Part.24 死闘
六花とリンが激戦を繰り広げているホールから2つの人影が飛び出した時に時間は遡る。手をしっかりと結びながら飛び降りたその2人は、一見して心中しているようにも見える。
実際、2人は心中をしている訳ではない。2人が2人とも激しく暴れ合っているではないか。
小雨に濡れながら、地表45mの建物を落下していく2人はいがみ合いを続けている。道連れにされたウララは拘束を振りほどこうと暴れながら、対してサンゴは手を決して離すまいと抵抗を見せながら……空を舞いながら、互いに激しく拳を拳を交わしているのだ。
ウララが振りほどこうとしているのは、地面に激突する事を防ごうとしているが為であろう。飛び降りたサンゴの捨て身の攻撃だと思われても致し方ないが、サンゴは何も無策で空中に飛び出した訳ではない。
「暴れんな、このっ!」
先程、サンゴはホテルのガラスを破って乱入した。しかし、これは持ち前の魔力だけで行ったものではない。『階段を上るのも難儀だろう。往復1回だけならできるぞ』とお節介な犬が作ってくれた"風のトランポリン"によってその高さまで飛び上がり、そこからガラスを蹴破ったのだ。サンゴはそのトランポリンがある場所を目がけて飛び降りている。このまま落下すれば無事に着地をすることはできる。
故にこの制止の声は、実はウララの為を思ってのことなのだ。この行動に分断以上の意味などないのだから。
「暴れるに決まってるじゃないっ! 思ってた以上に、単純バカみたいね!!」
「お褒めにあずかり光栄ね。単純バカはその分怖いわよ!」
「本当。だから、逃げさせてもらう!」
会話の隙をついて、するりとウララの右手が抜ける。唖然としている間に、ウララはサンゴの体を強く押しのけたのだ。突き落とされた形で落下しながら、サンゴは見上げる。反動でガラスに近づいたウララが、壁に向けて右手を振るっている最中だった。
パリンッ!
甲高い音と共に、窓ガラスが突き破れる。先程サンゴがやったように、ガラスを1枚無駄にした訳ではなく、最低限の一点だけをぶち破ったのである。その右手には物干し竿のような長い棒が握られていた。武器の棍であろうか。棒状の棍を桟に引っかけた所で落下を食い止められるわけがない。しかし、どういうわけかウララの体は宙にぶら下がっている。このままでは、ウララを巻き込んで落ちた意味がない……1人落ちていくサンゴは、歯噛みしながら両手に小さな槍を呼び出す。魔力で筋力を補いながら、両方の槍をそれぞれ投げたのだ。
「連れないこと言うな! こちとらずっと眠ってて退屈だったのよっ!!」
重力を逆流する形で、槍はウララの方へと向かう。しかし、その2本の槍はウララ本人を狙った物ではない。
狙いがはずれたか、と油断したウララの視界がぐらりと揺らぐ。ウララがぶら下がっているガラス自体を叩いたのだ。叩かれたガラスは勢いよく割れてウララの全身へと降り注ぐ。急いで中に入ろうとしたウララだが、もう1本の槍が棍にぶつかる。ガラスを突き破っていた棍はバランスを崩し、もはやこれまでと諦めたのだろう。壁を蹴り、彼女もまた公園へと降りてくる。
ウララが降りてきたのを、背中に柔らかい感触を受けながらサンゴは見届けいた。"風のトランポリン"は、低反発クッションのように彼女の体を包み込むと同時に空気が抜けるように形を崩していく。身を起こすと同時に【アプソル】のウララの着地点に向けて、駆け出していた。
「"軌槍"!」
ウララが着地するには数刻早いが、サンゴは勢いよく【アプソル】を振るう。残像が見える程の素早い振り抜きは、穂先の軌道が光となって宙に残っていた。光は眩く輝きながら球の形に凝縮されると、1本の槍へと形を変えてウララの元へと飛び出した。サンゴに先行する形で、光の槍はウララの着地点に向かう。
【アプソル】は突き刺した相手の魔力を吸い上げることができる槍の形をした魔宝具である。正確には、魔力の吸収量と肉体に与えるダメージ量は反比例するという性質を持っている。その性質を、この光の槍"軌槍"は持っているのだ。使用には相応の魔力がいるが、相手に刺されば使った以上の魔力を吸い上げることのできる非常に効率の良い魔術である。"装備の魔術"で棍を取り出したことから、ウララは魔力は持っているはず。そう判断したため、空っぽに近い魔力の回復をと先制攻撃に食らわせて魔力を奪う目論見である。
膝を突いてウララは着地をする。着地際、自分に迫る物が目に入ったのだろう。目を白黒させるウララの体に"軌槍"が向かって――
「常套手段の流れでがっかりだわ」
冷めた言葉と共に差しだした左手が、"軌槍"を握りつぶす。
