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名もなき物語  作者: 白カギ
《邂逅の物語》
9/85

Part.8 戦闘の火蓋

「で、どうだった。人間道の文化は?」


 日没前に比べれば些か暑さは和らいでいる夜。未だ光に溢れかえっている街から外れ、何本かの電灯が道を照らすだけの広い道を七曜とサンゴは並んで歩いていた。2人きりで、それも人目に付かない場所を歩いているのはなにもやましいことを企んでいるわけではなく、サンゴの仕事……脱獄囚の捜索の一環として、工場跡地に向かっているのだ。サンゴからすれば一樹と敵対し、そして大蛇に意識を持って行かれた因縁の場所。火蓮がいなければ真っ先にそちらに向かっていたはずだが、「似たような時間帯に行けばいいんじゃね?」と言う一樹の意見に従って夜になるまで待っていたのだ。厳密に言えば深夜に行くべきなのかも知れないが、そこまで待つには時間がありすぎる。ちなみに、ここに一樹がいないのは先ほど火蓮を送っていったからである。


「どうだったもなにも、楽しかったわよ。ケーキも美味しかったし、UFOキャッチャー、だっけ? 全然取れなかったけどみんなで盛り上がれたのは楽しかったわ!」

「あれはまあ、景品をほんの少しでも安く手に入れられればそれで良いからね。つぎ込む人は買った方が安いぐらいの値段をつぎ込むけど。一樹とかそう言うタイプだね、『ここでやらなきゃ今までの時間がもったいねぇ』ってガンコだったでしょ?」

「めっちゃアイツらしいわね! でも、本当に広い町ね。ここに潜伏するなんて、脱獄囚もいい目してるじゃない」


 七曜は「確かに、」と短く笑い飛ばす。


「潜むにはうってつけの場所って結構あるからね。そう言えば、脱獄囚って何人いるの?」

「3に……んよ。ま、これぐらい言っておいても損はないわね」


 自分の失言に気付き、慌ててサンゴは口をつぐむも、何かを観念したのか言葉を続けた。1日行動を共にしたこともあり、幾分か態度が和らいできたのかな、と七曜は推測する。


「ごめんね、言わせちゃったみたいで。それはそうと、なにかとイベントも豊富な町でね、よくお祭りとかも開かれてるんだよ?」

「本当に!? そのお祭りまでいられるかは分かんないけど、なんか気になるわね。それにしても、さすがは人間道。六道随一の楽園世界ね。ここの娯楽に勝るのは天界ぐらいだと思うわ」

「天界って言うと、六道の天道かい? そりゃ天国には敵わないだろうなぁ。サンゴちゃんは天国に行ったことはあるの?」

「……なんかそれ、言ってるつもりはないんだろうけど、死んだことあるのってニュアンスに聞こえない?」


 実際、なにも知らない人間が聞けばそう捉えられるだろう。しかし、七曜はこの世界には六道が実在していることを知っている。仏教において人間が死んだ後に輪廻すると言われている世界、六道。現在、七曜達がいるこの人間道を含めた6つの世界……地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人間道、天道の6つである。尤も、六道輪廻の考え方がどこまで正しいのかを七曜は知らない。目の前で怪訝な表情を浮かべる少女はここに含まれていない魔界の住民であることや、なによりなんらかの原因で他の世界に行ってしまう、逆に人間界に迷い込んでしまう事例("神隠し"と呼ばれている)もあるなど、仏教に伝わる六道輪廻とは食い違う部分も多々存在する。だから、本当に人が死んだら他の世界に行くのか、そもそもそれぞれの世界へのイメージが合っているのかそれさえ七曜は疑問に感じている。


