相手はエース。しかもこの暴風雨の中着実に追って来ている。ただの雲では意味がない。

だがしかし、積乱雲ほどの大きさならどうだろうか。海と天を繋いでいるかのようなこの雲ならば、とジュスタンは思い至る。しかし、積乱雲の中は今以上に酷い嵐だ。雷雨と暴風と闇が支配する世界、それが積乱雲の中なのだ。普通なら助からない。

しかし、そうでもしないとあのバケモノを巻くことはできない。もとより命がけなのだ。今更変わらない。そう思い、ジュスタンはオーバーブースト、大火力加速を掛けた。

しかし、敵もそれを察したのか、追い掛けてくる。ジュスタンもそれが感覚的に悟れた。

(あいつ、死ぬ気かよ!?)

しかし、エースのとった行動は違った。その黒い機体を加速させ、下から追いつき、鷲のマークを見せつけるように前部上方へと、駆け上がるように追い抜いた。

(!?)

ジュスタンは全くもって理解できなかった。もしかしたら敵機のほうが若干速力が上なのかもしれない、と片隅で思うも、理解できない行動に唖然としていた。

だが、そのエースの行動は更に常軌を逸したものへとなった。

その黒の機体を上へ上へと昇らせ、そして宙返りの頂点、そこで機体を左へ捻り、空を切るように右翼端から落とし…………。

ジュスタンが気付いたときには後ろへ再び専位していた。

(!?)

ジュスタンは更に混乱した。

(なんだ今の戦技は……どういう機動をしたらそうなる……?)

必死に記憶をまさぐるジュスタン。そして、一つの戦技に思い至り、青ざめる。

(こんな時にこんな所で使う……いや、使える技なのか?)

フットバーを握る両腕が震えていた。

もう笑うしかない。これほどの差、生き残ったとしても死の恐怖で震えてしまう。ジュスタンはそう思った。

もうすぐ積乱雲へ飛び込む。震えてしまっっている自分。うまく積乱雲を抜ける自信も気力も無くしてしまった。

ジュスタンは地獄へ飛び込む瞬間、その戦技を震え混じりに呟いた。

「左捻りこみ……」




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