いや、握りつぶしたのは流石に錯覚だ。ウララの左手に収まる程の、小さな文庫本に"軌槍"は吸い込まれていき、タイミング良くパタンと畳んだ為にそう見えただけなのだから。
攻撃をやり過ごしたウララは、つまらなさそうに文庫本を睨め付けている。
「単純バカの攻撃手段なんて、"読む"までもな――」
「そんな暇あるわけないじゃないっ!」
魔力は無駄に終わったが知ったことか、と。
防がれた事に驚きはした。"軌槍"が吸われた結果どうなるかも気になるが、それを探るのはもう少し後で良い。
駆け出した勢いのまま、手に持った【アプソル】の射程の範囲に入る。加速の勢いと共に突き出した一突きに、ウララは反射的に後ろに避けるが、左手の甲の表面を槍が掠める。
この僅かな接触でも、魔力は吸えるのだ。
「まだまだぁっ!」
サンゴの攻撃は終わらない。手数こそがすべてである、と言わんばかりに槍の猛攻をかける。僅かに休んだとは言え、六花と戦いきった後である。彼女の疲れは相応に来ており、現に普段の鍛錬で振れている程の早さでないことに歯痒さを覚えている。気付けばウララの左手にあった文庫本は消えている。両手で棍を持ちながら、こちらの狙いを1つずつ気長に潰すと言わんばかりの正確さで押さえ込んでくる。マジメそうな見た目にそぐわぬ丁寧な戦い方だった。
――でも、疲れは同じよね?
胴を狙った一閃を、ウララは棍で弾く。すぐさまサンゴは槍を引き戻しながら、一歩下がる。攻撃の間合いを一瞬で変えつつも、くるりと体を翻して逆の方向からなぎ払った。
ウララはこれも押さえ込む。しかし、こちらがどれだけ隙を見せてもウララの攻撃は飛んで来ないのだ。押さえる事はできても、攻めあぐねているのだろう。はたまた、こちらの体力を先に疲労させる作戦なのかもしれないが……やや困り気味のその顔色は、どちらとも受け取ることができる。
――だったら、乗って上げるっ!
勢いよい震脚と共に一歩踏み込んでの強い一閃。これも押さえ込まれたが、この攻撃は場を変えるための布石だ。乗せた勢いの分、ウララも後退しながら踏みしめて押さえ込んでいた。
この強い土台をサンゴは待っていたのだ。サンゴが踏み込んだ勢いは、一歩だけではない。ウララが押さえ込んだ棍に体重を預けながら、サンゴはウララへと足を運び、
「はぁっ!!」
両足を上げての蹴りを放つ。反射的に押さえたウララだが、蹴った拍子に足を滑らせてしまう。倒れた彼女に向けて、サンゴは追撃をかける。両足を地に付けた後、ウララに向けて槍を突き刺したのだ。。
「めんどくさい」
体を起こすでもない。ウララはゴロリと転がることで回避する。そのまま距離をとってからようやく立ち上がった。公園の泥を全身に浴びて白いワンピースは汚れきっている。無表情を貫いてはいるが、その眼光の鋭さが不快感を訴えていた。茶色の癖毛を撫でつけながら、ウララは不満を託つ。
「魔人って本当にバケモノ揃いね。なに、六花とあれだけやってまだ戦えるの?」
「誰かさんのおかげで休ませてもらったのもあるわ、魔物狩りの狩人さん?」
「……ウララ、って名前があるんだけど。ちなみに、魔物狩りの狩人なんてのも嘘よ嘘」
あっけらかんと真実を口にする。素直に名乗ったことが、サンゴにとっては意外だったのだが、当のウララはどこか、名乗ることに拘りがあるような口ぶりだった。無表情を崩して、怪訝な表情を浮かべるほどに。
「何となく気付いてたわよ。胡散臭すぎたし、むしろ本当と言われた方が困るわ」
尤も、サンゴにとって"魔物狩り"と言われて真っ先に思い当たるのはあの音和である……そこまで良い印象を抱いていないのだが、これ以上悪くなるのもどこかいけ好かない。
「アンタを騙すために騙っただけで、魔物狩りなんて名乗るのもイヤなんだけどね」
「……なんかあったの?」
「終始いい思い出がないの。これでも、懸賞首なんだからね」
ウララは溜息をつきながら、「あぁもう、濡れるのイヤだ」と頭上を睨み付ける。そこそこに整った顔立ちだが、先から見せるネガティブな表情がやけに似合うのはどこか勿体ないと思った。
「懸賞首ってことは何、犯罪者なの、アンタ達?」
「世間的にはね。どうせ調べれば分かることだし、教えてあげるけど……」
棍を持つ手を緩めた彼女を見て、サンゴもまた自然と緊張の糸が緩んでしまう。
「ヴァルハラ所属の草上姉妹の片割れとしてね。そこそこ高い金を賭けられてるの。ちなみに、本当は姉妹でも何でもないけど」
「う゛ぁるはら……? なんだっけ、どっかで聞いたことあるような……」
魔界にいた頃に聞いた事があるようなないような……ウララに気を配りながらも、記憶の糸を辿っていると……
ドゴォォオオン!