「あはは、ゴメンゴメン。そういうつもりじゃないよ」

「冗談よ、こっちこ変な返し方してごめんなさい。質問に答えると、ないわ。魔界を出たのもこれが初めてなのよ」

「そっかー。それで、結局なにか手がかりはあった? 案外ゲーセンとかその辺に潜んでるってのもあるかと思ったけど」

「一応油断なく見渡してたけど、特になかったわ。そっちはどうだったの?」

「僕もちょくちょく目を凝らしてたけどなにもなかったよ。まあ、これから行くところになにかあるかもしれないしね」


 サンゴは目的地を思い出して、全身を噛まれた時を思い起こして身の毛がよだつ。


「そうね……それに、あの蛇が気になるわ」

「蛇……そう言えば、蛇に関連する魔術の使い手って囚人にはいないのかい?」

「あの囚人の中にはいなかったと思うわ。とは言っても、誰がどういう魔術の持ち主なのかって曖昧なのよ」

「下調べとかはしてこなかったの?……あっ、そう言えば慌てて飛び出してきたんだっけ」


 七曜の言葉に、サンゴはがっくりと肩を落として落ち込む。分かりやすい反応に、七曜は笑いを堪えることができなかった。


「あはは。確かに復讐って頭を真っ白にしてくれるよね」

「う、うるさい! なによ、あんた復讐したことあるの?」


 サンゴにとって、七曜にからかわれたのがショックでつい放った何気ない言葉のつもりだった。しかし、隣を歩く七曜の足が止まってしまう。


「シチヨウ?」

「ん? ああゴメンゴメン。ちょっと視界に違和感があったから立ち止まっちゃったよ」


 振り返った先にあったのはいつもと変わらない明るい笑顔の七曜。特に普段と変わらない表情に見えたが、首元のネックレスを強く握りしめたいることをサンゴは見逃さない。しかし、言及するのは憚られて、サンゴは質問したい衝動をぐっと堪える。


「違和感……なに? なんか見つかったの?」

「いや、気のせいで……っ!」


 七曜は言葉を切って目を見開く。


「シチヨウ!? どうかしたの」

「(嘘から出た誠か。嘘はやっぱりつくもんじゃないな……)サンゴちゃん……後ろだよ」

「っ!」


 サンゴはすぐさま振り返る。そこには、真夏にも限らず長く分厚いコートと長ズボン、そしてブーツを身につけた奇妙な男がいた。見た目が季節にそぐわないというなら火蓮のマフラーもそうではあるが、しかしこの男は全身を長袖に包んでおり、その上で熱気を感じていないかのように汗一つ掻いていない。


「あれ、もしかして……魔界からの追っ手じゃん、こりゃついてないなぁ」


 その男はサンゴを見て悔しそうに額を叩く。叩かれて露わになった額に浮かんでいるのは、太陽を思わせる紋様だった。距離を置いてでも目視できるほどにはっきりと見て取れる紋様は、一目で"魔人"、それもそこそこの魔力を既に蓄えている者であるとわかる。その男はサンゴの頬を凝視して首をかしげる。


「あれ、魔人……だよね? でも紋様しっかりとは見えないな……こりゃラッキー!?」


 魔人という名に相応しく、魔人とは魔力のエキスパートである。魔人でなくとも熟練の魔術士であれば、人間が知らず知らずのうちに放出している魔力を感じることができるが、魔人はその魔力からどの六道の人間なのかと言う事まで判断することができる。サンゴもできなくはないが……元々得意でない上に、今は魔力がほとんどない。鋭敏な感覚も衰えており、ここまで接近するまで気付くことができなかった。


「なによ、なめてかかると痛い目見るわよ!」


 サンゴは一歩踏み込み、威勢を見せようと【アプソル】を召喚しようとする。


「!?」


 しかし、右手を引っ張られる感覚に召喚を止められる。その右手には鉄線が巻き付いていた。自分の手を引っ張られる感触はあっても特別痛みを感じないこの不思議な感覚を、サンゴはつい最近、それも朝に味わっている。


