Part.23 奇術
陳列された丸いテーブルには、それぞれ純白のクロスが敷かれていて、磨き上げられた食器やナイフが並べられている。元の世界では結婚式や披露宴などが行われているのだろうか。今の"ハザマの世界"では厳かな雰囲気漂うホールの上空を、無数の鳩達が舞っている。式の中での余興に見えなくもないし、実際、鳩を放った少女の心意気はその程度のものであろう。水色を基調としたマジシャンの装束に身を包む少女は、ステージ上に立って会場を見下ろしている。招かれたマジシャンとは、多くを語ることなくただ己の技量で会場にいる物を沸き立たせる物だ! と言わんばかりに己の奇術を披露して満足そうだった。
――お前のことなど、お呼びではないがな!
しかし、この鳩の群れを見ているのはたったのひとりだけ。沸き立たされてはいるが、その感情は焦燥や怒りと言った真逆の感情だ。
1羽1羽の鳩に砂礫が当たる度、色とりどりに爆発していく。高密度の魔力は色を放つらしく、確かに綺麗と言えなくもない。だが、六花にそれを楽しむ余裕はなかった。1羽が爆ぜる度にその次の鳩に向けて、足下に散らばった砂を形もそのままに放っていく。対処は易いが、鳩の爆撃を一度でも許してしまえばなし崩し的に攻撃は押し寄せるのだ。
だからといって、この状況が六花にとって特別不利、と言うわけではない。"砂の弾丸"の強みは、打ち終えた後に散らばった砂を再度活用できる所にある。鳩にぶつける度に砂は四散しているが、逆を言えばこのホール全域に砂が広がっていることを意味する。サンゴとの戦闘と、自決を図った砂嵐によって今の六花の魔力量では近くの砂を操ることしかできないが、こうして少しずつ散らばればホール全体を戦場とみた場合に六花にとってアドバンテージとなる。
気づけば、鳩の総数が減るばかりになっていることに気がつく。ステージ上にリンの姿はない。鳩の攻撃はここらで終わりだと言わんばかりに次の手品の仕組みでもしているのだろう。
――どこに潜んでいるんだ。これだけ物が多いこの環境なんか、アイツの独壇場じゃないか。
数年に亘って戦い続けている六花はリンの能力をよく知っている。超能力者として彼女が扱うのは"変化"の超能力。自身の姿を変装させるだけでなく、魔力や物質を全く別のもの……それこそ、今飛び交ってくる鳩に換えたりすることで、生物としての機能を持たせることができるのだ。リン自身を除いて生物を別のものに変えたところは見たことがない上に、物の大きさを変えることはそこまでできないらしいが、それにしても厄介な能力には違いない。攻撃に誘導性を持たせると言った攻めに使えるだけでなく、姿を自由に変えて物の中に潜むと言う守りにも使えるのだから。
――砂嵐でも起こせば確かに関係なく攻撃はできるが、しかしそんな魔力は残っていない。サンゴには文句などないが、欲を言えばこっちを引っ張って欲しかった。
タイマンを張るのであればウララの方がやりやすかった……と言うのが六花の本音である。
国柴の家は代々"召喚獣"に関する魔術を得意としてきた家系である。生きている魔獣と契約をする"契約獣"とは違い、召喚者の魔力によって生み出された唯一無二の性質を持つ魔獣を"召喚獣"と言う。サンゴと戦ったときに用いていた"体内召喚"も、自身の体内に実態を伴わずに召喚することで、魔力を同調させ"召喚獣"の力を引き出しているのだ。そのため、六花は近接戦において持ち前の筋力以上の破壊力を出すことができる。
近接戦を得意とするウララが相手であれば、この"体内召喚"を生かすことができる。"体内召喚"はウララの持つ文庫本型の魔宝具【グリモア】によって吸収される心配もない。ウララの持つ"凍結"の魔術が厄介なのは事実だが、腕を握られればその瞬間に三度は蹴りをたたき込むことぐらいできる。しかし、相手が遠距離主体のリンであれば話は変わってくる。距離を詰めれば一撃で仕留められるが、リンが相手ではそもそも近寄ることすら難しいのだ。
――後5羽と言ったところか? とりあえずこれだけ打ち込めば……!