突如として、大きな爆発音が頭上から聞こえてくる。なにっ!? と頭上を見上げると、先程自分が割ったガラスから煙が飛び出していたのだ。あのホール全域を巻き込みかねない規模の爆発に、サンゴは思考が止まってしまう。
「えっ!? ちょっ、リッカ!?」
六花の"虎砲"とは思えない規模の大きな爆発だ。となると、あのマジシャン然とした少女が放った物であろう。十中八九、六花に対しての攻撃だ。……この時、サンゴは完全に忘れていたのだ。
目の前にいる敵は、このタイミングを完全に見計らっていたことを。
「後は適当に調べなさい。ウチはアンタを倒すのに忙しいからっ!」
気付いた時には遅かった。ウララは既に自分へと距離を詰めている。
振り抜いた棍の一撃は、容赦なくサンゴの腹を叩いたのだ。
「つっっ!!!?」
臓器が破裂したかと思う程の強い衝撃。実際、臓器こそ無事だろうが、何本か骨を持って行かれた気がする。続けざまの一撃をサンゴは【アプソル】で押さえ込み、再度ウララの体を蹴り飛ばす。半ばヤケクソの行動であったが、その勢いで互いの距離を大きく取った。
「卑怯、者っ!!」
痛む腹に治癒の魔術を施すが、その痛みは中々に響く。
サンゴは知るよしなどない……六花が草上姉妹と戦いなれている、と言う事は逆も然りである。ウララもまた何度も戦っている六花のことは大体把握していたのだ。先程、頭上を仰ぎ見たのは頭上の戦闘状況を確認するためであっり、六花が出していた煙が目に止まっていた。相方の手の内は大体分かっており、恐らく虫爆弾の攻撃に転じるはずだ……そう考えたウララは、サンゴを相手に会話を持ちかけながらタイミングを計っていたのだ。
「卑怯って、観察は戦闘の鉄則でしょ?」
ウララは再度こちらに向かってきた。
先までの堅実な守りをしていた人物が行っているとは信じがたい程に、攻め方は苛烈さを極めている。ただ闇雲に振るっている訳ではない。首もと、腹、手……払ったり、突きを混ぜながらも、食らえば一撃で戦闘を左右しかねない場所を狙っている。長物をこの精度で、この早さで、この力強さで振るうのは、サンゴに負けじとも劣らない。現に、その振りの早さは先程までのサンゴの攻めを嘲笑うようだった。
細い棍を押さえ込む度に、その衝撃がサンゴの手を襲う。怯む隙すら与えられない。サンゴも防ぎはするが、その防御をくぐり抜けた棍が少しずつサンゴの体を捉えるのだ。
体中に痣ができる。対して、ウララに傷を負わすことは敵わない。しかし、サンゴはそれでも確信していた。
――結構きついけど……でも、これなら勝てるっ!