「こらこら~。手の内は簡単に見せちゃダメだよ」


 目線を鉄線の先に向けると、やはりそこには七曜の姿。子供を叱りつけるようなふざけた言葉だが、浮かんでいる表情は普段の緩みきったものではない。


「サンゴちゃん、君はまだ戦えるだけの魔力があるわけじゃないから、」


 そう言って七曜はサンゴの横に立つ。

 ふと見上げてみれば、いつもの砕けた表情を潜めてマジメな表情で相手を見据える七曜の顔。


「僕が戦うよ。下がってて」


 七曜はサンゴを庇うように右手を広げる。そんな情景を見て、コートの魔人はひゅ~、と口笛を吹く。


「おおっ、人間様かよー! でも、アンタ……強そうだな」

「魔人様に言われるとは光栄だね」


 不敵な笑みで互いに見合う2人は、熱い火花を散らせていた。


 ***


「あー、これはめんどくせぇパターンだ……」

「せ、センパイ! ここっ、コイツら一体なんなんですかっ!?」


 同じ頃、火蓮を送り届けていた一樹もまた敵と出くわしていた。状況が一切飲み込めないのか、火蓮は怯えるように一樹の腕を握りしめる。腕全体を包む柔らかい感触について一樹は男として少しだけ心を揺さぶられるも、状況把握に努める。そこにはモヒカンやリーゼントと言ったやや古風な髪型や、ちゃらちゃらとピアスやネックレス、指輪と言ったアクセサリをつけた個性豊かな4人の不良少年達が虚ろな目をして一樹達の前に立ちふさがっていた。その手に握る武器も個性に溢れており、釘バット、廃材、メリケンサック、バールと見るからに武器になりそうな物を手に持っている。


 ただの不良であればここで一樹に絡んで来るなり、火蓮にナンパをかけてくるなり、無視して自分達の会話にふけるなりしているだろう。しかし、彼らは得物を手にしたままただ虚ろな目をして、しかし道をふさぐかのように立っているだけである。見るからに"裏"に関するなにかをされている証であった。


 ――コイツら……もしかして、行方不明だと思っていた不良共か……?

「おい火蓮。なんとかしてここから逃げられねぇか?」

「えっ、で、でも……センパイはどうするつもりで?」

「俺はなんとかする。なーに、ただのケンカだろ」


 張り切っているかのように一樹は腕を回す。様子だけを見ればただ不良に囲まれているのとなんら変わらない状況である。"裏"の人間ではない火蓮を変に巻き込むわけにはいかない。


「……一応聞くが、戦えたりするか?」

「なななっ、なにを言ってるんですか! アータシがたたっ、戦えるわけないじゃないですか! メチャクチャ怖いですよ! ガクブルですよ!」


 思いがけない事態に動揺を隠せないのか、震えた声と共に首を横にブンブン振る火蓮。一樹は「だよな……」と火蓮を戦力に入れる算段をすぐさま放棄。仮に戦えたとしたところで、この調子じゃ戦わないだろうと一樹は余計な詮索をせずに、


「じゃあ逃げろ。警察には知らせなくて良いが、七曜に電話してくれねぇか?」

「いいっ、意図は把握しかねますが、りょ、了解ですっ! 烏飼センパイ、ご武運をお祈りします!」


 火蓮は勢いよく後ろへと駆けだしていく。不良達が追いかけるかと思って一樹は身構えるも、どうやら最初から火蓮は対象外であるらしい。追っていく様子はなく、ただただ一樹をぼんやりと眺めて立っているだけだった。


 ――いや、もしかして去る者追わずの方針か……だとしても、こいつらは脱獄囚の手がかりになるかもしれねぇ

「なぁ、ちょっと……」

「…………アァ!?」


 歩み寄った一樹に、不良達は物言わず虚ろな目をしたまま、しかしなにやら言葉になってない声を漏らす。話は通じないらしいと一樹は判断。「やれやれ」とため息をつく。


「ひーふーみーよー……4人か。蛇の大群に比べりゃまだマシ、かねぇ?」


 眼を細めて不良達に睨みを利かせながら、一樹は首を鳴らした。

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