5発の弾丸を、鳩にそれぞれ打ち込む。鳩は5色の光を放ちながら爆散する、そう思っていた六花は、実際に目の前に広がった光景にリンの嘲笑を見た気がした。
思っていたよりも勢いよく鳩たちは爆発するが、光を放つことはない。その代わりに、物をいぶしたかの如き濃い煙がもうもうと立ちこめたのだ。最後の鳩は撃ち落とされることを前提としての煙幕であったらしい。視界を奪われた六花は、ならば耳を頼るしかない、と体内召喚の感覚を耳に尖らせる。ティグレの聴力であれば、この煙の中でも対処はでき――
ジリリリリリリ!
――うっ!?
不意の爆音に耳をふさぐ六花。けたたましい警報音が天上から鳴り響いたのだ。その音が煙を感知した警報であることに気付くが、時既に遅し。尖らせた分響いた爆音に、耳鳴りが止まらなくなったのだ。
――抜かった。アイツは次何を……
この気配を感じられたのは幸運と言う他ない。何かが飛び込んでくることを感じた六花は、勘を信じてその場を避けたのだ。残っていた六花の髪を、鋭い風切り音が断ち切る。煙る視界の中に紛れ込む、灰色の小さな獣がかろうじて目に止まった。
――ネズミ……! こいつはなんだ!?
リンの手管が分かっているからこそ、このネズミがただのネズミでないことが分かる。ネズミの体が巻き込んだ髪が、スパンと切れる。ナイフかなにかをネズミに変えて向かわせてきたのだろう。ネズミが来た方向に当たりを付けて、特大の"砂の弾丸"を放つ。
パァン! と弾ける音が聞こえるが、その鈍い音は人に当たった音ではなかった。空打ちに終わった事は六花にも分かる。
――次から次へと……!
依然としてネズミは六花を狙って飛びかかってくる。その数は1匹ではない。3匹ほどのネズミたちは、絶妙なコンビネーションで包囲網を作り六花の動きを制限する。幸い、魔力でできた煙に臭いはない。嗅覚を発達させた六花は、ほんの僅かに漂うネズミの臭いを頼りに避け続けるがネズミがかする度に、六花の柔肌には切り傷が増えていく。
――煙がうっとうしい……ならば!
煙がまだ薄い所で一網打尽に仕留めるほかない。先刻、サンゴが割った窓の方へと駆け出した。包囲網を無理矢理突破したこともあり、傷は増えていくが足を止めるわけにはいかない。窓際に着いてもなお、煙は濃いままだったがそれでも外に流れている分増しだ。充分にネズミを視認できる。そして、足下には大量に広がる砂。こんな所まで飛ばした覚えはないが、ありがたかった。
――何はともあれ好都合だ。来るなら来い……
一直線に向かってくる3匹のネズミの姿が見える。3、2、1……
「はぁっ!」
一斉に飛びかかってきたのに合わせて、六花は勢いよく足を蹴り上げる。ネズミを蹴り飛ばす訳ではない。足下の砂を蹴り上げたのだ。浮かび上がった砂は、3匹のネズミに向かって漂い、拘束していく。甲高い断末魔の悲鳴を上げながらネズミ達は動きを封じられていき、姿を戻していく。両刃のナイフが3本、地面に落ちた。
――まだだっ!