今は押されているが、この数合の打ち合いでウララの手管は大体分かってきたのだ。それにサンゴは、長物相手であれば一家言ある。
普段から【アプソル】を振るっていることもその一つだが……かつて小さな頃、幾度も手合わせをしていた母親の槍捌きを覚えているのだ。魔界の槍使いでは二枚看板として恐れられていた彼女は、幼い娘の手合わせですら手加減はしなかった。何度も泣かされたが、あの時の鍛錬はすべてサンゴにとってかけがえのない思い出なのだ。
【アプソル】が押さえ込んだ棍を手元に素早く引き戻す。戻した棍を、背中で左手に持ち帰ると、ウララは体ごと大きく回転した。袈裟切りの如くなぎ払われる棍を、サンゴは跳ぶことで避ける。振り払った棍は、大地を抉り、その砂がサンゴの肌を抉る。そのダメージを意に介すことなく、サンゴはウララに向けて鋭い突きを放ったのだ。
「ふっ!」
一息と共にウララは飛び退る。体勢を立て直そうとするウララに向けて、サンゴは突っ込みながら槍を一閃する。棍を持たない反対側を狙ったのだがウララは両手で持ち直し、てこで打ち上げるかのようにサンゴの槍を上に弾いた。持ち上げられてバランスを崩すサンゴに向けて、ウララは棍を振るった。
「ここっ!」
それをサンゴは手で受け止めたのだ。ジーンと押さえ込んだ左手は痛むが、これでウララの棍は防いだ。
「なにっ!?」
「槍のまねごとをするからよっ! したいんなら、刃でもつけときなさいってのっ!!」
そう言いながら、サンゴはウララの足を刺したのだ。ウララの右足に突き刺さり、同時に魔力を吸い上げたのだ。
「来た来たぁっ!」
魔力の高まりが体を昂ぶらせる。引き抜いた槍を両手で持ちながらサンゴは距離を取る。そのまま槍を持ち替えて、槍の尻でウララの右手を殴ったのだ。ウララの根を弾き飛ばす。棍は乾いた音を立てて、遠くに落下したのだった。
顔を上げたウララの首筋に、サンゴは【アプソル】を突き立てる。
「一歩、はぁ、こっちが勝っていたみたいね」
「はぁ、はぁ……みたい、ね……」
互いに呼吸が荒い。これでようやくウララを追い込めたのだ。先の不意打ちが恐ろしいため、相変わらず気を緩めることはできないが。
「万全のっ、状態ならアンタぐらいっ……」
「それはこっちも同じよっ!」
強がりで【アプソル】を押しのけようとしたが、サンゴは負けじと突き立てる。ウララの首筋に、つーっと血が流れた。
ウララもまた、この1日ずっと戦っていたのだろう。条件自体はサンゴとそこまで大きく変わるまい。流れた血を見て、ウララの声が震えている。
「……なに、殺すの? 魔人は、物騒だもん、ね?」
「そんなことしない。けど、魔力はもらっていくわよ」
ウララのイメージ通り、魔人は一般的に物騒である。自分が異端なだけで、生死の価値観は人間道……特に日本とは比べものにならない程に低い。
だが、サンゴはそれを良しとしないのだ。だから、魔力をありったけ吸って無力化こそするが殺しまではしない。
長話をしては、またも隙を生み出してしまうだけだ。ここで、仕留めよう、そう思ったサンゴは、槍を引き、構える。
「じゃあ、さようならっ!」
「"軌槍"!」
自分の声だった。
だから、サンゴは自分が魔術を繰り出したのだと勘違いした。
「えっ……」
槍が体を貫く音が聞こえる。
自分の体を貫く音が聞こえる。
つーっと、サンゴの口端から血が滴る。
「一歩、こっちが勝っていたみたいね……だったっけ? サンゴさん?」
自分の声だが、声の主は自分ではない。ウララの喉から、口から漏れているのだった。息を荒くしながらも、その口角がニヤリと上がる。
こんな顔もできるんだ、などとこの場に相応しくない感情を抱いてしまう。それほどまでに、サンゴは何が起きたのか分からないのだった。
「こう見えて、結構演技派なんだけど……気付かなかった?」
サンゴの声でウララは喋り続ける。
徒手となったウララの手には、代わりに文庫本が収まっている。文庫本の開かれたページから、光の槍が真っ直ぐにサンゴの腹へと伸びているのだった。
ようやく合点が行った……最初に吸われた"軌槍"を、そのまま攻撃に使われたのだと言う事に。
それも、どうやらウララはダメージの方を取ったみたいだった……魔力が吸われた感触は僅かだが、その分の激痛が腹に襲いかかるのだ。
「何本か楔を撃って回ってた魔力を、少しだけ吸収させてもらったわ……ご愁傷様」
"軌槍"の光は消え失せる。大きな喪失感を得ながらも、腹を貫かれた痛みで蹲るサンゴと対称的にウララは立ち上がり、構図は完全に逆転したのだった。右手には既に文庫本はない。代わりに、真新しい棍が握られている。何本も、持ち合わせていると言う事だろうか?
「じゃあ、さようならっ!」
意趣返しと言わんばかりに、サンゴの声色でウララは棍を振るう。
棍はサンゴの頭を捉える。首が引きちぎられるか、頭が割れるか……果たしてどっちだろうと、沈む意識の中でサンゴは思っていた。