それだけではない。蹴り上げた砂には、魔力でできた煙を"乾燥"させる目的もあったのだ。変な指向性を持つこと、視界を異様に覆い隠す割には匂いが全くしないことなどから予想していたのだが、案の定煙は魔力によって生み出されたものであったらしい。魔力でできた煙が砂にどんどん吸い込まれていき、ようやく視界が元に戻る。
――大量の砂を消費してしまったが……まぁ、出し惜しみして勝てる相手でもないしな。
六花の放つ砂は、魔力を吸収しやすい性質を持つ。これを砂らしく"乾燥"と表現しているのだが、この魔力は砂に吸い込まれていくだけであるため、サンゴとは違い自身の魔力に変えることはできない。それに、魔力を吸った砂は「乾燥していない砂」と分類されるためか、六花は操ることができなくなる。攻撃の際に相手の魔力をついでで吸うこともできるのだが、その場合ティグレを召喚しなければ再利用はできなくなるという良くも悪くも"攻防一体"の魔術なのだ。痛手と言えば痛手ではあるが、そこまで六花は気にした様子もない。
――この砂はなんだったんだ。ばらまいた砂でも、ここらへんにこんなに飛ばした記憶はないが、まぁ良いか。
よく分からないが六花が操れる辺り、リンが仕組んだ罠でもあるまいし気にしないこととした。
もう一つ、安心したことと言えば、ここに備えられたスプリンクラーは煙に反応するタイプではなかった、ということだ。スプリンクラーは熱感知によるものと、煙警報機に連動している物があると聞く。大量の水を撒かれては六花にとってかなり不利に働いてしまうから、その点では救われたと言える。けたたましい音を鳴り響かせる警報機を睨み、やや感情的に"砂の弾丸"によって破壊する。
「どうしたリン! お前の奇術もこれで終わりか?」
それまでの喧噪が嘘のように静まりかえったホールの中で声を張り上げる。返事など期待していなかったが、その声は返ってくる。
「「「「やっぱりこんぐらいじゃダメだよね~。じゃあ、あちきがどこにいるのか当ててごらんよ、ここから動かないからさ!」」」」
不思議なことに何重にも重なって。
そこかしこから聞こえる彼女の声は、スピーカーを何かに"変えて"そこから出力しているのだろう。4箇所の音源を聞き分けることはかろうじてできたが、どこからなのかは特定しようがなかった。
――アイツがどこまで考えているか、にもよる……。
六花からみて何度も戦った相手と言う事は、当然リンから見てもまたそう言う相手と言うことだ。彼女もまたこちらの行動パターンを知り尽くしているはずだ。余裕ぶったこの潜伏は、転じれば「どこなら攻撃されないか」をリンが熟知していることの裏付けなのだ。
――真実を伏せることはあれど、基本的に嘘はつかないヤツだ。動かないのは本当だろうが……
先程聞こえた4箇所は、いずれも並んでいる机の下からだった。そのどこかにいると思うが、それさえも分からない。全く別の場所にいる可能性だってありうるのだ。どこに潜んでいるのか……考えた時間は、四半秒にも満たないほどだった。
「……よし」
意を決した六花は、一番近くのテーブルに向けて駆け出した。蹴った床に散らばる砂と、残り少ないフィルムケースから惜しげもなく放出させた砂を自身に纏わせながら、そのテーブルに向けて、
「そこだぁっ!!」
渾身の跳び蹴りを放ったのだ。"体内召喚"によって増された筋肉は、細い足からは想像も付かないパワーでテーブルを吹き飛ばす。勢いよく壁にぶつかったテーブルはそのままバラバラに砕け散った。
そのテーブルの下には……
「残念でしたぁ~!」
声を張り上げるハンカチ。
そして、モゾモゾと気持ち悪く蠕動するダンゴムシの群れだった。
「そんな国柴ちゃんには、虫爆弾をプレゼント~!」
どこまでも気楽な声と共に、ダンゴムシ達が光る。
その爆発はここだけではない。"すべての机の下から"等しく爆発が起こったのだ。
何重にも共鳴した魔力の爆発は、机の意趣返しだと言わんばかりに、六花のたおやかな体を吹き飛ばしたのだ。
***
「やれやれ~っと」
ステージの舞台袖に隠れていたリンはひょいっと顔を出す。爆発の影響で砂はそこら中に舞い散り、非常に視界が悪い。
火属性の魔力を含ませなかったのだろう。あれだけの爆発が起きながら、スプリンクラーは未だに作動していない。煙った視界の中で目を細めながらリンは六花を探す。
「見つけた」
鮮血が散らばる壁の元には、砂が覆い被さった人型の影。砂がはだけた部分には六花の白い肌が見える。完全に伸びているらしく、その砂が動く気配はない。ステッキで小突くと、人の感触が確かにする。
「爆発の味はどうだった? まだまだ色んな手品を用意していたんだけどね~?」
マジックとは相手に見せる物だ。自分が悦に浸るだけではただの自慰行為にすぎない。感想を聞きたかったのが残念だが、こうなっては仕方がない。
「む~、まあ良いか。たまにはこういうあっけない幕切れも――」
「おい、勝手に終わるな」
悪くない、言おうとしたリンの肩に手が置かれる。振り返ると、そこには引き裂かれた服に身を包み、見ているだけで痛々しい怪我や火傷を全身に食らいながらも、そのすべてを砂で無理矢理塞いでいる六花の姿が。頭を切ったのだろうか? 血走った目元から血の涙を流しているように見えるその姿は、悪鬼羅刹の如き険しさを放っている。地獄から這い戻ってきたと言わんばかりの形相にリンの血の気は一瞬で引いてしまった。
「えっ、ええっ!? あの、じゃあここで倒れてるのは……?」
「砂の分身だ!」
顔面蒼白しているリンを、容赦なく六花は蹴り飛ばす。六花が倒れていると思い込んでいた場所に投げ出されると同時に、六花の姿をした砂達はリンの体を拘束する。
「ほら、どこにいるか当ててやったぞ? どこに隠れているかは分からなかったがな!?」
「いやいやいや、自爆覚悟ってか自爆からあぶり出すって何それぇぇぇええ!?」
もがくことすらリンには許されていない。一歩一歩近づいてくる六花の姿に、本能が逃げなければと暴れているが、体が震えることすらままならないのだ。
「らしくない! 超らしくない!」
「そうとも。らしくない行動ならば、お前の裏をかけるだろう?」
ゴミでも睨め付けるような目で、六花はリンを見下ろす。リンの背筋に伝う恐怖は止まることを知らない。
「お前のあの問いかけの狙いは私が立ち尽くして考え込むことだった……違うか? その際に次の準備をする手はずだったのだろう?」
「ず、図星……!」
「迷いに迷ったあげく、机を攻撃すれば儲けもの。仮にお前が隠れていた場所を当てたとしても、していた準備で迎え撃つ……それがお前の狙いだと分かったなら、話は早い。時間を与えなければ良いんだからな」
口では簡単に言っているが、六花にとって死の覚悟すら決めての行動だった。場所を当てられなかったペナルティとしてリンが手痛い一撃を食らわせてくることは予想できていたため、砂を大量に纏わせて即座に防御壁としたのだが、それにしてもこれだけの傷を負ってしまったのだ。
すべては、リンを捉えるため。この局面に持って行けたのは重畳だ。肉を切らせて骨を断つ所の騒ぎではない。骨すら断つ覚悟だったが、功を奏したのならば構わない。
もがこうとするリンに向けて、六花は手を広げる。動けないからと言って、容赦する気は毛頭ない。空を舞う砂達が固まっていき、"氷柱"がリンの周りに次々と浮かんでいく。
「避けられる物なら避けてみろ、奇術師! "砂の処女"ッ!!」
かけ声と共に"氷柱"は一斉にリンに飛びかかる。四方八方からの"砂の氷柱"は、リンの体を刺し貫いた。




